Vol.02
……懐かしい空気。
久々に帰ってきた東京は、まるで変わっていなかった。
パトリアーチの言っていたことは本当だった。
俺は、聖鍵の転移で地球に帰ってきたのだ。
どうやらアースフィアのある宇宙とは明確に別の宇宙らしいが、何の問題もなかったらしい。
召喚前に使っていた地球のスマートフォンは今まで電源を切ってあったが、案の定……電池は切れていた。
近場のショップの電源コーナーで充電し、アースフィアで進んでいた時計を最新に合わせる。
「……時間がほとんど変わってない」
リオミが前に言ったとおり、召喚から帰還する際の時間は巻き戻せないらしいが、進めなければ元の時間に帰れるらしい。
俺が帰宅してDVDを見ようと思っていた日のままだ。
結局、あんな回想をしておきながら、俺は今まで一度も地球には戻っていなかった。
もちろん、俺はアースフィアで過ごした分は齢を重ねることになる。
完全に元通りとはいかないようだが……。
一応、空間収納装置から聖鍵を取り出せるか試す。
一部の出し入れも普通に出来、一度アースフィアに転移を試みたところ問題なく帰れた。
「……帰れたって。もう、俺にとってアースフィアのほうが故郷みたいな感覚だな」
地球に再度戻りつつ、マインドリサーチを感情共有なしで使ってみる。
人々の雑多な感情が流れ込んできた。
日々の不満や明日の予定の確認、仕事の約束や家で居場所がなくてどうしようとか、実に日本人が抱いていそうな声が聞こえてくる。
転移すると人目につく可能性が高いので、普通に電車を使って自宅に帰ろうと試みる。
ドローンがいないので、離れた場所の情報が得られないのが不便だとか思っているあたり、俺もすっかり超宇宙文明の技術に染まっている。
特別なんのトラブルもなく実家に帰宅を果たした。
「……ただいま」
「おかえり、明彦」
居間では、母さんがソファーに寝転がりながらTVを観ていた。
いつもの光景が懐かし過ぎて、逆に涙が出そうになる。
「今日は遅かったのね」
「ちょっとケータイのキャリアショップ寄ってたから。いい加減母さんも、スマホに変えたら?」
「いいのよ、普通の折りたたみので充分。それに、料金も高くなるんでしょ?」
「そうだけどさ」
「ネットとかしないし、いいのよ」
そうそう、いつもこんな感じの会話だった。
変わらない。
何一つ、変わっていない。
「父さんは、まだ帰ってないの?」
「今日は飲み会があるんだって」
「そっか」
「お弁当買っておいたから、適当なタイミングで温めて食べてね」
「うん、ありがと」
言われたとおり、カルビ弁当をレンジで暖める。
「母さん、コーヒー飲む?」
「うん、お願いね」
コーヒーメーカーでコーヒーを作る。
これが俺の家での役目みたいなものなので、久しぶりでも特に迷いはない。
セットを完了したついでに、居間のパソコンの電源を入れた。
スタートアップのアプリケーションが立ち上がったところで、弁当とコーヒーができた。
母さんの分はミルクだけ入れて、俺はブラック。
「はい、ここ置くよ」
「ありがとね」
淡白に会話を終え、俺はパソコンの前の机でカルビ弁当をかっ食らう。
……コンビニ弁当の味が懐かしく感じるとは。如何にもジャンクって感じがする。
俺はまず、メールを開いた。
広告系しかない。
次にフィードリーダーを開いた。
最新のニュースやらをチェックする。
俺の知ってる日からの延長でしかないので、特に真新しいものはない。
Twitterを開く。
@ツイートは特に無し。ダイレクトメールなし。フォロワー増減なし。
見事に、いつもどおりのぼっちさん。
Skypeには何人かのネットの知り合いが会話をしていた。
特に加わる気にもなれず、終了する。
借りていたDVDを観よう。
家のDVDレコーダーは壊れているので、パソコンで観る。
俺が借りていたのは、戦国武将の女の子が地球に召喚されて、彼女たちが地球で暮らしていくというアニメだ。
日常系の延長みたいな出来なので、特に言うべきことは思いつかない。
「さて……」
かれこれ過ごしてみたが、もうやりたいことがなくなってしまった。
積み本は大量にあるが崩す気にもなれない。
まあ、暇なときに読むものなんだから、何冊か空間収納装置に入れておこう。
「どうするかな」
せっかく聖鍵を持ってこれたんだ。
ちょっとぐらいなら、何かしてもいいんじゃないだろうか。
「うーん、物騒ね」
母の呟きに、思わずTVに振り返る。
連続殺人事件の報道だった。
既に5人殺されていて、警察の必死の捜索も虚しく犯人は捕まっていないという。
ふと思う。
……聖鍵の調査能力を使えば、犯人逮捕に協力できるのではないだろうか?
だが、ここはアースフィアと違って光学迷彩ドローンが調査用ナノマシンを散布したり、データを蓄積するためのルナベースがあるわけではない。
ちょちょいと調べて、犯人確定というわけにもいかない。
聖鍵だけだと、できることが非常に限られれてしまう。
パトリアーチが何故、下地を作っておいたかよくわかる話だ。
いや、諦めるには早いかな?
やるだけやってみよう。
――聖鍵、起動。
――月内部とルナベースⅡを交換せよ。
窓から月を見上げる。
特に変わった様子はないが……。
もし成功しているなら、月の中身はまるまるルナベースと同等の基地施設ができているはずだ。
――聖鍵、起動。
――転移先、ルナベースⅡ中枢区。
到着したのは、いつもの中枢区のミラーボールのある光景。
「うーん、見た目だけじゃアースフィアのルナベースと大差ないからわからないな」
台座に聖鍵を挿しこみ、座標を確認する。
「よし、うまくいってる」
無事、月をルナベースにすることができたようだ。
生産施設も揃っている。フル稼働で量産すれば、日本ぐらいは10分程度でカバーできそうだ。
早速、調査用ドローンを増産し、順次東京に送り込んだ。
事件現場からして、犯人は東京付近に潜伏しているはず。
「ん、こいつか?」
見た感じ、大人しそうな40代ぐらいの中年男性。
名前は松井門明。
マインドリサーチ結果からして、犯人に間違いなさそうだ。
殺人の動機は何なんだ? むしゃくしゃしてやったとか、その程度か。
松井の自宅を調査する。凶器やら証拠の類は見つからない。
どうやら、使ったサバイバルナイフは隅田川河川敷に捨てたようだ。
ナイフを購入した店まで判明。
警察の調査状況と照らし合わせる。
どうやら、松井が本星であるところまではマークしているようだ。
ナイフの指紋は拭き取られているが、松井のDNAがわずかに付着している。
凶器の場所をタレこめば、充分に逮捕まで持っていけそうだ。
隅田川均衡にある公衆電話に転移、周辺に人がいないのを確認して、手袋をつけてから110する。
隅田川河川敷で40代ぐらいの男がナイフを捨てているのを見た、と匿名で電話を入れておいた。
すぐに転移で自宅の自室に戻る。
「犯人見つかるといいね、さっきのやつ」
「そうね」
母に話しかけて、アリバイを作った。これで電話と俺に共通項を見出すのは難しくなるだろう。
「ふーむ、地球でも使えそうか……」
さすがにマザーシップを置くのはやりすぎだと思うが、一応ルナベースⅡで建造させよう。
「そういえば、地球にダークスはいないのかな?」
東京にばら撒いたドローンから、ダークス係数が1以上になった報告はない。
地球にはダークスの魔の手は伸びていないようだ。
しばらく、こっちでも様子を見るために地球全土にドローンを派遣させよう。順次生産後、散布するように命じる。
「はは、さすがにこっちで建国とかにはならないだろうし、お忍びでできるところまでやろう」
その気になれば、地球に大いなる変革をもたらせそうな気もするが……今はやめておく。
性急に事を進めるべきではない。
そもそも、こちらで時計を進める気はほとんどないのだ。
たまに帰ってきて、日常を満喫する。
その程度の場であってくれればいい。
そんなわけで、あっさりアースフィアに帰ってきた。
もう眠いというのに、こっちはまだ晩餐の済んだ夕方だ。
ヤムエルと戯れるとしよう。
「お父さんも入れてくれないかな?」
「うん!」
リプラとヤムエル、あとフランがままごとをしていたので、入れてもらった。
「あなた、わたしとヤムというものがありながら、その女の人はなに!」
「自分は真剣にアキヒコさんと愛し合ってる! 邪魔をするな!」
「お父さん、ヤムはいらない子なの……?」
「まてまてまてまて! 今まで、どういう設定でやってたんだ!
「アッキーがリプラを捨てて、自分と一緒になる話だよ!」
「そんな! 不倫を乗り越えて、夫婦愛を蘇らせる話じゃないの?」
「お父さん、お母さんを捨てないで!」
カドニア王族姉妹って、結構ドロドロしてるなぁ……。
ヤムエルは結構楽しんでたみたいだ。こりゃ将来は天使から小悪魔になってるかも……。
「普通に行くぞ、普通に。えー……最近、学校はどうだヤム」
「好きな男の子ができたよ!」
「お父さんは許しませんよ!?」
「あなた、駄目よ。せめてヤムには自由な恋愛をさせてあげたいのよ」
「だったら、自分が手ほどきするよ!」
そんなこんなでカオスなおままごとが終わり、ヤムエルはおねむになったので、リプラさんに連れられて行った。
「いやー、楽しかったね、アッキー!」
「お前が俺を気安くアッキーって呼ぶな」
「いいじゃんいいじゃん、リプラから譲ってもらったんだよー」
「……そういえば、前から聞こうと思って聞けなかったけど、案外リプラと双子だって話、あっさり受け入れたよな」
「んー……まあね。なんかシンパシー感じてたし、他人とは思えなかったから。ああ、そうなのかって感じだったよ」
確かにフランとリプラは、知り合ってからすぐに仲良くなっていた。
俺もバルド・フリスカ氏のことを詳しく知るまでは、随分と短期間で意気投合したものだと思っていた。
「それにしても……なんというか、うちらの一族って、そういう星の下に生まれてるのかね。自分も散々だと思ったけど、リプラの方も大概ハードでさ。こっちは自分ひとり食わせるのに精一杯だったけど、あっちなんて子供までできちゃってね……しかも、あの若さでさ」
「……そうだな」
俺にはリプラの歩んできた人生がどんなだったかなんて、想像するしかない。
大変だったと思う。
「それでも、彼女は自分が不幸だとは思っていなかったんじゃないかな?」
「どうして?」
「誰よりも身近に天使がいたから」
「……ああ」
フランも得心したようだ。
「あの子、凄いよね。自分もどれだけあの子に救われたか……」
「俺もだよ。ヤムがいなかったら、今頃は……」
ベニーから、リプラとヤムエルが殺されるルートの俺の話は聞いた。
散々だった。何もいいところはない。
浄火派を始末した後の俺は修羅そのものとなり、殺人になんの忌避感も見せなくなった。
殺しを厭わなくなった後の俺は、アースフィアを震撼させる殺戮王として名を馳せたのだそうだ。
「盗賊に誘拐されたっていうけど、案外優秀な種馬がいたんだろうね」
「…………」
「あ、ごめん……」
「いや……」
ヤムエルの出生は決して公にできるようなモノではない。
彼女は聖鍵王の養娘。そういうことにしなければならない。
「ごめんね。どうしても自分の場合、そういう方面はどうにもノリが軽くてさ……」
「ああ、いや。フランは別に悪くない。俺が考えてたのは、別のことだからさ」
「別のこと?」
「……フランには、話してもいいか。リプラには言うなよ。言ったら2人とも記憶を消す」
「……」
フランがいつになく真剣な表情……王女モードになった。
冗談では済まされない話題だと悟ったのだろう。
「……わかった、一体何だ?」
俺も知ってから受け入れるのには、時間がかかった。
フランは強い。大丈夫だと信じる。




