Vol.01
「そんなわけでエネルゲイアは俺らの軍門に下った」
「はぁ」
モニター越しのヒルデがなんとも言えない生返事をして、不満そうに俺を睨んできた。
俺のしたことは単純だ。
エネルゲイア本星にまで調査ドローンを送り込んで、奴らが撤退した理由を調査した。
そして、今回の作戦の実行と相成ったわけである。
「あの……わたくし、与えられた戦力で一生懸命今まで役目を果そうと頑張って……」
「無駄な努力ご苦労さん」
「ムキィィィー!! 離婚! 離婚ですわぁぁ!!」
ヒルデが月を見て変身した猿の如く怒り狂っている!
やっべー、この女からかうの超おもしれぇー!
「へいへいへい! お詫びにお金あげるからー!」
「ここまで馬鹿にされて、わたくしがあっさり買収されると思いますの? いいですこと、今回のことはわたくしの沽券に関わる問題ですわ。確かにわたくしは陛下の家臣でもありますが、同時に夫婦でもありますのよ! 確かに三号側室ですけどそれでもわたくしにもプライドというものが」
「6兆で」
「ああっ、どうして! この身に満ちる怒りがみるみるうちに萎んで!」
もはやお約束というか、ヒルデ自体がギャグキャラと化してきたというか。
「でも、その芸風飽きられるぞ」
「陛下には人の心がありませんの!? ああ、でもお金……」
ヒルデの金への執着は、理性では抑えきれんのか。
流石にちょっと可哀想になってきたから、ちゃんと事情を説明してやろう……。
「悪かった悪かった。事前に相談しておくんだったな。実は今回のことはフェイティスの発案なんだよ」
「なんですって!? あのメイド……!!」
「お前じゃ勝てないからやめとけ。今回の件はゲームとは無関係。むしろ、仕事に関することだ」
「仕事、ですの? ということは……」
「ああ、諜報の一環だな」
エネルゲイアの撤退。
これは、俺達にとっては予想外だった。
同時に俺達に対しては非常に有効な一手だったと言える。
「わざわざオリジンに出張ってもらってグラナドを使ったのも、エネルゲイアの神話を利用するっていうフェイティスらしい作戦だったろ。連中は神話大戦のトラウマから、機械仕掛けの救世主を神と崇めてるからな」
造物主の走狗として働いていたエネルゲイアは機械仕掛けの救世主にとことんいじめ抜かれたようで、そのときのトラウマが信仰に昇華されていることが判明したのだ。案外かわいいやつらである。
信仰といっても偶像崇拝ですらなく、言い伝えのようなものだ。記録メディアにすらデータがなく、今回の一件があるまでマインドリサーチにも引っかからなかったというわけだ。このあたりの情報はパトリアーチの情報にもなかったが、調査ミスなのかどうかのかはよくわからん。実際にグラナドとエネルゲイアが対峙するまでフラグが立たないのかもしれん。
さらに、どうして連中がデュナミスとして知られていた機体をグラナドだと気づけたかについては不明。
オリジンにお願いしたところ、超やる気なさそうだった。仕方がないので声の出演は俺が担当した。
「は、はあ。まあ、そのあたりの説明はよろしゅうございます。エネルゲイアを制圧して、一体どうするんですの?」
「そりゃもちろん、フェーダ星系への攻撃を継続させる」
「え……」
「今の状態でエネルゲイアが撤退したら、今度は連邦と共和国の戦争が始まっちまう。なんだかんだで、対エネルゲイア用のモナドギアの開発競争が激化してるせいで、兵器は余りまくってる状態だからな」
これは、エネルゲイアの戦略が悪い。
彼らはあくまで戦闘目的の種族であり、後方施設への攻撃はおろそか。
滅ぼすことが目的だったら、俺の介入以前に星系は消えてなくなっているはずだ。
エネルゲイア撤退から1ヶ月。最近は異星文明のメカニズムを研究することで、モナドギアの能力も向上してきている。
互いの動向を伺っていた連邦と共和国は、睨み合いが続いており、一触即発の状態だ。
モルモッティア隊は各地で発生した小競り合いに狩りだされ、転戦に転戦を繰り返している。
何度かジョントム少尉が戦死してしまったが、”奇跡的に”復活している。
「こんな状況で本格的に開戦したら、それこそどちらかが滅びることになる。だから戦争を適度にコントロールして三つ巴の状態を維持するんだよ」
「……コレもゲームの一環ですの?」
「もちろん。俺が楽しむことが、一番の目的だ」
さて、どんな脚本を書こうかな。
「……陛下。もうやめにしませんか?」
「ん? どうしたんだ、ヒルデ。俺を楽しませれば5兆円だぞ?」
一瞬ピクリとヒルデの眉が動いたが、それだけだ。
ほほう?
金で釣れないとは。
本気か、ヒルデ。
別に理性で抑えられないわけじゃないのか。
ヒルデの生態は謎だ。
「こんなふうに戦争と人の命をおもちゃにして。エネルゲイアに侵略されていた当初はともかく、撤退した彼らを再度投入するなんて。
ゲームの枠を超えてますわ。いい加減、デュナミスの手で統一するなり、どちらかの勢力に肩入れして統一させるなり、戦争を終わらせるべきではありませんこと?」
「……へぇ。じゃあ何? 必死に戦ってる人たちの努力を水の泡にして、全部俺達でやっちゃおうって? それこそ酷い話じゃないか?」
「その彼らを一番侮辱しているのは、陛下ではありませんか!」
譲れない、と。
ヒルデの眼差しは仮面越しの俺の瞳を射抜いてくる。
「それに……流石におかしいと思って調べさせて頂きました。陛下は、連邦の兵士を殺してますわね」
……。
「何言ってるんだ。撃墜直前に安全な場所に転移させてるって」
「転移させているなら、空間の歪みが観測できますの。それがない以上、陛下のそれは嘘ですわ」
……ヒルデ。
いつまでもファンタジー世界の住人だと思って、甘く見ていたか。
その辺の誤魔化しに手を抜いていた、俺の落ち度というわけだ。
「陛下。もうやめてくださいまし……本当に、どうしてしまったんですの? 出会った頃の貴方は、そんな仮面で顔を隠さねばならないほど卑屈ではありませんでしたわ」
「このこと……リオミやシーリアには?」
「まだ、わたくしの胸の内だけですわ。ですが、やめないというのであれば……」
……やれやれ。
「そうか。ところで、ヒルデ……俺はお前のことをかなり買ってるんだ。軍人として有能だし、宇宙でも戦果もあげている」
「そんな風に褒めたって、ダメですわよ」
「金を積めばコロコロ言うこと聞いてくれるし」
「今回ばかりは……譲れません」
「悪いな。俺が好きなのはチョロくて、俺に忠実な女なんだ。お前のようなきかん坊ではない」
「なんですって……!」
俺は会話しながら、後ろ手に隠したスマートフォンを操作する。
直後、モニターの向こう側で爆発音が轟いた。
「な、なんですの!?」
「そっちにエネルゲイアの大艦隊を送った。お前ご自慢の宇宙怪獣のコントロールも頂いたよ」
「まさか、そんな……陛下ーっ!?」
俺は通信を切って、ヒルデにオサラバした。
「キミはいい嫁さんだったが、思い通りにならないのがいけないのだよ」
まあ、殺すのはクローンに留めておいてやろう。
本体の方は記憶操作で勘弁してやる。赤ちゃんもいるしね。
記憶同期は『オリジン』だけにしておこう。
いやー、俺って寛大だなー。
「ライアーのやつ……勝手なことを」
同期された記憶に嘆息しつつ、俺……『オリジン』はヒルデ本体の処置を終えた。
今回のショックは母体にいい影響を与えるわけがないので、休暇という扱いにするしかない。
グラナド関連の作戦の話も、とりあえず忘れてもらうのがいいだろう。
少し前ならヒルデに対する感情で俺の思考回路にエラーが出ていただろうが、ヒルデに対する感情はすべて『アキヒコ』に譲渡した。
苦しむのは、あのクローンひとりで済む。
絆のバックアップはどうしても有機的に存在するクローンなどでないと保存がうまくいかないので、彼には犠牲になってもらわねばならない。
他の全員を統括するオリジンである俺が、いちいち気持ちを揺らすわけにはいかないのだ。
その関係上、俺はもっぱらルナベースの中枢に篭ることになっている。
隠れ潜んだ造物主の使徒を排除するには多角的なおとり作戦を展開する必要があるからだ。
今回のグラナドの一件も不本意ながら芝居に付き合ったのもそうだし、リプラとヤムをさらって行った殺戮王クローンについてもそうである。
その度にいちいち葛藤と決意を繰り返していては効率が悪いのだ。
必要なのは計算と結論、そして実行のプロセス。
バックアップのクローンは多めに用意してあるのだし、彼女たちが恐怖することはあっても死ぬことはない。
「そう。何も問題はない」
すべてはプログラムどおりに進んでいる。
「そんな……ヒルデが……」
ヒルデのクローンが戦死したという報告を聞いた。
俺はすぐ後宮の医療施設に運び込まれたヒルデ本体の下に駆けつける。
彼女は既に頭を抱えながらも、身を起こしていた。
「ヒルデ! 無事か!」
「へっ、陛下?」
あっけにとられたヒルデが間の抜けた声をあげた。
俺は構わず抱きしめる。
「あっ、ちょっと、その陛下……困りますわ、こんなところで」
「無事でよかった! クローンの方が戦死したって聞いて」
「と、とりあえず離れてくださいまし……」
「す、すまん」
謝りつつも彼女を解放した。
「まあ、少々不覚をとりまして。エネルゲイアの艦隊に包囲されてしまったのですわ。わたくしの落ち度ですので、そんなに気になさらずとも」
「そうだったのか……」
俺には宇宙戦のことはよくわからないが、彼女でもそんな状況に陥ることがあるのだな。
「実際に艦が沈む前にクローンからソウルイジェクトしましたから、何の後遺症もありませんわ」
「そうか……それならよかった」
特に無理している様子もなく笑っているヒルデに、俺は心底安心していた。
あれ……これは、ひょっとして……。
「ヒルデ……愛してるよ」
「んなっ。突然なんですの……わ、わたくしも愛してましてよ」
もっとムードを考えてくださいまし、とか言ってるヒルデは置いておいて。
彼女に対するもろもろの感情。
俺が『アキヒコ』になってからは、なかったものだ。
オリジンが、ヒルデの記憶を俺にカット&ペーストした……?
ヒルデの戦死にショックを受けたからだろうか。
「わたくし、しばらく休暇を取らなくては。最近は戦いづくしでしたので、この子のお相手もしてあげませんとね」
「え? あ、ああ……」
膨らんだお腹を撫でながら、ヒルデがらしくもないことを言う。
5兆円のために、寝る間も惜しんでいたというヒルデが……。
「じゃあ、ヒルデ。俺はそろそろ」
「あら。お忙しいところ、わざわざありがとうございましたわ」
これは、オリジンに確認すべきかもしれないが。
でも、どうせ俺なんかが何かしたところで……。
所詮、この気持ちや疑念も……もともとオリジン譲りのものなんだ。
俺の気持ちなんかじゃ、ない。
「忘れよう……」
他のクローンから嫌な記憶が同期されるたび、自分にヒュプノウェーブを使った後、酒に逃げる。
最近、自分を維持するためにやっていることだ。
自殺寸前まで思いつめたこともあった。
今は大丈夫。
メリーナに酌をしてもらいながら、愛を語り合うのだ。
そうでもしなければ、やってられない。
ヒルデはまだクローンがやられただけなので、怪我をした知らせを聞いた程度の驚きで済んだが。
彼女が消されてしまった事実については、まだ涙で枕を濡らすことがある。
ベネディクト。
そう、ベニーのことだ。
オリジンはバックアップがあるから大丈夫、などと考えているようだが。
俺の仮説が正しければ、彼女はただのプログラムルーチンに従った存在などではない。
ベニーには、俺達と同じように魂があるはずなのだ。
酷いことを言われれば傷ついたり、楽しいことがあれば喜んだりする。
あれは、演技なんかじゃない。
ここ最近の俺は酒に逃げてばかりでサボりがちになっているが。
非活性ダークスの感知に関する現状のレポートから類推する限り、有機体による視野と魂の存在が不可欠なのはほぼ間違いない。
ベニーはバイオボディに入った状態で、非活性ダークスを認識していた。
彼女がただの情報電子生命体なら有り得ないことなのだ。
仮説が正しければという前提ではあるが、ベニーに魂があるとすれば。
彼女の魂はガフの部屋で漂白され、もう戻らないということになる。
仮に彼女の残存情報からプログラムを組み直したとしても、それはよくできたAIに過ぎない。
ベニーは、死んだ。
彼女はオリジンに殺されたのだ。
俺は泣いた。
この事実に直面して、俺はオリジンを直接問いただすことすらできず、ひたすら泣いた。
このことだけは、ヒュプノウェーブで記憶から排除するわけにはいかなかった。
俺以外にはもう、誰も彼女を思い出してやれる人はいない。
俺は三好明彦の残りカスに過ぎないが、それでも。
忘れちゃいけない。




