Vol.22
フェーダ星系の人々が、増えすぎた人口を宇宙に移民させるようになったのは、50年ほど前。
彼らフェーダ人は、我々地球人と同じ特徴を持つベーシックな種族だ。
というのも、造物主が創造神の真似事をする際、もっともよくモデルにされていた地球人がそのまま採用されていた為である。
無限連環宇宙には、人間が多いのだ。
ともあれ、フェーダ人は母星と宇宙とに住み分けを行った。
だが、エリート意識の高い母星至上主義者たちと、追放されたも同然な宇宙移民の間には大きな溝があった。
宇宙移民は母星フェーダ人にとって、あくまで労働力だった。
あるとき、いくつかの植民ステーションがディルスキン共和国として独立を宣言。
エル=フェーダ統一連邦はこれを認めず、武力による鎮圧を試みた。
だが、ディルスキン共和国が密かに開発した人型ロボット兵器モナドギアにより、エル=フェーダ統一連邦は大敗北を喫してしまう。
これに気をよくしたディルスキン共和国は、次々と他のステーションを占領。
フェーダ星系における勢力は母星と宇宙とではっきりと分かれた。
やがて、エル=フェーダ統一連邦もまた、モナドギアの開発に成功。
このまま血で血を洗う戦争が始まるかと思われた、そのとき。
恐怖の侵略者がフェーダ星系に現れた。
エネルゲイアである。
彼らは自分たちがエネルゲイアであり、侵略者であると語った。そして一切の交渉に応じることなく、一方的に攻撃を開始したのである。
エネルゲイアは、エル=フェーダ統一連邦とディルスキン共和国に対する二正面作戦を平気で行なってきた。
漁夫の利を得るどころか、共闘すらできず、両国はどんどん追い詰められていった。
そんなあるとき、新型モナドギアの開発を行なっていたステーション『スターホルス』がエネルゲイアに侵攻された。
守備隊はあっという間に敗走し、一人の少年が勇気を振り絞って新型機に乗り込んだ。
少年は新型機で善戦するも、所詮は素人。エネルゲイアのバトルポッド・アーグラーのフラッシュレーザーライフルに、コクピットごとその身を貫かれる……筈だった。
だが、奇跡は起こった。
突然現れた謎の巨大モナド・ギアが、少年を守った。モナドギアはせいぜい18~20m程度の大きさであるが、ゆうに2倍。
レーザーは少年の目の前で何かに吸い込まれるように消滅し、逆にパトルポッド・アーグラーは白い光に包まれて爆発した。
灰色の巨大モナド・ギアは守備隊の生き残りの呼びかけに、こう応えた。
『わたくしたちは、デュナミスですわ。それでは皆様、ごきげんよう』
返答は女の声だった。
それは、新型機のコクピットに乗り込んでいた少年にも聞こえていて。
「貴女は、いったい……」
少年は、一瞬で恋に落ちていた……。
「ちょっとちょっと、待ってくださいまし!」
直後に始まったオープニング映像を無視し、ヒルデが発奮した。
「え? ん? なに?」
「これは、一体どういう茶番ですの!?」
「茶番って……実際にあったことを、俺たちがダイジェストにまとめたモノなんだけど」
「俺たちって、全員陛下ではありませんか! 仮にも妻に対して、こういうからかいはやめてほしいのですけど!」
彼女は一体なにをそんなに怒っているのだろうかニヤニヤ。
面と向かって聞くと、無神経なことがバレるので、探りを入れようかニタニタ。
「ひょっとして、グラナドにヒルデが乗ってるって誤解されたこと、そんなにまずかった?」
「そんなことじゃありませんわ!」
ですよねー。
実際、あの通信でグラナドのパイロットが女であるという情報が広まってしまっている。
翻訳機を通しても、元の声までが変わるわけではない。
んまー正直、そこはどうでもいい。
「あきらかに、わたくしに惚れてる人物が登場してるではありませんか! 創作にしたって酷いですわ。あてつけか何かですの!?」
あー、そこだったかー。
というか、そこしかないよなー。
わかってたよー、うん。
「いやいや、あれはノンフィクションだよ。ほら」
少年のパーソナルデータを表示する。
癖っ毛のあるショタっ子だ。
「名前はエイジ・アサカ。15歳にしてモナドギア工学を修めた天才少年だ。
例の新型だって、彼が基礎設計に携わってるんだよ。
重要人物には調査ドローンをつけてるんだけど、彼もそのひとりなんでマインドリサーチしてたんだ」
「ほ、ほんとうに……? わたくし、人妻ですのに……」
いけませんわ、とか言いつつも体を捻って赤くなっている。
結構満更でもないようだ。
「ヒルデは、ああいう子が好みだったのか……」
「ち、ち、違いますわ! わたくしには陛下というものがありますし!」
「ははは、冗談だ」
そうかそうか、ヒルデは禁忌に燃え上がるタイプか……意外だ。
これ以上は本気で怒り出しそうなので、やめておこう。
スキンシップは適度な距離感が大切だ。
「考えるまでもないことだけど、俺達が遊び半分でフェーダ星系に介入するのはよろしくない。
あくまでエネルゲイアの脅威を退けるほうがメインで、二国間の調整についてはフェイティスにも手伝ってもらって、ピースフィアとして別途行なう。
それはそれとして、だ。別に、俺達個人が観光がてら出歩く事自体は、別に何の問題もないんだよね」
「そ、それって……」
フェーダ星系への介入には、チグリは基本的に同伴していない。
つまり、俺達は見知らぬ宇宙でふたりっきり。
「デートしようぜ、ヒルデ」
エネルゲイア討伐はついでで、実はヒルデと仲良くなるためにセッティングした旅行プランだって聞いたら、彼女はどんな顔するだろう?
「本当に、これが宇宙ステーションの中ですの? マザーシップよりも広そうですわ」
《シェイプチェンジ》を使ってディルスキン共和国のステーションに潜り込んだ俺達は、あらかじめ偽造しておいた身分証カードのおかげで何不自由なくショッピングを楽しんでいた。
もちろん、この世界のクレジットマネーもあらかじめ入手しておいたわけで……。
「それにしても、これは魔法のカードですわね! いくらでもお金を使えるなんて、夢のようですわ!」
「あはは……」
ディルスキン共和国の身分証カードは、そのままクレジットカードとして利用できる。
カード1枚で何でも出来るし、他人には使えないようになっている。紛失した場合でも役所で再発行してもらえるので安心だ。
実際は、ヒルデの言うように無限のクレジットマネーなど利用できないのだが。
確実に彼女はカード破産するタイプだな。
ちなみに荷物は俺が持っている。持ちきれない分は、さりげなく空間収納にポイしているわけだが。
後宮のみんなにもお土産をせびられているので、買い物に付き合いながら俺自身もいろいろと買い漁っている。
お昼時になったので、俺達は噴水公園で売っていたホットドッグみたいなものを食べた。
「それにしても、宇宙の公務の合間にこんなに羽根を伸ばせるなんて思いませんでしたわ」
「いやあ、喜んでもらえてよかったよ」
彼女はエーデルベルトにいる時代から、放蕩癖があった。
嫁入りしてからも出かけていることが多かったのだが、そのほとんどが買い物だ。
彼女の場合、それでも無駄な買い物は極力避けてウィンドウショッピングを旨とし、必要なものをできるだけ安く買うことに心血を注いでいた。
今回はお金を気にすることなく、思う存分ハメを外して構わないと言ってある。
結果として、俺の計らいは成功したようだ。
「それにしても……思ってた以上に平和で暢気ですのね。ここの人たちは……」
「ああ……ここはディルスキン共和国の中でも、エネルゲイアの脅威からは遠い場所だからね」
ディルスキン共和国は宇宙ステーションの連合体だ。
おおよそ直径100kmのステーションの中に巨大な街があって、どのぐらい栄えているかは千差万別。
その中でも、この『スターエンジェル』はエル=フェーダ統一連邦とも一定のパイプを保った、いわば経済的中立区域だ。
ここに住んでいる人たちにとって、人類同士の戦争も、エネルゲイアの脅威も遠いどこかの出来事である。
ヒルデの言うとおり、ここは俺達が紛れ込んでも違和感がないような平和を謳歌する人々、具体的にはカップルや家族連れをしょっちゅう見かける。
「それにしたって、なんかおかしいですわね。聞く限りだと、それなりに重要な拠点のように思えますのに……エネルゲイアに狙われていないなんて」
「確かにな。そもそも戦略攻撃目標にはなってないわけだけど、エネルゲイアの目的を考えれば当然かもね」
エネルゲイアについてのデータは、既に結構集めてある。
ヤツらは、戦争が大好きな星間国家である。
アーグラーを始めとした逆関節つき戦闘ポッドを駆り、宇宙艦隊を編成している。
脳筋が多いが、戦術は駆使する。フェーダ星系に対して、どこを優先的に攻撃すべきかをよく理解している。
『スターエンジェル』が攻撃目標になっていないのは、おそらくここに彼らの求める戦闘がないからだ。
支配はすれども統治せず。これまで侵略された文明は、徹底破壊された後も皆殺しにされるわけではないようだ。
技術レベルとしては、フェーダ星系の数段上を言っているが、俺からするとそこそこ殴り甲斐のある敵でしかない。
「そういえば、陛下。その気になればエネルゲイアを消し去るのは簡単だとおっしゃっていましたが、どうして一思いにやりませんの?」
「あいつらがいる間は、少なくとも人間同士が争うことはないからね」
「それでも、人が死ぬことには変わりないですわよ?」
「ヒルデ。誤解があるみたいだけど、俺は死んでいく人間全員を助ける気なんてないんだよ」
「……そうですの?」
「なにより、ここはアースフィアじゃないからね」
そもそも俺がアースフィアを平和にしようなんて夢想したのは、リオミたちが優しかったからだ。
俺はまだフェーダ星系に何の義理もない。
「そんなことを言って、どうせいつもみたいに情報収集の過程で判明した重犯罪者は捕縛してらっしゃるんでしょう?」
「なんでわかんの!?」
「ほら、やっぱり。陛下のやることなどお見通しですわー」
「ヒルデ……!」
きっと今の俺の顔は真っ赤になっているに違いない。
「陛下は、いつも自分の目に入り、手の届く範囲を守ろうとしてらっしゃいますわ。
それ自体はありふれてるかもしれませんけど、陛下の場合は見える範囲が広く、手がとてつもなく長いのですわ。
……ただ、チグリにした仕打ちは、まだちょっと怒ってますのよ」
「ああ……」
チグリの手を汚させた件については、ピース・スティンガーの一件を皆に相談した後。
ふたりっきりになったとき、ヒルデに滅茶苦茶怒られた。
学院ではチグリの耳をつねったりしていたヒルデだが、宇宙艦隊勤務の関係でいろいろ話す機会があったらしく、仲良くなっていたのだ。
「あれについては、俺がチグリに求め過ぎてたよ。これじゃ、俺も彼女の実家のことをとやかく言えないな」
チグリに自分を重ねていた。
俺が聖鍵に対するコンプレックスを克服できたように、彼女にも乗り越えて欲しかった。
だけど、性急だった。もっと、時間をかけるべきだった。
「わたくしの言ったこと、覚えてらっしゃいます? 人を殺さない理想を追い求める陛下のことは尊敬しているというお話。
チグリに人死が出るお仕事をさせたと聞いて……ああ、王として頑張ろうとしていると思った一方で、理想ではなく現実を選んだんだと……残念に思いましたわ」
「……」
覚えている。
そして、彼女の言葉に何も言い返せない。
「勘違いしないでくださいましね。それが、いけないと申し上げているわけではありませんわ。
ただ、大きな力をこれからも人のために使うつもりなら、ご自身が本当は何をしたいのか、よく考えてくださいませ。
失敗は、取り返せばいいのですわ」
「……そう、だな」
失敗。
聖鍵の力があるのに、失敗している。
特異点で自分に都合のいい出来事が身の回りに置き、エネルゲイアの艦隊を瞬殺し、5兆人がかりで銀河攻略に乗り出す俺が。
ひとりの女性に自信を持たせることすら、できないなんて。
「後になれば、それが良かったってこともありますもの。自信を持ってくださいまし」
俺の表情がよほど神妙になっていたのか、ヒルデが心配そうに声をかけて来る。
「ああ……頑張るよ」
「陛下は、真面目過ぎますわ」
力なく笑う俺に、ヒルデは子供をあやすように笑い返した。
一方その頃、ヒルデとの会話を受けた別の俺は、後宮で団欒していたシーリアに質問していた。
「今まで、あまり考えないようにしてたんだけどさ。魔物を殺すのと、人を殺すのって、どう違うんだろうな」
「なんだ、やぶからぼうに」
「すまん。他所の俺の思考と同期したら、なんとなく思っちゃって」
本当のところ、俺の中で答えは出ている。
人も魔物も命には変わりない。
だが、魔物をダークスの呪縛から解放するには、殺してしまうのが手っ取り早い。
その点で、俺の中で人と魔物を殺す事に明確な認識の差異が生まれている。
魔物やエネルゲイアを殺すのは、あくまで魂の解放のためだ。
浄火された魂はガフの部屋で記憶を洗われて、再び生まれる生命となる。
輪廻転生とはニュアンスが少し違うが、やり直しをさせることができる。
人を殺すのは、たとえ悪人であっても抵抗がある。
これは、俺が日本という国で教育を受け、人殺しがいけないことだと刷り込まれたからだろう。
日本で殺人を犯せば罪に問われ、人生も台無しになるし、被害者遺族も自分の家族も人生が狂わされる。
誰も幸せになれない。
アースフィアに来ても時々地球での暮らしもしている俺は人を殺させる決断はできるようになれても、自分で人を殺すことについては一歩を踏み出せない。
なんだかんだ言って、自分で手を汚すのが嫌なのだ。
誠、卑怯者である。
「アキヒコ。私の考え方は、あくまで剣聖アラムとして生きてきた者の言葉だ。
だから、あまり鵜呑みにはしないほうがいいかもしれないと前置きさせてもらう」
「ああ、うん。参考程度に留めておくよ。聞かせてくれ」
だから、シーリアのそんな注意も適当に聞き流した。
「人も魔物も同じ命だ。何も変わらん」
「……意外だな。魔物の命は軽いとか言うと思った」
「命に貴賤がないという意味ではない。人の命が特別尊いとも思わんが。
別に、人と魔物に限った話ではない。
私に言わせれば、虫と人を殺すのは同じだ」
「…………それは」
さすがに、納得しかねる。
まるで、蚊を殺すのと人をくびり殺すのが同じだと言われているようで。
「命の大きさ、色、カタチ。抽象的な言い表し方をすれば、いくらでも人間の命の価値を高めるような言い方はできるだろう。
だが、命の数は常に1だ」
「……複数の命を持ってる存在もいるけど、そういうのでもか?」
「それは私からすれば死んでいい回数であって、命のストックなどではない。
生きているか、死んでいるか。命があるか、ないか。1か0かだ。
とどのつまり命を奪うというのは、その1から1を引くことでしかない」
「哲学的だな」
「そうか? 単純な算数の話だぞ。
人も魔物も、私が斬れば死ぬ。そこに足し算はなく、引き算しかない。
まあ、要するにだなアキヒコ。私にとって人と魔物は、殺しやすいか殺しにくいかの差でしかないのだ」
そう語るシーリアは、まるで卵焼きの作り方でも講義しているような気安さだったので
思わず、こう返してしまった。
「なんか俺、シーリアのことが全然わからなくなっちゃったよ」
「……何?」
途端に彼女の表情が険しく、そして厳しいものに変わった。
「どうして今の話で、そういうことになる?」
「俺はそんなふうに、人を殺すことを単純な引き算だなんて考えられないよ。どうしたら、そんな風に考えられるのか、わからないんだ」
「……だから言ったのだがな。これはあくまで、剣聖アラムとしての考え方だと」
「うん、ごめん」
言外にシーリアを異常だと匂わせてしまった。
当然、彼女は不機嫌になる。
「私はこの考え方を押し付ける気も、アキヒコに染まってほしいというわけではないぞ?
むしろだな、1から1を引かずに相手を制圧する今のやり方を、アキヒコには続けてほしいものだ」
私もそれに習ったのだからな、と鼻を鳴らすシーリア。
「……わかった。頑張って続けるよ」
そう答えはしたものの、俺は最近再び溜まってきたストレスの正体が何なのか、ようやく理解し始めていた。
「最近、腹は痛まないんだけどな……」
俺が一時期抱えていた腹痛は、ストレス性の胃潰瘍だった。
ピロリ菌はすぐに洗浄したのだが、油断すると再発しそうになる。
臓器そのものを人工のものと入れ替えてしまえば、もう困ることもないだろうが……。
「……」
「……」
ラディが、オクヒュカートが。
かれこれ向い合って10分近く沈黙していた。
俺からすべて聞いたラディは当然、オクヒュカートに会いたいと希望した。
オクヒュカートも裏切るような形になってしまったことを詫びたいと、パトリアーチに観測される心配のない央虚界での面会を承諾したのだが。
「……よもや、仮面の下が勇者と同じどころか……別の次元の三好明彦……信じられん」
「……本当に、魔王ザーダスなのか? 俺の知ってる魔王は、もっとこう、グラマラスで……」
あ、ようやく口を開いた。
お互いのことを、なかなか認識し合えなかったらしい。
つーか……。
「お前、仮面なんかしてたのかよ」
「仕方ないだろ? 下手な変身魔法じゃ解呪されかねないし。見せないのが一番だ」
俺のツッコミに答えつつ、コロンビアポーズでドヤ顔のオクヒュカート。
自分と同じ顔だからか、なんか物凄くムカつく。
「ラディもラディだよ……どうして、仮面の男なんて信用したんだ」
「うーむ。当時余は、同等の立場で話せるような友がおらんでな。いろいろ話すうちに、信じてしまった」
そんな具合に、一度話始めたらふたりは饒舌に語りはじめた。
身の上話やら、情報交換やら。
「そういえば、アキヒコ。もうザーダスにレベル3の情報は渡したのか?」
「渡したよ。あんまりショックを受けてなかったよな」
「余が、アースフィアの者ではないという話だな。十分に衝撃的であったぞ? だが、それ以上に納得の行く話ではあった」
そんな調子で会話をしてはいるのだが。
どうにもお行儀めいていて、まるで話題の順番が決まっているかのような堅苦しさを感じる。
ラディもオクヒュカートも、自分の切り札も奥の手も見せようとしないで腹を探り合っているように見えるのだ。
「……お前ら、まだまだ俺に話してないことあるんじゃないのか?」
「こればかりは、勇者が相手でもそう簡単にはな」
「オレの生命線なんだぞ。そう簡単に明かせるかよ」
実際切り出してみれば、こんな返しだ。
「オクヒュカートはともかく、ラディには全部話したじゃないか……」
「はて、どうかの。余の見立てでは、そなたも全てを話しているわけではないと見るが?」
くっ、鋭い。
嘘を吐いているというわけではないけど、話すことと話さないことを選別しているのはバレバレか。
だが、ふたりを仲直りさせるという初期の目的はある程度達成しているし、構わないかな。
「ともあれ、オクヒュカート。そなたの事情はわかった。あの時は仕方なく余が信頼して任せた作戦を放置して央虚界に篭っていた件に関しては、特別に、特別に! 不問に処す」
「くっ……大事なことだとばかりに2回言いやがって」
「大事なことじゃろうが!」
「いや、そうだけど! そうだけどなんか、そこまで恩着せがましく言われると……!」
というかそもそも聞いてた感じだと、仲悪そうには見えないんだよな……このふたり。
伊達に100年の長い付き合いではないということか。
「ああ、そうじゃろうとも。そもそもおぬしのおかげで、余のダークスに関する研究はかなり早く進んだわけだからな」
「ほれ見ろ! 日頃からお前はもっとオレに感謝すべきだったんだよ」
「ほう? そなたが離脱したおかげで、あの後、余がディオコルトを制御するのにどれだけ苦労したと思っておる?」
「うっ、ぐ」
オクヒュカートが口篭る。
ここまで来ると、ただの痴話喧嘩だな。
それでもラディになびかずアナザーリオミに操を立て続けたオクヒュカートは立派と言えるかもしれない。
しかし、ディオコルトか。
あれほど憎んだ相手も、今や記憶の片隅に残る程度の存在でしかない。
あ……そういえば、前から気になっていることがあったし、今のうちに聞いておこう。
「なあ、ループの話もひっくるめて前から疑問に思ってたんだけど、どの並行世界でもラディやディーラちゃんがヤツに手篭めにされた記録がないみたいないのはどうしてなんだ?」
「ああ、それか」
なんでもないことのように返事をしたのは、オクヒュカートのほうだった。
「あいつの魅了能力には縛りが多いのは知ってるよな? 同性には効かないとか、目を合わせる必要があるとか。その中に、ダークスには効かないっていうのがあるのさ」
「へぇ、なるほど」
浄火後ならともかく、高いダークス係数を誇っていた魔王ザーダスやディーラちゃんには効かなかったってことか。
「ヤツの魅了能力には呪い属性が付与されてるのは知ってるだろうけど、そもそも呪い自体が造物主が滅んだ後に生まれた概念なのさ」
「ディオコルトの不死能力も、ダークス関連だったもんな。魅了もそうだったわけか」
「そういうこと。オレも造物主と契約してダークスになったけど、技術として確立した制御技術……オレ達は『魔性転生』って呼んでるけど。それを使えば、自我を保った状態でダークスの力を操れるようになるのさ」
「ああ、魔性転生か。ダークス汚染種族と同じで完全に浄火できないんだよな。そういえば、ラディも同じ言葉を使ってた」
「ディアスとエミリアのことじゃな」
そうそう……シーリアの両親。
オクヒュカートが苦々しい表情でため息をつく。
「業腹だが、コレに関してはディオコルトの存在なくしては語れないな。アイツは半ば本能のように能力を使っていたけど、幸いにして理論化可能だった」
存在自体が百害あって一利なしだと思っていたアイツも、モルモットとしては役に立ってたのか。
意外だ。
「……それにしてもなんか、オクヒュカートって俺よりも理系っぽいよな」
「一応、学者目指してたからな……まあ、半ば挫折状態だったけど。
……まあ、ぶっちゃけ言うとな。聖鍵を奪われた後、パトリアーチのいない世界で……いろいろやってたんだよ。オレは幸いにして、ピースフィアみたいに組織を作ったりはしなかったんでな。聖鍵がなくなった影響もほとんど出なかったし。
あの頃はダークスを理論化できてなかったから、造物主に何度か意識を乗っ取られかけながら、残存施設を使ったダークスに関する研究をしてたんだ。ざっと、300年ぐらい」
「はあ!? おい、お前いくつだよ……」
「100から先は数えてねぇな。電脳化と魂魄浄化を繰り返せば、なんでもなったぜ」
「お前も大概人外だな……」
「てめえだけには言われたくねぇ」
失礼な。
「ともかく、研究の甲斐あって、ダークスの発生原因が央虚界にあるってところまで突き止めてな。そこからは、ゲートの研究にうん百年」
「で、央虚界から俺にマインドクラッキングを仕掛けていたと」
「言ったと思うけど、お前だけにじゃない。オレの目的……まあ、リオミを生き返らせるために、乗っ取りやすい『俺』を探すためにな。まあ、実際に乗っ取りを仕掛けたのはお前だけだったけど」
「なるほど。それなら記憶の飛んだケースをベニーが他の世界で観測できなかったことも説明がつくな」
「……そうそう、聞きたいと思ってたんだ。そのベニーって、一体何者なんだ?」
うーん、オクヒュカートは本当に知らないみたいだな。
まあ、俺を乗っ取れた時間軸を考慮すれば、知る機会がなかったっていうのも分かる話か。
「俺も全部知ってるってわけじゃないんだけど」
そのように前置きして、クラリッサ王国でベネディクト枢姫と出会い、パトリアーチと邂逅し、ループの話や特異点の話をしてくれたけど、グラナド無限増殖の裏ワザがきっかけで関係が破綻してしまったことなどを伝えた。
ちなみに誤解のないに言っておくと、あの無限増殖コンボ自体はインフィニティ・グラナドには全く無関係だ。実はあの時点でインフィテニティ=無限でしたってオチではない。
「……なるほどねぇ。まあ、オレを味方に引き入れるなら、パトリアーチの駒とのつながりは切らなきゃいけないしな。二者択一のフラグだったってわけだ……」
オクヒュカートは降伏するとき、パトリアーチの前に引っ立てられることも覚悟していた筈だ。
これほど病的に恐れている相手とはいえ、アナザーリオミの危機を前にしてはやむ無しだったわけだ。
……なんかコイツ、俺なんかよりずっと男前じゃないか?
まあともかく、俺があの時点でベニーと切れていなければ、オクヒュカートの協力を得るのは難しかったに違いない。俺が隠そうとしたところでベニーが調べあげてしまえばおしまいだ。
「そういえばさ、ループとかルートとかフラグって言い方は俺もしてたけど……なんか、ゲームみたいだよな」
「それはオレたちが、ヲタクだからだろう。普通なら運命とか宿命とか……別の言い方をするんじゃないか? まあ、そんなことはどうでもいい……その、ベニーって子に、未練はないのか? 側室のひとりだったんだろ?」
「…………」
ベニーへの未練。
そんなの、あるだろうか。
彼女にとって、俺は無数にあるループ世界のうちのひとりに過ぎない。
彼女の本当の忠誠心は、パトリアーチに捧げられている。
そもそも、俺は彼女のことをほとんど何も知らないのだ……。
「少なくとも、女として好きとか、そういう相手じゃなかったと思う……」
「……そうか」
彼女の話は一度それで終わりになった。




