Vol.14
海戦の結末は、始まる前から火を見るより明らかだ。
チグリのフリゲート艦の速度に、帆船やガレー船がついていけないのだ。
本来なら、アウトレンジ砲撃で引き撃ちするだけで勝てる。
だが機動力において圧倒的な優位性を持つチグリ艦隊は、敢えて錐状の陣形で海賊船団の中央を突破。
海賊は戦力を真っ二つに分断された。
右翼船団に対し、チグリは火力を集中。
不殺弾頭とはいえ、海に落ちれば助からない可能性はあったが、チグリはできるだけ救助艇を出して拾い上げていた。
海賊からすれば舐めプレイもいいところだったが、それができるだけの余裕がチグリにはあった。
左翼が反撃を試みようとする頃には、右翼船団は既に散り散りで、形を成してはいなかった。
船団を立て直そうとする海賊たちだが、もともとそれぞれの船に別々の船長が乗っている。集団としては、各々が勝手に動いている烏合の衆に過ぎない。
砲弾を発射したところで、既にチグリの艦隊は射程外へ逃れている。
そして、再び錐状陣形での突撃。分断された船団が、更に分割される。
今度は片方の船団にグラディア隊が投入されたため、苛烈なオーバーキルが発生した。
帆船が対艦鍵で真っ二つにされ、巨大な《ファイアボール》に帆を一瞬にして焼きつくされ、逃げまわる海賊たちが強制転移された。
こうなると、残敵掃討戦になる。
逃げ出す海賊船に容赦のない追撃がかかる。
もともと今回の戦いに参戦せず日和見した海賊船は、もともとの計画にあった爆薬の餌食になった。
この戦いで戦死した海賊は14名。行方不明になった者は11名だった。
2000人以上いた事を考えれば少なかった、と言える。
生き残った海賊は全員、収容所送り。
再教育プログラムが終わったら、宇宙艦隊に配属して、思う存分宇宙の海を泳がせるという……フェイティスにしては慈悲深い酌量が待っている。
「陛下ぁ、申し訳ございません……犠牲者を出してしまいましたぁ~……」
「気にしすぎるな。俺だって、今回は犠牲者ゼロって訳にはいかないと思ってたから」
リオルに帰還して、へたり込んでしまったチグリを慰める。
「そうなんですか!?」
彼女は涙ぐみ、死者が出てしまったことを嘆いていた。
俺が黙殺したビジョンどおりの光景である。
「不殺エンチャントだけで全員を助けられるわけ無いだろう。気絶したまま海に沈んだり、船の破片に体を串刺しにされるやつだっていたわけだし」
「えうぅ……」
「全部の海賊船に白兵戦を仕掛ければ、殺さずには済むかもそれないけど、不利を悟って裏切ろうとした奴が仲間に殺されたケースは防げなかっただろうし」
「それはそうですけど……」
「海戦を許可したのは俺だ。あんまり自分を責めるな」
死者が出たのは、俺の責任でもあると伝えようとしたのだが、チグリは思いつめた表情をしていた。
「わたしの見通しが甘過ぎました……陛下の力をお借りすれば、殺さずに鎮圧できると思い上がってました……」
「……今回のことは犠牲者を出すことも織り込み済みだったんだ。チグリはわかっていなさそうだったけど、俺は敢えて何も言わなかった。すまない」
チグリの戦術理論は、あくまで机上のものだった。誰も死ぬことはない。
実戦ともなれば、死人が出るのは当然だ。本来なら味方側の損耗も出ることを考えれば、敵側の死者に同情している場合ではない。
これは人間のフリをしていた頃の自分にも言える。悪いが、今後のことを考えるとチグリにも慣れてもらわねばならない。
「うぅ……私、決心しました。さすがにマズイかなって思ってた構想があったんですけど……二度とこういうことがないよう、誰も心を痛めないで済む兵器を完成させます」
「お、おう……」
その発想は非常に不安になる……止めるべきか。
だけど、ここでダメっていうとチグリが余計に塞ぎこんでしまう気がする。
俺の行動が運命論的最適解であるというベニーの言うことが正しいのだとすれば、ビジョンを回避しなかったことに何かしら意味があるのかもしれない。
今思えば、これがドリッパーちゃんカスタムに次ぐドン引き兵器のフラグだったわけだが…………。
「少佐、フランケン。首尾はどうだ?」
「オーケーよ、陛下。予めわかっていれば、敵じゃないわね」
「ダーク・シーリアスは捕縛したんだが……自爆しやがった。全員クローン兵だったんで、犠牲者はない」
「……そうか。死体の欠片でも構わない、サンプルを入手しておいてくれ」
ダーク・シーリアスは自爆した。
機密保持のためだろうか。
フランケンが報告を続ける。
「あと、面白いことがわかったぜ。非活性ダークスの発生源な、央虚界に間違いないみたいだ」
「本当か?」
「というより、もともと瘴気がアースフィアに現れるのも、央虚界から次元の断層を超えてやってくるらしい」
「やはりダークスはゲートがなくても、こちらの世界にやってこれるのか……」
今回の黒幕に思いを馳せる。
ダークスの扱いについては、この分だとディオコルト以上だろう。
さらに今回、ジャ・アークの偽物まで投入してきた。
後ほど戦闘データを分析してみるとして、もしもメシアスの技術を本当に持っているとすれば……相当な脅威になり得る。
だが、偽物が1体だけというのはおかしい。帝国仕様ドロイド・トルーパーが投入された形跡はないし……そこまでの勢力ではないのかもしれない。
油断は禁物だが。
「みんな、ご苦労。引き続き警戒を続けてくれ」
「「了解」」
少佐とフランケンに指示を与えた後、チグリの頭を撫でてあげた。
「あぅ~……陛下ぁ」
「よくやってくれた。グラディア隊のみんなも」
「「「「「は~い☆」」」」」
この美少女たちが男……元男……しかも、いい年したおっさん……!
駄目だ。俺にはTS耐性はなかったみたいだ。
というか、あのおっさんたちが自分から志願したっていうのが未だに信じられない。
あの履歴は改ざんされたものではないのか……?
思い切って聞いてみた。
「ところで、どうして隊のみんなは義体を女性型に?」
「えっと、一度女の子になってみたかったんです!」
「まあ、その場のノリで♪」
「自分、本当は女の心を持ってたんです」
「あっら~、お姉さんは元から女のコだったわよォ?」
「先輩が無理矢理……俺はいつか男の義体に戻りますよ!」
少しまともな人もいた……のか?
「できれば、俺はおっさんだけのむさい部隊の方が良かったんだが……」
「「「「え~?」」」」「そ、そうですよね!?」
1人を除いて猛反発された。
「陛下、サイテーです!」
「ノリ悪い~」
「あんまりです」
「んーもぅ! 陛下ってばイ・ケ・ズ」
「陛下ぁ~……助けてください」
背筋が凍る。
これ以上、グラディア隊の相手をしたくない。
「で、では、諸君。今後とも頑張ってくれ」
「「「「「は~い☆」」」」」
おかしい……こんなの絶対おかしいよ……。
「やれやれ、俺はこっちでラッキーだった……」
「どうしたの、お父さん」
「ん~ん、なんでもないよ~」
リオルで別の俺がドン引きしている頃、俺はリプラとフラン、そしてヤムエルとともに旅行に出かけていた。
今日はトランさんのツアー用のキャンプシップに乗って空の人である。
ヤムエルは、さっきから眼下の景色にキャッキャとはしゃいでいる。
まだまだ子供だ。
「聖鍵陛下、この度はよくいらしてくださいました」
「いやいや。トランさんもなんというか、凄い人になってしまいましたね」
「陛下に引き上げて頂かなかったら、今も馬車を引いてましたよ」
トランさんは今や一躍の人だ。
トラン商会連合なんて、いかにも普通のファンタジーっぽい商会だが、その実体は、もはや財閥である。
彼の家族親族は何からかの事業を任されているし、彼はいくつかの有機栽培プラントを俺から買い上げている。
ピースフィアの経済活動は、ほとんどトランさんを介している。
俺もついつい昔の癖で、人の目があまりないときは丁寧語で話してしまう間柄だ。
「そういえば、ヒルデガルド様に1兆円をポンと渡したとか」
「ああ……まずかったですかね?」
「いえいえ、滅相もない。おかげでエーデルベルトに巨大な市場が発生したと考えれば」
「できれば、あの王国はそのまま残してあげたいんです。経済的に豊かになってくれるといいのですが」
「お任せください」
お互いに笑い合って、この話題は終わりだ。
今日は商売関係の話をしにきたのではないのだから。
「本日は当商会が新たに企画した旅行ツアーです。お楽しみください」
「はい!」
「おう!」
ヤムエルとフランが元気よくお返事をした。
ヤムエルはよくできました~なんて、先生に褒めてもらっているのだろうな。
フランはノリだろう。
「どんなツアーなんでしょうね」
トランさんが去っていった後、リプラが俺に話を振ってくる。
「俺も詳しい話は聞かないで来たからなぁ。少なくとも、体に負担がかかるものではないらしいよ」
身重ではないとはいえ、リプラのお腹の中には俺の子供がいる。
心身に負担がかかるようなツアーであれば、お断りしなければならなかった。
ググってみれば簡単に答えが出るだろうけども、こういうのは後のお楽しみにしておくべきだろう。
結果として、俺の心配は杞憂に終わったわけだが……。
「わーい、海だー!」
「綺麗……」
青い空、白い雲、砂浜、そしてどこまでも続く海原。
俺達は南国リゾート地にやってきていた。
「いかがでしょう? このような美しい光景は、なかなかバッカスなどでも拝めません」
「うーん……」
「お気に召しませんでしたか?」
「いや、そうじゃなくて……いや、ちょっと期待値が高すぎた」
確かにアースフィアでは、これまでになかった全く新しい企画と言えるだろう。
だが俺からすれば、ありふれたパックツアーである。
だからといって、ワイキキビーチに行く機会なんてこれっぽっちもなかったから貴重な体験に変わりはないのだが。
「俺のいた世界でも、同じようなのがあったからね」
「ふむ……二番煎じでしたか。お恥ずかしい」
「いやいや、アースフィアで最初に考えたのはトランさんが初めてでしょう」
「そうおっしゃって頂けると、少しは気が晴れます」
実際、俺にとって既存であるという要素さえ除けば、素晴らしい企画だ。
何しろ俺の目の前にはパラダイスが……。
「あ、あなた……そんなに見ないで下さい」
恥じらいつつながら身を縮こませているリプラは、水着姿だった。
比較的おとなしめの白を基調としたデザインのワンピース水着。
彼女もフランほどではないが、スタイルはいいほうだ。
もちろん、そちらにも目を奪われるのだが……日除け用に被った麦わら帽子が異様に似合っている。
薄幸清楚系ヒロインとしては高ポイント、実は子持ちだったりするあたりギャップがあって非常に非常にいい。
「アッキーやーい。どうどう? これ」
これ見よがしに見せつけてくるのは、当然フランだ。
彼女はハイレグビキニであり、リプラと対にするためか黒をモチーフとしたデザインだ。
溢れ出さんばかりの双丘は巨大戦艦リィーズィッヒ・イェーガーもかくやという巨大さで、その存在をアピールしていた。
夜の乱れっぷりに比べれば全然大人しいはずなのに、俺は興奮を隠すのに必死だ。
カドニア姉妹は2人揃うことで、素晴らしい高バランスを獲得している。
「おとーさん、泳がないのー?」
だが、やはり本命はヤムエルであろう。
今やロリコンを自認する俺ではあるが、彼女は養女。
最近は節度を持って接するよう心がけているのだが、鉄の決意が脆くも砕け散ってしまいそうである。
スク水だ。ヤムエルが着ているのは紺のスクール水着なのだ!
当然、胸元に「2ー3 やむ」と名前が書いてある。
このスク水は、このだけは絶対にと俺が王として学院のデザイナーに何度も念を押して実現した奇跡の一品である。
「素晴らしい……」
アースフィアに召喚されて、本当によかった。
この楽園は俺のものだ。
俺達はめいめい海の遊びを楽しんだ。
ビーチバレー、水の掛け合いっこ、オイルの塗りあいっこ、思いつく限りのイベントをこなした。
今度はみんなで来よう、是非来よう。
「……」
「どうした」
「いや、日常を謳歌してる俺がどこかにいるってことが、幸せなのか不幸せなのかわからなくなって」
「言うな」
赤い空、群青の大地、黒いダークス。
南国のパラダイスとはまったく逆の央虚界を、俺達は行軍していた。
5兆人の探索チームのうちのひとつである。
「しょうがないだろ。多数派はどう考えたって俺達なんだから」
「納得いかねぇ……俺だってリオミとイチャラブしたり、ヤムエルと戯れたい」
「リアルタイム同期できるんだから、みんな平等さ!」
「そもそも、こんなことまでして頑張ってるのはリオミのためだろう」
「そうだ、リオミのためだ!」
「リオミ! リオミ! リオミ!」
「……こんな変態どもが俺だと思うと、本当にやるせなくなるな」
「この会話自体が他人から見たら相当キモいんだぞ」
そんな風に自分同士で会話している様子を、オレは後方から眺めている。
正直言って、今回の俺がこれほどまでに規格外だとは思わなかった。
新規ルートを開拓した関係と、オレについての情報が出てしまったこと、そして央虚界にまで進出したとあっては動かないわけにはいかなかった。
だが、オレひとりで何ができるというのか……。
幸いにして、オレは前のあいつらと違って別個の自我を保てている。
オレがこうして潜んでいることは、気づかれていない。
流石に5兆人もの自分と同期して、その中に記憶漏れがあったとしても気にならないのだろう。
だからこそこうして、潜伏していられるのだが。
「くそっ、なんでこんなことに……」
途中までは、うまく行っていたのだ。
今回の俺はとにかく、自我レベルが低かった。
魂が薄かったのだ。親譲りの借り着の主義主張を振りかざし、一般的良識に縛られ、たった1度の失恋に心を微塵に砕かれていた。
だからこそ、オレが付け入る隙があるのだと、今度こそやり直せるのだと思っていた。
甘かった。
これまでも、俺を乗っ取ろうとしたことは何度かあったし、実際にうまくいったこともあった。
地球にいたときはいくらでも乗っ取れたのに、アースフィアに来てからは城でフェイティスを抱いた時と、聖鍵管理外の施設をいくつか造ることができただけだ。履歴は消してあるので、俺は情報の更新をしただけだと思っているが。
だが、アースフィアに来てからこっち、オレはさっぱり俺を乗っ取れなくなっていった。最後のチャンスはリプラさんとヤムが殺されそうだったときだが、俺は耐えやがった。
よりにもよって、リオミに支えられたことで。
以後まったくマインドクラッキングは成功しない。
原因は不明だが、どうも今回の俺の自我レベルが増大しているせいらしい。
今や思考迷宮リミッターを解除し、並列思考を使いこなして同時に自分のクローンを操るバケモノだ。付け入る隙などあるわけがない。
揺さぶりのために送り込んだ虎の子、ダーク・シーリアス卿コピー・ボットも、聖鍵騎士団の質と物量の前にあっけなく破壊されてしまった。
幸いなのは、オレのマインドクラッキングがバレてないことだ。
今回の俺は『記憶が飛ぶ』と表現している。
自分自身に原因があると勘違いしてくれている。
おかげで、オレの正体はまだ暴かれていない。
「リオミ……必ず、助けるからな。アキヒコ、お前は素直にハーレムを楽しんでりゃいい……!」
……オレとて今回の俺に負けないぐらいのチート能力がある。
必ず、出しぬいてやる……。
AA権限と量産型聖鍵……このふたつを使って、うまく立ちまわるんだ……!
ザーダス八鬼侯第零位、オクヒュカートの名にかけて……!




