Vol.29
ここから急展開。
登場人物が一気に増えるし、訳のわからん単語が結構出ますが、適当に流しつつ、頑張ってついてきてください!
「あの野郎、やりやがった!」
『ライアー』の暴挙は、すぐ全員に同期された。
王宮担当の俺は頭を抱えながら、『ライアー』からもたらされた殺人の高揚感に身震いする。
実感すらできないような人殺し。
やられたほうは、自分たちが死んだことにすら気づく暇がなかった。
あまりに唐突で、あっけない。
にも関わらず、殺してしまったという結果だけが苦く残る。
「マインドリサーチまでして……わざわざ死ぬ人たちの最期を中継したのか……?」
歯噛みする俺に、もうひとりの俺が肩を叩いてくる。
「まあ気にするな。分裂してる以上、あいつは俺たちとは別の人間だよ」
「そうは言うけどな、変態王……」
「変態王言うな。俺のことはそうだな……『ノブリスハイネス』とでも呼ぶがいい」
「エロスヘンデス」
「スしか合ってないぞ!」
この変態は、ユーフラテ領の一件で毒を呷った経験により自我を持った三好明彦のクローンだ。
王宮にいる事の多い自我持ち同士、この変態と俺は同じような時間を過ごす事が多い。
俺がもっぱら事務的な公務関係、変態の方が外向きの要件に携わっている。
正直言って、俺はこいつも嫌いだ。
「まあ、気にするな。聖鍵で魂を回収して生き返れる」
「アクマイ○光線で死にそうな晩年の下級戦士みたいなこと言うなよ。はぁ……」
「不満なのか?」
「当たり前だろ! 人を……殺したんだ」
「そう思ってるの、案外お前だけかもしれないぞ」
特にふざけるでもなく真面目な顔で言う変態。
「どういう意味だ……?」
「そのまんまの意味だよ。実際、本体の俺からは何の反応もない。俺のときは、あんだけ制裁を加えてきたのに」
「…………」
今までの『オリジン』は殺人を忌避していた。
だが、『ライアー』は本体に呼び戻されるでもなく、あの馬鹿馬鹿しい仮面パイロットごっこを続けている。
「アイツ自身、今の『オリジン』から殺人で咎めを受けないと判断したからやったんだろうさ」
「嘘だろ……」
あまりにあまりな事実に愕然とする。
『オリジン』が殺人を許容するなど、本当に有り得るのか。
「なあ、『アキヒコ』。お前は、人を殺したことないのか?」
へんた……いや、『ノブリスハイネス』が俺という一個体を認めた上で問いを投げてきた。
「……そういう記憶はない。あるわけないだろ!」
「そうか……俺はある。さっきの『ライアー』の殺人で思い出したよ」
「え……」
あまりに衝撃的な告白に、思わず言葉を失う。
「別に驚くことでもないだろう? 俺は最初に建国ルートを開拓した、いわば”初代”聖鍵王だ。 俺の手はお前たち以上に血に塗れてても不思議じゃない」
「どうして……いくらでも方法はあっただろうに」
「お前が聖鍵をどう思ってるか知らないけど、アレが不殺に向かないのはわかってるだろう。永劫収容所なんて昔は作らなかったし、昔の俺も元々邪魔者の排除に手心を加える必要なんて全く感じなかったみたいだな」
みたいだな、という言い方にどこか他人事めいた響きを感じる。
再経験による記憶の復元と言っても、完全に自分自身の記憶だと認識できないのかもしれない。
『ノブリスハイネス』は言う。
「お前がどんなループの自我持ちか知らないけど、よほど安穏としてたんだな」
「俺、は……」
俺も自我を持つ数少ないアキヒコとして、ここにいる。
だが、記憶復元を経験したことはない。
そもそも、どうして俺が自我持ちになったのかすらわからないのだ。
何か特別な再経験があったわけでもない。
俺は、一体、何なんだ?
そんな俺の内心を知ってか知らずか、『ノブリスハイネス』は大きく伸びをした。
「むしろ、これですっきりしたよ。やっぱり聖鍵で手加減なんてしてたら、欲求不満になる。やりたいことをやりまくべきなのさ」
それは認めるしか無かった。
奇しくも『ライアー』の言い出した遊びは、ストレスで潰れそうだった俺達の問題を解決しつつある。
『ライアー』に怒りを覚える俺ですら、同期された殺人の記憶に若干の興奮を覚えているのだ。
人殺しを解禁されて、ストレスが解消できている……馬鹿な。それじゃ異常者じゃないか。
「さて、これで多分、自我持ちが相当増えたぞ」
「は? なんで……」
やけに楽しげな表情で頷く『ノブリスハイネス』。思わず間抜けな声を上げてしまった。
「殺人経験のある三好明彦なら、間違いなく今回の再経験で自分が人殺しであることを思い出す。俺みたいにな。それぐらい、今回のアレはインパクトがあった」
「……まさか、『ライアー』の目的は……」
「ああ。戦争に身を置いて人を殺す事……だったんじゃないか?」
「……やられた!」
ゲームだ遊びだと言っていたから、ふざけたクローンだとは思っていたが……アレも芝居か。
いや、同期された感情を読み取る限り遊びなのもマジなのか……遊びで人を殺すとか、イカれてるとしか思えない。
というか、こんな事になっているのが異常だ。
なんで『オリジン』は『ライアー』を排除しないんだ?
『ライアー』は「なんだバレてたのか」と呟いていた。
本来であれば自我を持たず完全にコントロールされているはずのクローンが殺人を犯し、『オリジン』に相当な動揺をもたらすとともに、自分と同じような自我持ちを増やすつもりだったに違いない。
事実、今回のことで”覚醒”してしまうクローンは何人も現れるだろうが……『オリジン』に対する揺さぶりは失敗に終わったとも取れる。
本来、クローンに分配された並列思考を同期しないように調整するなんて真似はできない。
彼がいつから自我に目覚めたのかは不明だが、自らの企みを他のクローン達に隠すことができたということは……自我を持ったクローンは同期させる記憶を選別できる可能性がある。
『ライアー』独自の特性である可能性もあるが……。
「『ライアー』は一体何を考えてるんだ……?」
「さあな。まあ、俺の見立てでは『オリジン』への反乱とかではないだろうな」
「どうしてそんなことが言える? アイツはいわば三好明彦としての最大のタブーを破ったんだぞ!」
「それは”今回の三好明彦”についてだろう。事実、殺しについては最初からいろんな意見があったじゃないか」
「それ、は……」
「お前は反対派だったみたいだけど、実際どうだ? 人を殺した感想は。それほどでもなかっただろう?」
「…………」
否定できなかった。
ショックではあったが、どこか他人事めいている。
むしろ、今まで手を伸ばせなかった領域が一気に広がったような……。
「ここが日本だったら違っただろうけどな。そういうもんだ。あの殺人は正解だった」
「殺人が、正解……だって?」
何を……。
本当に何を言ってるんだ、こいつは……。
「アイツは三好明彦の殻を破ったんだ。常日頃からチグリにも言っていたじゃないか。人を殺す覚悟……だっけ? 俺に言わせれば殺す覚悟(笑)って感じだが」
「テメェ……!」
思わず胸ぐらに掴みかかってしまう。
人の命を、何だと思っているんだコイツは……!
「おいおい、お前の方が甘っちょろい偽善者だってことをわかってて掴んでるのか。え? この手はなんだ? どかせよ」
『ノブリスハイネス』の脅しに、俺はあっさり屈して手を離す。
彼の胆力に、完全に気圧されてしまったのだ。
彼は乱れた襟を正しながら、底意地の悪い老獪な笑みを浮かべる。
「『ライアー』……あいつは、何人もの三好明彦に自身が殺人者だったことを思い出させた。それと同時に、歪な不殺、手加減によって魂に転移していた心の癌を取り除いてくれたのさ」
「心の癌、だと……」
シーリアが。ヒルデが。
不殺について立派だと言ってくれたことを、癌だと言い切るのか……この男。
今、はっきりわかった。
『ノブリスハイネス』……この三好明彦もまた完全に別の世界を生きてきた存在なのだと。
オクヒュカートと同じ、別の三好明彦であると。
「さて、この話はもう終わりだ。俺はせっかく自分の欲望を思い出せたんだし、しばらくチグリのクローンとでも戯れてくるとする」
「なっ……何言ってるんだ……?」
「流石に愛する側室が身篭っているというのに体に負担をかける気にはなれないからな。魂の入ってないクローンでも、それはそれで人形抱いてるみたいで楽しいんだぜ?」
「てっ……」
てめえ、と叫びかけたとき……俺の手は『ノブリスハイネス』に伸びていた。
次の瞬間、強烈な痛みとともに天地が逆転する。
「ぐ、あああッ……!」
「クク……やめてよね? 本気で喧嘩したら、生身のお前が生体義体の俺に敵うわけないだろ?」
俺は軽く腕を捻られ組み伏せられ。
そのまま蹴り倒されて、俺は惨めに転がった。
「気にするな。魂の入ってない躰なんざ、ラブドールと同じさ。お前だって毎晩フェイティスに奉仕してもらってるだろ? 俺はチグリがいい、あの獣耳と尻尾、それに……こちらの機嫌を伺うようなあの目が唆るんだよ」
『ノブリスハイネス』は傲岸不遜に俺を見下していた。
様々な俺が混ざり合っていた時とは、もう違う。
純粋培養の『ノブリスハイネス』は欲望に忠実で、邪悪だったのだ。
「……お前、最低だ」
起き上がることも出来ず痛む腕を抑えながら、俺はそいつを見上げて吐き捨てた。
それは俺にとって、最後の抵抗だったのだが。
「ありがとう。それこそ三好明彦であることを証明する最高の褒め言葉だ」
かつて欲望のままアースフィアを手中に収めた暴君は、そんな俺を嘲弄するように嗤った。
……どうやら、本体の俺による統制の時代は終わりを迎えるようだ。
多くのクローンが自我に目覚め、それぞれの思惑で動き始める。
かくいう俺も『ライアー』のおかげで目覚めたひとりだ……。
彼の行為に関しては思うところがないでもないが、正直言って感謝している。
「お父さん、どうしたの? 泣いてる」
「ん、ああ。ごめんヤム……ちょっといいか……」
「んっ……何?」
俺は、そっとヤムを抱きしめた。
判断ミスから守ることができなかった命に、こうして再び触れることができる。
あのときの経験がビジョンとなって、今回の俺に役立てられている。
「お父さん……」
今ではこうして、父と娘という関係になってはいるが……俺の生きたアースフィアでも、ひょっとしたらこんな未来もあったのかもしれない。
俺は今、こうして天使を抱き締めることができるのだ。
これ以上の報酬を果たして望めようか……。
嗚咽につっかえそうな喉を懸命に動かし、かろうじて言葉を紡ぐ。
「ヤム。俺は……何があっても必ず、お前とお母さんを守る。約束だ……」
「……うん。お父さん……」
されるがままの娘が何を思っているのか、俺の頭を撫でてくれる。
嗚呼……俺は、俺達は……そう、ロリコンでよかったんだ。
慈愛に満ちた少女の赦しに、この上ない感謝を捧げよう……。
かつて殺戮王と呼ばれた俺に、このような未来を授けてくれたことに。
だが、安穏とはしていられない。自我を持ったクローンが善良で間抜けな今回の三好明彦と同じである可能性は極めて低い。
『オリジン』がクローンの並列化、再統制を行なうならいいが。
もしそうでないなら、大きな混乱が起きる可能性が高い!
守らなくては……。
リプラさんとヤムに危険が及ばないよう、身を隠さなくては……。
『ライアー』と名乗った三好明彦の行動により、多くの者が自我を持つに至った。
「覚醒は3割行かなかったか……思ったよりは少ないな」
聖鍵を携えた俺……即ち『オリジン』である当代三好明彦はルナベース中枢で呟いていた。
ゲームに出かけていたクローンで覚醒したのはフランに同行していた一体のみ、央虚界のクローンは、目標の1兆体以上が覚醒。
無論愚かで邪悪だった自我持ちが勝手な真似を始めようとしたが、万が一ダークスに乗っ取られた時に備えて予め脳にピース・スティンガーを打ち込めるようにしておいたのは幸いだった。まさしく『運』が良かった。これも俺の特性のおかげだろう。
自我を持ったとはいえ俺の忠実な駒である彼らは、俺にとって大きな武器となる。
『ノブリスハイネス』と『ライアー』は、今回の俺を構成する主力要素だったため、忠実化は様子を見ることにした。万が一また1人に戻るときに備えてのことだが、不都合になるようなら容赦する必要はない。
リプラたちを連れて行った彼は、道中刺激しなければ害はないだろう。彼女たちには少々怖い想いをさせてしまうかもしれないが、これも必要なことだ。
王宮担当の『アキヒコ』については、何もする必要は無い。
彼には何もできない。
『……聖鍵陛下! やってくれましたね……』
「そろそろ来る頃だと思っていたよ、ベニー」
そんな風に俺が思考をまとめていると。
ルナベースを通して、焦りの表情を浮かべたベネディクトのアバターが浮かび上がった。
「見ての通りだ。今回の事件のせいで、クローンたちが俺の制御下を離れつつある。どうすればいい?」
『否定否定、嘘です! お戯れを! 今回のこと、すべて貴方の計画どおりでしょう!』
「真逆。俺にとってクローンは大事な並列思考出力先だ。手駒も多いほうがいいし、変に自我が強くなるのは好ましくない」
『なら、どうして! 貴方なら止められたはずです!』
「勿論。今からだって記憶を上書きして全員を並列化、元通りのクローンに戻すことだってできる。でも、それはしない……」
『そんな、どうして……』
「パトリアーチが困るからだ。事実、キミを送り付けてきた」
『肯定肯定、当然です! 最近はやけにこちらの顔色を窺っているかと思えば、ついに一線を越えて来ましたね……!』
「そちらの反応を見ることが出来ただけでも充分だ。スルーできるようなら無反応だろうと思っていたからな」
『今回の貴方がいくら人間性を失いつつあるとはいえ自らの殺人を見過ごすとは、さすがに計算外でした。貴方なら絶対止めると考えていましたよ』
敢えて『ライアー』の方針を知りながら、知らないフリをしていたのには理由がある。
既に俺のオリジナルのアキヒコが弱くて甘い人間であることはパトリアーチも把握していた。
もし弱いままで『ライアー』の計画に気づいていたら。
「ああ、そうだな。ほんの少し前までの俺なら、絶対に止めただろう。あるいは可能であるが故に散りゆく命を窮地から救っただろうな」
『どういうことです……?』
「おかしいと思わないか? 俺が『オリジン』にしては落ち着きすぎてると」
『しかし、それは救世主概念に取り込まれる過程で人間らしさを失ってるせいじゃ……』
「違う。そこからして、違うのだ。俺も最初はそう思い込んでいた。でも、実際は必要に応じて俺の魂が変化していることに気づいたのだ。概念は概念に過ぎん。情報電子生命体になるにあたって人間らしさを失ったキミとは違う」
『…………』
「俺は人間らしさを失ったのではない。捨てたのでもない。自分の意志で切り離し、託したのだ」
『まさか……!』
ベネディクトのアバターは驚愕を表現する。
『そういうことでしたか……興味深いとは思っていましたが』
彼女の反応はそれだけだったが、意味するところは伝わったようだ。
彼女が何に気づいたのかは、今語るべきことでもない。
「何人かが自我を持つ事自体は、やっぱり計算に入れていたようだな」
『肯定です。でなければ、わざわざあんなアドバイスはしません』
「だが、これほどの数になるとは予想していなかった」
『肯定です……』
一部の俺がパトリアーチに対するポーズを考慮に入れていたが、それ自体がパトリアーチの思惑どおりだった。
俺の並列思考の正体に当初から気づいていたパトリアーチは、折を見て俺にクローンを使うように差し向けた。
そして、文字通り多くのデータを取ろうとしたのだ。
今回の世界が彼の最善にならないなら、情報を少しでも多く獲得しようと考えた。
こればかりは情報電子生命体のサガとでも言える性質であり、好奇心を煽られてはすぐに次ループへ聖鍵を送るという行動は封殺されたも同然であった。
『そこまで見切っておいたということは、当然もう私たちに対する攻撃も始まっているのでしょうね……』
「そういうことだ。事後報告になるが、キミとパトリアーチの永劫AAランク権限剥奪は『規定どおり同ランク1兆人以上の賛成多数をもって可決』された。ルナベースに対するハッキングはもちろん、聖鍵に対するウィルス起動も不可能だ」
『私たちの敗け、ですか……』
「うむ。キミたちの敗けだ」
ベニーがこれほどまでに焦る理由である。
これが俺が考えていた中で、もっとも穏便にパトリアーチたちを引きずり下ろす方法だった。
無論、俺が操作するだけの5兆のクローンでの投票はできない。あくまで永劫AAランクなのは俺自身であって、クローンではないからだ。
だが、自我を持ったクローンは違う。
永劫AAランクが聖鍵でも取り消しができないのは、ランク入力が魂にまで及んでいるからだ。
ランク剥奪にはAAランクならば1兆もの頭数を必要とする。本来であれば1兆人の永劫AAランク保持者など、この宇宙には存在しない。
そう、この宇宙だけなら。
俺は『ライアー』の計画に乗ることで、別の並行世界の自分を”召喚”したのである。
一応他にも非活性ダークスを使ってパズスに潜入し、徒歩で中枢まで到達してパトリアーチを倒すという方法もあったが時間が掛かり過ぎる。
もっと言えばパトリアーチの戦力に対して正面から打破する方法もないではなかったが、”今後の戦い”をするに当たって、彼らの戦力が空中分解するのは望ましくなかったのだ。
俺がチグリのビジョンを見過ごしたことの意味。
ピース・スティンガーの開発。
『ライアー』によって企図された三好明彦の殺人、分裂。
自我に目覚めたクローンたちの忠実化による、強制可決。
これは、計画ではない。
いくつかの運命介入による偶然や失敗が重なり、必然の勝利へと繋がった。
たまたまの必然。
俺が力を振るわずとも、救世主は望んだ結果を得る。
「お前たちの敗因は、聖鍵への過信。そして俺のストレスへの無理解だ。
聖鍵があるからこそ、分裂した俺がどんな状況においても不殺を志せると分析していたが、俺は聖鍵を全開にできず手加減を続けていたことで鬱憤が溜まってしまっていた。お前たち情報電子生命体には、それがどれほど俺自身を歪に追い詰めていたか理解できなかった。
殺人でストレスを解消するという手段は極めて最悪に近い方法だが……俺にはもう、それが倫理的に外れていると客観的に分析する程度にしか人間性が残っていない」
『……いえ、まだです。否定します。まだ、私たちは敗北していません』
「ほう?」
『さすがに情報電子生命体としてのアクセス能力は封じる事が出来ないはず。あの御方にもう一本の聖鍵から、教団に対する介入を行えば、そちらとて只では済みません』
「ああ、やっぱりメシアスに安置されている聖鍵を使ってアースフィアに教団の施設を作っていたんだな」
『肯定です』
これは今更考えるまでもないことだろう。
パトリアーチが動けないのは、これらの施設を作り出すに当たってメシアスの聖鍵を使っているからだ。
彼があの場から動いてしまうと、教団施設の管理が行き届かなくなってしまう。
俺に圧力をかける為には、いつでも教団を動かせるようにしておく必要があったわけだ。
要するに、一時期の俺がクローン1体を操るのにルナベースの中枢区から一歩も動けなかった理由とまったく同じ。
「想定済みだ。パトリアーチが俺と同じにその気になれば複数のクローンを並列操作できる……ベニーの言葉がヒントになったよ」
俺が中枢を離れてもクローンを操作できるのは、チグリのビットクローンオプションのおかげ。
このオプション装備を使うには魔法が使えなくてはならないが、魔素に干渉できない情報電子生命体のパトリアーチにはコピーはできても使えない。
量子演算の関係する操作には本来中枢を通す必要があるわけで、聖鍵の遠隔コントロール他、教団を使った介入もすべてパトリアーチの不動を余儀なくさせていたのである。
『ぐぬぬ……』
悔しそうに見えるベニーの姿は、人間らしさを取り戻していっているようだ。
やはり、適度な刺激は彼女に人間らしさを思い出させるようだ。
『と、とにかく。教団の基地には核ミサイルもあります。アースフィア全土を核の炎に包むこともできるのです。これは永劫AAランクがなくたって、できるんですからね!』
「それはどうかな。未来は既に我が手の内にある」
俺が何気なく左手を捧げると、何もない空間から聖鍵が取り出された。
『何をする気です?』
「もう、した。これが何かわかるか」
『陛下の聖鍵ですよね?』
「それはこっちだ」
俺は右手にいつものように空間から聖鍵を抜いて見せた。
『え、聖鍵が2本……?』
「ちなみに、どちらも本物だ」
『は……?』
「残念ながら今回は偽聖鍵じゃない。俺が左手に握ってる方がメシアスの聖鍵だ」
『う、嘘。なん、で……』
流石にベニーも言葉を失うしかない。
メシアスの聖鍵はいわば救世主が用いた穢れなき原型であり、三好明彦が好きにできるシロモノではない。
パトリアーチですら、直接的ではなくメシアスのシステムを通して間接的にしか触れて来なかった神造アーティファクト。
「コレに関しては、別にトリックでもないんでもない。メシアスの聖鍵は最初からいつでも、救世主概念を極めた俺は自分の手の中に呼べたんだ。敢えて言うならこれは、情報レベル”6”ってところだな」
『私達が知らない情報……!?』
「言わなくてもわかるだろうが、これだけ召喚して取り上げたところで、ルナベースやパズスがそっちの管理下に置かれてるっていう現状は、変わりようがなかったからな。で、今度こそ……これで詰みだ」
俺は使用者に三好明彦を登録した後、左手のメシアスの聖鍵を放り投げた。
すると聖鍵が透明になっていき、やがて消滅する。
「最初の俺に最初の聖鍵を送った。これで俺が最後の俺だ。ループは閉じた」
今この瞬間、無限の連環は閉ざされ、ひとつの輪となった。
聖鍵はグラナドの因果の逆転により、ループの最後のアキヒコである俺から、一番最初の三好明彦へと送られた。
ループを終わらせるという、俺にとっての最大の目的がここに成った。
ループが始まった理由は他でもない、終わらせる為に始まったのだ。始まりの因果が逆転していたのだから、理由も逆転してしかるべきだったのである。
三好明彦はなぜ自分に聖鍵がもたらされていたか、何故使えるのかををウジウジと悩んでいたが、馬鹿馬鹿しいほど簡単な理由だったわけだ。
あれは最初から、俺によって俺が使えるように規定されていたのだ。
『いつでも、私達を追い詰められる立場でありながら……放任されていたのは、私達のほうだったと……』
「今回の『ライアー』の一件がなかったら。
俺が自分の弱い部分を切り離せることに気づいていなかったら、もう少し”遊び”を続けたんだがな」
『はぁ……本当に、陛下は。酷いです。あんまりですよ』
完全に気力を失ってしまったベニーは呆然自失といった体だ。
「悪いが、しばらくはパトリアーチともどもパズスの管理だけやってもらう。Aランクだけは再付与しよう。中枢区の出入り以外は好きにするといい」
『私達のループ観測も終わりました。今更、何があるっていうんです?』
「まだ観測してない過去世界のデータ収集がある」
『……最善の世界という未来を実現できないのに、過去なんて集めた所で……』
「この世界を少しでも最善に近づける為に、頑張ればいい。まあ、今すぐやる気を取り戻すなんて無理かもしれないが」
『……正直、今回のことは堪えました。私もパトリアーチも自壊を選ぶかもしれません』
「そうか」
今更彼女たちが犠牲になると聞いたところで、それはそれで仕方ないとしか感じない。
彼が聞いたら、何としても助けたいとなどと言い出すだろうが。
「なら、最後にパトリアーチと話をさせてくれ」
『私に許可をとる必要なんて、ないでしょう……。今だってAAランクが剥奪されたのにここにいられるのは、陛下が許可してくれているからです。立場が逆ですよ』
「そうだが。一応な」
『やっぱり今回の陛下は嫌いです。最低です!』
俺は彼女の言葉に薄く笑ってみせる。
「そのとおりだが、何か?」
俺はパトリアーチに会うべくパズスへと転移するのだった。
いっぱいアキヒコが覚醒しちゃって、わかりづらくてすいません。
自我持ちのクローン…もとい、並行世界の三好明彦で注目すべきは以下。
他のクローンはどうでもいいじっぱひとからげ、全部『オリジン』の支配下におかれてるんで気にする必要なし。
自我持ちクローン紹介①
・『ライアー』
息を吐くように嘘をつく個体。嘘を司る。
典型的な俺TUEE野郎であり、他人をコケにするのが大好き。
人殺しをなんとも思わないどころか、むしろ楽しむ。生き返らせればいいじゃん派筆頭。
・『ノブリスハイネス』
一番最初に聖鍵王国ピースフィアを建国した三好明彦。変態を司る。ウラフ族のハーレムを作り、あらゆる贅沢や欲望を極めつくしたが、フェイティスにより毒殺された。殺されたこと自体はある意味当然と受け止めているので気にしてない。
・『殺戮王』
初めてリプラやヤムのルートを開拓した三好明彦。ロリコンを司る。
自分のミスで彼女たちが浄火派残党に殺されてしまった事により、狂乱。アースフィアにおいて殺戮王として恐れられるようになった。
『ライアー』とは全く別の意味で人殺しをなんとも思わない。




