Vol.23
「さて、他に聞きたい話はあるか?」
オクヒュカートもノってきたようだ。
なんだかんだ秘密主義に見えて、結構話したい事が多いに違いない。
逆にラディは、こちらが何か問いかけるまで無言を貫くつもりのようだ。
「そうだな。あとはダークス系の能力の話かな。確か、マインドクラッキング……だっけ? あれも能力なのか?」
「あー……結果的に使えるのがオレぐらいなだけで、別に独自の能力ってほどでもないな。ほれ、聖鍵がなくてもマインドリサーチを使う方法はあるだろ? アレにダークスの研究成果を混ぜたもんだと思えばいい。お前だって、魔性転生すりゃできるようになるぞ」
「いや、遠慮しておく」
現状、俺自身が魔性転生するメリットはあまりない。
パトリアーチに対抗するために、必要になる可能性もあるが……。
ん、パトリアーチと言えば……。
「そういえば、さっきは気にならなかったけど……どうしてパトリアーチは、ダークスの力に手を出したお前から、聖鍵だけしか奪わなかったんだ? 他の施設も封印しようと思えばできたんじゃ……」
「さあな。大方、聖鍵さえ回収できればどうでもよかったとか、そのあたりだとは思うが。何か、そうできない理由でもあったのか……」
「勇者よ、もしかすると例のゲストアカウントのランクが関係しておるのではないか?」
「ランク? ああ……」
ラディの推測は、確かに如何にももっともらしく思える。
永劫AAランクは、聖鍵での上書きすらできない強権だ。
俺はもちろんのこと、ラディ、オクヒュカート、パトリアーチ、ベニーがランク所持している。
剥奪する方法はたったひとつだけあるが、今回の宇宙規模だけでは到底不可能だ。
「おそらく聖鍵の本来の役割は破壊でも戦闘でもなく、他者に強力な力を与えられる支援機能なのであろう。そなたの建国したピースフィアの国が曲りなりにも成り立っているのは、他者にもメシアスとやらの技術を使わせることができるからではないか」
確かにそうなんだよな。
聖鍵派スタッフは言うに及ばず、国民にも最低のEランクを与えるだけで、テレポーターなどの利用も簡便になる。
逆に、使わせたくない者には絶対に使わせないようにできるのだ。
だからこそ、万が一技術の一端が漏れたとしても問題になることは少ない。
そのはずなのだが、クーデター事件などの黒幕の存在を考えると……。
「なるほどな……パトリアーチと言えども、聖鍵なしで同格ランクのオレから施設を奪うのは難しかったわけか……?」
そこまでオクヒュカートの言葉を聞いて、俺の中にひらめきが走った。
「……ひょっとしたら、わかったかも。ベニーの役割」
「ん? 例の女が、またここで出てくるのか?」
「前からおかしいとは思ってたんだよ。パトリアーチは、情報電子生命体なのにわざわざメッセンジャーにベニーを仕立ててる。
てっきり面倒くさいから自分でやらないのかと思ったんだけど、ひょっとしてあいつ……聖鍵の剥奪以外出来なかったのと同じで……自分では、できなかったんじゃないか?」
「どうしてできないんだ……?」
「わからない。ループ観測とかと関係があるのかもしれないけど、俺が召喚されるまでの介入が不自由だったり、教団の仕立て方だったり……かなり制限が多いように感じる。そもそも、あいつは最善の世界を探しているのに、自分ではそれをやろうとしていない」
「そう言われてみれば、ややこしいことしてるよな……」
「ベニーみたいに、生体義体を操れば召喚される俺の代わりに勇者をやることだってできるはずだ。それをしないのは……」
「やりたくないか、あるいはそもそもできないからか」
むしろ、そのあたりにパトリアーチの弱点があるのではないだろうか。
事実、あいつはパズスで籠城して自分の弱みを極力見せないようにしている。
「で、ベニーとやらがいると、それができるようになるということか?」
「あの子はルナベースへのハッキングもお手の物だったしね……でもって、ラディの言うとおり、それも聖鍵のおかげだとしたら」
「それって……どういうことだ?」
「あの子は、俺と出会った後、一度聖鍵を通らないとこの世界に本格的に介入できないって言ってたんだ。だから……」
「そのとき、聖鍵に入ったのか!?」
「ああ……」
あのときは、ループ世界について知った直後だったため、警戒を怠っていた。
ベニーが多くの情報をもたらしてくれた存在だということもあって、押し切られた。
「……オレがベニーとかいう子を知らないのも……」
「そのときは、まだいなかったのかも」
「教団はむしろ、今よりも強い力を持っていたぞ……聞いた話では、教団の担当をしていたとかどうとかじゃなかったか?」
「それは、彼女の本当の役割じゃなかったのかもしれない」
すべてがループ世界観測のためのポーズだったとしたら。
彼女から得た情報に、誘導が多かった可能性も高い。
「まあ、待てふたりとも。すべて推測の域を出んぞ。何の確証もないうちから、疑惑だけで動くのは危険だ。何事も思い込みというのは恐ろしいものだからな」
ラディのツッコミが入ったことで、俺達はひとまず考えを整理することにした。
「ともあれ、そなたたちの話を聞いてわかったことがある。パトリアーチも決して万能ではないことと、ベニーがかなりの重要人物である可能性が高いことだ」
「それでも、俺たちがいつ聖鍵を取られてもおかしくない状況にあることは変わりないよ」
「うむ。それどころか、完全な敵対ともなれば教団やルナベースそのものが乗っ取られる可能性も高いわけだな」
「一応、手を打ってはいるんだけどな……できれば、パトリアーチとも穏便に解決を測りたいんだけど……」
「それなのだが、勇者よ」
ラディが顎に手を当て、首を捻りながら聞いてきた。
「余は、何故そこまでパトリアーチを敵視するのかがわからん。ループの打破ではなく、ループを続けることこそがヤツの目的というのは、信用できるかわからんベニーの言ったことなのだろう?
本当だったとしてもだ。ループを打破することを諦めたところで、今までと同じ世界が続くだけではないのか? それは、そこまでまずいことなのか?」
ラディの疑問はもっともだ。
オクヒュカートも続く。
「……確かにな。お前は確かに極端なレアケースかもしれないけど、そもそも5兆って周回数としては少ないほうだと思うぜ? まだ、この先チャンスがあるかもしれないじゃないか。まあ、オレはなんていうか……目的を達成できちゃったんで、ちょっと他人事みたいに思ってる部分はあるけどさ。
正直、オレはパトリアーチに負けるのは悔しいけど、逆らわなければ平和に過ごせるんだ。わざわざ喧嘩売る必要はないと思うんだが」
「余も賛成だ。そなたは、少々焦りすぎではないか?」
じっと見つめてくるふたりに、俺の言葉は自然と口をついて出た。
「……正直、俺は今の世界が好きだ。変えたくない。だけど……これからも世界が繰り返されることによって、何度も何度も人々が苦しんでいくのは、違うと思うんだ。パトリアーチが仮にループ打破のために世界を繰り返しているんだとしても、その世界で暮らしている人にとっては一生に一度のこと。
なあ、ラディ……」
「む……」
「お前は他の並行世界でこれからも魔王として君臨し、人々を苦しめ続けるんだ。それが最善だと信じてな」
「…………」
「それに、ほとんどの世界ではオクヒュカートの手助けがない。今以上に先に進める可能性はほとんどないんだ。シーリアとだって、次以降は和解できないかもしれない」
「……それでも、少なくともこの宇宙だけは救えるかもしれん」
「ああ、聖鍵がなくなったとしても、この宇宙だけならなんとかなるだろう。パトリアーチがいなくなった後も、遺産は使えるわけだしな。聖鍵でよく使う機能だけだったら、いろいろと兵器を組み合わせることで再現できるわけだし」
「ならば、よいではないか。今のアースフィアを天秤にかけてまで、やらねばならんことなのか? 今ある平和を捨ててまで、掴まねばならん未来なのか?」
「ああ。それは絶対に必要だ」
断言する。
これだけは、譲れない。
「今の無限連環世界は、何をやっても一からやり直しになるも同然だ。何をやろうと、また同じところから始めなければならない。何かを成し遂げたとしても、それは一過性のものだ」
「永遠など、元よりあるものではない。それに繰り返すということは、何度でも挑戦できるということではないか?」
「力があるなら、そうだろう。だけど、虐げられる弱者たちは違う。次に生まれ変わるときこそはと願っても、また同じ人生を歩むことになる。生まれる前に死んでいく子供は、次の世界でも同じように死んでいくんだ」
「それは、仕方のない事だ。力なきものが滅ぶのは、世の定め。弱者を保護する世界は、いずれどこかで歪みを生み出すぞ」
「でも、それがパトリアーチただひとりの利己的な目的のために繰り返されていいわけがない!」
「……お前の前身だろう? 聖鍵を使って自分の子供じみた理想を叶えようとする、そなたにも言えることだと思うが?」
「なん……だと……!?」
「ストーップ! ストップストップ!! 子供に喧嘩になってるぞ、お前ら」
……む、熱くなってたか。
オクヒュカートが止めてくれたので、なんとかこれ以上ヒートアップする前に終わらせた。
「互いに譲れないものはあるだろうさ。ここはまあ、抑えろ。ザーダスも言い過ぎだ」
「むぅ……」
「なあ、アキヒコ。無限連環宇宙の在り方が気に入らないってのは、わかった。でも、可能性を統合されちまったら、今のオレたちがどうなるのかは、わかってるんだろ?」
ダークスの存在そのものの消去のために、インフィニティ・グラナドを解放し、ループを終わらせる。
ディオコルトはもちろん消えるし、ラディも魔王になることはなく、オクヒュカートはひょっとしたら俺に統合されるかもしれない。
ディオコルトがいなくなれば、おそらくヤムも生まれてくることとはできないだろう。
その代わりに、リプラが幼心に傷つくこともない。そして、誰かと結婚したときにヤムが生まれてくるように俺が調整することは可能だ。
フランもリプラも、ダークスがいなくなることによって人生が大きく変わる。
メリーナとライネルが幸せになれる未来を作ってやれるかもしれない。
チグリには、魔法の才能を与えておいてあげれば……きっと大成できるし。
ダークスがいなければ魔王はおらず、両親が遠征に出ることもないので……シーリアも剣聖アラムになろうとしないだろう。
リオミは、両親が石化されることもなく、幸せに暮らせるはずだ。
そして、俺は。
ダークスが存在しなくなることによって、俺が勇者として召喚されることは……ない。
そもそも、三好明彦という存在は宇宙に規定されなくなる。
本当の意味での神になる。
なってしまうのだ。
「それでも……今の宇宙のままじゃ、いけないと思う。俺だって、過去のループまで否定する気はない。そのおかげで、今があると思えば尚更だ。だけど、これから起こる悲劇も放置しておくっていうのは、俺にはどうしても我慢ならない。
だって、気に入らないから繰り返すなんて……完全調和宇宙を目指して破壊と創世を繰り返した造物主と、まったく同じじゃないか」
造物主の名を聞くと、ふたりとも黙りこんでしまった。
「……なるほど。根っこはそこか」
オクヒュカートが納得したように頷いた。
俺も元々は、リオミのためにループを打破しないといけないと考えていた。
だが、オクヒュカートを追い詰めたことで、それも解決した。
それでもループ世界が続くことを何としても止めたいという俺の執念は、膨らんでいく一方だった。
「お前はもともと、造物主を倒すために造られた神殺しの概念だ。他の俺と意見を異にするのも、ある種当然だってわけか……」
唸るようにオクヒュカートが苦い顔をする。
「やっぱり、他の俺達は……」
「ああ、お前とは違うよ。まあ、他ループのことなんざほとんど知らないけどさ。少なくとも俺は、宇宙とか他の人間のことなんかどうでもよかった。リオミさえなんとかできれば、それでよかった」
ダークスに魂を売ったオクヒュカート。
だが、その在り方は俺なんかより人間臭く思える。
「……余の意見は変わらんぞ。そなたのやろうとしていることも結局、繰り返しがないだけで、今の世界を否定することと同じなのだからな。そなたと出会ったことで運命が変わった者たちの命を上書きするということは、やはりそれも破界再世と同レベルだと考える」
「きっと、その考え方の方が人間的なんだろうな」
宇宙の在り方を書き換えるということは、結局どこかで今あるものを破壊しなくてはならない。
次の生まれ変わりでもっと幸せになるから、今を捨てていい……どの程度の人間が、同じように考えられるのだろう。
きっと自分に不満を持つ者や世の中に不平不満を持っている人間ほど、そう願う。
ああ、そうか……俺はそれで……。
「そなたにはもうすぐ、子供も生まれる。父親になってから、同じことを考えられるかどうか……少し時間を置いてみたらどうだ。パトリアーチとの和解の路線も見えてくるかもしれん。なにしろ、ヤツの目的が最善だというのなら、お前がそれを見せることによってループが止まるかもしれんのだからな」
どうだろうか。
どうだろう。
……わからない。
「今しばし、そなたは世界をもっと見たほうがいい。いい意味でも悪い意味でも、他の世界の心配をしている場合ではないとわかるかもしれんからな」
「……おとーさん?」
「ん、ああ、ごめんよ」
リプラとヤムエル担当の俺も、ついついぼーっとしてしまった。
義理の娘は、俺の膝の上で教科書を開いていた。
わからないところがあるというので、教えてあげていたのだ。
「これは公式に当てはめればいいだけだよ。全部、同じ公式で解けるからこうやって……」
「うーん、むずかしいよー」
確かにヤムエルの年齢からすると、少々先に進んでるんじゃないかっていう内容だ。
子供の頃から教えておいてあげたほうがいいというのは、学長の言葉だったか。
「こんなの、将来なんの役に立つの?」
「そうだなぁ。役には立たないかもしれないなぁ」
「じゃあ、やらなくていい?」
「うーん……」
なんか、同じようなことを親に言った覚えがあるな。
実際、数学の公式が人生で役に立ったことなどない。
「でも、これをやっておかないと、ヤムが将来なりたいものが見つかったときに、なれないかもしれないんだ」
「そうかなー?」
「お父さんのお仕事を手伝うときに、ひょっとしたら必要になるかもしれないよ」
「……おとーさんの?」
なんとはなしにそう言ったのだが、どうやらヤムエルの心に火をつけたらしい。
「じゃあ、やる」
「よし、いい子だ」
本当にいい子だ。
親想いだし、リプラが辛いばかりじゃなかったと言っていたのも、わかる気がする。
頭も悪くないし、きっと強い女性に育つ。
彼女の将来についてだけは楽しみにしておきたかったから、ベニ―には聞かなかったんだよな。
ベニーも特に注意してきたりはしなかった。
なんだかんだで、俺もベニーのことを頼りにしてたんだな……。
ラディはああ言っていたけど、ベニーは情報について意図的に嘘をついたりはしていなかったように思う。
教団関係については、まだ何か隠していた可能性は確かにあるが……。
パトリアーチとの和解。
やはり、考えておくべきだろうか。
俺が最善の世界を彼に提示することで、ループを止める。
それなら、双方が対立することなく目的を達成できる。
だが、パトリアーチの目指す最善というのが何なのか、まだわからない。
ベニーもまた、俺の世界は最適解ではあっても最善からは程遠いと言っていた。
一体、彼らはどこを目指して世界を繰り返してるのだろう。
「おとーさんってば!」
「うおっ!」
しまった、ヤムエルをほったらかしにしてしまった。
天使が俺の膝の上で頬をぷくっと膨らませて抗議している。
上目遣いで見上げてくるから、そんな顔もかわいいと思ってしまう。
「ふんだ! もう知らないもん!」
「ごめんごめん! もうちゃんとするからさ!」
素直に俺は割り当てられた役割をこなすとしよう。この考えは、他の俺に同期され、引き継がれるのだから。
リオミはこの時期、既に妊娠7ヶ月。あと3ヶ月ほどで出産確定日だ。
お腹もかなり大きくなってきていて、子宮が他の内臓を圧迫している。
食欲もかなり増しているのに、一度に食べることができないようだが、どうやらこれは食べ過ぎを防ぐ効果もあるらしい。
リオミには必ず俺がひとりついているので、彼女が寂しがることはない。
本体でないことをちょっと不満に思っているようだが、別に優劣はないんだと何度も説明して納得してもらった。
彼女にも、ラディに言われたことを話さねばなるまい。
「ねぇ、リオミ。俺がループを打破したら、今こうしていることも全部なかったことになってしまうかもしれない。やっぱり、嫌かな」
「それはそうですよ! 今ほど幸せな未来があるかもしれないって言われても、信じられないです。もちろん、アキヒコ様と結ばれるというなら決して嫌というわけではないですけど……」
統合世界に俺はいないという話をしたら確実に反対されるな、コレは。
厳密には、俺に相当する存在を創り出すことはできるが、俺の記憶を持っているアキヒコっぽい人間であって俺ではない。
俺のループ打破にかける執念は、半ば本能のようなもので……理性で押しとどめることができないでもない。
リオミのためにならないなら、世界統合はやめておいたほうがいいだろうか。
ただ単に、今回をループの最後にするならば、何も問題はない。
それなら、インフィニティ・グラナドを解放せずとも、パトリアーチにループをやめさせるだけでいいことになる。
少しずつ、勝利条件を絞り込んでいかなければ。
「それにしても、無限に繰り返される宇宙を止めるとかって……途方も無い話です。アキヒコ様は、やっぱりとんでもない事を成し遂げる方だったのですね」
「どうだろうなぁ」
正直、今の自分が人間なのか自信が持てなくなってきている。
葛藤すらも、そのように「設定」されているに過ぎないのではないかと考えてしまう。
きっと、考え過ぎなのだろうが。
こんな不確かな存在の手に、宇宙の未来がかかっているというのも、一生懸命生きている人たちに申し訳ない気がしてしまう。
昔のように、安易に過ごすことを人生のモットーとできたら、どれだけ楽だろう。
「でも、今はこの世界での人生のことを大切にしてくださいね。もうすぐ、パパになるんですから!」
「ああ、うん。そうだな」
俺が世界を終わらせない楔があるとしたら、やはり家族や子供の存在か。
彼らのために、将来のループ世界の俺達に犠牲になってもらおうという気にならなくもない。
葛藤がないとか言いつつグラッグラだな、今の俺。
「わたしたちのことは真剣に考えてほしいですけど、今のアキヒコ様は根を詰めすぎじゃないですか? もっと、好きな事をしていいんですよ」
「好きなこと、か……」
欲望のままに聖鍵を使うことを戒めては来ているが、時折はっちゃけてしまうのは、やっぱり鬱憤が溜まるからだろう。
ならば、意図的にストレス解消をしたほうがいいかもしれない。
「そういえば、リオミ。アースフィアを俺が好きにしていいって言ってたよな」
「はい? え、ええ、そうですね。ましてやアキヒコ様は本当に王になられたのですから、もっともっといろいろやってもいいと思います」
俺は王にはなったものの、自分の欲望を満たすことは戒めてきている。
できるだけ。うん、できるだけだ。
今でも充分に幸せなのだから、求めすぎてはいけないのだと。
やりたいことがあっても、我慢すべきだと。
だが、結果としてそれがストレスとなって、俺の運営に支障をきたしつつある。
これは本当に深刻で、各種リフレクソロジーやアロマセラピーでは追いつかなくなりつつある。
「……だったら、もっといろいろやってみるかな。気軽に」
「ええ、気軽にやってください!」
すべての並列思考が同期され。
艦橋で事務的にエネルゲイアの討伐を指揮していた俺の目が、カッと見開かれる。
「ヒルデ。方針を変更する。この銀河で大暴れするぞ」
「え!? な、何をいきなりおっしゃいますの?」
あまりに唐突な言葉にびっくりしたのか、ヒルデは手元を狂わせてしまった。
しばらくからかっていたエネルゲイア艦隊が、リーズィッヒ級戦艦のホワイト・レイ一斉発射により消滅する。
「まず手始めに、ピースフィアの名のもと全文明を征服してみようじゃあないか……」
「してみよう……って! でもこの間、アースフィアの外の人のことなんて他人みたいにおっしゃってたではありませんの!」
結局、俺がループを打破したいのは、俺に笑顔を向けてくれるアースフィアの人たちが苦しむのが嫌だから……という建前があるからだ。
それさえも、彼は自分の本音と思い込んでいるのだろうが。
逆に言うと、他の連中がループで苦心しようと構わないということでもあるわけだな……。
「うん。だからね、これは……」
後に、ヒルデ曰く。
「只の遊びだ」
そう言い放った俺は、すっごくいい笑顔をしていたらしい。




