Vol.03
「……嘘だ。嘘だと言ってよ、アキヒコ」
打ち明けた直後、フランはショックのあまり震えていた。
「本当だ」
「リプラはこのことを……?」
「……俺からは話してない。だけど、知ってるはずだ」
「あの子……」
「俺が言ったって、言わないでくれよ。多分、彼女は俺に隠してるつもりだから」
あるいはバレてるのがわかっていて、何も言わない俺に怯えているのかもしれないが。
「わかった。このことは決して口外しない。それにしても……思うところはないのか? 」
「ヤムに罪はないからな」
「……貴方らしいな」
俺も、完全に受け入れるには時間がかかった。
だけど、ヤムエルの笑顔を見るたびに元気をもらう自分がいた。
彼女が俺の娘になる……そういう話になったとき、意外なほど胸にすっと収まった気がした。
「このことはリオミたちにも言ってない。知ってるのはフェイティスだけだ。話せて、少し楽になったよ……ありがとう、フラン」
「私でお役に立てたなら幸いだ。ところで……」
言いかけたフランが、にへらっと笑う。
「今晩は呼んでもらえるの?」
「うーん……どうだろう。先が詰まってるし、体力がもてばかな」
基本的に、夜の生活はローテーションを組んでいる。
正室のリオミとシーリアは優先度が高いが、側室も最低1人は相手にしなくてはならない。
「ん、じゃあ気長に待ってる」
「ああ、じゃあ」
フランと別れて、後宮の寝室へ。
「おまたせ、リオミ」
「アキヒコ様……今日は随分と遅かったのですね。密会でもしてたのですか?」
なんて言われるもんだから、思わずむせてしまった。
「なっ……まさか、本当に!?」
「い、いやいや。リオミが想像するようなことじゃない」
「むむ……ならば、今日は久しぶりに本気で行きますか」
彼女の本気とは、《レイスチェンジ》でキャト族になって俺を誘惑することを意味する。
「リ、リオニャン……」
「さあ、アキヒコ様。全部白状するのですニャ」
「いやいや、本当に俺は……」
「問答無用ニャー!」
「グワーッ!?」
リオミも、妊娠3ヶ月なのに無茶をする……!
「ほら、今晩も誓いを立てるのですニャ」
「……リオミを一番愛してます」
「よろしいですニャ」
最近、リオミが恐妻になりつつある気がする……。
彼女と入れ替わりで入ってくるのはメリーナ。
普通の王族だと、男の方から彼女たちの部屋にいくのが慣例なのだそうだが、フェイティスの案でこうして女性側が通うことになっている。
「もう、ここでの暮らしは慣れたか?」
「はい、聖鍵陛下のおかげで、すっかり」
唯一、側室の中でザーダスやダークスの真実を知らないメリーナは、屈託なく笑う。
気立てもよく、美人で、大人の女性。そして箱入り。
リオミには悪いが、みんなの中で一番お姫様らしいと思う。
「あんまり構ってあげられなくて、すまない」
「いえ……わたくしの方こそ」
「後宮暮らしは窮屈じゃないか?」
メリーナは、後宮から出ない。
ライネルと話をしているのかと思いきや、そういうわけでもない。
王宮で放し飼いにされている小鳥や動物、おとなしくなった魔物と戯れることが多い。
「いえ、ここだけで充分です。アズーナンの王宮は、もっと狭かったですから」
「……ひょっとして、王宮から出たことも?」
「はい、一度もありませんでした」
今思えば、メリーナとピースフィアの外で出会ったのは、アズーナン王国の王宮を訪れていたときだった。
「こんなにも外に大きな世界が広がっているなんて、思いもしませんでした。陛下はわたくしに広い世界をお与えになってくださいました」
……確かに、聖鍵王国の後宮はかなり広い。
なにしろ、土地が余りまくっている。
彼女たちが退屈することがないように娯楽施設も揃えてあるし、外の情報がわかるよう専用の端末まで用意してある。
後宮自体から出ることを禁じているというわけではない。ヒルデは各地を放蕩しているし、チグリは学院や要塞塔にいることのほうが多い。ベニーに至っては、俺を相手にするとき以外は体にいない。
結局のところ、後宮はメリーナがのびのびと利用できる場となっているのである。
だからといって、それが感謝されることなのかと言われると……。
「世界はもっと広い。後宮ぐらいで満足されては甲斐がないが……」
「まあ。では、楽しみしてますね」
「それより……ライネルのことはいいのか?」
「やはり、陛下はお気づきになっていらしたのですね」
メリーナは笑った。純真で、汚れのない微笑みだった。
「確かに、ライネルとは幼馴染です。ですが、陛下が気にされるような関係ではありません」
「しかし……俺とこうして過ごす時間は不本意ではないのか?」
「そのようなことは決して。ですから、お願いです、陛下。ライネルとのことを忘れられるぐらい、わたくしにご寵愛を……」
つまるところ、彼女にとって俺は代償行為。
王女として生まれた以上、決して許されない恋。
彼女はこうなることを受け入れるよう、育てられてきたのだ。
俺はそれを肯定も否定もしない。
ただ、受け入れるのみ。
メリーナの次は、チグリだ。
天然の犬耳と尻尾に癒される。
「はぅぅ~……」
「チグリは、まだ慣れないの?」
「無理ですよぅ~……」
ずるいとは思うが、彼女が俺に恋心を抱いてるのは知ってる。
ちょっとだけイジワルも交えながら、スキンシップを試みる。
「そういえば、ついにグロース・イェーガーの不殺エンチャント装備に成功したんだってな」
「は、はいぃ~。さすがに難しかったですよぅ、あの大きさの主砲4門に付与する装備を作るのは……ひゃぁぃ~!?」
ふりふり動き始めた尻尾をモサモサと弄る。
「ん、続けて」
「で、でもぉ……」
「聖鍵陛下の言うことは?」
「絶対ですぅ……」
「んじゃ、続ける」
「はぅぅ~」
恥辱に頬を染め、つっかえながらもチグリは健気に技術的な話をしてくれる。
悪いけど、俺にはほとんどわからんのよね。
「ありがとう、チグリ」
「は、はいぃ~。お役に立てて嬉しいです」
彼女との付き合いもそこそこ長くなったのでわかったのだが、彼女はかなりのMッ気がある。
しかも、そんじょそこいらのレベルではない。
現にこうしたスキンシップを内心ではかなり悦んでおり、今も尻尾が揺れたくてぷるぷるしている。
「そういえば、俺とチグリの子はどうなるんだろう? ハーフ?」
「はぃぃ!?」
ググって知ってることを、わざわざチグリに聞きながら、スキンシップを再開する俺。
「あの、その……ひゃっ。人間かウラフの、どちらかが産まれます……わふぅ!? ハーフはありません……あぎゃぎゃぃ!?」
「もし人間の場合でも、毛並みとかの特徴は髪の毛に出るんだっけ?」
「そそそそうですぅ、ひゃいぃあぅ!?」
俺の気が漲る……溢れるぅ。
「あー、こうしてると本当に幸せだ……」
「あぅぅ……」
満更でもない様子のチグリに甘えて、俺はさらなるモフモフを楽しむのだった。
そして、フランの出番はなかった。
「なんで、どうして!? 昨晩のあの流れなら、順番回ってきてしかるべきだよね!?」
「朝っぱらから五月蝿いよ」
「そっか! これは放置プレイってやつだね!」
珍しく俺が朝食に顔を出すと、早速フランが絡んできた。
「はいはい、ワロスワロス」
「意味わからないけど、なんか馬鹿にされてるのだけはわかった!」
「食事ぐらい静かにさせてくれよ」
しばらくああでもないこうでもないと絡んだ後、フランも席についた。
リプラとヤムエルとの会話が始まったのが見えたので、俺は食事に精を出す。
「……最近やけにフランと仲がいいな」
「まあね」
自分のお腹に子供ができてからすっかり落ち着いてしまったシーリアは、緑茶をすすっている。
侍のようで風情がある。
一方で、ハンカチを噛んでぐぬぬ顔のリオミ。
「……リオミのことも、ちゃんと構ってやれ」
「いや、ちゃんと相手してあげてると思うんだけどなぁ……」
妊娠してから時間も経ったので、リオミは夜の回数も減っている。
その分、他の子と関わる機会が増えてはいるが……。
俺がリオミのことを一番好きだという気持ちは、何も変わっていない。
「やっぱり、言葉にするだけじゃ伝わらないかぁ……」
「そうだな。やはり実際に何かないと不安でしょうがないんじゃないか」
「シーリアはそういうのないのか?」
「私は別に。アキヒコが私を捨てないことは確信しているからな」
月面での死闘を経て、シーリアとは一段と心の距離が縮まった。
もう、彼女とは本当の意味で何の隠し事もない関係だ。
そういう意味ではリオミも同じはずなのだが……。
「ひょっとして、最後の戦いに連れて行かなかったこと、根に持ってるのかな……」
「……聞こえてますよ、アキヒコ様」
「のわっ」
ちょっと遠目の場所にいるのに。音を拾う魔法でも使っていたのか。
「……今からそっち行きますので」
「あ、うん」
リオミと離れた席になったのは、たまたまだ。
既にメリーナやチグリと会話してたので、邪魔しちゃ悪いと思ってのことだ。
「……アキヒコ様。最近、わたしのこと避けてませんか?」
「別にそんなことないと思うけど……」
確かに、一緒にいる時間は減った。
でもそれは……。
「リオミの助言どおり、他のみんなともちゃんと交流するようにしたからなんだけど」
「うっ……」
珍しい。リオミが言葉を詰まらせた。
「……まずかったのか?」
「あ、いえ。そのようなことは……」
「俺、信用ないと思うけど。リオミへの気持ち……会ったときから変わってないから」
「……アキヒコ様。わたしは、昔よりももっと好きになってます」
「好きの度合いで考えたら、俺もそうだよ。だから信じて欲しいな」
「……わかりました」
どうやら、事なきを得たようだ。
とはいえ、またちょっと油断するとリオミの嫉妬心に火がついてしまうだろう。
「ぐぬぬ……」
今度はヒルデがリオミに嫉妬。泣きたい。
だが、彼女への対策はそんなに難しくないのだ。
「ていっ」
銀貨を一枚投げた。
「はっ……!」
ヒルデが縮地と見まごう速度でキャッチ。
「お小遣いありがとうございますですわ、陛下~」
「いやいや」
すっかりゴキゲンになった様子のヒルデに手を振った。
「……相変わらず安いな」
「ああ、安い」
シーリアと頷き合う。
リオミは苦笑していた。
「そういえば、アキヒコ。前から気になっていたんだが……リオミのどこが良かったんだ?」
「ちょっ、シーリアっ……」
シーリアの何気ない質問に慌て出すリオミ。
だけど、明らかに何か期待の篭った眼差しで俺をちらちらと見ている。
「うーん……そうだな。なんか、横にいるのが当たり前みたいに思ったからかな」
「……」
「……」
何故ふたりとも黙る。
「フッ、最初から勝ち目などなかったというわけだな」
悟ったように笑うシーリア。
リオミは真っ赤になって俯いてしまった。
「んー……多分、俺とリオミは基本的にくっつく運命なんだと思う」
そういえば、ループのことはリオミとベニーしか知らない。
隠しているのではなく、なんて説明すればいいのかよくわからないのだ。
「運命、ですか」
リオミはループのことと無関係に喜んでいるようだ。
逆に聞いてみるか。
「リオミは、どうして俺を好きになったんだ?」
リオミは俺のことは全部好きだって言ってくれた。
まあ、フェイティスに言ってたのを横で聞いてたんだけど。
きっと同じ答えが帰ってくる。
そう、思ったのだが。
「……そういえば、どうしてなんでしょう」
と、首を傾げてしまった。
「わたしにも、よくわかりません」
リオミは、そう言って笑った。
奇妙な違和感を抱いたが、そんなものかとスルーしてしまった。




