幕間:リクさんとピザパンをいただきます
【まえがき】
明日8月10日より、本作の書籍1巻が発売になります(*´▽`*)
WEBの世界観をそのまま引き継ぎ、書籍用に描写を濃く仕上げましたので、チェックしてみてください。
今後ともWEB・書籍共に応援していただけると嬉しいです……!
以下、書籍化記念用SS『幕間:リクさんとピザパンをいただきます』になります。
優しい風で薬草がユラユラと揺れて、綺麗な青空が広がる朝のこと。
冷え込みが厳しくなる前に外で食事をしてみたいと思い、今朝は薬草菜園を見ながら食事することになっていた。
「今日の朝ごはんは何だろうなー♪」
薬草菜園の前に腰を下ろした私はいま、一人でリクさんを待っている。
せっかくならみんなで一緒に朝ごはんを楽しもう、と提案していたのだが……。
今までリクさんと二人でのんびり過ごす時間が少なかった分、みんなが気遣ってくれたみたいで、夫婦水入らずの時間を過ごすことになった。
別に嫌ではないけど、改めてそういう時間を作られると、緊張してしまう。
果たして無事に朝ごはんを食べられるんだろうか、と思っていると――、
「待たせたな。朝ごはんを持ってきたぞ」
突然、リクさんの声が聞こえて、パッと後ろを振り返る。すると、熱々のピザパンを持ったリクさんが立っていた。
「今日は一段とおいしそうですね」
「気持ちの問題だろう。こうしてレーネと外で食べるのは、これが初めてだからな」
そう言ったリクさんからピザパンを受け取ると、小麦の香りとチーズの香りが鼻をくすぐった。
鮮やかなトマトソースと、こんがりと焼き目のついたチーズがおいしそうで、先ほどまで悩んでいたことが嘘だったように、頭がピザパンのことで埋め尽くされていく。
「外に持ってきていただいても、良い香りのままですね。まさかここまで小麦とチーズの良い香りがするとは思いませんでした」
「香り豊かなものであるほど、嗅覚の強い獣人たちも食欲が増すんだ。トマトソースも自家製のものを用いて、飽きがこないように香りや味を調整している」
「それがおいしさの秘密、というわけですね。では、早速いただきたいと思います」
大きな口を開けた私は、焼き立ての熱さに苦戦しながらも、ゆっくりとピザパンにかぶりつく。
それを嚙み締めた瞬間、パンがサクサクッという芳ばしい音で出迎えてくれた。
表面の食感とは対照的に、パンの中はモチッとしていて、舌触りが優しい。そこに自家製トマトソースの爽やかな酸味と濃厚なチーズが合わさり、絶妙にマッチしている。
一見、朝から食べるには重いような印象を抱くが、そんなことはない。見た目以上にトマトがサッパリとさせてくれるので、朝から食べても苦にはならなかった。
逆に朝から心が満たされて、素晴らしい一日が始まるような気がしている。
こんなにも幸せな気持ちで一日が始められるのは、大きな肉まんを独り占めする時と同じくらいの贅沢さがあって……。
「ん? 難しい顔をしてどうしたんだ。口に合わなかったか?」
「いえ、おいしいです。ただ、肉まんとピザパンはどっちが上なのかなーと考えた時に、難しい壁にぶつかってしまいまして」
「好みの問題だろう。上も下もないと思うぞ」
さすがリクさんだ。領主であり、料理人でもあるだけに、言葉が重い。肉まんとピザパンを比較するものではないという素晴らしい結論に導いてくれた。
そんなリクさんが隣でピザパンを食べているところを見ていると、なんだかこう……妙な違和感を覚える。
「そういえば、リクさんが食事する姿を見るのは、これが初めてですね」
いつも食堂でおいしい料理を提供してくれて、食事の時間を共にするものの、何かを口にしている姿は見たことがない。
ベールヌイ家に訪れてから、随分と月日が流れているのに、こんな些細なことが初めてだった。
「言われてみれば、いつも一人で食事しているな。時間が違うだけで、普通に食べてはいるぞ」
男性ということもあってか、リクさんの一口は大きい。表情が崩れないのに、伸びるチーズに苦戦しながら食べる姿は、ちょっとギャップがあって可愛らしかった。
「あまりジロジロと見ないでくれ」
「私はいつも食べているところを見られている気がします」
「料理人として、ちゃんと口に合っているか確認しているだけだ。他意はない」
プイッとそっぽを向いて食事するリクさんは、トマトソースのように耳を赤くしている。
「もしかして、食べているところを見られるのは、恥ずかしいんですか?」
「わざわざ見せようとするものではないだろ。どういう顔をすればいいのかわからない」
「普通にしていたらいいと思いますよ」
「そうか。では、レーネが食べているところをじっくりと見させてもらおうか」
突然、リクさんがクルッと向き直り、ジッと見つめられてしまう。
改めて食事する姿を見つめられると、さすがに変に意識して、思わず私も目を逸らしてしまった。
「やっぱりやめましょうか。意識してしまうと、思ったよりも恥ずかしいです」
「いや、俺はもう気にしないが」
ん? と疑問を抱いた、その時だ。早くもピザパンをペロリッと平らげてしまったみたいで、リクさんの手には何も残っていなかった。
ま、まさか、そんなにも食べるスピードが早いだなんて……。初めて一緒に食事の時間を過ごすから、全然気づかなかった。
すっかり立場が逆転してしまった私は、リクさんに背中を向ける。
「私はこっちを向いて食べるので、リクさんは反対側を向いていてください」
「俺のことは気にせず、ゆっくりと食事を楽しんでくれ」
「このまま見られていると、落ち着かないんですよ」
「さっきは普通にしていればいいと言っていたはずだぞ」
「やっぱりやめるって言い直したじゃないですか、もう。意地悪しないでくださいよ」
リクさんをからかうのに失敗したなーと思いつつも、私はおいしいピザパンを味わっていただく。
今度はみんなでごはんを食べられたらなーと思いながら。





