Vol.06
「えっと……じゃあ、お兄ちゃんのクローンを囮に使ったってこと?」
「そういうことだね」
聖鍵騎士団支部の廊下を歩きながら、ディーラちゃんにも今回の作戦の概要を説明する。
もちろん、三好明彦のクローンに自我が形成されていることは伏せた。
理論上、魂の分割により操作されたクローンであれば、マインドクラッキングが可能であることは確認してあるので、隣で聞いていたラディにも怪しまれてはいない。
そういえば、自分は何故『アキヒコ』を囮にしたのだろう。
ふと湧いた疑問は、スマートフォンの自己管理アプリにより、すぐ不要素として脳内から除去された。
そうだな、そんな細かいことはいいんだよ。
「余に相談のひとつもなく、またそういう危険なことをしていたのか」
「本当だったら、最後まで自分だけでやるつもりだったんだけど……」
「…………」
「そこの妹君が凄い睨んでくるから、しょうがなく」
「ほう! ならば、今度から余もディーラに倣うとしよう」
「マジすか」
大丈夫か?
俺は人間らしい自然な会話ができているだろうか?
怪しまれてはいないか?
胸中の不安をどうとったのか、ディーラちゃんがぐっと握りこぶしを作る。
「とにかく任せて! どんな宇宙怪獣だって、変身したら必殺光線で一撃なんだから!」
「あー……」
そういえば、そんなことができるようになったんだった。
お目見えの機会があるかもしれないので詳細は省くが、今のディーラちゃんだったら軽く銀河系数個を滅ぼすという究極宇宙怪獣オルガダンテぐらいなら滅殺できるだろう。
こと質量を活かしたパワー戦であれば、俺でもそう簡単には勝てない。
「悪いけど、今回リリカルスプーンの出番はないよ」
「ええ~っ!! なんで!? どうして、そうやってまたイジワルするの!?」
「い、いやイジワルじゃなくって、真面目な話。今回の敵……まあ、敵だな。そいつは物理的に殴れる相手じゃないんだ。この世界にはいないんだよ」
「えっと……遠くにいるってこと」
「そうそう。宇宙船とかでも行けないような遠くにいるの」
「え? でも、だってそいつはこっちを攻撃してこれてるんだよね? でも、この世界にはいなくて???」
物事をシンプルに捉えるディーラちゃんには、並行世界の概念がよくわからないようだ。
そういえば別の世界の俺が自分の中にいるって話をしたときも、わかったようなわかってないような感じだったな。
その点、しっかり話についてくるラディの方は流石だった。
「ディーラよ、無理に理解せずともよい。この領域は、こと闇に大きく足を踏み入れることになるのでな」
「んー……そっか。わかった」
妙に勘の鋭いディーラちゃんは、本能的に考えるのをやめた。
わからないだけかもしれないが、並行世界だけならともかく、ダークスが絡む以上、この先の知識は知るも悍ましい秘密に彩られている。
「して、勇者。余もいまいち全容を把握できてはおらんのだが、其奴は一体何者なのだ? 余とて魔人転生についてはオクヒュカートほどの知識はない。彼奴はマインドクラッキングは基礎とかどうとかぬかしておったが、余にはさっぱりだしな」
「……正直、俺も全部を理解しているとは言えない。ただ、あの能力に関してはオクヒュカートが前に言ったとおり、彼独自の力というわけじゃない。現にもう……観測できないし、みんなの記憶からはなくなっているけど……その気になれば、世界すべての人間を魔人化してマインドクラッキングによる並行世界の支配とかも可能だ。前提条件として必要なのは、ダークスの力とメシアスの技術、そしてそのふたつを掛け合わせる知識」
「……その条件に合う者は、余はひとりしか知らぬが……」
ラディはオクヒュカートのことを言っているのだろう。
もちろん、彼は犯人ではない。
「特定環境下で同じような条件を満たした人間が、もうひとりだけアースフィアにいるんだよ。オクヒュカートの足元にも及ばないし、この世界では別の人生を歩んでいるけど、そいつはダークスによる大規模なテロを引き起こした張本人なんだ。思い出してほしい。アズーナン王国で起きた事件のことを」
「あれの黒幕というわけか?」
「より正確には、あの事件が一番最初に起きた世界の住人だ。その当時に被害者だったのか、そもそも犯人だったのかはわからないけどね」
魔人世界が消滅してなかったことになっている以上、残る候補はその世界しかない。
できれば、彼とは顔を合わせることなく解決してしまいたかったが……これも、何かの宿命なのだろう。
いずれ、向き合わねばならなかったことなのだ。
「いくつかの情報と掛け合わせると、少しだけだけど話が見えてくる。そもそも、どうしてあの事件が起きたのがアズーナン王国だったのか、そしてどうして彼が犠牲になるケースがあったのか」
「ねぇ、お兄ちゃん。ひょっとして、その人って……」
「なぬ……ディーラにはわかったのか! 余にはさっぱりわからんぞ……!」
不安げに見上げるディーラちゃんに対して、ラディは姉の威厳がかかっているとばかりにいきり立つ。
「すまん。これは理詰めじゃ多分、相当こじつけないと辿り着けない。俺も予め疑ってて、ようやくちょっと見えてきたって感じだから」
「何者だ。其奴の名は!」
「……到着した。あそこの彼だよ」
足を止めたのは、騎士団の義体調整室。
ガラス張りなので、部屋は廊下からでも中の様子を伺うことができる。
俺が指差した先には、ひとりの少年がベッドの上でコードに接続されていた。
「あの子供が……?」
被害者にして真犯人。
ダークス関連の事件のほぼすべてを引き起こし、見えない敵として俺を、ひいてはピースフィアを脅かし続けた男。
「……ライネル・バンシア。メリーナの近衛騎士だった男だ」
続いて俺達は、別の場所へと転移する。
「ねぇ、あのライネルって人、放っておいていいの?」
「この世界の彼は俺もどういう理由かまでは知らないけど、自分を子供の義体にしてる。体に引っ張られて精神も子供時代に戻ってるらしい」
「そんなことってあるの……?」
「前に話しただろ? 制服効果ってやつだ。並行世界の彼とは精神の方向性が一致しない。だから、事件を起こしたライネルとはまったく無関係なんだ」
「そのような方法で、クラッキングの条件を逃れるとはな……」
そう、そんな方法でも逃れられるのだ。
もちろん子供になったばかりの頃は大人時代の精神を宿していただろうが、彼は記憶を消去されてアイデンティティーの確立に苦労していたはず。
あるいはそれがライネルに「子供からやり直す」ことを決意させたのかもしれない。
「ここからは事前に得た情報で俺の推測も入るけど、黒幕のライネルは何かがきっかけで造物主の使徒と化して、アズーナンで大規模な事件を起こした。そして、自分の死を偽装して、その後もメシアスの技術を不正利用……ダークスとメシアスの混合時術を手に入れたはずなんだ」
「なるほど。確かに聖鍵騎士団がダークスの力に堕ちれば条件は満たす……」
顎に手を当てて頷くラディ。
対してディーラちゃんは首を傾げる。
「なんで、そんなことしたのかな?」
「そればっかりは、本人に聞いてみないとな……ただ」
「ただ?」
「そいつは、俺達が知ってる純粋でひたむきなライネル・バンシアじゃない。邪悪で残忍、途方もない憎悪で心を燃やす魔人だってことだ」
「がぅ……」
ディーラちゃんが同情したのか、悲しそうに一声鳴いた。
「でも、まだ別の世界のライネルさんが犯人だって、決まったわけじゃないんでしょ?」
「残念ながら、内通者が連絡を取り合っていた造物主の使徒がライネルだろうっていう証拠は揃ってる。それでも放置したのは、さらなる情報の獲得ができる可能性があったから。そして彼が、どの世界のライネルなのかわからなかったからだ」
「……だが、それも概ね特定したわけか。例の魔人世界と同様になかったことにするのか?」
「いや、よく考えたら消去はまずいんだ。ライネルは他世界に対しても介入してる可能性がかなり高いし、アズーナンで発生した事件には今回、オクヒュカートも少しだけ関わってる。巻き戻しがいろいろなところに影響が出すぎて、最悪、今俺たちがこうしていることすらなかったことになる」
結果として、ライネルが魔人世界と無関係で助かったということだ。
このあたりも、俺の救世主としての超幸運に起因するかもしれない。
「えっと、なかったことにって……」
「あー、とにかく。囮にしたクローンはしっかり監視しておいた。彼はうまくやりおおせたつもりかもしれないが、目的は概ねわかってる……」
ディーラちゃんがついていけなくなりそうだったので、話題を変える。
「目的って、何?」
「ルナベースへの不正アクセスは、ほとんど成功していなかった。多分だけど、俺にクラッキングした理由のひとつが情報提供者がいなくなったことによる焦りがあるんじゃないかって、オクヒュカートが」
「情報提供者?」
「さっきも言った内通者さ。ベネディクトだよ」
「え?」
ディーラちゃんが豆鉄砲を食らった鳩のような顔をする。
ああ、そうだった……ベネディクトが使徒だったことは、俺たちしか知らないんだった。
そもそも彼女のプログラムから復元した情報から、ライネルが彼女の言っていた使徒なのではないかと疑い始めたのだ。
まあ、今更隠すような話でもない。
「造物主の使徒だったんだ。彼女がいる間、ルナベースの情報は筒抜けだった。だからこそ、ここまでいろいろされたし、裏もかかれたんだ」
「あの子……最近見かけないと思ったら……」
「では、あやつは……」
「俺が始末した。もう何も問題ない」
途端にふたりの歩みが止まる。
「ん、どうした?」
「……いや、何でもない。ほら行くぞ、ディーラ」
「でも……うー」
ディーラちゃんが何やら不服そうに口を尖らせていたが、ラディはとりつくしまもない。
ふーむ?
「勇者よ。ここに来ているのは、その情報とやらと関係が?」
「そうだ。彼が欲しがっていた一番の情報は、永劫砂漠収容所についてだったからね」
永劫収容所には各種政治犯などが多数収容されている。
何人かの大物はピース・スティンガー処理を済ませてしまっているので、大人しいものだが。
例外もいる。
「ここはベネディクトも出入りできない電子的に隔絶された場所だ。外への転移ゲートも一箇所しかないし、特定のアカウントがなければ利用不可。周囲はディメンジョンセキュリティも完璧だし、ホワイト・レイ・フィールドも展開可能だから、頼みの非活性ダークスも役に立たない」
「そんな場所に、わざわざ来ると? ライネルが?」
「一箇所だけ、セキュリティをわざと緩くした場所がある。彼には、その情報を偽物込みで掴ませた。3日で情報収集を切り上げたのは、ライネルが自分に必要な情報の入手に成功したと思い込んだからさ」
目の前のディスプレイに、ルナベース中枢そっくりの部屋が映し出される。
部屋の真ん中には黒く染まった聖鍵。
そして、部屋の床に寝そべる男の姿に、ラディが目を見開く。
「ここは……それに、ヤツは……!」
「あいつ……ひょっとして、ディオコルトなの!?」
ディーラちゃんの悲鳴にも似た叫びをあげた。
一瞬わからなかったのだろう。
金髪碧眼、落ち窪んだ瞳と痩せこけた頬にはかつての秀麗さは見る影もない。
だが、部屋の中の男はディオコルトだ。
こちらがモニターしていることを、ヤツの方からはわからない。
「さて、そろそろ時間だ。ひょっとしたら最高のショーが見られるぞ」
「ライネルの標的は……ディオコルトなのか!?」
ラディの問いかけに、俺はかぶりを振る。
「いや……彼が知りたがっていたのは別の人物のことだった。ベネディクトから真相を聞いてる可能性もあるけど、ディオコルトがここにいるという情報をライネルは入手できていない」
「ならば、どういう……?」
「彼が乗っ取ろうとしていた人物は別の人間だ。どうしてそいつを乗っ取ろうとしたのかは、これから当人に質問するとしよう」
何故だろう。
これから酷い目に遭うのがディオコルトだと思うと、下卑た笑みを浮かべてしまう。
「マインドクラッキングの対象は、精神の方向性が多少なりとも一致していなければならない。乗っ取れないなら、それもよし。そのときはクラッキング対策を強化して、見逃してやってもいい。だけど……もし、これでヤツへのクラッキングが成功するようであれば……」
ディオコルトは寝転がったまま、ぶるぶると体を震わせ、時々訳の分からない叫びをあげた。
セキュリティが甘くなる時間帯という偽情報の時間通りにクラッキングが始まったのだ。
ディオコルトは体や頭をかきむしり、全身が血みどろになっていく。
『アキヒコ』が乗っ取られたときはもっとあっけなかったが。やはり渋とさだけはゴキブリ並だ。
それでも、ほどなくして乗っ取りは完了した。
しばらく『ディオコルト=ライネル』は事態を把握できていない様子で、周囲を見回している。
「さて、これで並行世界のライネルの精神はディオコルトと同様の方向性を持つことが証明できてしまったな。正真正銘のクズというわけだ」
俺はディオコルトの肉体……自分のクローンを遠隔で操作し、黒い聖鍵を掴ませた。
あっという間に彼を纏っていた非活性ダークスその他が吸収され、そこに残るのは呆気にとられたライネル・バンシア。
「これで、自分の世界には戻れまい。お前の目的、洗いざらいしゃべってもらおうか……」
ようやくこれでダークス関連の伏線はほとんど出ましたかね。
長かった、実に長かったー。




