Vol.08
久しぶりに地球で数日を過ごしてみた。
どうせ戻るときはアースフィアの時間は進んでいないので、俺の不在で迷惑をかけることはない。
ただ前回戻ったときは体内時計が狂ってしまったので、戻る時間などは決めてある。
地球に戻ることには、メリットがある。
女性たちに気を遣う必要がまったくなくなるのだ。
確かにハーレムは魅力的だ。男子の本懐と言ってもいいかもしれない。
だが繰り返し言わせてもらうが、あれはそんなにいいもんじゃない。
普通にリオミとイチャラブだけしてればよかったと、たま~に思うことがある。
そもそも器ではないことをやっているのだから、こうしてたまには羽根を伸ばしたいわけだ。
数日チャージすれば、皆にも悦んでもらえるだろうし……。
いや、なんでもないです、ハイ。
そんなわけで、久々に池袋に来てみた。
「そういや、とらの○な移転したんだっけ」
ついつい、いつもの癖で旧店舗の方へ向かってしまった。
少し戻って、新店舗へと向かう。
新刊のチェックをするが、当然アースフィアで過ごしていた半年間は地球の時間が進んでいないので、真新しい作品は何もない。
成年向け同人コーナーは行く気も起きなかった。しばらくあっち方面は考えたくない。
ちなみに俺は基本ぼっちなので、サークルのない日はひとりでぶらつく。
だが、それがいい。
人間関係に疲れきった俺を癒してくれるのは、この得もいわれぬ孤独である。
「そうだ、久々にユンに行ってみるか」
ユンというのは、ある一人飯漫画の実写化で紹介された中華料理店だ。
あそこの担々麺は辛いが、病み付きになる旨さなのである。
「いらっしゃーイ、アキちゃん。久びさネ。何にスル?」
顔なじみの中国人のオバチャンだ。
「いつものやつで」
「辛さモ?」
「はい、おねがいしまーす」
これで通じる程度には常連である。
待ち時間をNexu○7のネットサーフィンで過ごす。
「お、あの犯人捕まったか」
ニュースの速報。例の連続殺人犯が捕まったようだ。
よかったよかった。捜査協力できたんだろうか。
特にそれらしきことは書いてない。まあ、当然か。
一応あのときはニュースで見たんでなんとなく動いたが、俺は地球で本格的に聖鍵を使うつもりはほとんどない。
新世界の神を目指せるほど頭は良くないし、どこかのタイミングでミスを仕出かすに違いない。
ほら、今ちらっと考えただけでビジョンが見えた。
MIBに尋問されて、エリア51に連れれて行かれる未来だよ。やらかしたんか、どっかの俺。
ただ、食糧問題などが起きてる国などには、直接村民に生産した食料を密かに配らせてもらっている。
軍や政府が着服するなんてケースがあるらしく、現地ボランティアの人に「サンタクロースより」とか書いて渡しておいた。
まあ、いつもの偽善行動である。軍に見つかった場合は元州知事型のメタルノイドが助けに入るはずだ。
む、これは。
「強姦事件……」
たまたま見かけた記事に、思わず眉を顰める。
「そうだな、さすがに収容所送りってのもアレだし、麻酔あり去勢と記憶消去の方向でプログラム走らせておくか」
アースフィアのように夫婦喧嘩っぽいものまで巻き込まないよう、気をつけねばならない。
再生治療と記憶処理に回るのはコリゴリだからな。
とりあえず、日本でプログラムを走らせた。これで少しは女性が安心して暮らせる世の中に近づく……かもしれない。
「はい、担々麺おまたせー」
「いただきまーす。ンマァ~イ! 相変わらずの絶妙な辛さだ! こういうのでいいんだよ、こういうので」
山椒たっぷりのユンの料理に舌鼓を打ち、支払いをする際に財布の残りが少ないのに気づいた俺は、三井住○銀行池袋支店に向かった。
ごく普通にATMからお金を下ろし、出ようとした時……。
「お前ら、全員頭の後ろで手を組んで、床に伏せろ!!」
銀行強盗!?
マジかよ……初めて会ったわ。
つか、池袋の銀行で強盗とか、うまくいくわきゃないのに。
とりあえず、おとなしく指示に従い寝転んだ。
「死にたくないヤツは、そのまま寝てろ! そうすりゃ、すぐ済む!」
強盗は3人組で、全員がニット帽を被り、黒いライダースーツを着ていた。
全員が拳銃で武装している。
俺は伏せた顎の下にこっそり空間から露出させ、聖鍵に触れた。
――聖鍵、起動。
銀行のカメラをハッキングして、伏せた状態で全体を見回した。
これは最近発見したが、聖鍵で地球の電子機器をコントロールできるのだ。インターネットに接続されてようがされてまいが関係ない。
最初は地球での活動地盤がないからなぁと思っていたんだが、むしろアースフィア以上に干渉がしやすい。
どうやら、店内はほぼ掌握されたらしく、銀行員が机下の警報を押そうとする動きは強盗にバレてしまったようだ。
奴らが装備しているのはロシア製の拳銃……ググったところ、マカロフだと判明。
トカレフと違って、安全装置のついた銃だが……当然、連中は安全装置を外して、いつでも発砲できる状態にしている。
警報を鳴らして警察を呼ぼうかとも思ったが、そんなことをしなくてもいいだろう。
まず、空間収納装置で連中の拳銃を腕ごと空間拘束。
強盗連中が驚くが、そのまま全員の後方からソード・オブ・マインドアタックを発射。
全員の背中を貫いて気絶させた。剣はすぐに収納、拘束も解く。
カメラはすでにハッキング済みなので、事件が起きる少し前からの記憶データを焼く。
みんな、一体何が起きたのかという顔をしていたが……俺はこの隙に匍匐前進して物陰に身を隠し、転移した。
「ふぅ……びっくりした」
銀行が見下ろせるビルの屋上から、駆けつけた警察に連行される強盗や、保護される人々が見えた。
「さすがに事情聴取とか受けることになると、時間を取られるし……何が起きたかなんて聞かれたら、うっかり喋りかねないもんな」
ひょっとしたら、目撃者の誰かが俺がいなくなったことを証言するかもしれないが……まあ、それぐらいなら大丈夫だろう。多分。
何しろ、強盗が倒れたときは全員伏せてたし、金を詰めさせられてた行員の人も見てないタイミングで決行したし。
「……本当に大丈夫かな」
ちょっと心配になってきた。
念のため、俺が銀行に出入りするところを写せるカメラも全部ハッキングして、痕跡を消しておこう。
なんか、やってることが笑○男みたいだ。
銀行強盗は放っておいても警察が捕まえただろうし、俺のやってることって完全に捜査妨害だよなぁ……。
やはり、ちっぽけな正義漢とかで無闇に聖鍵を使わないほうがいいだろう。
そんなことを思いつつも、俺は帰宅にはちゃっかり転移を使うのだった。
なんだかんだ1週間ぐらい地球に長居した後、アースフィアに帰ってきた。
地球で睡眠をとった後、早朝に戻ってくる。万が一、自宅で誰もいないベッドを両親に見られると厄介だからだ。
そういうわけで、アースフィアから地球に行くタイミングも朝になる。
年齢経過を調整するため、1週間分のテロメア進行を巻き戻し、若返る。
その気になれば不老になれるだろうが、不死は無理だ。
「それも電脳手術を繰り返したり、人間やめればできちゃうんだよなぁ……」
できれば、俺は普通に人間として一生を終えたい。
リオミやシーリア、それに他のみんなと一緒に老いて、死んでいきたい。
永遠に生きるなんて、拷問もいいところだろう。
一生懸命、限られた命を生きることに意味がある……なんて、小説かアニメの受け売りだが、俺は心底同意する。
『おかえりなさいませー、聖鍵陛下!』
「ベニーか」
置いてきたメシアス製スマホを通して、ベニーが現れる。
少々うるさいモーニングコールだが、ちょうど聞きたいことがあった。
『地球はどうでしたか?』
「いやー、いろいろあったよ」
あれから、俺は様々な事件に巻き込まれた。
銀行強盗は始まりに過ぎず、不良に絡まれるわ、近所に隕石が落ちるわ、結構でかい地震が起きるわ、チンピラに襲われてる女の子を助けたらフラグが立ったりとか。
それでも、ゆっくり休めたことに違いはないけども。
「あれって、なんかアースフィアに来たことと関係あるのか?」
『それは、聖鍵陛下が特異点になってるからですねー』
「特異点? それって、確か数学の……なわけないか。第四次スパロ○でゼゼー○ンが操作してたやつとか、電車に乗る仮○ライ○ーのほうか」
『肯定です。陛下はこちらに召喚される際、イベントの発生しやすい存在として規定されるように概念設定されちゃってるんですよー』
「それは、とどのつまり……」
『はぁい! 陛下がやけにモテたり、たまたま偶然トランさんと遭遇したり、カドニア傭兵に襲われたり、バッカスに到着するタイミングで魔物の襲撃があったりしたのは全部、陛下が歩く特異点だからです!』
「全部、俺のせいか!」
『主人公属性とも言います』
「いらねぇー!」
『いずれ起きるイベントが、陛下の近くで発生するっていうだけのことですよ? 確率操作による運命介入です』
「はぁ……一応聞くけど、普通に戻ることは?」
『聖鍵の設定を弄ればできますけど、地球に帰るときだけオフにするようにしたほうがいいですよ? 悪いことも起きますけど、都合のいいことがほとんどですからね~』
オンオフが可能なことがわかっただけ、いいか。
ベニーの言うとおり、地球に行くときだけオフにしよう。
こういう事ほど、事前に教えて欲しいんだがなぁ。まだまだ俺の知らない機能が隠されていそうだ。
「ああ、そういや聞きたいことがもうひとつあったんだ。俺って、ときどき記憶が飛ぶことがあるんだけど、あれもやっぱりループ絡みなのか?」
『記憶……ですか?』
饒舌だったベニーのおしゃべりが、ぴたりと止まった。
「ああ、最近は特にどうということはないんだけど、昔は結構あったんだよ。興奮状態になったりすると、記憶がなくなることが」
『……そうなんですか?』
「そうなんですかって……これまでの俺もそうだったろ?」
『否定です。そのような事実は一切ありません』
「……え?」
どういうことだ。
ベニーが観測しているループや介入した世界の俺は、記憶が飛んだりはしなかったのか?
『聖鍵陛下。大変申し上げにくいのですが、私たちが陛下に影響を及ぼせるのはアースフィアに召喚されてからです。おそらく、地球にいるときの経験やトラウマが原因ではないかと推測致します』
「ああ……」
そういうことか。
ベニーやパトリアーチは、アースフィアが存在する次元世界にしか介入を行えない。
むしろ別の宇宙である地球に転移可能な聖鍵がおかしいのだ。
しかし、彼女が言うことが確かなら、俺と同じような経験をして、同じような記憶障害を持つに至った三好明彦は存在しなかったということになるのか?
自分で言うのもなんだが、俺のトラウマ経験なんてせいぜい失恋ぐらいだ。
確かに軽いイジメを受けたりはしたけど、俺はなんだかんだでうまくやってきたほうだと思う。
死にたいと思ったことも、元カノに振られたときぐらいだし。
あの経験が、俺にとってそれほど特別だったのか?
『ふむふむ、興味深いですっ! ひょっとしたら、陛下が新規ルートを開拓できたのも、そのあたりに関係があるのかもしれませんね!』
「うーん……もしよければ、これまでの俺の地球での経験とかをレポートでまとめたものとかって、もらえないか?」
『いいですよ。こちらでもいろいろ比較検討するために、用意しておきましたから。そろそろ今の聖鍵陛下にも、地球での行動とか人生経験とかインタビューすることになると思いますっ!』
そういうわけで、これまでのループで観測されてきた俺の人生をまとめたデータと入れ替わりに、ベニーの映像は消えた。
すぐにでも目を通したいところだが、今日はちゃんと朝に起きたのでみんなと朝食を食べたい。
スマホからいつでも閲覧できるのだし、少しずつ読み進めるとしよう。
朝食は和気藹々といった雰囲気だ。
1週間ぶりに見る顔ぶれに、思わず「久しぶり」と言いそうになった。
「やあ、みんな。おはよう」
「おははようございます、アキヒコ様」
「おはよう、アキヒコ」
しばらく見ない間に、王妃組が美しくなっている。
いやいや、地球にいる間に綺麗どころを見てなかったせいだ。
「お、おはようございますぅ~」
「おはようございますですわ」
「おはようございます、陛下。ご機嫌麗しゅうございます」
側室たちが挨拶してくる。
ベニーはいない。いつものことだ。
「おはよう! 昨晩はお楽しみだったね!」
「朝っぱらからやめい、フラン」
もちろん、お楽しみは俺主観だと1週間前の話なのだが、彼女にとってはそうではない。
うーん、やはり長いこと地球で過ごしすぎると俺の中で違和感がマッハだ。
「おたのしみってなに?」
「めっ、ヤム」
リプラがヤムの口元についたケチャップを拭き取りながら窘める。
姉妹揃って男運悪いからなあ……ヤムの将来が心配だ。
はっ、俺にブーメラン。
普段ならジト目で俺を睨んでくるリオミは、やけに大人しく食事に専念している。
ちょっと、つついてみるか。
「リオミ、最近おかしくないか?」
「えっ、何がですか?」
「いやさ、少し前なら結構ヤキモチとか妬いてきたじゃないか」
「はあ……そう言われましても」
リオミは困った様子で思案顔。
「いつまでも恋人気分というわけにもいきませんし。アキヒコ様はわたしを大事にしてくださってますから、安心しています」
理屈はわかる。
でもなんか、この間と言ってることが随分違うような気がする。
「リオミ、熱でもあるのか……?」
「失礼ですね。食事の途中ですので……もう、よろしいですか?」
なんか強引に切り上げられてしまった。
うーん?
「アキヒコ、気にし過ぎだ。リオミもナーバスになっているのだろう」
「そうかなぁ」
シーリアのフォローも、いまいち納得できない。
「聖鍵陛下、よろしければわたくしと」
そんな様子の俺を気遣ってくれたのか、メリーナが誘ってくれた。
「ああ、うん。そうだな」
最近、改めて女性の誘いを断るのは良くないということがわかってきたので、快く承諾する。
「メリーナ、最近の調子はどうだ?」
「はい。陛下のおかげで、すこぶる健やかに過ごしております」
いつものように心洗われる笑みを浮かべるメリーナ。
「ライネル……という言葉に何か覚えは?」
「ライネル、ですか? いいえ、存じ上げません」
彼女のマインドリサーチ結果は、持たせてあるスマートフォン越しに常にチェックできる。
今のところ、ライネルのことを思い出したり、名前に反応するなどということはないようだ。
最初はライネルの存在そのものを完全に記憶から抹消したところ、メリーナが人形のようになってしまった。
ライネルは彼女の人格形成にも深く関わっていたらしい。
依存と言っていいレベルだ。
だから、メリーナの心の中にいたライネルの場所を、俺と入れ替えた。
彼女と関わっていた騎士は確かに存在するが、ライネルではなく、別の人間だと思い込ませた。
そして、ライネルに抱く恋慕の感情を、そのまま俺に差し替えたのだ。
また、やり方を間違っているのではないか……そう思わないでもない。
フェイティスが考案した邪悪極まりない、尊厳を踏みにじること甚だしいやり口だ。
俺も心が痛むが、今は必要な処置なのだと自分に言い聞かせている。
「もし、何か欲しいものがあったら言ってくれ。できるだけ用意する」
「わたくしは陛下とこうして過ごしているだけで、とても幸せです」
彼女の無垢な好意が痛い。
本来であれば、俺に向けられるべき笑顔ではないのに。
やはり、これも一時的な処置として、何か別の方法を探らねばなるまい。




