Vol.10
遺跡、といっても俺が期待したようなダンジョンではなかった。
疎らに砕け散った建造物と思しき廃墟がところどころに散乱している。
用水路か何かだったのか、水路と思しき側溝が走っている。
ここはどういう仕組みなのか周囲が猛吹雪でも、ここだけ台風の目のように晴れているらしい。
吹雪の結界を解いたことと、何か関係があるのかもしれない、とのことだった。
俺たちは現在、指揮管制装置の強化された聖鍵騎士団仕様のキャンプシップで待機している。
そこに、ひとりの若者が駆け込んできた。
「聖鍵陛下、騎士団によるダークスの掃討、終了しました。このまま調査を継続します」
「ご苦労」
報告に来てくれた若い聖鍵騎士をねぎらうと、彼は敬礼をして「失礼します!」と威勢良く挨拶。そのまま去っていった。
「随分若いな、彼は」
「見た目に騙されないでね。ああ見えても、うちのエースよ。今度ちゃんと紹介するわ」
今回の作戦には、少佐が同行してくれることになった。
彼女は現在聖鍵騎士団団長の地位をフォーマンから引き継いでいる。
現在の聖鍵騎士団は軍の独立部隊のような立ち位置にある。キーキャリバーとパワードスーツを標準装備した、最精鋭部隊だ。
少佐の方針はフォーマンと違い、少数精鋭主義である。ドロイドトルーパーも頭数が必要なときや援護にしか利用せず、あくまで最前線の人間の判断力をこそ重視しているとのことだ。
前に比べると、かなり緊張感のある部隊に仕上がっている。
「ピースフィアのおかげで、冒険者は食い扶持が随分減ったのと、聖鍵騎士団に憧れているっていう子が結構いるのよ」
「納得」
それでも、まだ冒険者は自立思考の強い自由民などには人気の高い職業だ。
まだまだなくならないだろうとのこと。
「ベニー、どうだ?」
「うーん……非活性ダークスが多くて、よくわからないですね~。やっぱり体持ってきて正解でした」
「このあたりは魔力がないのか? 連中の餌になるような」
「肯定です。意図的に魔素が排除されてるんじゃないでしょーかね。ここを隠そうという意図が見え見えです」
「頭隠して尻隠さずっていうのかな、こういうときは」
この遺跡が見つかったのは、本当に偶然だ。
あのとき俺がなんとなく風呂に入りながら凍土を散歩しようなどと考えなければ、遺跡の発見は随分先のことだっただろう。
「過去のループで凍土まで制圧したことは?」
「基本的に必要ない、っていうのが陛下の決断でしたからねぇ。なにしろ、永劫砂漠を開拓するだけでも向こう300年間は人間が住む場所にも食う物にも困らなくなるんですし」
「凍土の調査は後回しにされるわけか……」
「まあ、私達の介入が終了したあとで遺跡を見つけることはあったかもしれませんけどねぇ」
……本当に偶然だろうか。
何やら、奇妙な運命に導かれているような感覚を覚える。
シーリアやザーダスのことといい、俺にとって都合の良いことが多すぎやしないか。
俺が今までのループでも特異点だったのだとすると、今回だけが特別というわけではないはずだ。
俺は……今までの俺とは、違うのか?
「ベニー、ちょっと聞きたいんだけどさ。これまでの俺が思考迷宮って言葉を使ったこと、あったか?」
「否定です。何ですかそれ?」
「……いや、なんでもない。ありがとう」
「教えて下さいよー! 気になる気になるー!」
これまでの俺は思考迷宮を持っていなかった?
俺が当たり前に思っていただけで、今回の俺だけが並列思考を持っているのか。
今までのループの俺がベニーに話さなかっただけか。
いや、それならパトリアーチが知っているはずだ。
あるいは、今回だけ思考迷宮という名称をつけたのが俺だけで、他は違う呼び方をしている?
ベニーはピーチクパーチク騒いでいたが、少佐に耳をつねられると大人しくなった。
仮にも側室の生体義体なのに、手荒に扱うなぁ。
「お兄ちゃん、また何か隠し事してるの?」
「……隠し事、っていうのと少し違う気がする。俺の中でも、まだ答えが出てないんだ」
「もし困ってるんだったら、相談に乗るぞ?」
ディーラちゃんとラディが頼もしい。
彼女たちになら、話してしまっても大丈夫か。
「少佐、まだ調査の時間はかかりそうか?」
「ええ、そうね。遺跡といってもかなり広いもの。目的の入り口とやらが見つかるまでは時間がかかるわ」
「そうか」
非活性ダークスのせいで、ドローンによる物量総当りは使えない。
聖鍵騎士団の働きに期待するしかないようだ。
「なら、話すよ。といっても、俺にとってはこれまで当たり前だと思ってることを話すだけなんだ。むしろ、奇妙に思うところがあったら突っ込んでほしい。
みんなは、自分の中に別の自分がいるのを感じることはないか?」
「哲学的な話ね。まあ、誰しもいろんな自分を持っているものじゃないかしら? 男性としての自分、親としての自分、子供としての自分。珍しい話でもない気がするわね」
少佐が乗ってきた。この手の話題は結構好きのようだ。
「うーん……あたしには、よくわからないかな」
「余の場合もそうだな。むしろ、自分以外の自分というのは魔王としての自分が別にいて、それ以外は結局自分だと考えている」
「ベニーちゃんはですねぇ、もうベニーちゃんでしかないのです!」
他の3人も皆、一様に自分の考えを述べていく。
「少佐が言っているのは、役割だな。仕事をするときの自分と、プライベートでの自分が違う顔を持っているって話に似てる。あとは、制服効果かな。無作為の人間を看守と囚人に分かれて、それぞれの役割をさせるって実験で、看守は看守らしく高圧的になって、囚人が卑屈になったって話がある。あんまりにも染まりすぎて、実験が中止になったってぐらいだ」
「それはすごいわね。でも、わかる気がするわ。私も時々、自分が本当の自分なのかって考えることがあるわ」
「ほえー……お兄ちゃんたちが何言ってるか、全然わかんない。自分は自分じゃないの?」
「ディーラちゃんは、シンプルでいいな」
「なにそれ、馬鹿にしてるの!?」
「ううん、かわいくていいなって話」
ディーラちゃんをなでなですると、ちょっと不満そうにむくれつつも嬉しそうだった。
「して、勇者よ。その話がそなたとどう関係があるというのだ?」
「うん。実はね……俺の中には、別の俺が複数いるんだ。今しがた話題に出た、役割としての自分の使い分けとは別に、明確に自分以外の自分が存在するんだよ」
一同、黙りこくってしまった。
「それは、多重人格ということかしら?」
「へえ、アースフィアにも多重人格の概念があったのか」
「過剰な魔素の摂取により、精神に異常をきたして、自分以外の自分を心の中に生み出してしまう症状よ。多くの場合、家族関係の不和や……幼少期の虐待のトラウマにより発現するとされているわね」
少佐に言われてググってみると、確かにアースフィアにも似たような症例が見られるようだ。
ん? あれ、これは……。
「そうか、聖鍵騎士団が捕まえた犯罪者の中に、そういうやつがいたわけか……」
「ええ、呪術師カーラスね。あれは……厄介な相手だったわ」
普段はマインドリサーチでも無害な一般人だというのに、呪術師としての人格が表に出ると豹変し、さまざまなテロ行為を働いた犯罪者らしい。
枢姫派のゴタゴタで、ようやく捕まったのだとか。
「これって、貴方がカーラスと同じ多重人格ということでいいのかしら?」
「いいや、多分それは違う。俺の親も一時期、精神科医に俺を診せたことがあるけど、どうも精神的な問題ではないみたいなんだ」
「じゃあ、なんなの?」
ディーラちゃんが、遠回しな言い方に焦れてきたようだ。
「それは、正直わからない。ただ、俺はこのおかげで自分の中の自分を使い分けることで、いろんな演技ができるんだ……」
「余にプレッシャ―を与えるほどのそなたが、お前とは別に存在すると……?」
「むしろ、俺は一番ヘタレなほうだな。ちなみに、バトルアライメントチップのアラムのデータを使いこなすのが得意な『俺』とかもいる。ただ、複数の人格を持っている場合、一番強い主要人格以外は記憶を共有しないことが多いんだそうだが、俺の場合はむしろ完全に一体になっている感覚なんだ。だから、切り替えもほぼ一瞬でできる」
「ほえ~……陛下陛下、これまでそんな陛下はいませんでしたけど、どういうことなんです~?」
「やっぱ、そうか。むしろ、それは俺が聞きたいんだけどね」
「むむむ……」
「俺が時々、奇計な言動をしたり行動をしたり、行動が統一されてなかったりするのは、その辺に理由がある。
ヤムエルと一緒にお風呂に入ったり、チグリにセクハラしちゃったり、フェイティスに酷いことをしたり、他にもみんなにたくさん迷惑をかけてる。
でも、それを自分だけで制御しきれない。だから、俺は最低なんだ」
俺の告白に、みんな黙りこくってしまった。
ヘヴィ過ぎたか。
「あ、別に凶暴な人格が俺の中にいる! とかではないから、安心してくれ。時々暴走はするけど、基本的に全部俺なんだ」
「あの~、陛下? ちょっとよろしいですか?」
「うん?」
「現段階では、まだ仮説なんですけど~……ひょっとしたら、陛下の中には他ループの陛下が入っているのかもしれません」
「……ああ、なるほど。そういうことなのか」
だとしたら、むしろ納得だ。
長年の疑問が氷解する。
だが、他のみんなはきょとんとしている。
ループの話を知ってるのはリオミとフェイティスだけだからな。
「一応聞くけど、そんなことありえるのか?」
「考えられる原因としては、今の陛下が……ループの最終かもしれません。連環宇宙の因果の糸が寄り集まって、今の陛下を構成している可能性すらあります」
「因果の糸? ひょっとして、俺、最強の魔法少女になれるんじゃ……」
「私と契約して、なっちゃいますか?」
「魔女になるのは嫌だからやめとく」
もしベニーの仮説のとおりなら、ループを終わらせる資格を持つのが俺ということになる。
これは最後の俺とは、また別だ。
「もしそうだとしたら、陛下はなるべくして連環宇宙を束ねる存在として、ここに立ってることになりますね。やること為すこと、なんでもうまくいくんじゃないですか? それが陛下の意に沿わない可能性もありますけど、結果的には良かったと思えることになるんじゃないかと」
「……ひょっとして、俺って俺自身が相当チートなのか?」
「そうですねぇ。これまでの陛下の特異点としての性質をすべて統合しているのだとしたら、例え宇宙が滅亡するような運命だって覆してしまうことができるでしょう。しかも、陛下が意識的にやるまでもなく、無意識で」
「ひぇぇ……」
聖鍵を初めて持ったとき以上の衝撃だ。
むしろ、聖鍵を持って鬼に金棒というわけか?
「シーリアさんとラディさんのこともそうですけど、今回の遺跡が見つかったことも必然だったんですね。これまでかすりもしなかったルートに対して、サーチアンドデストロイしてますし」
「……俺、シーリアのときはめちゃめちゃ頑張ったつもりだったんだけど……なんかなぁ。努力しなくても、全部うまく行きますって言われると虚しくなるな」
「どうでしょう? 最善の結果に繋がるかどうかは、やっぱり陛下次第じゃないですか? だって、あのままシーリアさんとラディさんが殺し合いをして、それがどういう結果になったとしても宇宙そのものには大きな影響はないでしょうし」
俺の身近なことに関しては、当然頑張らなければならないということか。
運の要素が絡む問題に関して、100%遭遇することができるだけで、充分にチートだとは思うが。
確率変動? 運命操作? わからん。
「とにかく、陛下がもっと進化すれば……インフィニティ・グラナド解放できるんじゃないですかね?」
「…………」
因果律操作による無敵の神に。
そうなれば、ダークス発生の原因そのものをなかったことにして、ディオコルトもいなかったことにできる。
世界すべてを俺の思い通りにすることができるだろう。
今、聖鍵王国でやっている事を全次元規模で。
できるとして、本当にやるのか?
今ある世界はどうなる……。
この世界が滅びるとか、なかったことになるとかだったら、絶対やりたくないのだが。
そんなとき、キャンプシップに通信が入った。
「報告です! 央虚界に繋がると思われるゲートを発見しました!」
「形状は?」
兵からの報告に少佐が答えた。
「半円状のアーチです。片方向から見ると反対側の景色が見えるのですが、もう反対側からは漆黒の霧のようなものが蠢いて見えます!」
「……よし、そのまま待機させろ」
俺はラディに話を振る。
「中はどうなっている?」
「ダークスがうようよしていて、奥まで見通すことはできぬ。一応、大地はあるので飛行能力がなくても問題はないが……」
「が?」
「余が知る唯一のゲートは双方向の移動ができたが、今はもう稼働していない。今回見つかったゲートが同じように双方向移動ができるのか、あるいはいつまでゲートが稼働しているかはわからぬ」
「…………」
「突入には、かなりの危険を伴う。それでも行くのか」
「ああ。そうしないと、リオミが危ないんだ」
「待て。気持ちはわかるが、王たるそなたが自ら赴くのはリスクが大きすぎる。ここは余らに任せよ」
「…………」
この数ヶ月で、王である俺が陣頭に立つのは良くないという話をフェイティスから何度も聞かされた。
リオミのことで逸る気持ちはあるが、それを抑えるべきだという自分が大半を占めた。
ここは、中間を取ることにする。
「突入には全員、クローンを使う。中でも操れるかどうかはわからないけど……」
「ダメ元というわけか?」
「これで大丈夫なら、少なくとも何かあっても死ぬことはない」
中には非活性ダークスがいるので、ドロイドトルーパーやコピーボットではいざというとき働けない可能性が高い。
俺は王として、号令を出した。
「マザーシップ中枢区への出入りを許可するため、一時的なAAランク権限を騎士団やみんなに与える。全員、キーキャリバーで自分のクローンに乗り換えよ!」
量産型聖鍵キーキャリバーは、機能がかなり限定された聖鍵ではあるが、オリジナルと同じく中枢区からクローンを遠隔操作することが可能だ。
余程のことがない限り中枢区への出入りを許可することはないので、実戦では初めてである。
クローン遠隔操作事態は訓練の演目に入っているので、操り方をわからないという者はいないはず。
俺のデータのおかげで、消耗する精神力も随分と軽減されている。
「騎士団一同、武運を願う!!」
キャンプシップの通信機を通して、威勢のいい返事が一斉に帰ってきた。
「これがゲートか」
報告にあったとおり、半円状アーチだった。
外枠は真っ黒な鉄のような硬い金属でできている。ルナベースの分析によると、古代に使用されていた金属がダークスにより侵食されたものらしい。
「全員、闇避けの指輪は装備しているな? 第一陣、突入!」
少佐の指揮で、騎士団のクローン先遣隊がゲートへと侵入する。
彼らはゲートの出口付近の安全を確認の後、報告に来る手筈になっている。
俺は隣の少佐に話しかけた。
「中との通信は?」
「やはり無理ね。付近のダークスを排除しない限りは」
「わかった」
先遣隊の1人が戻ってきた。
安全確認後、出入りが可能かどうかを確かめたのだ。
数人が何度か出入りして、問題がないか確認している。
「問題ありません」
「非活性ダークスの浄火を開始。キーキャリバーでも有人操作型のドリッパーでも構わん」
少佐の指示の後しばらくして、中との通信がつながった。
「こちら先遣隊。応答願います!」
「こちらソリッド・ステイト。聞こえている」
「非活性ダークスの浄火、終了! 先遣隊、疲労限界です!」
「よし、第二陣と交代しろ」
いくら疲労軽減されているとはいえ、やはり長時間の遠隔操作は難しそうか。
それよりなにより、遠隔操作がゲート内でも問題ないことが、まずは喜ばしい。
その後も少佐の指揮により、ゲート出口付近の掃除は順調に進み、ひとまずは安全を確保できたようだ。
「活性型ダークスは見当たらないようね」
「うむ……央虚界には魔素がほとんどない。例の指輪がなければ入った瞬間、人間の魔素に反応してダークスが殺到してくるだろうが……」
「今のところ、騎士団の装備なら何ら問題はなし……か」
少佐とラディの言葉に、俺は頷く。
少し呆気無いようにも思えるが、そもそも騎士団の装備はアースフィアの常識では考えられないほどの、オーバーテクノロジーの塊だ。
隠れることしか能がない非活性ダークスなど、見えてしまえば脅威にはならない。
「ラディ。非活性ダークスっていうのが、また通信を阻害する可能性は?」
「なくはない。が、魔素がない以上、わざわざ寄っては来ないだろうな。誰かに操られていれば別だが」
つまり、入り口から先に進む場合、通信が困難になる可能性は充分にあるということだ。
「俺もクローンで出向く。一度、この目で見ておかないといけないからな。少佐はここで指揮を。ラディ、ディーラちゃん、ベニーは俺についてきてくれ」
「了解」
「うむ」
「うん!」
「肯定です!」
ラディとベニーは生体サイボーグなので、最悪頭さえ無事なら問題はない。
ディーラちゃんもクローンの遠隔操作はひと通りできるようになっている。
このメンバーなら、万が一の事態でも大丈夫だろう。
俺たちもクローンでゲートを潜った。
既に報告用に録画された映像データで見たが、やはり異様な世界だ。
群青色の大地、赤い空。そして、ところどころを漂う黒い霧。
「これが……央虚界」
死の世界。
そんな言葉を連想した。




