Vol.26
俺がやっているのは、あくまでゲーム。
だが、俺の身勝手なゲームに付き合ってもらう彼らは、その日を真剣に生きる者たちだ。
少し前の俺からすれば、眩しい存在である。
そんな彼らをおちょくってやりたいという願望がないと言えば、嘘になる。
「だけど、やるからには……この艦の連中ぐらいは、しっかり面倒見てやらないとな」
元来、俺はペテン師だ。
自分で本音だと思ったことすら嘘なんてことはザラである。
俺の言うことをまともに聞いてはならないのだ。
だが、情が湧いた相手に対して非情になれるほど、俺はまだ人間をやめていない。
フェーダ星系の人間全部なんて無理な話だが、艦のみんなとはシャゼ・アクス特務少佐として仲良くやって行きたいと思う。
ひととおり挨拶は済ませたが、今後俺がフェーダ星系で主に絡んでいくのはエイジ周辺に留めておく。
またフェーダ星系の人間全てに対する義務感みたいなものを抱いてしまったら、また俺の偽善精神が目覚めてしまいかねない。
深入りは良くないのだ。
改めてミーティングルームでクルーが集まって俺の着任挨拶と、拘束が解かれること、そして今後の任務についての詳細が艦長の口から語られた。
「まず、我々の任務は今後……単艦での遊撃任務となる。これは、デュナミスに関する機密を守らねばならないということと、アーレスの試験のためでもある。危険ではあるが、規模的に戦えそうなエネルゲイアのみを叩くことになっている」
クルー全員が一様に不安そうな顔をした。
普通に考えて、無謀もいいところである。
「明日0600、モルモッティアは『スターホルス』を出港、最初の遊撃ポイントに向かう。諸君の奮闘を期待する」
この後、具体的にどういう進路を取るかといった話が参謀から告げられる。
ルナベースに集められた情報を元に、特務機関ネクサスに丸投げしておいた。
まだ、この世界の勝手がわかっているわけではないので、情報だけ与えて任せてしまったほうがいい。
やばくなっても、なんとでもなるだろうしな。
それより、俺が気になっているのは他のことだった。
それに対する対策をするために、ミーティング終了後の艦長に会いに行く。
「艦長。モルモッティアの指揮は引き続きやってもらっていいのですが、モナドギア隊の指揮は自分が執るということで」
「まあ、元からそのつもりでしたがな」
「早速なんですが、出港の前に今後の連携を取るためにも、宙間戦闘の模擬戦をしたいのですが」
「ええ、構いません」
「アーレスも出してよろしいか?」
「……無論です。むしろ、アサカ少尉はまだ実戦は一度しか経験していないので、鍛えてやってください」
艦長の言質は取れたので、さくっとモナドギアのパイロットたちを格納庫に集めた。
「そういうわけなんで、これからチームに分かれて宙間戦闘の模擬戦を行なう。チーム分けは俺とエイジ・アサカ少尉がAチーム、ティナ・ナイン少尉とジョントム少尉をBチームとする。装備をペイント弾に換装しておけ」
Bチームのふたりは無言で敬礼して、自分のゼダに駆け寄っていく。
模擬戦とはいえ、共和国の軍人である2人は真剣な面持ちだった。
だが、軍属に過ぎないエイジ君は少々戸惑っている様子だった。
「どうした、アサカ少尉」
「そ、その……まだ宙間戦闘はシミュレーションでしかやっていませんので……」
「アーレスは換装なしで宙陸両対応のモナドギアと聞いていたが?」
「いえ、その僕がですね……」
もじもじしながら、顔を赤くするエイジ君は、まるで女の子のようだ。
いや、こいつホントに男か?
思わず身体データ検索をかけてしまったが、間違いなく男だ。
男装している女というわけではない。
これが、男の娘というものか。
「誰でも初めてはあるさ。シミュレーション通りにやれば、大丈夫だ」
「は、はい」
ありきたりな励ましにも関わらず、エイジ君はそれで勇気が出たらしい。
元気よくアーレスに向かっていった。
「さて、主人公に花を持たせてやらんとな……」
俺は自分の機体であるリゼダ・カスタムを見上げた。
ディルスキン共和国の主力モナドギアであるゼダを改良し、バーニアの出力を大幅に上げて、関節部駆動を改良したのがリゼダである。
主に分隊長クラスやベテランの愛機であるが故に、戦果も高い。だが、武装はゼダと全く同一……光学兵器を使えず、実弾武装のみである。
主力武装の115mmアサルトライフルは、エネルゲイアのバトルポッド・アーグラーの装甲に対して充分な威力を発揮するとは言いがたい。
だが、俺のリゼダは特務機関仕様のスペシャルカスタム機なので、光学兵器を使うことができる……という設定である。一応、それ専用のビーム出力用バックパックは装備しているわけだが、普通のリゼダに搭載したら重すぎて、機動力が損なわれる。
だが、俺の機体の中身はグラディアなので平気である。この辺はいろいろとズルをさせてもらった。
一応フォローしておくと、エイジ君が基礎設計したアーレスは、ゼダの5倍以上のエネルギー出力を誇る。乗り手が乗り手なら、ちょっとした無双が可能だ。
残念ながら、エイジ君は戦闘の方はまだ素人である。本来であれば、アーレスは正規のテストパイロットが乗り込むはずだった。
だが、エネルゲイア襲撃でテストパイロットは重傷を負った。デュナミスの一件で新規のパイロットを調達するのも難しく、守備隊の2人ではアーレスの操縦は務まらず、俺も辞退。結局彼が乗り続けることになったのだ。
エイジ君の訓練が充分ではないのは、そのあたりに起因する。
俺はリゼダに乗り込み、エイジ君に個人回線を開いた。
コクピットの中のエイジ君は、少し震えていた。
「……宇宙は怖いか?」
「いいえ、宇宙育ちですからそれは大丈夫です。ただ、宇宙で戦うのは怖いです……」
「その恐怖に飲み込まれれば、死ぬことになるぞ。恐怖をなくすのではなく、克服するんだ。いいな」
「はい! と、ところで……シャゼ少佐はパイロットスーツを着ないのですか?」
よっしゃ、ツッコミキター。
「俺は出撃したら、必ず帰ってくる主義なんでな」
これを言うためだけに着ていないとは流石に言えない。
「そ、そうなんですか」
でも微妙な反応だった。
そりゃそうだよね。
「では、俺が先に行く。後からついてくるんだ。
シャゼ・アクス。リゼダ……出る!」
モルモッティアのカタパルトから出撃し、その勢いでスターホルスのハッチまで跳ぶ。
体にかかるGがむしろ心地よい。モナドギアを駆るために調整したクローンなので、負荷についていけないなんてことはない。
実を言うと、引退後病死したモナドギアのエースパイロット……ハインリッヒ・ルーデル大佐のバトルアライメントチップをキーキャリバーにセットしてあるので、腕も十分である。今のところ追随してこれるパイロットはいないはずだ。
後続のパイロットたちも、無事にハッチまで到着した。
もちろん、ここから直接宇宙に出るわけではなく、圧力調整を行うスペースを通って、そこから今度こそ宇宙空間へと躍り出る。
元守備隊の2人はもちろん、シミュレーションをこなしていたエイジ君も問題無さそうだ。
俺もチップのおかげで自在にモナドギアを操れていたが、やはり体が勝手に動くような感覚だ。グラナドと一体化しているときは自然とできていたことなのに、おかしな話である。
「では、ひととおりやってみるか。まず、チーム同士の対戦だ。ホルスから離れ過ぎないように気をつけつつ、自由に戦え」
「「「了解!」」」
俺とエイジ君のAチームは、俺が個人戦闘力に勝るもののエイジ君は素人同然、もちろん連携は初めて。守備隊2人組は経験と連携で一日の長がある。
何気に実戦経験が一番多いのが俺だというのは、皮肉な話だ。
あちらはフォワードを務めるのがナイン少尉、バックスがジョントム少尉のようだ。
こちらは、最初のうちは俺がエイジ君を補佐する方向で陣形を固めた。
「見せてもらおうか。アーレスの性能とやらを」
「は、はい!」
最初のうちは被弾の目立ったエイジ君だったが、流石に機体性能が高い。
こちらがジョントム少尉の気を引いていた間に、見事ナイン少尉のゼダに撃墜マークをつけた。
「やりました!」
「ま、負けちゃった」
2人の勝敗が決した瞬間、こちらも遠慮なくジョントム少尉を撃墜した。
「よし、次は組み合わせを変えるぞ」
こんな調子で訓練を続けたのだが、俺の本当の目的は別にある。
「……待て、訓練中止。妙だな……」
「どうしたんですか、シャゼ少佐?」
俺の訝りに、ナイン少尉が不思議そうに聞いてくる。
「あちらの暗礁空域が、一瞬光った」
「本当ですか?」
嘘である。
だが、暗礁空域にある連中が潜んでいるのは事前にわかっていたことだ。
「偵察に出る。お前たちは別命あるまで、ここで待機だ」
「あっ、シャゼ少佐!」
俺は引き止めるエイジ君に構わず、暗礁空域の方向へ飛ぶ。
実を言うと、この空域には現在エル=フェーダ統一連邦の偵察部隊がやってきている。
本当はステーションに滞在している段階で俺の情報網に引っかかっていたわけだが、流石に一介のパイロットに過ぎないシャゼ・アクスが敵の発見を事前に知らせるのも妙な話だ。
そこで訓練中に偶然、敵部隊を発見するという……ありがちなパターンを使わせてもらった。
これで自然なシチュエーションを演出できる。
連中はこちらをやり過ごすつもりのようだが、残念ながらドローンの中継する映像のおかげで俺からは丸見えだ。
「連邦軍のソームだ。お前たちは、モルモッティアに戻って武装を戻して来い」
「そんな、少佐はどうするんです!?」
「発見できなかったフリをして、そちらに戻る。まあ、あっちが撃ってくるようなら応戦するまでだ。それと、アサカ少尉はアーレスを出すな。ヤツらの目的はおそらくアーレスのデータ収集、そして可能なら奪取だ」
無論、このあたりも推測などではなく確定情報だ。
連邦はここでアーレスが開発されていることを『スターホルス』の連絡員から掴んでいる。
こちらの規模も見切った上で、モナドギア一個中隊……12機のソームを用意してきているのだ。
とはいえ、暗礁空域に潜んでいるのは偵察に来ていた1個小隊3機のみ。
ソームは可もなく不可もなく、特徴がないことが特徴のモナドギアであるが、生産性と汎用性に優れ、しかも光学兵器の出力が可能だ。
だが3機以上で集中砲火を浴びせないとバトルポッド・アーグラーのエネルギーシールドを抜くことができないので、やはりエネルゲイアに対しては力不足である。
さて、連中がどう動くか……少し、通信を盗聴してみるか。
「あのリゼダ……模擬弾のままですよ。やれるんじゃないですか?」
「馬鹿言うな、俺達の任務は偵察なんだぞ。あいつだってこちらに気づいているわけではあるまい」
「でも、じゃあ何のためにこっちに来たんです? ほら、今なら無防備なケツをやれますよ……!」
アッー!
「ええい、やってやる!」
「おい、ジィン伍長!」
隊長の制止も聞かず、1機のソームがビームガンを俺に向けた。
その瞬間、リゼダがアラームを鳴らす。ロックオンされたのだ。
一条の光がリゼダのバックパックに吸い込まれ……ることなく、デブリに命中する。
「消えた!?」
「アイツ、わかっていて誘っていたんだ!」
ご名答。
ちなみに消えたんじゃなく、照準に集中していたパイロットの視界の外に向かって回避機動を取っただけだ。
ソーム隊はやむなく俺にビームの一斉射撃を見舞うが、こちらは暗礁空域に漂う残骸を盾に使いながら後退する。
「逃げるぞ!」
「追いましょう! 今ならあいつは攻撃できないはずです!」
「仕方あるまい……囲い込め!」
隊長も見つかった以上、俺を逃がすつもりはないようだ。
「さて、と。お前らにもちょっと遊びに付き合ってもらうぞ」
散開して、俺を包囲しようとするソーム。
だが、この戦術は視界のいい場所ならともかく、暗礁空域のような場所では互いの位置も掴みにくくなるため各個撃破される危険が高い。
連邦のモナドギア開発はディルスキン共和国よりも後発であり、パイロットも実戦経験が少ないため、隊長クラスですらこのようなミスを犯す。
数で劣るディルスキン共和国が、遅れながらとはいえモナドギア開発に成功し物量にまさるエル=フェーダ連邦に対して戦えていた理由だ。
「それに、こういう場所ではスピードも制限されるからな」
宇宙の暗礁空域は、過去の戦いで撃墜されたモナドギアや宇宙船が重力の関係で同じ箇所に集まっている場所のことだ。
隠れるにはいい場所だが、戦闘には不向き。
現に俺に対する射撃は、こちらが大して回避機動を取っていないにもかかわらず、デブリに命中して有効打が出ていない。
まあ、こちらはルナベースの情報支援でデブリを計画的に遮蔽に使うのが簡単なおかげでもあるんだけど。
「さて、実験その1」
俺のリゼダは中身がグラディア。
限定的ではあるが、俺が量産鍵を使うことで、限定的な因果の逆転が可能である。
すなわち。
「うわッ!?」
「な、なんだ。何をされたんだ!」
俺は、当てずっぽうにペインド弾を発射しただけだ。
だが、ソームのうち1機の頭部に見事命中。メインカメラを潰すことに成功した。
「悪いな。こっちの弾は、当たることが最初から決まっているんだよ」
この無限連環宇宙では、因果の逆転を利用したループが形成されている。
だが、これはむしろ因果律逆転のちょっとした応用であり、基本的な使い方はこっちの方だ。
すなわち、発射と命中の逆転。
ライフルを発射するという原因があるから、敵に命中するのではなく。
命中するという確定した結果が先にあり、ライフルを発射するのはきっかけに過ぎない。
撃った以上、絶対に当たる。
「くそっ、たかがメインカメラがやられた程度! ただのまぐれだ!」
いきり立った連邦のパイロットが、俺にまっすぐ突っ込んでくる。
こちらが射撃でダメージを与えられないことを見越してのことだろう。
「なんの、やらせん!」
そう叫んだ瞬間、俺の目の前にデブリが現れる。
こんなこともあろうかと、残骸をいくつか空間収納しておいたのだ。
「うわああ!」
突撃の勢いを止めることができず、ソームは残骸に突っ込んだ。
スピードが乗っていたせいで脚部がまるまる潰れ、あさっての方向へ飛んでいく。
「おっと」
そのまま別のデブリに衝突してしまいそうだったので、ソームの肩部をリゼダのマニュピレータで掴み、減速させた。
「やめとけやめとけ。お前らじゃ勝てないよ」
「な、なんだと!」
接触回線を開いて、挑発する。
他の2機が射撃で援護しようと構えるが、トリガーは引かない。下手すると味方にあたってしまうため撃てないようだ。
こちらを振りほどこうとしたソームを、逆に隊長機の方へ突き飛ばす。
その勢いを利用してこちらは後退、更に距離をとる。
「くそっ、あいつロクな武器も持ってない癖にコケにしやがって……」
「伍長、その脚では無理だ。ヤツもこちらと戦うつもりはないらしい。後退するぞ」
「覚えていろよ、宇宙人種が!」
隊長機は破損したソームの肩を掴んで、下がっていく。
もう1機の僚機はしんがりを努めるようで、牽制にビームガンをこちらに向けつつ、やはり下がる。
「さすがに、もうノッて来ないか」
これで、モルモッティア出港時には12機がまとめてかかってくるだろう。
本番はそのときだ。
「シャゼ・アクス、これより帰還する」
モナドギア同士の実戦は、俺にとってはこれが初だったわけだが。
俺の感想はたったひとつ。
いやあ、舐めプって本当にいいものですね!
モルモッティアに戻ると、ちょうどモナドギア隊の武装換装が終わった様子だ。
「シャゼ少佐、すごかったです……!」
格納庫に降り立った後、感動に打ち震えた声で出迎えてくれたのはエイジ君だった。
「おいおい、俺は逃げまわってただけだぜ?」
「それでも、すごかったですよ!」
純粋な子供特有のあこがれの視線を向けられると、流石にちょっと照れくさい。
さすがに今更聖鍵の力だからと卑下することはないが、恥ずかしいものは恥ずかしい。
ナイン少尉もニコニコ笑いながら話しかけてくる。
「シャゼ少佐。言われたとおり、実弾に切り替えましたけど……これなら必要なかったですか?」
「いや、ヤツらは応援を呼びに行っただけだ。この後、数を揃えてやってくるだろう。これから艦長にすぐ出港するように話をつけて、作戦も立てないとな」
正直、手持ちの戦力だけでは厳しい。
俺はなんとでもなるだろうが、相手の数が多い。
戦ってる間に、仲間は全滅していましたでは困る。
いざ会議では、アーレスが狙われているという点について艦長と意見が一致した。
「他に狙われるものは、ここにはありませんからな」
「スターホルスを占拠しても、連中に維持する能力はない。防衛施設を相手にしないためにも、我々が港から出たところを狙うつもりでしょう。
今なら本隊に港を封鎖される前に出港できるはずです」
出港の準備がまだ全部終わっていないからだろう、艦長は嫌そうな顔をした。
「応援を呼んで籠城するのは?」
「こんなところに来やしませんよ。上層部はアーレスそのものに大して期待してないんです」
ちなみに、これは本当。
俺が介入していなければ、アーレスは連邦に奪取されるか、ここで飼い殺しにされるかのどちらかだ。
「シャゼ少佐、敵戦力はどの程度なんでしょう?」
「少なくともモナドギア1個小隊。最低でも1個中隊はいるだろうな。大隊規模の戦力を割く余裕は連邦にもないはずだ」
オーリヤ准尉の質問に、あらかじめ用意しておいた解答を提示する。
「戦力比は、こちらの守備隊の残存戦力と防衛施設を使えば互角といったところでしょうが。さっき申し上げたとおり、籠城してもこちらが動けなくなるだけです。大丈夫、俺に考えがあります」
「どうするつもりかね?」
「ちょっと……狙い撃ってきます」
一方その頃、ヒルデ艦隊は『スターホルス』にエネルゲイアがやってくることがないよう、足止めをしてくれていた。
「陛下、楽しんでらっしゃいます?」
「ああ、うん。潜入した彼は随分好き勝手暴れてるよ」
「ほどほどにしてくださいましね。戦争で遊ぶのは、いくら陛下でもあんまり関心しませんわ」
彼女は口を開くたびに俺に小言を漏らしてくる。
軍人であるヒルデは5兆円が目の前にぶら下がってなかったら、今でも強硬に反対を続けていただろう。
「ところで、陛下。連邦軍と実弾で戦うことになったときは、どうしますの?」
「一応、俺は殺さないように加減はするつもりだが」
「そんな覚悟で、本当に大丈夫ですの? 例え遊びで始めたこととはいえ、相手は軍人。殺す気でかかってきますわよ」
「そうだな。特に手加減する必要がなければ殺すだろう」
ヒルデは俺の軽い答えにぎょっとしたように目を見開いた。
「てっきり、もっと甘いことをおっしゃると思っていましたわ」
「そんな段階は、とっくに終わっている」
俺は自分で手を汚したくないとは言いつつも、既に汚れていることは知っている。
過去のループでのこととはいえ、殺人経験が皆無というわけではない。
知らないフリができた前ならともかく、今は無理だ。
そしておそらく、彼は……。
「ヒルデ。これは確かに娯楽を兼ねてはいるが、フェーダ星系の戦争を終わらせるという目的も確かにあるのだよ」
「そのための犠牲は許容できるということですのね。安心しましたわ」
「今更、チグリだけに汚れ役をやらせるわけにはいかないからな」
この辺りは、俺の中でも意見が分かれている。
人を殺すのはダメだ派。
人を殺してもいいんじゃないか派。
人を殺しても生き返らせればいいんじゃないか派。
人を生き返らせても殺したら罪には変わりない派。
殺す覚悟wwテラワロスwww派。
同一の俺で他ループの記憶がないとはいっても、各世界の経験値を積んでいるクローンたちは元いた世界の意識に引っ張られやすい。
というより、既に何人かは……。
「わたくしが申し上げたこと、気にしてらっしゃいますの?」
「いや、そんなことはないが」
「深く考え過ぎないように、今回の遊びを提案したんですわよね」
「……そう、だがな」
全部がそうだというわけではないが、彼女の指摘も一部に当てはまる。
いざ始めたらうじうじ考え始めてしまうあたり、本質的な部分で俺という人間が健在であることを確かめられるというのもあるし、それでもやはり全部じゃない。
俺はややこしいのだ。
「陛下も難儀な性格をしてらっしゃいますわね」
どこまで見切っての発言なのかは知らないが、ヒルデの言うことは的を射ていた。
「こういうことを始めた一番の目的は、やはりストレス解消だ」
「陛下は聖鍵を使うには、甘すぎますものね」
敢えて優しいという言葉を使わないあたり、ヒルデの性格が出ている。
でも、彼女との付き合いで、これがヒルデ流の慰め方なのだとわかる。
下手に同情されたりするより、気分が楽になるのだ。
「いいですわよ。こうなったら、とことん付き合いますわ。銀河に陛下の悪名を轟かせて差し上げますことよ」
「……できれば、ほどほどに」
彼女の好意に甘えつつ、本体であるところの俺は他の星系の自分と同期を試みた。




