第80話:贈り物
夜ごはんを食べ終えた後、魔王城に帰るベリーちゃんを見送るべく、私はリクさんと一緒に裏庭に足を運んでいた。
「ご苦労であったな。また明日の夜ごはんも頼むぞ」
ベリーちゃんはすまし顔で予約していくが、ここはレストランではない。
彼が魔王さまであることを考えると、食事の時間を一緒に過ごし続けるのは、あまり良くない気がした。
呆れたリクさんが大きなため息を吐いているので、間違いないだろう。
「いい加減に不法侵入はやめてくれ。国際問題になっても責任は取れないぞ」
「我が好きで来ておるのだ、問題なかろう。小さいことばかり言っておっては、女にモテぬぞ? もっと心に余裕を持つべきだな、クククッ」
それだけ言うと、ベリーちゃんは闇夜に消えていく。
私たちのことを応援してくれているのか、リクさんをからかいたいだけなのかは、わからない。
ただ、どこか憎めない存在であり、自然と受け入れてしまう自分がいる。
「悪い人ではないんですけどね。きっとエイミーさんが心配で仕方ないんですよ」
「わかっているが、このまま入り浸られても困る。正式な手続きさえ踏んでくれれば、来賓として招くんだが」
本来であれば、私たちがもっと盛大にもてなさなければならない人だと思う。魔族を統べる王と普通に食事を楽しむなんて、無下に扱っていると思われてもおかしくはない。
でも、ベリーちゃんはそういう扱いをされたくなくて、わざと押しかけて来ているような気もするが……。
「面倒な手続きをするような方ではありませんよね」
「間違いない。ややこしいことにならないように願うしかないな」
リクさんと喧嘩しないなら、このまま見守っていた方がいいかもしれない。
なんだかんだで賑やかなベリーちゃんがいなくなり、リクさんと二人きりになると、静寂な夜が訪れる。
こういう時、ヒールライトの魔力はとても綺麗な景色を彩ってくれるので、とてもありがたい。幻想的な雰囲気に包まれた今、このチャンスを逃すべきではないと考えていた。
お守りが完成したにもかかわらず、渡す機会に恵まれなくて、今日までズルズルと月日が流れている。次はいつ二人きりになれるかわからないから、このタイミングで渡すしかない。
「ところでリクさん――」
「ところでレーネ――」
思い切って話を切り出そうとした瞬間、リクさんも何か言いたいことがあったみたいで、偶然にも言葉が重なった。
勇気を振り絞って声をかけただけに、一度止められると、心にためらいが生まれてしまう。
「私は後で大丈夫です。お先にどうぞ」
「いや、俺の方こそ後で構わない。先に話を聞こう」
「いえいえ、私の方が後で構わな……またこのパターンですね」
「そうだな。まさかレーネも言い出しにくいことがあったとは」
似たもの夫婦とはよく聞くけど、似ないでほしいところが似てしまった気がする。
また心の探り合いが始まるところだった。
「では、今回も同時に言いましょうか」
「ああ。あまり先伸ばしにしたくはない」
ポケットの中に手を入れ、ずっと渡しそびれていたお守りをつかむ。
「いきますよ。せーのっ」
大きく息を吸った私はギュッと目を閉じて、勢いよく手を差し出した。
「これを受け取ってください」
「これを受け取ってくれ」
ん? と思って目を開けると、リクさんも同じように手を差し出していた。
その手には、リクさんの瞳と同じ赤い宝石が付けられたネックレスがある。
「考えていたことも同じみたいですね」
「そのようだな」
納得するように頷くリクさんは、顔を赤くして目を逸らした。
「ベールヌイの地で暮らす限り、今後も何が起こるかわからない。離れていたとしても、心だけは傍に置いてやりたくてな」
どうやらリクさんがいない間、寂しく過ごしてたことが伝わっていたらしい。
帰ってきてからは元気に過ごしていたため、気づかれないと思っていたのに。
「この宝石は、リクさんが選んでくれたんですか?」
「……他の連中に選ばせるわけにはいかないだろ」
「ふぅ~ん、そうなんですね。わざわざ赤い宝石を選んでくれたんですね」
どこまで私の好みを把握してくれているのかはわからない。でも、心を傍に置いておきたいという気持ちは伝わってきた。
リクさんと同じ瞳の赤い宝石がいつまでも見守ってくれていると思って、このネックレスを大事にしよう。
そのお返しと言ってはなんだけど、私の心もリクさんの傍に置いてほしい。
「こちらは魔獣化が落ち着くように、ヒールライトの魔力を付与したお守りです。私一人では作れなかったので、ベリーちゃんにお手伝いしていただきました」
「なるほどな、納得した。それで魔王と繋がりがあったのか」
「はい。ベリーちゃんも銀色のヒールライトを探していましたし、私に恩を売っておきたかったんだと思います」
「そうか。そういう関係だったか……」
妙にホッと安心するリクさんを見て、今回は私の方が優勢だと確信する。
本当にヤキモチを焼いてくれていたみたいだから。
「せっかくですので、こちらのネックレス、付けてもらってもいいですか?」
「ああ、それくらいなら構わないぞ」
何気ない表情で快諾してくれたリクさんは、私の首元に両手を伸ばし、少し前かがみになった。
こんな無防備な姿をさらけ出してくれるのは、妻だからだろうか。
リクさんにとっても、魔獣さんにとっても、もっと特別な存在になれたらいいのに。
そんな思いを胸に、私はリクさんを抱き締める。
「レーネ……?」
離れ離れになりたくはない。でも、もっと家族の絆を深めて、強くなろうと思った。
「こうすると温かいですね」
「……そうだな」
リクさんが心配することなく、笑顔で帰ってこられる居場所を作るために。





