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機械仕掛けの聖剣使い  作者: epina
Episode04 Dark Menace

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Vol.09

 その日はフェイティスを寝所に招く日だった。

 彼女の奉仕を心ゆくまで存分に楽しんだ後、ベッドに寝転んだまま相談を持ちかける。


「いくつか気になっていることがある」

「どうぞ、ご主人様」


 フェイティスは俺の腕の中で幸せそうな顔で微睡んでいる。

 意外なことに、彼女は俺との交わりに仕事以上の情熱を持っている。

 今日もそうだった。


「リオミの様子……最近、おかしくないか?」

「鈍感なご主人様でもお気づきになられていましたか」

「鈍感は余計だけど、否定はしない」


 それでも最近は少し前に比べると、察しが良くなってきている気がする。

 経験のおかげなのか、聖鍵の力のおかげなのかはわからない。

 いや、そんなことを考えてる時点でまだダメだな。


「妊娠中だから、情緒不安定になる部分があるのはわかるんだけど。《レイスチェンジ》でニャンニャンしたかと思えば、俺を好きになった理由がよくわからないとか言い出すし」

「……そういえば、あのときご主人様はリオミの話を聞いているのでしたね。リオミがご主人様を好きになった理由を」

「うん。それとも、俺に話せないのは照れくさかったからなのか?」


 でも、そうとも思えない。

 あのときのリオミは、どうして自分でも思い出せないのか怪訝そうな様子だった。


「わたくしも妊娠したことが関係していると思っていたのですが、フィジカル及びメンタルチェックではこれといって変化はなかったのです」

「じゃあ、身篭っているせいじゃないってこと?」

「はい。今のリオミの症状は、妊娠とは無関係です」

「そう、か……」

「ビジョンが見えたのですか?」


 フェイティスが心配そうに俺の目を見つめてきた。

 ビジョンの話はザーダスの話をする際に必要だったので、メリーナ以外は知っている。


「いや……でも、何か嫌な予感がする。

 フェイティス、リオミの周辺に非活性ダークスが潜んでないか目視で調べてくれ。

 それと、リオミ自身の身体・心理検査を全項目チェック。魂魄まで含め、徹底的に」

「かしこまりました」


 最近はむしろ、ビジョンを見ることは少ない。

 その代わりに、俺の思考回路はやけに稼働率がよくなった。

 ザーダスの戦いのとき、思考迷宮を突破したことで新たな領域に踏み込んだのを感じる。

 成長することを意図的にリミッターをかけていた反動なのか、急激に自分の知能が高まっていくのを感じていた。


「なあ、フェイティス……思考迷宮って言ってわかるか」

「思考迷宮……ですか? ええと、思考の袋小路とか、考えて遊ぶとかのことですか?」

「……ああー、いや、いい。ありがとう」


 俺は子供の頃から、脳の中で色々考えては遊んでいた。

 友人もよくいろいろ妄想したり、中二病を発揮していたから、俺もきっと同じなんだと思っていた。


 それが違うと気づいたのは、高校生のときだった。


 どうも他のみんなは何かを考える時、基本的に一つのことを考えていたかと思えば、次の瞬間別のことを考えるらしい。


 らしい、というのは俺が違うからだ。


 俺は昔から、複数のことを同時に思考することを当たり前のようにやっていた。

 並列思考という。


 俺はいつしか、並列思考を封印した。

 みんなと違うことが怖かったからだ。

 その封印が思考迷宮であり、俺の遊び場になった。

 

「フェイティス……俺を、人間だと思うか?」

「……ご主人様?」

「真剣に答えてくれ」

「…………」


 フェイティスは、しばらく言うべきかどうか迷っているようだった。

 聡い彼女は気づいたようだ。俺が、ありきたりな「もちろん、人間です」という答えを求めているのではないことを。


「ご主人様は、やや人間にあらざる行動様式と道徳観をお持ちだと思います。

 無礼を承知で申し上げますと、聖鍵の強大な力を与えられているにも関わらず、ご主人様の精神は幼稚過ぎます。

 ご主人様の人を殺さない、命を大切にするという考えはご立派ですが、一方で犯罪者……特に性犯罪者に対して強烈な罰を課すところがあるなど、チグハグです。

 ご主人様がどれだけ自覚しているかはわかりませんが、やっていることは偽善行為。

 これまでどのような人生を送られてきたのかは想像するしかありませんが、ひとりの人間が送ってきた人生の経験から今の行動につながっているとは思えません」

「…………」


 フェイティスの容赦ない評価は続く。


「はっきりと申し上げますと、行動にまるで重みが感じられないのです。

 ご主人様の主義は、まるでどこかで教わった正しい事を鵜呑みにして、そのまま実行しているだけのように……わたくしには見えるのです。

 正直な話、ご主人様に惚れる女性はみんな節穴なのではないかと勘ぐってしまいます。わたくしも含めて、ですが。

 長々と話しましたが……ご主人様を普通の人間とは思えません」


 普通の人間ではない。

 うん、本当は多分、知ってた。

 目を背けていただけだ。

 今なら、それほどショックはない。


「……手厳しいな、フェイティスは」

「暴言の罰ならなんなりと。ですが、ご主人様はこういった言葉をお望みのようでしたので」

「フェイティスの言葉攻めなら、いつだって受け付けるとも」


 はっきりここまで否定されたのは、久しぶりだ。

 だけど、怒りも悲しみもなく、ただその言葉を受け入れることができてしまっていた。

 彼女の言ったことは、俺が常々自分に感じていたことだから。


「俺は……ひょっとしたら、人間じゃないのかもな」

「もしそうでも……わたくしは、ご主人様にお仕えします」


 彼女の言葉は、素直に嬉しかった。

 


 時はどんどん流れていく。

 聖鍵王国ピースフィアはこれといった大事件などが起きることもなく……あるいは起きる前にすべてのフラグを蟻を踏み潰すかの如き神経質さでもって、繁栄している。

 ひとまず、1ヶ月ほど時を進めるとしよう。


 目下、俺が抱える問題の中で悩み度が高いのは、ヒルデの学院パワーゲームである。

 ヒルデに公務を与え、ザーダス三姉妹……シーリア、ディーラ、ラディによる工作を進める。

 ほぼ全面的に彼女たちに任せる形になってしまったのだが、ラディが俺を密談室に呼び出した。

 経過報告をしたいらしい。


「まず、計画は順調に推移しておる。ヒルデが学院にいない時間が増えたのでな」

「それなら援護射撃の甲斐があった」

「ヒルデのほうは、どうなのだ? 無理難題をふっかけたと聞いたが……」

「正直あの2人を組ませたのは失敗だった。いや、嬉しい失敗ではあるんだけど」


 もちろん、2人というのは宇宙怪獣退治のために宇宙艦隊を率いるヒルデと、補佐のチグリである。


「うむ、そうであろうな。そもそも迂闊ではないか? チグリは模擬戦とはいえ余を負かす戦術家。そこに魔王軍にも勇猛で馳せたヒルデが指揮官ならどうなるか」

「宇宙に応用できるとは思わなかったんだ」


 そう、あの2人はやってしまったのだ。

 俺が与えた戦力は大きいが、惑星系をカバーするとなれば、とてもじゃないが足りない。

 戦力的には野良の宇宙怪獣を退治するなど造作もないが、純粋に数が足りないのだ。


 艦載機などの戦力補充は認めているが、艦隊の増産は認めていない。

 無限に等しい軍事力を無制限に与えては、彼女の実力とは無関係の戦果となってしまう。

 そして、何よりそれほどの戦力を与えると、ヒルデが反乱を企図する可能性もあったためだ。


 ヒルデが考案した戦略は、超宇宙文明による無限資源を用いるやり方とはまったく逆。

 エーデルベルト流の倹約戦略だった。


 広い範囲を艦隊でカバーするのが無理なら、そもそもカバーしない。

 敵は早期発見、早期撃滅。敵のいないところに戦力を配置せず、発見したら即刻全戦力を投入する。

 だが、当然ながらダークスを非活性化させることができる宇宙怪獣をレーダーやドローンで発見することはできない。


 なら、どうするか。

 答えは明確である。

 ダークスが非活性化しているから見つからないなら、活性化させればいい。

 チグリが開発した魔力集積ポッドを過去の宇宙怪獣が通ると予測されるルートにばらまいたのだ。


「魔力を餌に、ダークスを活性化させ……ダークス係数を観測した箇所にドリッパーを投入する、か。まあ、そこまでなら余でも思いつくが」

「その先が問題だ」


 当然、ドリッパーにやられた宇宙怪獣はダークス係数が0になる。

 宇宙怪獣というのはダークスとの親和性が高く、むしろダークスが実体を得るために創られた存在と言える。

 つまり、ダークス係数が0になった宇宙怪獣は魂を失った抜け殻になるのだ。


 これに目をつけたヒルデは。


「これほど強力な戦力をただ廃棄するなんて……もったいないですわ!」


 そして、チグリにあるものを造らせた。


「《パペットコントロール》……まさか、あれが伏線だなんて俺だって思わなかった」


 そう、リオミがヤムエルの人形……ピーカを操ったあの魔法だ。


 チグリがメシアスの技術と魔法を融合させた超理論を構築したのは、記憶に新しい。

 彼女の手にかかれば、テクノロジーと魔法の壁など無いも同然だ。

 今回彼女が作ったのは、言ってみれば宇宙怪獣を巨大な人形に見立てた魔法装置である。


 俺も前に魔物を洗脳して軍団を作ろうとか考えたことがあったけど、結局実行には移さなかった。

 ディーラちゃんのことを洗脳しようとしていたと思うと、手前勝手なことに胸が痛むからである。


 だが、宇宙怪獣には精神がない。ダークスの依り代に過ぎないアレに、心はないのだ。

 殻になった宇宙怪獣は言ってみれば中身のいなくなったヤドカリの貝に等しい。


 宇宙怪獣の巨体をアースフィアの《パペットコントロール》で操ることは本来無理だ。魔力が全然足りないのである。

 だが、リオミ専用に作らせたはずのジュエルソード・システムが、ここで生きてしまった。

 魔力の問題を解決したことで、《パペットコントロール》で宇宙怪獣をコントロールできる下地は完璧に整ってしまった。

 さらに、宇宙怪獣がダークスに再度乗っ取られないよう、体内にホワイト・レイ・フィールドを発生させる装置までご丁寧に埋め込む始末である。


 これにより、ドリッパーにより鹵獲した宇宙怪獣はすべてヒルデの戦力に組み込まれた。

 ひょっとしたらデスフラグだったのではないかと思える怪獣大軍団も、結局ヒルデの軍団に組み込まれてしまったというのだから、泣くに泣けない。

 ベニーに確認したら、前に一度だけあったアースフィア怪獣大決戦イベントが潰れたんじゃないかって言っていた。

 今やヒルデは造物主も真っ青の怪獣軍団を星系のさまざまな場所に派遣、勢力を広めているのだという。


 1ヶ月でこの戦果だ。

 俺なんかより、女の子たちの方がよほどチートだと思う。

 ノルマなんて当然、達成に決まっている。


「それで……ヒルデの方から、報酬の要求があったのではないか?」

「ああ、エーデルベルト公国化の話ね。今のところはないよ」


 ヒルデはこの仕事に、大変なやり甲斐を感じているらしい。

 この間視察に言った時は、手を握られて大感謝され……その夜は乱れた。


「ふむ。やはり、寂しかったのであろうな……」


 ラディが思案するように顎に手を当てた。


「要求は飲むしかないとは思うが、本格的にフェイティスと相談するがよい」

「そこはもう話し合ってる。今回はフェイティスに任せっきりにするつもりはない。で、学院のほうはどうなのよ?」


 急に惑星系規模から学院の話にスケールダウン。

 ここ最近じゃ、当たり前の話題変遷だ。


「まず、貴族同士の派閥抗争そのものは終息しつつある」

「……本当か?」

「形を変えただけとも言える」


 ラディは何やら言葉を濁している。

 争いそのものがなくなったわけじゃないと言いたいようだが。


「形を変えたって……どうなったんだ?」

「うむ。ところで、そなたは確か中立であったな」

「何の話だ……って、まさか」

「そのとおり。学院できのこたけのこブームが起こるよう工作したのだ」

「おい」


 ……思わず頭を抱える。

 いや、だってさ。

 もうちょっと、違う展開を期待していたんだ。


「もはや貴族同士の派閥など、形にならんわ。皆が、きのことたけのこ、どちらかの派閥に別れて、どちらが美味いのかを競い合っているのだ」

「まあ、確かに宮廷みたいなドロドロの抗争にはならないかもしれないけどさ……いや、むしろ微笑ましいかもしれないけど」

「今現在、学院長に掛けあって半年に一度、どちら派の生徒が多いか競争するイベントをやってはどうかと進言した。無論、貴族が平民の部下などに無理強いできぬよう、秘密投票方式だ」

「さいですか」

「今度、本決まりになったらお前も来るがいい」


 ラディは本当に愉しそうに笑った。

 悪巧みする魔王というより、イタズラが成功した子供みたいな笑い方だった。


 ともあれ、ヒルデとチグリが不在になったことで貴族の生徒同士による派閥抗争は回避され、学院では一大お菓子ブームが始まった。そこには、きのことたけのこ以外の新たなお菓子なども増えていくのだが、それはまた別の話。

 糖分のとりすぎには注意してもらいたいものだ。



 フェイティスの報告はふたつあった。

 ひとつは、凍土で見つかった遺跡のこと。

 もうひとつはリオミのこと。


「まず、リオミですが……魔力総量の上限が、少しずつ減っています」

「それは一体……」

「魂が減っている、とでも言えばいいのでしょうかね」


 魂が減っている。

 それは……とんでもないことではないか?


 アースフィアにおいて、魔力の元となる魔素が人間の生命活動に密接に関わっていることは常識である。

 魂は人間にとっての魔力上限であり、自分の魂を削ることで魔法を使うこともできる。

 だが、アースフィアにおいては空気中の魔素を用いて魔法を使うほうが一般的だ。


「原因は不明ですが、ベネディクト様もこういった症状がリオミにあった例はないとのことでした」

「なんとか止める方法は?」

「今のところ、病気なのかどうかもわかりません。ただ、大事を考えて大賢者タリウス様から予言をいただきました」

「ナイスだ。それで、予言の内容は?」

「『央虚界へ赴くべし。入り口は凍てつく大地の奥深く、封印の先にあり。封印を解いて進むべし』」

「その封印って、やっぱアレだよな」

「……はい。おそらく、あの遺跡です。ご主人様の言うとおりに冒険者の調査によって、封印装置の解除には成功しました」

「くそっ、また俺は何をチンタラと……!」

「いえ、これは結果的に良かったかと思います。ショートカットをすれば、予言に逆らうことになりますから。リオミの状態も致命的には程遠いです。むしろ、これは最速の対応と言えるかと」

「わかった。遺跡の攻略には、俺も行く。最優先だ。いいな?」

「……かしこまりました」


 央虚界。ルナベースにも、それらしき検索データはない。

 リオミの症状は、これまでのルートでは見られなかったもの。

 そして、予言のとおりなら遺跡が央虚界の入り口ということになる。

 何だ、何がきっかけなんだ?


 俺が偶然、凍土に出向いて調査させ、遺跡を発見させたことか?

 それとも、シーリアとラディの関係を開拓したことか?


 いや、何が原因でも知ったことか。

 リオミが危ないのだ。

 今は予言に従い、遺跡に向かわねばならない。


 だが、情報収集は必要ではないか?


 いや、何を悠長な。


 新規開拓ルートなのだ、ここは慎重に行くべき。


 ふむ。並列思考で意見が分かれたのは久しぶりだな、いつ以来だ?


 ルナベースに情報がない以上、知り合いにあたろう。


 賛成。


 賛成。


 俺も賛成。


 わかった、じゃあひとまず全員にメールで情報を募ろう。


 知っていたら折り返ししてもらうようにすればいいよな。


 一番知ってそうなのは誰だろう?


 やっぱりラディじゃないかな。


 俺の中での決が取れたのでメールを送ると、真っ先に返信が来た。


「……勇者よ! そなた、どこでその知識を得たのだ!?」

「リオミが危ない。そこに行けって予言で出たんだ。知ってるんだな?」

「……うむ。話すのはもう少し先にしようと思っていたが、よもやこれほど早期に……」

「悪いがすぐに教えてくれ」

「わかった。まず、央虚界とは言ってみればダークスの世界だ」


 ダークスの世界。

 何処かにあるとは思っていた。

 なるほど、央虚界がそれか。

 

「どこからともなくアースフィアに瘴気が漏れるのは、この世界が央虚界と様々な場所で繋がっておるからだ」

「どんなところなんだ?」

「何もない。虚無とダークス以外は、何もな。余もそれ以上のことはそれほど知らぬ。ただ、オクヒュカートが逃げたのは央虚界だ」

「なるほど」


 話が見えてきた。

 リオミに起きた異変には央虚界が関わっている。

 央虚界に関わるキーワードは、八鬼侯第零位オクヒュカート。

 こいつについて知ることが、因果に干渉した可能性が高い。

 要するに、フラグというやつだ。


「シーリアの両親もそこに?」

「そのはずだ……彼らとの契約リンクは切れていないので、死んではいないはず。正気であるとも限らぬが」

「そういうことなら、ラディ。お前にも来て貰いたい」

「ふむ……そうだな。そういうことなら余のダークスに対する干渉力が少なからず役に立つであろう。闇避けの指輪があれば、さほど必要ではないかもしれんが」


 後は誰を連れて行くべきか。

 王妃組のふたりは身篭っているから論外として、連れていけそうなのはディーラちゃんかな。

 ヒルデとチグリは星系警備の仕事だから、側室で連れていけるとしたらベニーぐらいか。今回のルートの知識を知っておきたいだろうしな。

 メリーナはダークスに関する知識すら持っていない……というか、彼女を戦力として数えるべきではないだろう。

 フォーマンはもはや聖鍵王国軍の最高司令官だ。おいそれと動ける立場ではない。

 連れていけるとしたら、聖鍵騎士団か。少佐に頼んで、誰か適切な人物を護衛に送り込んでもらうか?

 フェイティスには、留守中のことを任せることになる。


「よし、方針は決まった。今から央虚界に繋がっていると思しき遺跡に向かう」

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