Vol.11
俺達は騎士団と合流し、その後も近辺の探索を行った。
まず結論から言うと、この世界には本当に大地と赤い空、そしてダークス以外何もなかった。
草木も、水も、生命も、痕跡すら見当たらなかった。
逆に言うと、闇避けの指輪さえあればほとんど安全に移動できることも確認できた。
魔素が少ないというのは本当らしく、試しに魔力供給ポッドを展開したところ非活性ダークスがのろのろと寄ってきた。
そうすることで順次浄火も進む。呆気無い。
もちろん、油断は禁物なのだが……。
「ホワイト・レイ・フィールド、展開完了。これで外との通信が遮断されることはありません」
「ご苦労」
騎士団の報告に、胸を撫で下ろす。
これで外との通信が途切れることは、ほぼなくなった。
だが、いいことばかりでもなかった。
「聖鍵陛下、設置したテレポーターが起動しません」
「中と外をつなぐのは無理か」
「央虚界同士であれば、問題はないようです」
「ふむ……」
俺も本体を駆り出して聖鍵での転移を試みたが、やはり結果はテレポーターと同じだった。
央虚界内なら自由に移動可能だが、央虚界からアースフィアへは移動できない。
今はいいが、ゲートが閉じれば央虚界への移動は不可能になってしまうということだ。
メシアスの転移技術は、非常にレベルが高い。
というか、技術のほとんどが空間操作に割かれていると言ってもいい。
央虚界へゲートで出入りできないということは、メシアスはここまでは進出していなかったということになる。
「ルナベースに至急、ゲートの分析をさせろ。何としても央虚界への出入りを自由自在にするんだ」
「はっ!」
聖鍵騎士団のような少数精鋭部隊では、得体の知れない央虚界すべてを探索するのは非現実的である。
ラディの話を聞く限り、無限にも等しい広さなのだとか。
さらに非活性ダークスに対して機械物量が通用しない現状、なんとか人間の出入りだけでもシームレスにしなければならない。
闇避けの指輪さえあればいいというのであれば、各国の軍や冒険者に調査を依頼するという手もある。
何かしらのトラブルにより犠牲が出る可能性もあるが……ここは許容しよう。
俺もそろそろ、王として動けるようにならなければ。いつまでも幼稚な発想に縋り付いているわけにはいかない。
やってやる。
む、なんだ。
今、微妙に腹のあたりが痛くなったような。
気のせいか?
「……ふむ。どうやら、このあたりにはオクヒュカートやディアスはおらんようだな」
「ラディ……わかるのか?」
「うむ。彼奴らには余が手ずから力を与えた。近くにいれば、気配を感じ取れる。それは、あちらからこちらがわかるということでもあるが」
俺とラディが会話している間、ディーラちゃんは空を、ベニーはしきりに土を調べていた。
「陛下陛下、この土って持って行ってもいいですか?」
「ああ、もちろん。騎士団にもサンプルはもう回収させて、分析に回すつもりだ」
「そうですか~……もしかすると、この地面……ちょっとすごいものかもしれませんよ?」
「そうなのか?」
「まだはっきりとは言えませんけど、こっちでもちゃんと調べてみますね」
そう言って、ベニーは袋の中にどんどん土を入れていた。
彼女がそこまでするからには、特別な意味があるのだろう。
ベニーをなんとなく観察していると、ディーラちゃんが降りてきた。
羽ばたきで周囲の土が舞い上がって、ベニーがあわあわしていたのが可愛い。
「お兄ちゃーん、ちょっとあたしに乗って!」
「ん? わかった」
ドラゴン形態のディーラちゃんの背に跨ると、ラディとベニーが微妙な顔をしてこちらを見ていた。
「いや、その……気をつけて行ってくるのだぞ」
「聖剣陛下! 今のやりとり、肯定です! イエスです!」
「はあ……?」
奇妙なテンションのふたりを置いて、ディーラちゃんが空へ舞い上がった。
「なんだったんだろうな」
「ねー」
などとやりとりをしつつ、眼下を見下ろす。
ひたすら広い。群青色の大地が、どこまでも続いている。
地平線は見えず、漆黒の霧が視界を遮っている。
遠くになればなるほど、雪の降る空のように、先々の景色を覆い隠していた。
「ねえ、お兄ちゃん。あれ、見て」
「なんだありゃ……」
空の向こう側、闇の合間に微かに見える……岩塊。
それも、ひとつやふたつではない。
赤い空のそこかしこに、闇に紛れて浮かぶ大地と同じ群青色の岩が浮かんでいるのだ。
そのひとつひとつが、とてつもなくでかい。
おそらく、直径1km以上はあるものが、無数に浮かんでいた。
「あれもそのうち調査させないとな」
「浮いてるだけで、害はなさそうだけどね」
しばらく上空を旋回したが、非活性ダークスの掃除を適当に済ませるだけで終わった。
ディーラちゃんのファイアブレスにも改造指輪で白光属性が付与されているので、空のダークス掃除はほとんど俺たちの仕事になった。
ひとまず1日を費やしたが、ついに脅威となる魔物などに襲われることもなく、無事に央虚界探索は終了した。
だが、俺の心には焦りがあった。
こんな広大無辺の世界から、果たしてリオミを救う手がかりが見つけ出せるのかと……。
その日、久しぶりに夜をリオミと過ごした。
妊娠4ヶ月の彼女のお腹は既に膨れ始めている。
もちろん、行為に及ぶわけにはいかないので、軽くイチャイチャする程度に留める。
「アキヒコ様……一体、何をそんなに落ち込んでいらっしゃるのですか……?」
「ん……やっぱ、わかるよな。リオミには」
「それはまあ、妻ですからね」
魔力上限の現象、魂の削減によって何が起こるのかはわからない。
今のままでは、俺の知るリオミがいなくなってしまうかもしれない。
あるいは、命を落とすかもしれない。
「リオミっ……」
たまらず、彼女に縋るように抱きつく。
「んっ。今日は甘えんぼさんですね」
「しばらく……こうしてていいかな」
「いいですよ。お腹の赤ちゃんに負担をかけないでくださいね」
「ああ……」
髪を梳くように、リオミが俺の頭を撫でる。
「本当にどうしたんです? なんだか、懐かしい気持ちになっちゃいます」
「懐かしい……か」
確かに、リオミとイチャイチャする時間は随分と減ってしまった。
王国の公務で空いた時間も、ヒルデに費やさねばならなかった。
しばらくリオミがあまり文句を言わなくなったので、それに甘える形になってしまっていた。
「なあ、リオミ。俺って……本当にリオミに相応しい男なのかな」
「…………怒ってもいいんでしょうか」
「あ、ごめん。聞き方が違った…………」
リオミは俺が自分を卑下すると怒る。
それは今でも変わらない。
「俺、自分でも少しずつ変われてきてると思うんだ。リオミも……最近、変わってるよね」
「……」
いつしか俺のもとから去っていた元カノも、自分が変わったと言っていた。
リオミも同じなのだろうか。
「もちろん、昔からずっと変わらず……っていうのは、俺もリオミも無理だと思う。でも……」
「アキヒコ様。大丈夫です」
頭を抱えられた。
リオミの匂いに鼻孔を擽られる。
「わたしが変わっても。アキヒコ様を愛していることは変わらないです」
「……」
「アキヒコ様の心を最初に射止めたことは、わたしの自慢なんです」
「……」
「わたしを、信じてください。……あなた」
リオミは照れることなく、俺をそう呼んでくれた。
変わるのは当たり前だ。彼女は恋人ではなく、妻なのだ。
そうだ。
俺は、このぬくもりを守る。
そのためなら……俺は…………。
ずきり、と。
また腹部に痛みが走った。
央虚界の探索進捗は気になるが、他にも仕事は山積みだ。
その中には、エーデルベルト王国やグラーデン王国の平定も含まれる。
ちなみに、アズーナン王国は先月の終わり頃に大公国となることを正式に受諾した。
ヒルデの予言通り、時間の問題だったわけだ。
「ご主人様、グラーデン王国ですが……やはり、難しいですね。公国化しない程度に、とのご命令でしたが……」
「そうか……」
チグリに対して近づくな、というのはグラーデン貴族からしてみれば無理な話である。
そもそも、彼ら貴族は王国に従ってはいるが、それはあくまで王家が貴族に比べて大きいからだ。
王国とて、貴族にはそれなりの気を遣わなくてはならない。むしろ、今の王であるクラップ=アド=グラーデンはそのあたりの調整に長けている。
貴族にとって利益になる以上、ユーフラテ家に近づいたり、取り込もうとするのは貴族の習性のようなものである。
王も無理に止めることはできない。
さて、このグラーデン王国に対する対策はいくつかベニーの話から分析済みである。
ひとつは、武力介入。グラーデン王国を完全に制圧し、ピースフィアの支配下に置く方法。
この方法は大義名分さえでっち上げてしまえば、こちらに文句を言える国は存在しない。
むしろ、ピースフィアの介入は平民に歓迎される。貴族の統治下で苦しい生活をしている人々だからだ。
これがもっとも簡単で、犠牲の少ない方法。不幸になるのは、貴族たちである。
この方法は、グラーデン王国が大公国になることなく、ピースフィアの属領になることになるので、王国をひとつ滅亡させることになる。
だから、今は良くても将来的に国を取り戻そうとする人たちが結託して反乱を起こしたりするケースが増えてくるようになる。
課題は治安維持となる。
前にも言った気がするが、貴族は何も悪人ばかりではない。善政を敷いて領民から慕われている者もいる。
そういった者まで犠牲にしなければならないのが、この作戦の痛いところだ。
ふたつめが、悪政を敷く貴族を駆逐する方法。
これはグラーデンをひとつの王国して見立てるのではなく、貴族による複数の領地に対して個別に介入する戦略である。
メリットは、邪魔な貴族だけを潰すことができること。
デメリットは、グラーデン王国としては黙ってみているわけにはいかないこと。
王国から離反した貴族を各個に撃破していくことになるが、その過程でまったく血を流さないのは難しい。
もうひとつが、善政を敷いている貴族を支援する方法。
これはふたつめの逆で、領民に慕われている貴族を積極的に助けて、味方に引き入れていく方法だ。
ただ、当然貴族間のやっかみが出るので、王国内の情勢が不穏になる。
無論、それで兵を挙げるような貴族がいるならば、問答無用で潰しにかかるだけの話だ。
さらに、グラーデンで貴族に購入される労働奴隷や愛玩奴隷の類を買い占め、ピースフィアに移住させるのである。
グラーデンとの取り決めで領民を受け入れないことになってはいるが、購入したとなれば「受け入れ」ではない。フェイティス流詭弁術である。
そして、最後の方法は革命だ。
貴族支配に苦しむ平民を密かに支援し、挙兵させる。
それにより、貴族制度を廃して民衆による新しい国家を樹立させる。
その過程でピースフィアが支援を行ない、傀儡政権を打ち立てるというわけだ。
この方法は、もっとも多くの血が流れる。
また、下手に長引くとカドニアと同じような状態になってしまうので大規模な介入が必要となるだろう。
貴族を平民に落とすのではなく、平民を貴族まで引き上げる。
特権を失う貴族にとってはやはり、たまったものではないということになるが。
「やっぱり、一朝一夕には無理だな」
「はい。どの方法をとっても血は流れます。ご決断を」
「……」
俺が王になってから、そこそこの時間が経つ。
今まで命を奪わずにやってこれたのが、そもそも異常なのだ。
すべて聖鍵のオーバースペックのおかげである。
だが、いずれ俺も誰かの命を奪う日が来るだろう。
いや、間接的にはもう、何人も殺しているに違いない。俺が知らないだけだ。
ラディに言われた王としての覚悟の話を思い出す。
王は王としてすべての責任を背負う。誰にも責められない代わりに、肩代わりしてもらうことはできない。
覚悟を決めよう。
いや、違う。
覚悟ならもう、決まっている。
「グラーデン王国は……そのまま放っておく」
フェイティスが信じられないものを見るような目で、俺を見据える。
胸がずきずきと痛むのを自覚する。
「……それでよろしいのですか?」
俺は円卓に映るアズーナン王国の地図を見下ろした。
「ああ、そうだ。ピースフィアはグラーデンを助けない」
「……ご主人様。いずれこのままでは、グラーデンもピースフィア恭順派と保守派に分かれ……争いが起こると思われますが」
「ああ、わかってる」
そう。そうなのだ。
グラーデンは貴族が幅を利かせている分、発言力を持つ者が他国より多く存在する。
学院でのパワーゲームなど子供の火遊びに過ぎない。グラーデンでは王国を舞台に、宮廷雀の権謀術数が渦巻いているのだ。
ゆえに、ピースフィアに対する態度も一枚岩ではない。いずれこのままでは、グラーデンは真っ二つに分かれるだろう。
本来、ベニーに提示されたようなルートを通ることでグラーデンは少ない犠牲で大公国への仲間入りをすることになるのだが……。
「グラーデンから聖鍵騎士団をすべて撤退させる。エーデルベルトからもだ。大公国に自らなることを選ばない限り、俺は彼らを支援しない」
「なっ……」
フェイティスが絶句する。
俺がそのような一手を打つとは思わなかったのだろう。
「……治安維持に貢献してきた騎士団を撤退させれば、当然治安は悪化します。それによってピースフィアのありがたみを理解させるのはいいかもしれませんが、ご主人様。その過程で犠牲となるのは罪のないアースフィアの民です。本当によろしいのですか?」
「ああ、構わない。彼らはピースフィアの民ではないからな」
極論を言うと、そういうことになる。
大公国にならないということは、ピースフィアの傘下に入らず、あくまで独立したひとつの国としてピースフィアと付き合っていくことを意味する。
「二国から撤退させた騎士団はすべて、央虚界の探索に当てろ。カドニアやアズーナンは仕方がないとして、ロードニアからも人員を割いてもらう。それと、央虚界に冒険者ギルドの支部を作らせて、冒険者も使って調べさせるんだ。この際、収容所の連中を奴隷化して使ってもいい」
「……リオミのため、ですか」
「そうだ」
「リオミひとりのために、他国の民を犠牲に?」
「そうだ」
央虚界の調査は、どうしても人間の目が必要だ。
だから、使える人間は出来る限り投入しなければならない。
ピースフィアはもともと、人的資源の多くを大公国に頼る形を取っている。
マンパワーのほとんどは、機械が代行しているからだ。
「悪いけど、大公国になってない国のことは後回しだ」
「ご主人様……その在り方は暴君です」
フェイティスからの指摘に、俺は表情を崩さないよう苦心した。
だが、胸と腹がズキズキと痛む。
「今に始まったことじゃない。俺はアースフィアを自分の望む形にしようとしている」
「それでも、リオミ個人を救うために、今までしてきたことを無にするのは愚の骨頂です。どうか御再考を!」
「嫌だ。俺は、アースフィアすべての人間の命より大事な人を取る」
「それは人としてはいいかもしれませんが、王としては許されません」
「……フェイティス」
ピシャリと、彼女の言葉を遮って。
「リオミのことが解決したら、グラーデンのことは必ずケリをつける。これは決定事項だ」
有無を言わせず押し切った。
すまん、フェイティス。
これ以上は、俺が痛みに耐えられない。
続いて俺は宇宙遠征から帰還したヒルデと謁見した。
夫と妻としてではく王と部下として。
「ヒルデ。面を上げよ」
「はい」
跪き頭を垂れていたヒルデが、美しい貌を上げた。
ブロンドのドリルロールが揺れる。
「……良いのだな、本当に」
「はい。覚悟はできております」
ヒルデとの約束。
彼女が手柄を立てたなら、エーデルベルトを公国化してほしいという、彼女の願い。
「改めて申し上げます。エーデルベルトを買ってくださいませ。陛下」
エーデルベルト王国の購入。
もちろん、王に直接金を渡して買いました、という話をするわけではない。
ベニーの提示したエーデルベルト攻略ルート。
それにおいてピースフィアが仕掛けるのは、経済侵略だ。
現在は倹約政策を取っているエーデルベルトは、現在ピースフィアからの食糧支援によってギリギリ回っている。
これを有償の貿易に切り替える。
エーデルベルトの希少な特産品と交換する方式にする。
相場はこちらで操作できるため、エーデルベルトは干上がる。
量的には支援の食料の方が多いが、特産品がなくなったら……貿易そのもの完全ストップする。
そしてピースフィアに恭順すれば、これまで以上の支援を再開すると伝えるのだ。
支援分の食料でやりくりしても、いずれ限界が来る。もともと痩せた土地では、次の作物が育つまでもたせられない。
ピースフィアの支援がない時代は、他国との貿易などもあったが、今ではピースフィアへの依存度の方が高い。
他国には圧力をかけるので、エーデルベルトが他国と貿易を再開することは不可能だ。
貨幣ではなく、特産品交換……というのは、地元で取れる作物をエーデルベルトの民が食べられないようにするためである。
これは実にきつい。日本で日本米を食べるのが難しくなる、といえばわかりやすいだろう。
貨幣はあっても、買える食料がなくなるのだ。
エーデルベルトは独立心旺盛だが、自国で誇れるものをドンドン削られていく。
その心の支え、尊厳を少しずつ奪っていく。
無論、グランハイツが黙ってやられるわけがない。
早期にこちらの動きを読み取って、カドニアとの緊張状態を高めようとするはず。
というより、それしか彼らには方法がないのだ。
だが、カドニアとの国境にフォースフィールドを形成し、行き来を不可能にしてしまえば、戦争をすることもできなくなる。
瀬戸際外交すら封じられれば、エーデルベルトは詰みだ。
その時点で、グランハイツ王はこちらの公国化の提案を受け入れざるを得なくなる。
この政策をヒルデガルドが主導する。これにより、彼女との約束は果たせることになるわけだが。
「前向きに考えると言ったな。考えた結果、エーデルベルトを買う話はなしになった」
「なっ……!?」
ヒルデは驚きのあまり、声を失った。
「は、話が違いますわ! わたくしはそのために、宇宙怪獣の討伐を行ったのですわよ!?」
ヒルデは自ら国を売り渡すことで、すべての恨みを自分で背負い込むつもりでいる。
兄を失政の糾弾から守るために、だ。
だが、そんな馬鹿な話はない。
この問題はもっとスマート且つ、円満に片付けることができるのだ。
「その件に関しては、きちんと褒章を与える」
「そのようなもの、要りませんわ!」
「果たして、そんなことが言えるかな」
ドロイドトルーパーが、正方形のコンテナを運び込んでくる。
ヒルデが訝しげに見ていたが、固定されたコンテナが展開されると言葉を失った。
「な、な……」
「受け取れ。お前の1兆円だ」
そう。
コンテナには白金貨が大量に積んであった。
上記の政策はあくまでエーデルベルトを公国化するなら、の話だ。
エーデルベルトに独立を維持させ、尚かつヒルデの望みを叶えるなら。
「お、お、お……」
「お?」
「お金ですわあああああああっっ!!」
ヒルデは自らのサガに勝てず、白金貨の中に飛び込んだ。
「まさかヒルデを買収するとはな……」
御前にも関わらず鼻歌交じりで退室したヒルデを見送りつつ、隣の玉座のシーリアが呆れ気味に呟いた。
「ラディの提案さ。正直、今のエーデルベルトを大公国にする場合、誰かが悪者になることは避けられないからな。
それになにより、あの国の民は大公国になることを望んでいない」
現国王のグランハイツも、妹のヒルデガルドも、エーデルベルトがピースフィアの大公国になれば豊かになると考えている。
だが、それはエーデルベルト王国のことが好きな民たちを裏切る道でもある。
「国民がせっかく付き合ってくれてるんだから、ヒルデたちも甘えればいい。
エーデルベルト王国の体制を保ったままピースフィアが助ける方法なんて、いくらでもあるんだから」
結局のところ、エーデルベルト王国の問題は貧乏であることに尽きる。
だからといって、ピースフィアがなんの理由もなくポンと金を渡すだけでは、彼らのプライドに傷が付く。
だが、ヒルデガルドの手柄に対し与えた報奨が大きいことに文句をつけるエーデルベルト民はいない。
そして、ヒルデがそのお金をどう使おうが……例えば、故国を助けるために私財を投資するのは何ら問題ない。
「俺は、エーデルベルト王国が嫌いじゃない。独立を保つことが望みだっていうなら、それを叶えてあげたいと思わないか?」
「アキヒコは、変わらないな」
「そんなことない。変わろうとしてるさ。いい加減、俺も同じところでウロウロしているわけにはいかないからな」




