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機械仕掛けの聖剣使い  作者: epina
Episode05 Clone Rebellion

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Vol.05

 フォスの学院寮の中には、家族で暮らす為のスペースがある。


「フンフンフフ〜ン♪ あ、リプラさん。ちょっと醤油取って」

「は、はいっ……!」


 記憶同期によって得た知識ではあるが、そのお陰で安全な場所に家族一つを養う事が出来るわけだ。


 アースフィアは昔の日本のように土地から離れられない平民が殆どで、その多くが地元の家業を継いだり、あるいは地主に縛られるのが普通だ。だから、どうしても通わせたい子供がいたり、あるいは仕事さえなければ来られるという人向けにコピーボットの貸出や転移ゲートの無料設置工事をやっていたりする。

 それでもフォスで子供といっしょに暮らそうという人たちもいるわけで。例えば、土地を捨ててやり直したいという人とかだ。こういった人たちに新たな仕事を紹介する際にも、設置工事は良い就職斡旋口となる。

 公共事業の展開にも繋がるので、カドニアも助かっている。結局のところ、無限の資源にあぐらをかいて無節操にバラ撒きを行なっては経済的発展を遂げることはできない。聖鍵がいつかなくなっても大丈夫という体制も整えねばならない。

 より多くを得られると思わねば、人間は努力を怠る。満足したら平坦な日常が待っているだけなのだ。誰に迷惑をかけるのでなければ、それでもいいが。


 俺も本来、そういう事なかれ主義な考えを持っていたのだが……。

 いや、この話はやめよう。


「ヤム。また忘れ物して転移往復しないようにね」

「う、うん……」


 突然連れ出されたリプラさんとヤムには最初こそ怯えられて口もきいてもらえなかったが、今はこうしてなんとか会話ができるぐらいになっている。

 だけど、元気はない。俺としてもどうすればいいのかよくわからないので、それまで2人を担当していた時間を活かして今までどおりを装いつつ、こちらからアプローチをかけるようにしている。


 おや、ヤムがまた黙って寮を出ようとしているぞ。

 いけないなぁ……いつからこんなに聞き分けのない子になったのやら。


「ヤム……」

「ひっ」


 声をかけただけなのに。

 ヤムは、こちらの反応を伺うようにビクビクしている。


「……いってきます……は……?」

「ごめんなさい! い、いってきます……!」

「よくできました……」


 頭を撫でようと、そっと手を伸ばすと……いつものようにヤムは身をよじって逃げようとする。


 俺の電脳はそれを上回る反応速度で彼女を捕獲するシミュレーションを瞬時に計算、実行に移す。コンマゼロ単位のスピードの世界から、幼女が逃れるすべはない。


「ひ、ぃ……」


 インパクトの瞬間はスピードを緩め、ヤムの頭を吹き飛ばさないよう留意する。ソニックかつソフトに頭部へタッチ。それでも風圧で彼女の髪が乱れるのはどうしようもない。


「フフフ……いってらっしゃい」


 これが最近の日課。欠かせないスキンシップなのだ。

 解放してやると、ヤムはよほど学院に早く行きたいのかダッシュで外の転移装置に向かった。


 最初のうちはリプラさんに 「あなた……それ、ヤムが怖がっていますからやめてください」と言われていたが、俺の養女がそんなに怖がりなわけがない。繰り返し強行していると言われなくなった。

 あれも貴重な会話だったので、できれば何か言って欲しいのだが……。


「あなた……」


 お、キタキタ。

 リプラさんは相当勇気を振り絞った様子で、口をきつく結んで俯いていた顔を上げる。


「なんだい、リプラさん」


 夫婦の会話に飢えている俺はすぐさま飛びつく。


 だが、彼女の使った二人称は。


「あなたは、一体何者なんですか?」


 夫に向けられる方の意味ではなかった。

 ううむ……。


「何者って……もちろん、アキヒコだよ」

「そんなのは、嘘です」

「嘘じゃないよ。俺も、正真正銘……」

「俺、()?」


 しまった、口が滑った。

 こういう時、あのライアーとかいうヤツの口八丁手八丁が羨ましい……。


「あ〜、いろいろあって。ちょっとね……」

「アッキー様は最初こそ照れていましたが、呼び捨てにしてくださっていたのに。今ではまるで他人のようにさん付けを……」


 ぼそぼそと声が小さくなっていくリプラさん。

 そんなに気にしてたのか。

 思い出した過去に引き摺られて目覚めた関係で、どうしても元の呼び方になってしまうんだが……。


「それに、そんなに恐ろしい目をしてませんでした」

「……そんなにひどい?」

「はい。お父様が同じような目をしていた時がありました」


 ああ、なるほど。

 そりゃ綺麗事だけじゃ、バルドさんもやっていけなかっただろうし……。


「だから、できればあなたが私の知っているアッキー様とは、別人であって欲しいのです。それならまだ……納得はできます」


 俺を疑ってというよりは、夫の変貌を信じたくなかったと。

 理解した。女心は複雑だな……。


「俺が偽者だったら、どうする? その質問自体が危険だは思わないのか?」

「あなたがわたし達を守ると言ったことは本当だと感じます。わたしも、どうすればいいのか……わからないんです。でも、あの子が怖がるところをこれ以上見たくないので……」

「……いいでしょう」


 そこまで言われては、俺としても事情ぐらいは話さないといけない。

 自我が芽生えたことを話すのは、彼女が初めてということになるが……オリジンからの許可は出ている。

 ということは、リプラさんへの絆も手放したということだろうな。いっそ『アキヒコ』じゃなくて、俺に回してくれればいいものを。


「俺も全部を理解しているわけではありません。でも、わかってもらえるまで、ちゃんと話しますから……」

「分かりました、お願いします」


 そんなこんなで。

 まるで初対面同士のように、お互い一礼した。




「じゃあ、何? もう自分らが知ってるアッキーはどこにもいないってこと?」

「それは違うよ。別人のように思えても、本質的には同一人物だし……」


 六本木そっくりの夜景を視界に流しつつ。

 俺の様子が昔と違うと言い出したフランに、もともといつか話すと約束していた内容も含め、全部白状してしまった。オリジン様のお許しを頂いたので、こうして話しているところである。


「ふーん」

「反応薄っ」

「いやだって、自分も似たようなモンだしね。そうなのかって思うだけ」

「そーなのか」


 確かにフランはヘヴィな話題ほど軽く受け止め、むしろライトな話にノリがよく、ウェットな触れ合いにこそ精力を尽くす。彼女的には何の問題もないわけか。


「むしろ、もっと早く相談してよー。いろんなアッキーと仲良くなれるチャンスじゃん」

「そういう捉え方ができるフランは貴重だよ」

「で、あと誰に話してる?」

「えーと、シーリアにはノイマンファイト決勝戦前に告白した。同期サボってたアキヒコはシーリアに気持ちが戻ってることに混乱してたみたいだけど、オリジン様は基本的にこの話をした女の子の絆は切り離してるらしい」

「えっ、じゃあ自分も?」

「うん、俺が話した時点でフランも卒業済みだと思う」

「……それ、ひどくない?」


 いかん、オリジン様の株が下がる。

 フォローしなくては。


「どうかな。むしろオリジン様は人間としての三好明彦を残す為に、こういうことをしてるんだと思うよ」

「そんな高尚な理由だとは思えないなあ。どう考えても背負いきれなくなった重荷を押し付けて、逃げてるだけに聞こえる」

「ははは……」


 そのとおりでございます。


「救世主だとか、よくわからないけどさ。どうしてそうなったのか、ちょっと疑問だね。その……オリジン様? もともとのオリジナルアッキーの行動原理から、大きく外れてる気がするんだけど……」

「その辺りは、俺にも実際よくわからないんだよね。いつの間にかこうなっていたって感覚が一番近い」

「キミはお気楽アッキーだねぇ」

「ん。物事を深く考えないことにしてるんだ」


 そう、だから忠実化されてることも実際どーだっていいし、ぶっちゃけオリジン様が何者かとか、絆がどーとか知らない。面白くないし。

 自我が目覚めてからのフランとの日々は素直に楽しいし、俺が育んだフランへの気持ちはオリジンのやってることとは無関係だから、なくならない。

 現世のことも気に食わないカドニア傭兵を消し炭にしたこと以外はあんまし思い出せないし、フラン以外への女の子以外への思い入れもない。


 ハーレム状態だったアキヒコなんかより、俺のほうがよっぽどフランに対して誠実に接することができるのだ。

 ぶっちゃけフランのことは女性として好きだ。かわいいし、健気だし、巨乳だし。なんで今みたいな不憫な立ち位置に甘んじているのか理解に苦しむ。


 そうだ、俺が今回のゲームで頑張ればオリジン様も何かご褒美をくれるかもしれない。

 フランとふたりでこのままアルテア星系で暮らせないかなぁ……。

 彼女の気持ちはどうなんだろう。やっぱりオリジン様の方がいいのかな。


「フラン。俺……」

「アッキー、待って」


 俺のラブコールは、前を歩いていた彼女が立ち止まったことで遮られた。


「……この感じ……闇の帳だよ」

「マジで? くっそ、空気読めよ……」


 闇の帳が降りる刻、日常は非日常へと移り変わる。

 フランの言葉はすなわち、奴らが動き出したことを意味する。


「ダスクジャームか? こっちのレーダーには何の反応もないんだけど」

「そこは、自分の”能力”を信じてほしいな」


 アルテアの闇。

 ゲームが始まってから1ヶ月、フランもとっくにこの世界の裏側を知悉している。

 最初は慌て気味だったが、今は慣れたものだ。


「んー、わかった。じゃあ……ここからはいつもどおり」

「おっけー」


 俺は常人には見えぬ黒の衣を羽織り。

 フランもまた、白きコートを取り出して。


「征くぞ、"フラビリス"。終わらぬ夜に明日をもたらしに」

「ええ、"ブラッドフラット"。必ずや再び、世界に夜明けを」


 それが、俺達のコードネーム。

 現代社会の裏側に潜む超常と戦う者達が持つ、もうひとつの名前。

 異能力ゲイズを得た人間同士が人知れず戦う世界で、俺達はゲームに興じる……。




 消える。

 俺の中でどんどん人間である理由、未練がなくなっていく。

 同時に、本当の救世主へと近づいていく。


 少しずつ。

 人間として残す三好明彦が壊れないよう細心の注意を払いながら、少しずつ少しずつ自分の魂のカタチを調整する。

 

 真実を話してはいないが、ヤムエルももう切り離そう。

 彼女には今後、重要な役目を負わせる。

 これ以上、彼女への想いを残しておくのは辛い。


 まだ辛い、とは感じるのか。

 滑稽だ。


 『アキヒコ』には自殺禁止チップを埋め込んであるが、心が壊れては元も子もない。

 同時に、ライアーとノブリスハイネスは今回の三好明彦の主力構成要素である為、スティンガーで魂を歪める事なく、最終的には『アキヒコ』に統合しなくてはならない。

 とにかく『アキヒコ』には極力真実を伝えず、ヌルい生活に戻れるようにしてやらねば。


 何故だろう。

 クローンの1体にに過ぎない彼にここまで肩入れするのはどうしてだ。

 俺はどうしてそこまでして、人間としての自分を保存することに躍起になるのだろうか。

 後にダークスになるとはいえ、並行世界の自分を抹消することに何も感じないというのに。


 自問自答に答えは出ない。


 ルナベースの中枢区から聖鍵を取り出し、背を向ける。

 かかった獲物は大きくないが、これ以上放置したところで情報を引き出せそうもない。囮作戦の展開も充分だろう。

 ディーラちゃんにもせっつかれているし、そろそろ動くとしようか。


「む……?」


 聞き覚えのある声が聞こえた気がして、振り返る。

 誰もいない。

 巨大なミラーボールがゆっくりと回転を続けているだけだ。

 いるはずがない。


「気のせいか?」


 自己調整を急ぎ過ぎているのかもしれない。

 念の為に聖鍵に保存してあるデータを確認するが、彼女を復旧したデータはない。

 『アキヒコ』の仮説が正しく……彼女に魂があったとしても、ガフの部屋で浄化されている筈だ。


「だが、いや……まさかな」


 忘れよう。先送りにするのだ。

 俺の中に残った僅かな三好明彦としてサガが、この疑問を棚上げさせた。

記憶同期に関しては全部を統括してるのがオリジンだけなので、リプラさんに事情を話すのは実際には初めてじゃないけど殺戮さんはそう感じてます。

ブラッドフラットさんはオリジンの懐刀的立ち位置なので意外とあてになる。

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