Vol.15
あれからさらに1ヶ月。
リオミも妊娠5ヶ月目。赤ちゃんがお腹を蹴るようになってきた。
そんなときのリオミは昔のように笑ってくれる。
シーリアとリプラは情報開示4レベルになる1ヶ月ほど前に妊娠しているので、妊娠3ヶ月目。
この1ヶ月の間に、メリーナを先駆けにして、側室全員の妊娠が無事に確認された。
フランも、ちゃんと子供ができた。喜びっぷりが尋常じゃなかったのが非常に印象的である。
フェイティスは公務に支障をきたすということで、未だに避妊を続けている。
遺跡についても、面白いことがわかった。
俺が召喚される10年ほど前、浄火プログラムによって遺跡が攻撃を受けた履歴が残っていたのだ。
ダークスの活性化が確認されたため、ルーチンワークに従って破壊されたらしい。
遺跡そのものの情報はほとんど消えていたが、ルナベースではなくパズスの情報データの山に埋もれて残っていた。
パトリアーチに問いただしても、これといった追加情報はなかったので、彼も重要視していなかったようだ。
アースフィアの問題は、かなり片付いたと思う。
俺が大量のクローンを操作できることが判明してから、聖鍵騎士団や聖鍵軍を元通りの任務に戻すことができるようになったのだ。
そういうわけで、治安の問題がぶり返す前にアースフィアの平和は維持されているわけだが……。
「フェイティス。俺がユーフラテ家の屋敷に滞在するのって、やっぱり結構な火種になる?」
今回久しぶりに、フェイティスが仕掛けに走った。
リオミの件が解決したわけではないが、俺が増えた関係で、こちらも並行して進めることになったのだ。
「はい。ポタミア氏が案外頑張ってくださったおかげで……勢力図はわかりやすくなりましたからね」
「まあ、それは知ってる」
軽くググって予習しておいたし。
これまで聖鍵派スタッフにやらせていた調査検索を、複数の俺自身が分担できるようになった。
そのおかげで、効率が半端なく良くなっている。
ググると思ったときは既に終わっているので、自分の頭がよくなったのだと錯覚しそうになる。
「ピースフィア恭順派とグラーデン保守派、そんでもって中立勢力はバラバラ。俺にとってやりにくいのは、必ずしも恭順派に良識のある貴族が集まっているわけでも、保守派に悪徳貴族が集まってるとかではないってことだ」
「悩ましいところですね」
俺の解答に、フェイティスは満足そうに頷く。
勢力図は確かにわかりやすくなった。
俺に突き放されたポタミア氏は自分に出来る範囲で努力して、恭順派を広げた。
残念ながら彼自身はさほどの才覚はなく、フェイティスがところどころでフォローしたらしいが。
貴族が利害で動いている以上、恭順派に人格者が揃う……なんて都合のいい展開は有り得ない。
仮に恭順派を勝利に導いて公国化に成功しても、権勢を振るう貴族の中に、正直な話、敵になってくれたほうが嬉しい者たちが出てきてしまう。
そんなわけで、俺達はわざわざグラーデン王都から馬車に揺られて街道を移動中だ。
馬車といっても、馬で引いている点以外、中身はメシアスの技術の結晶でできている。
フェイティスがこの場にいながらにして王国運営を行えるだけの指揮施設を揃えてあるし、テレポーターを使ってマザーシップや王宮に帰ることができる。
どうしてユーフラテの屋敷に直接転移しないのか。
もちろん、理由があった。
「刺客が潜んでいるアンブッシュポイントは、そろそろですね」
「おお、こわいこわい」
保守派貴族に対する誘いである。
慎重な者は当然俺が囮であるとわかるが、血気に逸った者はチャンスとばかりに先走るだろう、とのことだ。
海賊退治で明確な戦果を挙げているというのに、俺の力によるものだと信じない者はまだまだいるらしい。
とはいえ、今回は勢力図に関してあまり気にする必要はない。
「では、ご主人様。あとは手筈どおりに」
「オーケー」
フェイティスがテレポーターで避難した。
そんなことしなくても、この馬車なら《フューネラル・インスパイアー》でも撃たれない限りは安全だろうけど念のため。
ちなみに護衛はバトルオートマトン4機と御者を務めるドロイドのみ。
聖鍵騎士団が護衛に就いていないことを怪しめない時点で、ここを襲ってくる連中は情報弱者である。
件の襲撃予定地点に差し掛かったところで、
「その馬車、止まれ!」
黒ずくめの男たちが十数名飛び出してきた。
言われたとおりに馬を止める御者ドロイド。
『ブレイモノ。セイケンヘイカノ ノル バシャダト シッテノ ロウゼキカ』
「な、なんだ……? ええい、構うな。やれ!」
御者ドロイドが人間ではないことに驚いた様子だが、リーダーと思しき黒ずくめは襲いかかるように指示を出した。
周囲の物陰から弩を構えた刺客たちが現れ、馬車や御者、そしてオートマトンに射かけてきた。
無論、そんな前時代的武器でルナ・オリハルコニウム合金製馬車の装甲を貫けるわけがない。オートマトンとドロイドは刺突武器に対する耐性があるため、ピンピンしていた。
自動防衛システムに従って、オートマトンが90mmマシンピストルを掃射開始。弾薬は一応非殺傷だが、面白いように刺客が倒れていく。
「つ、強い!」
「怯むな! 剣で倒せー!」
白兵戦になると、正直オートマトンは脆い。
だが、マシンピストルの弾幕とスタングレネードランチャーの範囲攻撃によって刺客はバタバタとやられていく。
流石に数が多かったので……かなりの犠牲を出しながらも、刺客たちはオートマトンと御者ドロイドを全滅させた。
ちなみに馬は戦闘が始まる前に転移させた。これで馬車は移動できない。
「……さあ、出てきてもらおうか。聖鍵王を僭称する罪人よ!」
護衛を倒したことで強気になっているのか、馬車を包囲して恫喝してくる刺客リーダー。
俺は外部スピーカーを通して会話を試みる。
「貴様らの目的はなんだ?」
「痴れた事。勇者という立場に溺れ、世界を支配せんとするお前の野望を打ち砕く!」
「なるほど、一理あるな。だが、ここで俺を倒したところで展望はあるのか?」
「お前という悪さえ倒せば、アースフィアは真の平和を得られるのだ!」
本気で言っているのだとしたら、おめでた過ぎる。
アースフィアが混沌に包まれることになるぞ。
カドニアを調停するのに、俺がどんだけ奔走したと思ってるんだ。
「俺の命を所望か。なら、好きにするがいい。この馬車から俺を引きずり出せるならな」
「観念したか! ならば、望みどおりにしてやる……奸賊め!」
刺客リーダーは馬車に近づいて、扉に手をかけた。
次の瞬間。
「うおおおおおおおおおおッッ!?」
「フ、フリント様!?」
フリントと呼ばれたリーダー格の男はビクンビクンと体を震わせて、失神してしまった。
「……言い忘れていたが、この馬車を無理矢理開けようとしたり破壊しようとした者には、それ相応の罰が下る」
「ざ、戯言を!」
とは言いつつも、リーダーが感電した様を見ては、迂闊に近づいてこようとする者はいなかった。
さすがに無謀にかかってくるヤツはいないか。
「さて、グラーデンの人間でフリントに該当する者は38名。うち、貴族で子爵位を持つ者は2名。フリント・ハイドラムとフリント・バスカニールのどちらかな」
刺客たちに動揺が走る。
彼らの素性は事前の調査ですべて明らかになっている。
そこに転がっているリーダー……フリント・ハイドラムはハイドラム家の三男で、他の貴族に焚き付けられて今回の凶行に走った。
騎士団を介入させる場合、ただの談合だけならばクラップ王は渋っただろう。
だが、こうして現に襲撃されてしまえば、こちらに大義名分ができる……まあ、いつものフェイティスのやり方なわけだが。
「かかってこないのか? では、こちらから行くぞ」
馬車の上のアンテナから、拡散ショックビームが無差別発射される。
感電して気絶する者、主を置き去りにして逃げ出そうとする者、勇敢に馬車に剣を突き立てようとする者。
みな等しく成敗した。
「終わりましたか、ご主人様?」
「ああ」
テレポーターから戻ってきたフェイティスに頷く。
「最初からこれ使ってれば、さっさと終わっただろうに」
「フリント・ハイドラムの言動と暴挙を記録する方が重要です。こんな見え見えの罠にかかってくるようでは、裏で手を引いているのも小物でしょうが」
「まあ、確かにアイツは正直ないわー」
「私は以後、公務に戻らねばなりません。本番はこれからですよ、ご主人様」
「あいよ」
談合に参加した貴族は、今頃は少佐に摘発される頃だろう。フリントとの談合の記録も、この襲撃と合わせれば証拠能力は十分。
刺客を回収し、馬とドロイドを交換し、オートマトンを補充した馬車は、のんびりとユーフラテの屋敷へと向かっていく。
俺は移り変わる田園風景を何を思うでもなく眺めながら、たまにはこういう移動もおつだなと思った。
ユーフラテ家の領土は、こう言ってはなんだが田舎である。
これといった特産物はないが、土地が痩せているというわけでもない。
もともと零細貴族だったので、領土もそう広いものではない。
村落がいくつかと、人口1500人程度の規模の街、ターンヒル。
グラーデン国王クラップ・アド・グラーデンが、一号側室となったチグリの家がこの扱いでは他国に示しが付かないとして、彼に新たな領土を与えようとした。
だが、それには他の貴族から土地を割譲させる必要があった。
これに保守派筆頭ドルガール候を始めとした貴族が反感を示すのは当然だったが、ポタミアは王の申し出を丁重に辞すことで他貴族に貸しを作る形となった。
最終的に子爵位を持っていたポタミアに伯爵位が与えられることで決着。
それ故に、ユーフラテ家は宮廷勢力こそを増しているものの、所有する領土は昔のままという奇妙な状況となっていた。
ターンヒルも教団支部こそあるものの、冒険者ギルドすらないうららかな街だった。
暮らしている人々は純朴で、それほど謙ることもなく俺の訪問を歓迎してくれた。
だが、俺の心を占めるのは、人々の頭の上と腰から生える獣耳獣尻尾。
「くっ、静まれ……俺の心」
我ながら、言い訳のしようのないレベルの最低っぷりである。
無論、ターンヒルが獣人たちの街であることは予め知っていた。
フォスでだって見かけるのだし、充分耐性は付いていると思っていたのに。
純真な瞳で見つめてくるワンニャン、そしてウサの街は破壊力が高い。
俺が甘かった。
「ようこそいらして下さいました、聖鍵陛下」
領主の屋敷に到着すると、ポタミアが親族及び使用人たちともども整列して丁重に出迎えてくれた。
当然、オール獣耳である。
俺は平静を装いながら、ポタミアに手を上げて答える。
「すまなかったな、いろいろと丸投げしてしまって」
「いえいえ……道中、何事もありませんでしたか」
「ああ。特に、何も」
ポタミアに余計な気を遣わせてしまってもいけない。
ごく普通にはぐらかす。
「それはよかったです……馬鹿なことを仕出かそうとしている連中がいると、小耳に挟んだものでして。フェイティス執政官にはお伝えしたのですが」
「もし事実だとしても、彼女なら掴んでいただろう」
「ええ、ごもっともで。ささ、立ち話もなんですから、こちらへどうぞ」
案内されつつ……俺はある人物の監視を光学迷彩で隠れている調査ドローンに念じた。
そいつは俺が襲撃されていないと答えた時、明らかに一瞬驚いていた。
俺を廃しようという黒幕は、ポタミアの屋敷にも手の者を送り込んでいるというわけだ。
今すぐに捕まえて吐かせてもいいが、裏側に潜む黒幕を引きずり出すため、今は泳がせることにする。
ひとまず応接間まで案内され、お茶をもらい、一息ついた。
もちろん、こっそり《ピュリフィケーション》を使っておく事を忘れない。
「親族全員でお迎えできればよかったのですが」
「誰か外しているのか?」
「ええ、チグリの異母妹が陛下の学院に通っておりまして」
「ほう」
ノーマークだった。
チグリも異母妹がいるなんて話はしてなかったし、フェイティスからも特に指示はなかった。
言われて調べてびっくり。俺の知ってる顔だ。
フェイティスは知っていて隠していたに違いない……ぐぬぬ。
「もうじき授業が終わるので、帰ってくるでしょう」
「そ、そうか」
内心の動揺を隠しつつ、俺は茶をすする。
「そういえば、チグリはしっかりとやっておりますかな」
「彼女には大いに助けられている。無事に、子供もできた」
「おお、それはめでたい!」
「彼女にも後ほど顔を出して貰う予定です」
「そ、そうですか……」
ポタミアの尻尾が垂れる。
娘がふるさとに帰ってくるというのに、なんとも言えない反応だ。
「……やはりまだ、蟠りがあるか?」
「ああ、いえ。アレに大きすぎる期待を懸けておりましたので……」
チグリのお家事情は、当然既に知っている。
彼女はルド氏族の血統を引き継いでおり、魔法使いとして大成すべくエリート教育を受けていた。
だが、彼女には魔法方面の才能がなかったことは大賢者タリウスのお墨付きとなっている。
もし俺に見初められることがなければ、今頃は政略結婚の駒として使われていたはずだ。
それ自体を悪いことだと言うつもりはない。
ただ、チグリの望みと程遠い結末だったのは間違いない。
パトリアーチが『初期装備』の技術レベルを抑えてるのは、そのあたりにも理由がある。
チグリが他ループで携わった技術をそのまま最初から使えるようにしてしまうと、どういうわけかチグリは学院にやって来ることなく、どこぞの貴族と結婚してしまっているらしい。
フラグを立てる余地を残しておかないと、そもそも出会うことができないのだそうだ。
チグリは重要な役割を果たす事が多いため、彼女が参入出来る余地を大きく残す必要がある……のだとかなんとか。
「では、私は領民の畑仕事を手伝って参りますので、これで」
「ああ、俺に構わず精を出してきてくれ」
「使用人に部屋まで案内させますので、ゆっくりお寛ぎください」
ポタミアは最敬礼すると、完璧な作法で退室した。
実際、中世の貴族は普通に土を耕しているし、彼もそうなのだろう。
俺は猫耳執事さんの先導で、2階の客室へと案内された。
これが猫耳メイドさんだったら……俺の心臓は俳句を詠み、爆発四散していたかもしれない。
今度チグリに着せてみようかな……いかんいかん、心を強く持て。
「む……」
ちょうど視界の右端の映像で見えていたドローン監視対象が、屋敷の裏口から出て行くところだった。
当然、ドローンは追跡を始める。おそらく、連絡員か何かに接触するのだろうが……。
もう何機かドローンを召喚し、隊列に加える。他にも監視対象が増える可能性があるからな。
屋敷内には他にもネズミが潜んでいるかもしれないが、事前に監視用ナノマシンを散布してある。
悪いが、暫くの間ユーフラテ家の住人にプライベートはない。
通された部屋は決して豪華ではなかったが、聖鍵王国関係の意匠が凝らされており、俺をもてなそうという心尽くしが感じられる。
ナノマシンの事前調査によれば、屋敷の類に危険な罠の類はない。
潜入されている点を除けば、安全だと言ってよさそうだ。
「さて、と」
俺は部屋のベッドに腰掛け、しばし瞑目する。
ドローンから送られてくる映像に集中する。
マインドリサーチも本体の聖鍵経由で全部こっちに送ってもらう。
並列思考を外部出力できるようになった俺は、複数人の心の声を内的処理するのも朝飯前になっている。
内通者が向かったのは、館から離れた場所にある林だった。
あまり使われていなさそうな汚らしい小屋に到着すると、内通者が小屋の扉を開けた。
ドローンからナノマシンを放出し、小屋内部へと混入させる。
小屋の中に明かりはなかったが、こちらの視界を暗視モードにする前に内通者が備え付けのランプに火を灯した。
内部の様子が朧げに照らし出される。
1人の人物が縛られ、転がされているのが見えた。
内通者は、冷酷な視線で虜囚を見下ろしている。
「安心しろ……用が済んだら、命は助けてやる」
「~~ッ」
2人は、まったく同じ姿をしていた。
間者は囚われの人物に変装し、屋敷内に潜り込んだのだろう。
既に殺されている可能性も考えていたが、最悪の事態は避けられたようだ。
ここで間者を囚えて尋問すれば黒幕を吐かせるのは難しくないが……黒幕候補はとっくにピックアップされているので、やる意味があんまりない。
捕まえたところで自害されたり、それを防いだところで黒幕に我関せずの態度を決め込まれれば攻められない。
最も無難なグラーデン攻略方法は、これらの黒幕どもを表舞台に引きずり出し、失脚させること。
邪魔者を排除した後、ピースフィアから送り込んだ代官を据え置くという方法もあるが、それだと今度は恭順派の反感を買う。
普通にやると、グラーデン貴族の土俵で勝たねば遺恨が残ってしまう。
今回は、その方法は使わない。
部屋の中のキャビネットから、ワインを取り出した。
なかなかの年代もの。ロードニア産の名酒である。
遠慮無く1本開けた。血のように赤い液体をグラスに注ぐ。
念の為に毒が入っていないか成分チェック、クリア。
テイスティングの作法は散々フェイティスから叩きこまれてたので、復習も兼ねて実践する。
芳醇な香りを心ゆくまで楽しんだ後、一息に嚥下した。
美味い。美味すぎる。
マザーシップの量産品など比較にならない。
地球でニート生活をしていたら、絶対に飲むことができなかっただろう。
よくよく考えたら、今の俺の地位ならばアースフィアの名酒を蒐集することも思いのままか。
コピー&ペーストした量産品だと風情までは味わえない。
今度からトランさんに調達してもらうとしよう。
「この屋敷は既に俺の手中にある。どう踊ってくれるのかな、間者さん」
俺はガラにもなく、ワインを片手に燻らせた。
現在、俺がクローンを操っていられる時間はほぼ無制限になっている。
何故なら疲れないからだ。
クローンを操るのに疲れていた理由は2つある。
ひとつは、俺の精神力の問題。
思考迷宮に囚われ並列思考を制限していた頃は、無理が祟ると頭がゴッチャゴチャになった。チグリにセクハラをしてしまったり、ブルマ娘をモフモフしてしまったのも、遠因はここにある。
これは俺がザーダスとの戦いの前に決意して思考迷宮をゴールした段階で、実はほとんど解決していた。
むしろ、俺の脳ひとつで並列思考するより、クローンの脳に思考分割したほうがはるかに効率がよく、俺自身が楽になる。
もうひとつの理由は、肉体的な問題である。
クローン操作中の俺の本体は、言わばマラソンの選手である。クローンの操縦のために走り続けなければならないのに、その間、肉体をケアすることが実質できない。聖鍵を中枢に挿さねばならなかったためだ。
現在は量産型聖鍵で時空オンラインネットワークを構築することで、中枢に聖鍵を挿さなくてもクローンを同時に操ることができるようになった。
本体を動かしながら並列思考を働かせる要領でクローンを操れるわけで、肉体的な問題も解決。
今は試験運用中だが、このあたりの技術を完全に確立できれば聖鍵王コピーボットもお払い箱になるだろう。
現在は夜の相手がフェイティスしかいなくなったため、俺の本体を無理に起動する必要はない。
そのため、俺は王妃組、側室、カドニア姉妹こと愛妾と同時に過ごすことができる。
聖鍵王の仕事は体がいくつあっても足りなかったので、素直に助かると思えてしまうわけだが……まあ、今更人間らしさに拘る必要はないだろう。
これまでも、充分に歪だったのだ。
むしろ、今の形が本当に快適で、清々しい。
5兆4852億4363万5357人分の自分が一つの体に入っていたことが、そもそもおかしい。
『聖鍵陛下~! ビッグニュースです!!』
「ん、どうした」
ベニーのアバターが現れたのは、そんな具合にクローン運用の効率化のために中枢に潜っているときのことだった。
『央虚界の大地の正体がわかりましたよ! いや~、もう、これはびっくりですよ? きっと陛下もまったく予想してなかったんじゃないかな~と』
「造物主の肉体だったんじゃないのか?」
『そうそう、かの偉大な神格の死骸……ってえええええええッッ!? なんで陛下知ってるんですか~!?』
「そりゃまあ、前後の情報を洗えば自然とその結論にたどり着くよ」
そう、央虚界の群青の大地は造物主の肉体の欠片だった。
宇宙神話大戦において、造物主が倒された場所が央虚界だったらしいのだ。
ならば、当然死体は央虚界にあることになる。神格の遺体が世界の大陸になるなんて逸話もあるぐらいだから、何もない央虚界の大地が造物主だったとしても驚くには値しないだろう。
『そ、そうですか』
「大方、非活性ダークスの発生源も造物主の死骸だったんじゃないのか?」
『こ……肯定です。どうしてそこまで……』
「俺のクローンが央虚界の地面からダークスが吹き出すところを何度も目撃してるからな」
ベニーの分析を待つまでもなく、5兆の俺達はそういう結論に達していた。
呆然とした様子のベニーのアバターに俺は尚も言葉を重ねる。
「ここからは俺の仮説だけど、思うにダークスの正体は造物主の死臭……というよりの怨念か何かが形になったものなんじゃないか? それなら、現宇宙に対する恨みから滅びに導くのも納得できるし、大クエーサー群のブラックホールも央虚界に繋がっていて、そこから銀河フィラメント……グレートウォールの魔力渦を喰らい、宇宙を漆黒に染め上げてるんじゃないかと」
『あ、あわわ。大クエーサー群がどこに繋がっているか、まだ確認はできてないですけど』
「できるわけないだろ。近づいたら、超重力で押しつぶされちまう」
大クエーサー群とは、その名前のとおりクエーサーの集合体であり、巨大な宇宙構造である。
クエーサーひとつひとつに超巨大ブラックホールがあるため、さしものメシアス多次元連合でも接近は不可能ではないが難しい。
アースフィアに染み出すダークスがブラックホール化しないのは、おそらく活性化の燃料となる魔素が足りないからだろう。
「ダークスの発生源が央虚界にある造物主の肉体だって言うなら、それを消滅させたほうが早い」
『そ、そんな。機械仕掛けの救世主ですら、殺すのがやっとだったのに、消滅なんて』
「できるさ。俺がこのまま進化を続ければ」
俺は事も無げに言った。
並列思考解放によるクローン同時操作は、スタート地点に過ぎない。
これを皮切りに、俺は変わっていくだろう。
その過程で人間らしさをどんどん失っていくことも、既に覚悟している。
それでも、俺はリオミを助けたい。
俺を承認してくれた彼女を、なんとしても繋ぎ止めたい。
そして、彼女との間に生まれる新たな命を育み。
小さな幸せを掴む。
そのために。
俺は連環宇宙とダークスによる滅びの連鎖構造を打破してやる……!




