Vol.36
『結論先に言っちゃいますけど、今までもありましたよ。記憶消した後、結局秘密をばらしちゃうこと』
「やっぱり、そうか」
マザーシップに帰った後、中枢区でベニーから他ループの話を聞いた。
ならビジョンが見えないということは、致命的な結果になるわけではないということか?
「そういうときは、どうしてたんだ?」
『シーリアさんの記憶から、ザーダスに両親が殺されたという話だけを消去してましたね』
……俺もそれは考えていた。
剣聖アラムになって暴走する原因があるとしたら、やはりザーダスに両親を奪われたという直接的な恨みによるところが大きいだろう。
リオミも両親が死んでいたら、ああやすやすとザーダスを赦したかどうか。
『でも、その結果……シーリアさんはどうして剣聖アラムになろうとしたのかを、一切思い出せなくなります』
「……当然だな」
『それでシーリアさんは、生涯悩み続けることになりますね~』
彼女がそもそも強くなろうとした最大の動機だけが失われ、強くなったシーリアだけが残される。
いわば、ザーダスに両親が殺された記憶というのはシーリアの存在証明なのだ。
俺だって、リオミやシーリアを殺されたら、絶対に殺した相手のことは赦さないだろう。
地球の裁判のケースでも、殺人犯のことを遺族が赦すことは絶対ないと断言できるレベルだ。
「死刑にしてほしい」……そう言うのも当然。
自分の大切な家族を殺したヤツが、この世で生きていていい道理があるわけない。
やはり、無理か。
ザーダスはシーリアの両親を殺している。
シーリアはザーダスに両親を殺されている。
和解は有り得ない。
『あの~。いつも思うんですけど、どうしてそこまでするんですか?』
「え?」
『今のままでもいいんじゃありません? 聖鍵陛下は、人の記憶なんてチョチョイのチョイって消せちゃうんですから。この後、ザーダスの正体が露見したりすることもありましたけど、全部なんとかしてましたよ』
「敢えて言うなら、そういうのが嫌だから……かな」
『んー、なるほど。確かにそういう話なら……エンディングに繋がるかもしれないって話になるのかぁ』
「ん、エンディング?」
『あ、いえいえ~。こちらの話ですよ~』
むむむ。
ベニーが口笛吹きつつソッポを向いた。
コイツもまだ隠し事があるみたいだけど、情報開示の問題もあるのかもしれない。
とはいえ下手に聞けば、俺が墓穴を掘りかねない。
正直、リオミとシーリアの記憶を消したのは結構堪えているんだ。
リオミに話したことで幾分か和らいだけど、それでも彼女たちの心に手を出した事実は曲がらない。
記憶操作を繰り返していけば、やがて俺の感覚も麻痺していくだろう。
それは、避けたい。
だが、今回は誤解を解くのとは違う。
ザーダスの罪は覆りようのない真実なのだ。
誤魔化しは一切効かない。ここに嘘を交えるなら、記憶操作とさして変わらない。
考えなくてはならない。
シーリアがザーダスを赦す方法?
いや、違うな。
発想を逆転させよう。
そもそも、どうしてシーリア……いや、アラムがザーダスを殺そうとするのか。
「……そう、か」
考えてみれば当たり前のことだった。
検索履歴を当たって、記憶を確かめる。
うん……。
「ベニー。記憶消去以外に俺がとった対策に、こういうのはあったか?」
彼女に、俺の仮説を説明する。
『それは、ないですね~。うまく開拓出来れば初ルートだと思いますけど……前例がないので、何もお助けできませんよ?』
「本当にないのか? 俺なら思いつきそうなことだが……わかった、それで充分だ」
試したことがないということは、失敗をしたことがないということでもある。
失敗は成功の友。
これが失敗したとて、別の成功に繋がるかもしれない。
失敗した場合の尻拭いは聖鍵頼みだが、聖鍵だって俺頼みなのだ。構うまい。
「フェイティスとザーダスに連絡を頼む。今から言うセッティングを整えてくれ」
ベニーに指示を出す。
さて、本格的なギャンブルはゴズガルド戦以来だが……やるだけ、やってみるとしよう。
「……その話は本当なのか」
シーリアが厳しい表情で、俺を睨みつけてきた。
「ああ、本当だ。永劫砂漠を東進していた艦隊が、魔王ザーダスと思しき反応をキャッチした」
聖鍵領要塞塔作戦会議室。
俺はリオミ、シーリア、ディーラちゃんを集めて、ディスプレイの映像を見せた。
「見てくれ。この辺り一帯は、かなり瘴気が濃い。無理せず浄火を少しずつ進めていたんだが、どうも中心に大物がいるらしいことがわかってな。詳しく調べてみたところ、魔王ザーダスに酷似した存在の反応を確認した。おそらく、本物に間違いない」
ギリリっと歯ぎしりするシーリア。
一方、ディーラちゃんはカッチコチになっていた。やはりこの子、嘘は苦手のようだ。
もちろん、ザーダスが現れたなんて話は嘘っぱちである。
なにしろ、本物は俺が保護しているのだ。
だが、当該の場にはそれなりの用意を施してある。
シーリアが疑わない程度のキャスティングを。
「何故生きてたのかは正直わからない。もしかしたら、瘴気を使って復活の時を待っていたのかもしれない」
「そんなことはどうでもいい! 今すぐ、討ち果たしに行くぞ!」
「まあ、待て。今、戦力を揃えて包囲殲滅の用意をしてる。ホワイト・レイの照射だってするつもりだ……」
「ふざけるな! まさか、今回の千載一遇の機会を私から奪うつもりではあるまいな!?」
シーリアの剣幕は凄まじいの一言に尽きる。
ここで肯定すれば、俺の首が飛びそうだ。
「前回と同じ方法でまた蘇ってきたら、どうするつもりだ! 今回こそ、確実にこの手で息の根を止めるべきだろう!」
「シー姉ぇ……」
ディーラちゃんが怯えている。
きっと彼女は、こうなるのを恐れてザーダスのことを言えなかったのだろう。
「……わかった。シーリアの言うとおりにしよう」
「アキヒコ、感謝する。私は先に戦支度をしてくる」
シーリアはそう言うと、早々に部屋から出て行ってしまった。
「……予想以上だったな」
「恨み骨髄ですね……」
「お兄ちゃん、本当に大丈夫なの!?」
リオミが頭痛を抑えるように額に手を当て、ディーラちゃんが泣きながら俺にすがりついてくる。
どのみちシーリアは先に部屋から出すつもりだったので、都合がいいと言えばいいが……。
彼女を信用させるための事前情報はいくつか用意してあったのに、全部無駄になった。
ザーダスの名を聞いた途端、完全に火が点いてしまったようだ。
「大丈夫だ、問題ない」
自分で言ってて、ものすごく不安になってきた。
念のため、何かの拍子に戻ってくるかもしれないので、シーリアの現在位置はマークしつつ2人に再確認する。
「まず、これから行く場所にはゴズガルドとザーダスがいる」
今回はザーダスから命令させて、ゴズガルドを護衛として呼び込んだ。
彼は、シーリアとのガチバトルを所望である。
これもそれらしさを演出するための一環なのだが、俺個人がゴズガルドに少し負い目を抱いているというのもある。
万が一ということもあるが、死亡から30分程度ならば息を吹き返す方法がなくもない。念のため、用意はある。
「ゴズガルドはかろうじて生き延びたザーダスを匿って、この場所にいるという設定だ。そして、ザーダスは俺と同じくクローンを用いて、魔王と同じ時代まで成長させた体を使わせている。万に一つも彼女が死ぬことはない」
俺がディオコルトにクローンを乗っ取らせるときもそうだった。
あくまで意識をリンクしているだけで、本体がダメージを受けることはない。
コピーボットと違って、コピー元でなければ操作できないのが難点ではあるが。
「シーリアがゴズガルドに負けるなら、それもよし。突破できてしまうようなら、クローンのザーダスと戦ってもらい、倒してもらうことになる」
「それで本当に、シー姉はお姉ちゃんのことを許せるの?」
ディーラちゃんの問いかけに、俺は指を立てて解説する。
事前の作戦ではここまでしか解説していないので、ここから具体的に説明せねばなるまい。
「俺の予想では、シーリアに関しては問題ない。おそらく、彼女がこれほどの憎悪に突き動かされるのは、彼女の中にアラムがいるからだと思う」
俺は、ベニーの話を聞いていて、ひとつの仮説を立てた。
フランが複数の顔を持っているように、シーリアもまた剣聖アラムを心の中に住まわせているのではないかと。
「タリウスの爺っちゃんに相談したところ、大いに有り得るらしい。ほら、アラムの称号を継承するには先代を斬るって通過儀礼があるだろ?」
「ええ、確かに……」
「その際に、先代から魔力……魂を吸収することになるらしいんだ」
「つまり、剣聖状態のシーリアさんは先代以前の魂に引きずられていると……?」
「多分ね」
実際にシーリアが先代の魂に乗っ取られてる、とかではない。
ならばもっと、表面に顕在化するはずだ。
「だから、その先代の魂さえ鎮めることができれば、シーリアも強烈な憎悪に引きずられることもなくなるんじゃないかな、とね」
最初は、それほど強い根拠ではなかった。
だが、ベニーからシーリアがザーダスと戦うことになったルートの話を聞き、俺は驚愕した。
『シーリアさんってば魔王ザーダスの瘴気にあてられて、ものすごく凶暴化しちゃったんですよ~』
瘴気に乗っ取られた、とかではなく凶暴化。
闇避けの指輪をしていた以上、外部から瘴気を取り入れたはずがない。
だから、俺はこう思った。
シーリアの内部に、既に瘴気が取り込まれていたのだとしたら。
俺は先代以前の剣聖アラムについて調査し、ひとつの事件に着目した。
「初代剣聖アラムは、一度瘴気に当てられて、死にかけたことがあったんだ」
まだ瘴気の危険性について、それほど知られていなかった時代。
出現したばかりの魔王ザーダスを討伐すべく、剣聖アラムが迷宮洞窟地帯を踏破しようとしたときのことだ。
彼は瘴気を吸い込んで、その肉体を支配されかけた。
当時、既に強靭な肉体と精神力を伴っていた剣聖アラムは瀕死になりながらも、なんとか帰還した。
しかし、序々に魔王に支配されていく感覚を覚えた初代剣聖アラムは、当時の一番弟子に称号と魂を継承させる儀式として、自分を斬らせた。
2代目剣聖アラムの誕生である。
初代から継承される瘴気も少しずつ濾過されていき、3代目に至る頃には問題ないレベルにまで回復していた。事実、ダークス係数は初代と2代目からしか計測できていない。
そして、5代目となるシーリアに至るまで儀式は継続されていた。
完全なダークスの除去はできておらず、魔王ザーダスと相対することによって、わずかな瘴気が活性化した。
それが、シーリアとザーダスが戦ったときに起きたという凶暴化の原因ではなかろうか。
「この段階じゃあ、まだ確定情報じゃない。シーリアから、ダークス係数は当然計測できてないからね。だけど、シーリアの中のアラムがザーダスの瘴気に当てられて顕在化するのであれば……」
「「であれば……?」」
リオミとディーラちゃんの声がハモる。
俺は確信めいて頷いた。
「そのときなら、不殺属性を付与した俺のホワイト・レイ・ソードユニットで……シーリアの中のアラムを瘴気から解放できる」
彼女たちにはこう言ったが、あくまで超常的な要素を取り除くことができるかもしれない。それだけの話だ。
説得できない状態のシーリアを、説得できるようにする。
ダークスと無関係に、シーリアがザーダスを殺そうとするならば、もはや記憶消去しか手はない。
だけど、シーリアは確実に変わってきている。
俺から強さを学び取ろうとして、ソード・オブ・メンタルアタックを佩剣とした事実。
自分本位の想いを抑え、互いを分かり合おうとするようになった事実。
「……アキヒコ。私は賛同しよう……貴方は彼らのような連中からも、あくまで機会を奪わないのだな」
彼女は俺のやり方に感銘を受けていた。
俺自身、あれが人道に沿った方法だとは思えなかったが。
シーリアの方は、贖罪に務める元囚人の聖鍵派スタッフを色眼鏡で見ないよう、自戒していた。
「シーリア……きっと、わかってくれるよな……」
バトルアライメントチップが教えてくれたことを思い出す。
剣聖アラムは説得できない。
剣で語るのみ。
だが、説得できないのはアラムだ。
シーリアじゃ、ない。
俺達は、聖鍵の転移で件の場所までやってきていた。
永劫砂漠にはよくある、小高い台地。壁面にぽっかりと空いた洞穴。
中からは、漆黒の霧……瘴気が地面に沿って漏れ出ている。
今回は現地の調査という名目もあるので、転移で直接向かわないことはあらかじめ言っておいてある。
中で何が起きるか、わからないからだ。
「先導する」
シーリアが先に向かう。
彼女は既に剣を抜いていた。
洞窟の闇を照らし出せるよう、剣先にリオミの《ライト》が付与してある。
「思った以上に瘴気が濃いですね……」
「ああ、そうだな……」
「お姉ちゃん……」
リオミが不審そうに顔を顰め、ディーラちゃんが不安げに身を震わせた。
確かにおかしい。
もちろん、闇避けの指輪は装備してあるが、事前の調査で選んだ候補地は、これほどダークス係数の高い場所ではなかった。
ザーダスクローンに反応して、瘴気が集まってきているのだろうか?
そうだとしても、ザーダスクローンには闇避けの指輪を装備させてある。問題はない。
ないはずだが。
しばらく進むと、ゴズガルドが待っているはずの広間に到着した。
複数の篝火が部屋の隅々まで照らしており、巨人の威容を闇の中から浮かび上がらせた。
「よく来たな、勇者ども」
「……ゴズガルド。やはり、生きていたか」
シーリアとゴズガルドが相対する。
ゴズガルドは全身がキズだらけだ。一体何と戦えば、こんな状態になるのか。
ヤツもヤツなりに、この短期間で修練を積んでいたのか。
ルナベース検索によれば、全身のキズはエルダーレッドドラゴンとの死闘でついたものらしい。
必死だな……。
「アキヒコ、こいつも私に任せてもらう。いつかの決着を付けたい」
「わかった。でも、殺すなよ……」
「大丈夫だ」
シーリアの答えに淀みはなかった。
怒りに身を任せてもいない。
裏打ちされた自信からか、ソード・オブ・マインドアタックの不殺効果が無効化されても、ゴズガルドを殺さず無力化できると断言している。
「言ってくれるな。殺す気でかかってこんと、ワシは倒せんぞ!」
「悪いが、お前にかかずり合っている暇はない」
「……キサマら、どこまでもワシを侮辱しくさって……! 絶対に許さんぞ!!」
ゴズガルドがかかってくる。
速い!
前に戦った時より、格段に強くなっている。
これはさすがのシーリアといえど、苦戦は免れないか……?
次の瞬間、俺達は信じがたいモノを目撃した。
ゴズガルドが四肢を寸断され、宙に舞う光景を。
「なっ……!?」
ゴズガルドが信じられないとばかりに、目を見開く。
ダルマになった彼は当然受け身もできずに、地面に打ち付けられた。
俺は驚愕で一歩も動けなかった。
ゴズガルドの筋肉はとてもしなやかでありながら、鋼鉄以上の防御力を誇る。
ソード・オブ・マインドアタックは剣としては中の上程度の切れ味であり、ゴズガルドの防御を突破するにはシーリアといえど困難。
魔力で切れ味を上げた剣では、ゴズガルドの魔力封じに阻まれる。
ゆえに、ゴズガルドは鉄壁。
そのはずだった。
『……巨人族なら、その程度で死にはすまい』
聞き覚えのある電子音声。
シーリアの姿が、変わっていた。
漆黒の仮面剣士。超宇宙大銀河帝国ジャ・アークの黒闇騎士。
ダーク・シーリアス卿。
「そうか、魔剣士オプション……」
覚えているだろうか。
彼女のダーク・シーディアスセットには、魔剣士オプションを搭載してある。
これは、剣聖アラムの所持していた白閃峰剣と同じく、物理防御を無効化する装備だ。
白閃峰剣は魔法の効果によるものだったので、ゴズガルドの鎧が有効だ。
だが、魔剣士オプションは超宇宙文明のテクノロジーである。
ゴズガルドの鎧など関係なく、ケーキを切り分けるように両手両足をカットできてしまう。
「お、のれ……」
ゴスガルドは悔しげに呻いて、気を失った。
リオミがゴズガルドを止血の魔法で応急処置する。
「おっさん……やっぱり、クロコダ○ン枠なんだな……」
足止め役すらできなかった噛ませ犬ゴズガルドに、敬礼。
無茶しやがって……。




