Vol.04
「……釣れたか」
アキヒコという名の撒き餌にかかったダークス。
何者なのかは概ね見当はついているが、所詮は小物。
オリジンが何かしらの手を打つであろうし、俺が自ら手を下すまでもあるまい。
俺はアルテア星系で手に入れた銘酒を煽り、眼下の惑星を見下ろす。
本来であれば役立たずの岩と重金属でできた惑星であるが、その様相は大きく変わっている。
「チグリ。例の装置の開発状況はどうなっている?」
「はいぃ、陛下。進捗状況は、67%といった感じですぅ」
「それは重畳。ジュノバの惑星改造も急がせろ」
「かしこまりましたぁ」
改めて、編成した宇宙艦隊を撮影した遠景の動画を再生する。
「……ふん」
ヒルデが率いていた子供だましの艦隊などではない。
いずれもルナベース級ペネトレイター。
オリジンから預かったというのは少々癪ではあるが、パトリアーチ管理下にあった12隻。
宇宙征服の戦力としては申し分ない。
「だが、やはり風情がないな」
ペネトレイターは流線型の無駄のない、逆に言えば面白みのないデザイン。
とてつもない巨大さでありながら太陽光を透過してダークスの闇を背景に宇宙に溶けこむように航行する。
視認することすら困難だ。
「フェイティス。どう思う」
「はい。恐れながら申し上げます」
俺の傍に控えるメイドは、うやうやしく礼を取った。
「私見ではありますが、いろいろと物足りのうございます」
「で、あろうな」
ペネトレイターの正確なデータが手に入ったわけだし、増産することは造作もない。
だが俺は実を取る戦力としてだけではなく、見る者が震え上がるような勇壮さをこそ欲している。
「デザインその他は、すべてお前に任せよう」
「それはつまり……よろしいのですね?」
「許す。今この時より、お前はダーク・チューニだ」
「有難き幸せ!」
ジャ・アークの設定はそもそも俺が本家を作ったわけだが、あのときはフェイティスとは必要以上に馴れ合うこともなかったし、今回のように調伏することもしなかった。
その結果、フェイティスに毒殺されるというエンディングに繋がってしまった。
彼女が俺を殺したフェイティスというわけでもなし、俺がしてきたことを考えれば当然のこととも言えるので恨みはない。
どうもフェイティスの相手が得意……というより、ルートを開拓したのはライアーのようだからな。
むしろ、彼女がこれまで口に出すことができなかった望みを叶えてやることで飼い殺しにするべきだ。
「編成済みのジャ・アークとも合流させてよろしいですか?」
「かまわん。ただし、これまでどおり基地工廠での通常生産のみで賄え。ペズンを使ったコピー&ペーストは禁止だ」
「ゲームをお続けになるということですか?」
「ゲーム? ふん……」
ライアーの言い出したことなど、どうでもいい。
だが、奴の言うように聖鍵は何でもできるせいで無闇に使えば目的を見失う。
その成れの果てが、あの哀れな『アキヒコ』だ。楽をしようとして、結果としてすべてを失った。
オリジンは救世主として不要な人間性を排除することで、聖鍵を使うに相応しい存在になろうとした。
ライアーは自分が愉しむ舞台を整えるコンソールツールとして聖鍵を扱った。
「ダーク・チューニ。お前にとって価値あるものとはなんだ?」
「価値……でございますか」
「そうだ。大切なモノでもヒトでも何でもいい」
「それは……やはり、リオミです」
俺が生きた世界においては、フェイティスとはこんなやりとりすらしなかった。
フェイティスにとってリオミが大事な存在であるということを軽視し、リオミを犠牲にした俺を……彼女は許さなかったのだろう。
同じ轍は踏まない。
「そうだろう。大抵の場合、普通の人間は多くの時間を割いて気持ちを注いだ存在に価値を見出す。それがすべてではないにせよ」
「…………」
フェイティスは無言で俺の言葉を聞いている。
俺の言わんとしていることを察しようとしているのか、あるいは単に戯言だと聞き飛ばしているのか。
「俺が今飲んでいるアルテア星系で手に入れた酒だが……例えば俺は、これとまったく同じモノを今すぐコピーして、並行世界から取り寄せることができる。味も風味も全く同じ、完璧なコピーを作り出すことができる」
今飲んでいる酒をグラスごと実際にコピーしてみせた。
飲みかけである点や、俺が口につけた跡すら唾液成分まで完全に世界へとペーストされる。
「素晴らしいお力です」
「そうだな。宇宙すべてに生きる命が飢えなくなる力だ。だが、俺はコピーで創りだした品に何ら価値を見出すことができん」
コピーした酒のグラスを世界から切り取ると、跡形もなく消滅した。
「結果だけだ。聖鍵の力は結果だけを量産する。そこには過程を思わせる痕跡こそあるが、俺たちがそれを認識することは決してない。コピー品が作られるまでの時間は俺たちと共有されない時間であり、愛情を注ぐ暇さえない」
「……ご主人様」
「そういう意味で、オリジナルはどこまでも尊い。部品から組み上げられたモノは、工業品であってもある種の美しさを醸し出す。だからだ、ダーク・チューニ。ペズンは使うな」
「かしこまりました。すべて1から工程を経た軍団をジャ・アークの力と致しましょう」
一度基盤さえ整えてしまえば、あとは聖鍵のテクノロジーに頼らない世界を作ることは可能だ。
俺の最終目的は、夢を実現することだ。
かつてアースフィア統一半ばで挫折した夢を、今度は宇宙を舞台に。
アースフィアでさえなければ、フェイティスが裏切る心配も殆ど無い。
「さあ、征こう。もはや何の遠慮も躊躇も不要だ。余の……アルティメット・ゴクアック皇帝の名のもとに、超宇宙大銀河帝国ジャ・アークの軍団を遍く宇宙へと送り込め!」
「ヤーカイザー・ゴクアック!」
ノリノリのフェイティスに、俺は鷹揚に頷く。
今度こそ、ジャ・アークはフィクションではなく本物へと至るのだ。
……今のところ、オリジンに挑むのは無謀。
ならば、できるところから始めるとしよう。
……どうでもいいが、ゴクアックという名前は水陸両用モビルスー●みたいな名前だ。
今のうちに変えたほうがいいかな……。
「ラディ。俺は少し出かけてくる」
「む? 何があった」
俺達は、アスタロト星系の一角に小さなアジトを構えていた。
ラディは最初の失敗を反省して作戦に割く時間を長くとり、少しずつ宇宙人たちの間に不和を生み出すことに成功している。
先日、チグリ製の新兵器も届き、いよいよこれからかという時だ。
「ダークスが俺に直接的な精神攻撃を仕掛けてきた」
「……ほう。随分と思い切った手を打ってくるのだな。奴らも」
稚気に満ちた笑みを浮かべたラディが頬杖を突き、目を細めた。
「それに、少しずつだけど記憶が飛んでる聖鍵派スタッフがちらほら出てきている」
「ふむ……マインドクラッキングか? それにしても、複数人同時とは妙な……」
「そうでもない。マインドクラッキングが世界軸を超えられるなら、メシアスとダークスの技術両方に秀でた組織がある並行世界が存在するのなら……」
「馬鹿な!? 他の並行世界の同一人物から同時に精神攻撃を仕掛けられているとでもいうのか!」
「おそらくパトリアーチが消滅したことで、次元世界ごと観測されないよう隠れていた連中が動き出したんだろう」
パトリアーチはすべての世界を観測する前に消滅した。
約5兆通りの可能性に介入したとして、存在のみが確認されている……ディオコルトにすべての女性を寝取られた俺がいる世界などは確かにある。
ならば。
「パトリアーチが介入する以前に俺がダークスに魂を売り、なおかつ聖鍵の力も十全に引き出した俺が存在するならば……」
「ダークスとなった勇者アキヒコに支配された世界……」
「まあ、あるいは俺がやられた後にダークスによって聖鍵が解析された可能性もあるけど……」
ラディが愕然としながらも、それでも反論を試みる。
「だが、聖鍵はコピー不可のはず。グラナドの力でループが形成されているのであれば、パトリアーチがいなくとも聖鍵はループするのであろう?」
「ああ、だから多分……聖鍵自体は俺が存在している間はあったはずだ。攻撃を仕掛けてきている連中は、俺がいなくなった後の生き残り……こっちの世界から聖鍵を取り戻すつもりなんだろう」
「打つ手はあるのか? そのような強大な敵相手に」
「連中はパトリアーチから隠れていた。少なくとも物理的、電子的に勝ち目のある相手ではないと連中も知っていたからだ」
「確かに、お前は勝ったかもしれん。だが、少なくとも精神を持つ人間である以上はダークスにつけ込まれかねんぞ」
「忘れたのか、ラディ」
俺はゆっくりと立ち上がる。
その手に、聖鍵を携え。
「俺はもう、救世主なんだ」
――聖鍵、起動。
――次元世界補足、転移開始。
連中の世界への糸口は既に掴んでいる。
央虚界を通して次元が繋がっているのだ。
彼らの敗因は、こちらを舐め切って大々的な痕跡を残したこと。
――座標確認、ディメンジョンセキュリティ突破。
――転移先、並行世界アースフィアNo.5967849。
そして、俺が既に央虚界ゲートを通さずとも並行世界間を自在に移動でき、且つ時間遡行も可能であるのを知らないこと。
俺が降り立ったのは、世界がダークスに支配される以前、ちょうど俺がリオミに召喚される時間軸。
この世界は最終的にダークスに支配されることが決まっている。
で、あれば。
――転移座標、タート=ロードニア王都……召喚の間。
「は? えっと……なんだ?」
「え、アキヒコ様が……ふたり」
俺の目の前には、この世界の俺とリオミ。
そして、何人かのローブ姿の男たち。
世界移動のための儀式を行った呪言魔法使いたちだ。
「この宇宙のためだ。消えろ」
「え?」
間抜けな声をあげる、もうひとりの三好明彦。
俺は何の躊躇いもなく、ディスインテグレイターの引き金を引いた。
俺と同じ姿をした未来の魔王が消滅する。
これで、この世界がダークスに支配されることはない。
クレーターに刺さった状態の聖鍵も通常どおり他世界へループした筈だ。
……一応、確認する。間違いない。
「え、いったいなにが……!?」
この世界のリオミが事態について行けず、俺に視線を向けてくる。
「すみません。今キミが連れてきた俺は偽物の勇者。俺が本物の予言の勇者です」
「え、予言……ですか?」
しまった、迂闊だった。
パトリアーチの介入以前の世界なのだから、予言があるわけない。
如何に救世主として覚醒したとしても、三好明彦の知能指数が上がるわけではない。
俺は馬鹿のままなのだ。
「ええと……なら、どうして俺を喚んだ?」
「魔王を倒せる存在を異世界から召喚することが決まったから、ですけど……」
ふーむ、そういうことか。
であれば、予言がなければそもそも俺が召喚されないアースフィアもあり得るな。
ラディが完全生命体として調整されていない可能性すらある。
最もどういう経緯にせよ俺が召喚された世界であることは間違いないのだから、過程はこの際問題ではない。
結果だ、召喚されているという結果だけが重要なのだ。
「俺は未来から来た。この世界の流れを修正するために。大丈夫、魔王はちゃんと倒すから」
「そ、そうなんですか……?」
「問題ない」
早速マザーシップを遠隔起動する。
やはり、この世界の魔王ザーダスも惑星送りにされたラディであるという点は変わらないらしい。
問題なく接続できた。
魔王城へ向けてホワイト・レイを発射する。
「王女! 魔王城の方に異変が!」
「何事ですか!」
「今、魔王を倒す断罪の光を喚びました。これで、魔王が現れることはもうないでしょう」
しれっと俺が言い放つと同時に、大きな振動が城を揺るがした。
ホワイト・レイの衝撃が時間差で襲ってきたのだろう。
「え、えっと。ありがとうございます?」
「どういたしまして」
リオミは流石に半信半疑の様子だ。
実際に確認するまでは安心できないだろう。
「では、俺は元の世界へ帰ります」
「えっ、で、でも……」
俺は問答無用で元のアスタロト星系へと帰還する。
目の前には、惚けた様子のラディが。
「……そなた、今何をしたのだ?」
「ダークスに支配された並行世界を修正してきた。これで、もう聖鍵スタッフがクラッキングされることもない」
「何!? そのような話聞いておらんぞ」
……ああ。
なかったことになったんだもんな。
当然の反応だ。
「クラッキングされたのは、そなただけではなかったのか」
「……何?」
俺へのクラッキングはなかったことになっていない?
どういうことだ。
いや。
「そうか……別口か」
「ええい、ひとりだけで勝手に納得するな!」
『アキヒコ』に対するクラッキングをした犯人自体は、既にあたりをつけていた。
てっきり、さっきの世界の未来の彼だとばかり思っていたが……。
「わかったわかった。じゃあ、こっちの件はお前にも手伝ってもらう。それでいいな」
「よくない!」
と、叫んだのはラディではなかった。
「お兄ちゃんとお姉ちゃんばっかり、ずるい! どうしていつも仲間はずれにしようとするの!」
「ご、ごめん。じゃあディーラちゃんもね」




