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機械仕掛けの聖剣使い  作者: epina
Episode04 Dark Menace

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Vol.07

「宇宙怪獣……ってなんですの?」

「うーん……アースフィアの外からやってくる魔物……って覚えればいいよ」


 宇宙怪獣と言われて、何を連想するだろう。

 光の国からやってきた正義の使者に倒されるベで始まり、ラーで終わる 怪獣だろうか。

 それとも無数のランドマークを破壊し尽くしたゴで始まり、ラで終わる大怪獣だろうか。

 あるいは手足の出るところから回転し高速飛行するガで始まりラで終わる亀だろうか。


 敢えて言おう。

 すべて正解だ。

 ループを繰り返すこの無限連環宇宙には、宇宙怪獣が実在する。


 宇宙怪獣と言っても、千差万別だ。

 広義においては、造物主デミウルゴスによって生み出された生体兵器。

 ダークスによって操られていることがほとんどだが、中には野生化しているものもいる。


 これらの宇宙怪獣に共通しているのは、過酷な環境の惑星で生きていけるほど強靭であり、飢えて死ぬこともない不老の怪物であるということ。

 幸いにして不死の怪獣というのはそういない為、駆除自体はさほど困難なことではない。

 これも俺が聖鍵を持っているから言えることではあるが。


「アースフィアにも、宇宙怪獣とかいうのがやってくるんですの?」

「極希に、ね。アースフィアにも伝説の魔獣って呼ばれる魔物がいくつか存在しただろ?」

「ベヒモスやキングヒドラ、ですわね。お伽話でしか聞いたことはありませんけど」

「それが全部、宇宙怪獣だ」

「突拍子がなさすぎて、全然ついていけませんわ……」


 うーむ、ヒルデはあんまり適応力は高くないのかな。

 俺の話についてこれる他の子がおかしいだけで、これが普通かもしれない。


「アースフィアの惑星系は、既にダークスに対して広大な防衛網が築かれてる。巨大で強大な存在ほど防衛網に引っかかって、アースフィアに辿り着くことはない。でも、時々隙間を縫うようにしてアースフィアまで落ちてくるヤツがいるんだ」


 それが、古代アースフィアにおいて恐怖された伝説の魔獣の類である。

 体内のダークスを非活性化するほどの知恵と能力をつけた宇宙怪獣ならば、アースフィアまでやってくることはたやすい。

 もっとも、アースフィアに目的があってやってくる宇宙怪獣など、ほとんどいないのだが。


「さて、ジュゴバの重力圏から抜けるぞ」

「そういえば、なんか上も下もないような感覚ですわ……」


 後方から追随してくるキャンプシップのフィールドのおかげで、大気圏突破も容易い。


「でも、陛下は様々なゴーレムを使役できるのではありませんこと? わたくしが自ら陣頭に立って、ましてやこのようなカラクリまで使って生身で戦う必要がありますの?」

「これはあくまで、アースフィアでの戦い方を宇宙でも通用するようにしただけ。もちろん、主力はもっと別の兵器だね。でも、それを操る指揮官は必要だ」

「……それでわたくし、ということですのね」

「チグリも一緒にね。彼女は戦術分野においてもエキスパートだ。きっとキミの役に立つ」


 そして、彼女達が学院にいる時間が減ればパワーゲームも衰退する。

 これはヒルデには言わないが。


「成果を挙げれば、あの話も?」

「そういうことだ。キミにはひとまず、旗艦になるリーズィッヒ級宇宙戦艦を1隻、グロース級宇宙重巡洋艦を3隻、キャンプシップを100隻ほど下賜する。機動兵器は搭載可能な分だけあげるから、それでやれるだけやってみて」

「…………」


 ヒルデは言葉も無い様子だった。


「返事は?」

「……かしこまりました。必ずや、陛下のご期待にお応えして見せます」


 ……これで、彼女は学院の勢力拡大にかまけている暇はなくなるだろう。

 ここまでは、ラディの注文どおりだ。


 ヒルデに課すノルマは、かなり無茶なものだ。

 アースフィア星系にやってくる野良宇宙怪獣の数は、それほど多くない。

 そして、ヒルデはあくまでアースフィアでの戦いに習熟しているのであって、宇宙戦闘は素人のはず。

 彼女の才能が花開くかどうかは未知数だ。


 これで彼女の要望を諦めさせることができれば、それでよし。

 もし大戦果を挙げるようなら……フランやラディに相談しないといけないな。



 それから2週間ほど。

 丹念にフランやラディとコンセンサスをとりつつ、リオミとヒルデのゴキゲンを取ったり、メリーナとライネルの経過を観察したり、リプラやヤムエルとコミニュケーションを取ったり、学院で勉強したり、王としての公務を果たしたり。

 忙しい毎日が流れるように過ぎていく。


 そんなある日、たまたま俺が王妃組とともに公務をしていたときのこと。

 謁見の間に、ひとりの人物がやってきた。


 面長で、ほっそりとした男性だった。

 身なりはかなり良く、一目で貴族だとわかる。

 だが、そんなものをぶっちぎって俺の目を奪ったのは、彼の頭についている犬耳。

 そして、腰のあたりから流れる気品ある金の色合いを持つ尻尾だった。

 扉から長い長い絨毯を踏破し、俺の眼下で立ち止まると、うやうやしく膝を折り礼を取った。


「聖鍵陛下、この度はお目通りの機会を賜り、恐悦至極に存じます」 

「良い……面を上げよ」


 彼が来ることは、データベースや聖鍵派スタッフの報告で知っているので、人物像もある程度把握している。


「はっ……」

「卿は、我にとっては義理の父ということになる。そう、かしこまらずとも良い」


 彼はチグリの実父。

 グラーデン零細貴族……いや、今や大貴族の仲間入りを果たしたユーフラテ家の頭首、ポタミア・ユーフラテである。


「はい、いいえ! 不肖の娘を見初めていただいた陛下に、わたくし如き下賎が父親などと……!」

「ふむ……そなたがそう言うのであれば、好きにするが良い。して、此度、わざわざ我の下まで足を運んだのは何のためか?」

「恐れながら申し上げます。我がグラーデン王国は……腐りきっております」

「ほう」


 直球で来たな。

 いきなり自国の批判とは。


「私は零細の身としては、家族に恵まれました。生活は決して楽ではありませんでしたが、領民と力を合わせてやって参りました。ですが、望外な幸運によって娘が陛下の側室となり、ユーフラテ家は持ち直しました。この件に関しては重ね重ねお礼を……」

「チグリのことは、俺が思ってしたまでのこと。そなたが頭を下げる必要のないことだ」


 セクハラの責任を取らされただけである。

 今思えば、あの出会いも王国ルートを通っていれば規定路線だったのだろうと思えるが。


「……は、身に余る光栄であります。ともあれ、ユーフラテ家が大きくなったことで、グラーデン王国全体の様相がより見えてきたのです」

「それほど酷いか?」

「はい。ドルガール侯爵やサフォール伯を始めとした門閥貴族の専横はもちろんですが、今までは歯牙にもかけなかった我々に、手の平を返して取り入ろうとしてくるなど……」

「それはむしろ、当然の流れではないか?」

「娘をペットとして買ってやろう、と言ってきた連中ですぞ!」


 ……それは確かに酷いな。

 そもそも、ユーフラテ家が軽んじられていたのは、彼らがウラフだからだろう。

 それでも貴族として認められていたのは、グラーデン建国当時の功績があったり、多少とはいえ王族の血を引いていたからだ。


「ポタミア卿は、聖鍵学院大学に通うグラーデンの貴族の学生が、チグリを担ぎあげて派閥を作ろうとしていることを知っているか?」

「……はい、いいえ。初耳です……そのようなことまで……」


 念のため、ルナベースに取らせていたマインドリサーチ結果を呼び出す。

 嘘を吐いている様子はない。

 むしろ、憤っているようだ。


「私が自国を非難する理由は、他にもいろいろあります。今更何をと思われるかもしれませんが、よもや王国内がこれほどの状態になっていようとは……」


 要するに、今までは生活で手一杯だったけど、いざ立場が強くなって宮廷に出入りするようになると……擦り寄ってきたり、やっかみで嫌がらせを受けたりしたと。

 

 ぶっちゃけ、俺はとっくの昔にグラーデンの実情は知ってる。

 自国内からの国民の流出を一番恐れているという話はしたと思うが、それは要するに領民を手放したくない貴族の意思なのだ。


 グラーデン国王はむしろ、宮廷雀の鳴き声を聞き分けてよくやっている。

 名前なんだっけ……思い出せないから、もう検索しよう。そうだ、クラップ=アド=グラーデンだ。

 三国連合の体制もまだ維持できているし、やり手には間違いないのだが地味だ。それに名前を忘れておいてなんだが彼に関しては、少々問題がある。


「どうか、陛下のお力でグラーデンを正しき道へと導いては頂けないでしょうか」


 ふむ。

 事前にベニーから聞いてはいたが、これがグラーデンの公国化フラグらしい。

 ただ、無血は難易度が高く、失敗することも多い。

 何より、今いる貴族の中には悪人ばかりではなく善人もいる。


 もちろん、今までのノウハウもある。

 やってできなくはないのだが……。


「……わかった、と即答はしかねるが。検討させてもらおう」

「お願い致します……!」


 ポタミアが去っていったのを確認すると、俺は別室で状況を見ているはずのフェイティスに声をかけた。


「……というわけなんだが、今回は当然ジャ・アークは禁止な」

「致し方ありませんね」


 そう答えたのはシーリアだった。


「……シーリアはコピーボットだったのか。全然気づかなかった」

「リオミもです」


 今度はリオミの方が口を開く。


「本当、よくできてら。で、どうすりゃいい?」

「前に申し上げたとおりです。グラーデン王国への強引な介入はご主人様の意に沿わぬ結果を招くことが多いので、現状維持がよろしいと」

「……やっぱ、そうだよなぁ」


 グラーデンに対するピースフィア及び聖鍵派の対処は、秘密裏に行なうと決まっている。

 闇組織から奴隷を買って監禁したり、村娘を山賊に攫わせて邪悪な欲求を満たすような酷い貴族に対しては、スキャンダルがバレるように工作し、一度王国側に獄中死という記録と記憶操作で偽装し、永劫砂漠収容所に送られる。

 今残っているのは人間のクズという程ではなく、少々傲慢で鼻持ちならないが、邪悪な行為を行なっているとまでは言えない貴族たちだ。

 まあ、賄賂とか受け取ったりはしてるんだけど、その辺を潰してしまうとグラーデン王国そのものを滅ぼしかねない。

 清濁併せ呑んで運営されているのが、グラーデン王国なのだ。

 だから、保留ということになっていた。今までは。


「でも、チグリにまで迷惑がかかってるとなるとなぁ……」

「そうおっしゃると思いました。カドニアとクラリッサは早期に解決する必要がありましたので武力による自演という形をある程度取りましたが、今回は別方向からアプローチをかけてみましょう」

「公国化まではしなくてもいい。なんとか、チグリが巻き込まれないような状態にできないか」

「かしこまりました」

「それと、今回はちゃんと経過に関しては細かく報告すること! クラリッサのときみたいな状況になったら、今度こそ本当に怒るからな」

「……はい。心得ております」


 よし、これだけ言っておけば二度あることは三度ある、なんてことにはならないだろう。

 まあ、あのときは俺もフェイティスに任せきりにしたのが悪かった。

 そろそろ俺も、ちゃんと反省を生かして成長しなくては……。


 そういえば、最近は記憶が飛んだりすることもない。

 あれも一種の心の病だったんだろう。アースフィアに来てからは、沈静化してきている。

 ひょっとしたら、ビジョンの前兆とかだったのかもしれない。

 今度、ベニーに詳しく聞いてみるか。



 そんな公務の合間を縫って作った時間で、俺はリプラやヤムエルと過ごす。

 今日は学院付属学校の授業参観だ。

 できるだけ両親の皆さんにご参加いただけるよう、さまざまな支援まで用意しているので、よほどの事情がなければ参加してくれている。


 ちなみに俺は《シェイプチェンジ》で姿を変えている。

 さすがに俺の姿のまま来たら、大変なことになってしまう。

 セキュリティカメラから見るという手もあるが、それではヤムエルが「お父さんがいない」と傷ついてしまう。彼女にはちゃんと変身後の姿を確認してもらっているので、大丈夫だ。


「じゃあ、次のところヤムちゃん読んでね」

「はい!」


 先生に言われて、ヤムエルが元気よく起立して、ディスプレイシートを広げる。

 ちょっとたどたどしいところはありつつも、ヤムエルはきちんと指定された段落を読みきった。


 読み書きができなかったヤムエルがこんなに……。

 こちらを振り向いて、にこやかに笑っている。リプラが手を振ってあげていた。

 俺も手を振る。なんと微笑ましい光景だろう。


 他の子供たちもはいつもと要領が違うらしく、明らかに緊張していた。

 調子に乗ってお馬鹿なことをやらかす子がいたりして、お母さんらしき人が赤面したり。

 お約束だ。


 授業が終わると、親向けの面談があった。

 俺達もクラスの担任の先生から、ヤムエルの話を聞くことになる。


「ヤムは、学校でうまくやれていますか?」

「はい、大丈夫ですよ。むしろ、クラスではみんなを引っ張るリーダー役です」

「あの子が……」


 リプラは意外そうにしていたが、俺はそうは思わない。

 ヤムエルもフランと同様、リド氏族の王族の血を引いているのだ。

 彼女に想いを寄せている男子もいることだろう。


 許さん、絶対に許さんぞ虫螻ガキども。

 じわじわとなぶり殺しに……はっ、いかんいかん。

 過保護になりすぎては駄目だ。


「ヤムちゃんについては特に注意することもないのですが……ちょっと皆さんにお知らせしていることがありまして」

「ああ、不審者が現れるという話ですか?」

「そうです」


 俺の確認に頷く先生。

 最近、学院大学付近に不審な人物がうろついているのが目撃されるらしい。

 学院からの会報メールにも書いてあったし、フェイティスが受けた陳情にも似たような報告があった。

 一応俺のほうでもドローンに調査させたが、それらしき人物は見当たらなかった。


「本校は全寮制のため、問題はないとは思うのですが。学校の外に遊びに行く生徒もおりますので、念の為に注意を呼びかけています」

「気をつけさせましょう」


 そんな注意喚起で面談は終わった。

 授業はそれで終わりなので、ヤムエルを迎えに行く。


「お父さん!」

「こらこら、この格好のときはアッキーって呼ばないと駄目だろ」

「そうだった。アッキー!」

「よしよし」

「エヘヘ……」


 頭を撫でてあげると、彼女は嬉しそうにはにかんだ。

 もう8歳か……もうすぐ、父親とかをウザがるようになるのかな。

 ヤムエルに嫌われるのは、やだなあ……。


「あなた、時間は大丈夫なの?」

「うん、この後は夕方まで平気だよ。3人でどこか出かけよう」

「ほんと!? だったらね、遊園地に行きたい!!」

「そういえば、最近開園したんだっけ」


 フォスには遊園地ができた。

 トランさんと話しているときに、地球にあった娯楽施設のことを聞かれたので、いろいろと話した。

 彼は即決断し、テーマパークを開いた。その名もピースフィアランド。

 元から似たような構想を持っていたらしく、開園したのがちょうど1週間前。


 今はまだ大した遊具がないにも関わらず、連日超満員。

 現在、彼には有償で地球で人気の遊園地などのデータなどを提供している。

 もちろん、地球に放ったドローンに調査させたモノだ。

 今後はどんどん改良されていくのではないだろうか。


「よし、それなら行くか!」

「やった!」

「いいんですか、あなた……」

「もちろん。ただし、俺の権力は使わないよ? 入園料もちゃんと払うし、行列にも並ぶんだ」

「はーい!」


 ヤムエルはブーンと、キャンプシップの真似をしながら両手を広げて走っていく。

 よほど嬉しいのだろう。


「……アッキー様」

「どうしたの改まって」


 びっくりした。

 リプラにそう呼ばれるのは久しぶりである。


「その……いつかは、本当にごめんなさい」

「えっ、えっ」


 リプラが急に頭を下げだした。

 なんだ? 俺、なんかされたか?


「アッキー様が、父のことについて偽りをおっしゃったときのことです。わたしったら、頭がカーっとなって……」

「いや、あれは……俺が悪かったんだ。考えなしに……それに、そのことはもう謝ってもらったじゃないか」

「……実は、わたしもまだアッキー様に話していないことがあるのです」

「……それって」

「アッキー様。ヤムの父親については……もう、御存知ですか?」


 ……そうか。

 話すことにしたのか。


「ああ、知ってる」

「……」


 リプラの沈黙に促されるように、


「ヤムの父親は……ディオコルト、なんだよな」


 その忌まわしい事実を口にした。


「……そうです」


 ヤムの父親がディオコルト。

 判明したのはリプラさんの出自についてわかったのと、ほぼ同時期。

 彼女の痛ましい事件について調査した際、ディオコルトの影がちらついているのに気づいた。


 当時、魔王ザーダスの指令でヴェルガードの手伝いをしていたヤツは、リプラ誘拐の指揮をとった。

 まだ12歳だったリプラに対し、ディオコルトは魅了を使った。

 おそらくは、何の気なしの戯れに。


 これは、当時の誘拐犯の生き残りを捕まえて吐かせた情報だ。

 人の目を通した情報であれば、ディオコルトの足跡を追うことができると気づいたのも、これがきっかけだ。

 だからといって、調査のためにシーリアたちにマインドリサーチが効くよう精神遮蔽オプションを外させるのは論外。

 最終的には無闇に探しまわらず、聖鍵を餌にして罠に誘い込むことにしたのである。


 幸いにして他の誘拐犯どもがリプラに手を出す前に、助けが来た。

 とはいえ、幼い体と精神にヤツの魅了の負担はでかすぎた。

 ディオコルトの魅了は強力だ。そんじょそこいらの魔法では解除できない。

 しばらくは、バルドさんも相当に大変だったらしい。


「やっぱり、リプラも知っていたんだな」

「アッキー様に注意喚起されたときに渡された似顔絵を見て……間違いないと思いました。すいません、今までどうしても話す決意ができなくて……」


 無理もない。

 当時の俺はディオコルトへの殺意を剥き出しにしていた。

 ヤムエルの父がヤツだと知れば、せっかくヤムエルを大切にしている俺が態度を変える可能性は高い。

 しかし、側で聖鍵の力に触れるにつれ、俺がすでに知っているのかもしれない……リプラはそう考えるようになった。


「……もちろん、ヤツにしてやられたことについては腹も立った。

 だけど、ディオコルトを倒すとこれ以上ない決意ができたのは、ヤムのことがあったからだ」

「……そうだったんですか」


 フランもディオコルトには深い因縁がある。

 ましてや双子の妹に関わる話だ。知る権利がある。

 だから、彼女には話したのだ。


「わたしは、不安でした。もしアッキー様がヤムの父親のことを知ったらと思うと……。

 でも、ヤムに対するアッキー様の振る舞いを見ているうちにきっと大丈夫だと、打ち明けてもいいと思ったんです。やっぱり、知らないふりをしてくれていたのですね」


 リプラは、俺を信じてくれた。

 だから、


「……話してくれて、ありがとう」

「……隠していて、ごめんなさい」


 感謝と陳謝で、この件は終わりだ。

 それとは別に……。


「もうひとつ、リプラにお礼を言いたいことがあるんだ」

「……?」


 俺はもう、ディオコルトのことを乗り越えた。

 ヤムエルについても、吹っ切れている。

 だからリプラに言うべき言葉は、これしかない。


「ヤムを産んでくれて、ありがとう」

「……アッキー様……」


 リプラが感極まって涙を流す。

 ハンカチで拭いてあげた。


 ちょうど、そのとき。


「おとーさーん! おかーさーん! 置いてっちゃうよー!」


 いつまで経ってもやってこない俺たちに業を煮やしたヤムエルが、遠くでピョンスカ跳びながら不満をアピールしていた。


「ああ、すまん! 今行くよ-!」

「……ヤ厶、あんまり走るとテレポーターに迷い込むわよー!」


 俺達は、最愛の娘に追いつくべく駆け出した。

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