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機械仕掛けの聖剣使い  作者: epina
Episode05 Clone Rebellion

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Vol.03

「マインドクラッキングだ。間違いない」


 アキヒコの記憶が飛んだという話を聞いて、開口一番。

 オレは断言した。


「クラッキング……やっぱりそうなのか、オクヒュカート」


 呆然とした表情で力無く呟くアキヒコ。

 死人のように青く、無気力な表情。

 昔のオレと同じ、自殺一歩手前の顔だ。


 オレの予想より深刻だな、こりゃ……。

 元に戻った、なんてレベルじゃない。

 『三好明彦』は、あきらかに弱体化している。


 懸念したとおり、アキヒコはダークスの精神攻撃に晒されていた。

 とはいえ、マインドクラッキングともなればオレの得意分野。

 アキヒコに借りを返すチャンスかもしれない。


「リオミはお泊りするらしいから、お前はオレのラボに来い。専門の機材もあるし、後宮じゃ言いにくいこともあるだろ」

「え? あ、そ、そうだな……」


 彼はオレの申し出に言われるがまま。

 変な謙虚さと自信に満ち溢れていた救世主候補と同一人物とは思えない。

 それ自体はクラッキングの後遺症の可能性もあるが、まずは話を聞いてみないとわからないな。


 央虚界ゲート前に転移してくぐり、そこからオクヒュカート特製ラボにご招待。


「な、何だここ」

「そういや初めてだったな。こっちは、いつものアジトとは違う。こっちはどっちかというと、お前を乗っ取った貴重な時間でコピペした研究施設だ」

「お、お前そんなことしてたのか……」

 

 してましたとも。

 こちとら、手段は選んでられなかったもんで。

 今となっては使うこともないだろうと思ってたが。


 アキヒコを研究室の一室に寝かせ、データを取りながら二三問診を行なった。


「過去に同じような症状は?」

「地球に暮らしてたとき、興奮したりすると何度か」

「それはオレのときだな。喜怒哀楽の激しい変化はセキュリティホールを見つけやすくなるから。今回はどうだった?」

「…………」

「言いたくないなら言わなくてもいい。あったんだな?」


 アキヒコは、オレの質問にゆっくりと頷いた。


「で、でも3日間も記憶がなくなるなんて初めてなんだ。本当にお前じゃないんだよな」

「戻った時、オレは目の前にいたって話じゃなかったか? それにオレにはもうお前クラッキングする動機がない」


 アキヒコもオレがやったと思っているわけではないだろう。

 オレを疑っているなら、ホイホイ着いてきたりはしない。

 いや、そんなことすら思いつかなかったのかもしれないが。


「オクヒュカート……」

「なんだ」

「教えてくれ。マインドクラッキングって、結局何なんだ」


 ……ふむ。

 どう説明してやろうか。

 技術的なことは省いたほうがいいかな。


「一言で言えば、憑依だ。お前を上書きして別の人間がお前を乗っ取る行為だ。表層思考を読むマインドリサーチや、精神情報を深部まで探査するマインドハッキングと違って、お前の精神に多大な影響を与える。その間の記憶がないのは、お前が乗っ取られてるからだ」

「そうなのか……」


 アキヒコはこの一大事にも、あんまり動じていない。

 というより、全てを諦めているように見える。


 今のアキヒコは、ほとんど壊れかけも同然だ。

 救世主に目覚めてからは、ビクともしなかったというのに。

 何があれば、こんなふうになるんだ?


「何か解決する方法はないのか」


 本気で助かりたいと思っていない。

 それがはっきりわかるほど、彼の言葉は他人事めいていた。


「こう言っちゃなんだが、アキヒコ。今のお前なら、オレはすぐにでもお前を乗っ取ることさえできる。今回戻ってこれたのは、クラッキングした奴の腕が二流だったおかげだ。だが、次も大丈夫とは限らない」

「そうか。なら、それでもいいか」


 ダメだこりゃ。


 アキヒコには伏せたが……実際、クラッキングで3日間は異常だ。長すぎる。

 オレが彼にクラッキングしていたときでさえ、1時間までに抑えていた。

 単純に精神抵抗の関係で難しいからであり、最終的には対象の精神を破壊して対象を乗っ取るのが最終目標となる。オレがそうだった。


 今のアキヒコは人間として脆弱すぎる。

 前にも増して人として立つ骨子がないのだ。


 こんな状態の奴に頑張れとか、諦めるなとか言うと逆効果である。

 マインドクラッキングとは、そもそも心に隙のある相手に使用するダークスとメシアスの混合技術であり、自分を保っている存在に対してはそもそも通用しないのだ。


 アキヒコをここまで追い詰めたは別にある。

 ダークスとメシアスの技術にある程度精通し、アキヒコを3日に渡って憑依した何者か、あるいはそいつを操る黒幕の仕業に違いない。

 となると、ひとまずは……。


「じゃあ、ひとまず薬を処方するから」

「薬って……今の俺の問題は、そんなので解決するような問題じゃ……」

「騙されたと思って、これを飲んどけ」


 オレはこんなこともあろうかと用意しておいた小瓶を差し出す。

 中にはタップリ青い液体が。


「まあいいか。いっそ、これが毒で楽になるなら……」


 アキヒコが胡乱な目で受け取った小瓶を眺め、蓋を取る。

 この薬特有の臭いがオレたちの鼻孔を刺激したが、アキヒコは顔色一つ変えない。

 反射行動さえ取らないとなると心だけの問題ではない。それでも数秒後に訪れるであろう変化を思うと、思わず口の端が吊り上がった。


 アキヒコが薬を口につけた瞬間。


「あ……」


 明確な予兆が現れた。

 どんより濁ったアキヒコの目に、僅かながらの光が灯る。


「結構いけるだろ。今のお前はそう感じるはずだ」


 促すまでもなく、アキヒコは小瓶の中身をガブ飲みした。

 すぐに空になった小瓶を俺の顔の前にずずいと差し出してくる。


「まずい! もう一杯!」

「足りなかったか。じゃあ、もうちょい強いのをやろう」


 ネタを仕込める余裕が出てきたか、よしよし。

 今度は大きめの瓶を渡す。中身も少し強めだ。

 アキヒコはそれをひったくるように奪い取ると、ラッパ飲みする。

 あまりに良い飲みっぷりだったので、オレもついつい囃し立てる。


「アキヒコのっ! ちょっといいとこ見てみたい! それ、イッキ! イッキ! イッキ!」


 再び瓶の中身が空になると、おかわりの繰り返し。そのままアキヒコが6本空けたところで。


「う、だんだん飲めない不味さに思えてきた……」

「それでいいんだ。減った魔力が正常な値に回復したんだよ」

「魔力……?」


 不思議そうな顔をするアキヒコ。

 オレはニヤリと笑う。


「それで、どうだ? 気分は」

「ああ……うん、えっと。あれ?」


 オレから見てもアキヒコの顔の血色は良好だ。さっきまでの自殺志願者はもういない。


「おかしいな。さっきまでの、なんかどうしようもない感じがなくなった! なんだ? 俺は何をグチグチと悩んで……」

「効果覿面だな。とは言っても、あくまで応急処置だぞ。こまめにメンタルチェックを受けたほうがいいし、根本的な原因を取り除かないと……」

「オクヒュカート!」

「……まだ説明の途中なんだが」

「俺に、何を飲ませたんだ?」

「気になるか?」


 想定通りの上首尾に満足する。

 興味、好奇心を取り戻したな。


「そうだな。お前にもわかりやすくゲーム用語で解説してやろう。お前に飲ませたのは、魔力回復でお馴染みの……」


 ゴクリと唾を飲む音が聞こえた。

 オレはたっぷりタメを作り、告げる。彼の命を救った奇跡の薬の名を。


「MPポーションだ」





「………は?」


 俺は思わず聞き返していた。

 今さっき飲んだのが、ファンタジーでは魔法使いの必需品であるMPポーション?

 オクヒュカートは肩をすくめつつ、呆れたように笑いを浮かべている。


「もちろん、わかりやすく言ってるんだよ。現代風に言えば抗鬱剤の超スゲーバージョン、特効薬。わかるか? 鬱病だってモノによっちゃ投薬で治る病気なんだよ」

「じゃあ、俺は……」

「鬱病。立派な病気だ」


 鬱病。

 え、アレがそうだったのか。


「なんで……」

「むしろ、オレが聞きたいね。各種医療ケアを万全に受けられる聖鍵持ちのお前が何故に現代病なんだ? ストレス性の胃潰瘍だって、ちゃんと胃洗浄して治したんだろ? 今回だってここまで悪化する前に発見して治せた筈だぜ?」


 ああ、そういうことか。

 確かにメシアスの医療ケアシステムは強力である。

 妊婦達が大きな問題もなく母子共に健康を維持しているのも、これのおかげだ。無論、三好明彦も同様のサービスで管理されている。


 だがそれは……あくまで本体オリジンの話。


 オリジンがこれまでいろいろなことを乗り越えて来られたのは、様々なバックアップシステムが整っていたから。それでもストレス云々の話はあったが、アースフィアの風土病や未知のウィルスに感染したり、大きな病を患うことはなかった。

 本来クローンは三好明彦ひとりが統括する同一人物だったわけで、各種予防ワクチンさえ投与しておけばクローンのメンタルケアなど不要である。


 そう、少し前……クローンが自我に覚醒するまでは。


 オクヒュカートは知らないのだ。クローンに自我が芽生えたことも、俺がクローンの一人であることに過ぎないことも。


 ああ、そうか。

 彼がここまで助けてくれたのは、俺がオリジンだと思い込んでいたからか。リオミを助けた借りを返そうとしたんだ。

 とりもなおさず、ここ3日の間に俺を乗っ取ったヤツはオリジンとして振る舞っていたということではなかろうか。


 オリジンは乗っ取られた俺の行動に気付いていなかったのか?

 ああ、でもここ最近の同期は切ってたし、ダークスならば誤魔化す手段はいくらでもある。

 パトリアーチがそうだったように、彼は決して全知ではない。


「おーい」

「あ、すまない。考え事してた」

「いや、いいんだけどな。お前らしさが戻ってるってことだ」


 ククク、と悪役のように笑うオクヒュカート。

 ここは、彼の勘違いを利用させてもらおう。少し心は痛むが……ああ、久しくなかったな、この感覚。今までは心まで麻痺していたんだ。


「それで、オクヒュカート。ここ最近の俺の行動だが……」

「ああ、そりゃ気になるだろうな。待ってろ、すぐに調べる」


 ダークスも絡んでるのにどうやってだろうと思ったが、彼は専門家だ。野暮なツッコミはやめておこう。


「じゃあ、ちょっとお前の頭にダイヴするから……」

「スタァァァップ!」

「ワッツ?」

「ワッツ? じゃねぇよ! なに自然な流れで人の頭の中覗こうとしてるわけ?」

「いや、しょうがないだろ。お前の体の中に記録された履歴を読み込むしかないんだから!」


 彼は真剣に悪気がないことをジェスチャーでアピールしている。

 ぐぬぬぬ。


「嫌なら自分で調べろよな。ここ3日でお前と出会った人物がどういう会話をしたか、各人の記憶からデータを攫ってくるなりすりゃいい」

「確かにそれなら、非活性ダークスが絡んでてもわかるだろうけどさ」


 それより先に、やるべきことをやろう。

 敵が間抜けにも一切ステルスしてなければ、スマホで検索をかけるだけで引っかかる。やってみたが案の定、ドローンやナノマシンには俺の存在がほとんど認識されていなかった。

 いや、待て。これは。


「ルナベース中枢区に接続しようとして失敗した履歴が残ってるな。このときだけは非活性ダークスを纏ってない」

「中枢区に接続しようとするなら、そうするしかないだろうな。まあ、情報を欲しているならわからん行動ではないけど……随分と無駄なことを」

「えーと。俺の体を乗っ取っても中枢に接続できなかったっていうのは……」

「単純にランクの問題だろ。『中枢区の接続にはAAランクが必須』なんだから、乗っ取った奴がそうじゃなかったんだろ」

「あれ? でも、俺の体を乗っ取ったからできるんじゃ?」

「忘れたのか? ランク管理は『魂魄認証を使ってる』って」

「あっ」


 完全に忘れてた。

 つまり、乗っ取った相手がAAランクじゃなければ、たいしたことはできない。

 俺が乗っ取られたというのに、オクヒュカートがやけに楽観的なのはそういうことか。


「まあ、完全に乗っ取れば別だろうが……マインドクラッキングは所詮は基礎。破壊できるのはせいぜい精神までで、魂の領域にまでは手出しできない」

「あれ、精神と魂って違うのか……」

「精神がMP、魂が最大MPだと思え。後者は通常の手段じゃ回復できない。お前の陥ってた状況なんて、俺がソウルドレインしてたお前の方のリオミに比べれば大したことないっての」


 さりげなくリオミがどんだけやばかったのか告白された。

 リオミへの想いがあったら、怒りで掴みかかっていたかもしれない。


「オレは永劫AAランク保持者だから、当然お前を乗っ取ることで中枢区に接続できる。今回の犯人はダークスとメシアスの技術は使えて中枢区の詳細までは知らない人物だ。この時点で別の並行世界の俺らって線は消える」

「な、なるほど」

「それだけじゃ犯人の範囲を絞り切るのは難しいだろう。何しろマインドクラッキング自体は世界軸を超えて相手に干渉するのが普通だから、この世界にはいない可能性が高い。他の世界で恨みを買ってたり、技術を教えることはあっても、この世界で知り合いになっているとは限らないからな」


 うーん、言ってることはよくわからんけど。

 オクヒュカートが便利キャラなのはわかった。


「さて、アキヒコ。お前も落ち着いてきたところでマインドクラッキングの後遺症について話そう」

「後遺症?」

「実際問題、この技術にはいろいろ細かい条件がある。ディオコルトの魅了が女にしか効かないように、マインドクラッキングも万能じゃない。相手との精神的周波数がある程度合ってないと乗っ取れないんだ」

「わかりやすくプリーズ」

「要するに、相手との共通の趣味や嗜好、好きな食べ物とかが必要なんだ。つまり、並行世界の同一人物なんかが格好の餌食になるわけだな」

「ふむふむ」

「だけど、今回の犯人は三好明彦ではない可能性が高い。ランク剥奪の困難さはパトリアーチのときに証明済みだ。あのぐらいのイレギュラーが別の世界で起きたとは考えづらい。可能性がゼロとは言えないが……」

「……ZZZ」

「おい、寝るな! 大事な話をしてるんだぞ!」


 オクヒュカートが俺の肩を揺さぶる。

 むー、こいつ話が長い。


「病み上がりなんだから、しょうがないだろ。最近あんまりよく寝れてなかったんだ」

「ちっ、しゃーないな。じゃあ続きは明日にでも話すから、とにかく危機感持てよ? 狙われたのはお前なんだし」

「やー、誰かさんのせいでクラッキングされるのが俺の日常だったし?」

「うっ、それは……すまん。とにかく自分の身は自分で守れ。それとオレが渡した指輪はちゃんといつもつけておくんだぞ」

「そういやこれ、何なんだ?」

「精神防壁オプション装備だ。普通の精神遮蔽じゃ、ATフィールドのセキュリティホールを狙うマインドクラッキングを防げない。それだって使い捨てなんだから過信は禁物だ」


 それで保険ということか。

 なるほどな。


「とりあえず、後遺症の経過を診た方がいい。マインドクラッキングされた相手とは、精神的な共通点が強化される。自動日記でもいいからつけとけ。乗っ取られる前の自分との相違点を探るんだ」

「なんだって……?」


 相手との共通点が、強化?

 つまり……。


「俺が犯人の心に近づいてる?」

「お前の心が上書き、破壊されていると言ったほうが正確だ。今回が初めてのクラッキングとも限らないから、結構前から調べたほうがいいかもしれん。いいか? お前はなんかポーションの副作用で解決した気分みたいになってるかもしれないが、全然そんなことはないんだからな」


 オクヒュカートは楽観的になってるように見えたが、全くそんなことはなかったようだ。

 そう言われて危機感が湧いてこないのは、妙に気分が高揚しているためだ。さっきのポーションのおかげで軽い躁状態になってる。


 状況は悪い。

 根本的な危機は去ってはいないけど。

 今なら、できる気がする。

 ずっとずっと逃げていた、他のクローンとの同期。

 自分な嫌いな部分が強調された連中との記憶共有。


 また駄目になることはあるかもしれないけど、大丈夫。

 そのときはまた、MPポーションを飲めばいいのだ!


 俺は覚悟を決めて、今回の顛末をオリジンを含む他クローンに伝えた。



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