第79話:肉団子とビーフシチュー
魔族の血を封印してから、二週間が過ぎる頃。
いつものように裏庭でヒールライトの世話をしていると、少しふらつきながらも、しっかりと大地を踏みしめて歩くエイミーさんがやってくる。
まだまだぎこちない動きではあるものの、魔族の血を失った体に慣れ始めたみたいだった。
「ようやくここまで一人で来られるようになったわ」
「お疲れ様です。随分と体力も戻ってきましたね」
魔族化が進行したことで、一時的に人族の血が動きを止めたエイミーさんの体は、身体機能が低下している。その影響は生活に支障をきたすほどで、予想以上にダメージが残っていた。
力が入らなかったり、発作が起きたり、熱が出たり。体調を崩すことが多いため、亀爺さまに薬の調合をお願いして、治療に専念し続けてきた。
その甲斐もあって、今では出歩くことができるまで、順調に回復している。
もちろん、エイミーさんがリハビリを頑張っている影響が大きい。再び植物学士として活動するため、少しでも早く現場に復帰しようと、できる範囲で手伝ってくれているのだ。
「レーネ先生、今日は何をしたらいいかしら」
イケメンさんに命を繋いでもらったこともあり、エイミーさんはやる気をみなぎらせている。
ただ、今日ばかりは薬草菜園にあまり時間が割けなかった。
「草取りを手伝ってほしいところではあるんですが、今から用事があるんですよね」
「あら、珍しいのね。レーネ先生が薬草よりも優先することがあるなんて」
キョトンッとした顔を向けてくるエイミーさんに、私は満面の笑みを返す。
「今日はスイート野菜を大量に収穫する日なんですよ。いつかエイミーさんにも手伝ってもらおうと思っていたので、ちょうどいい機会かもしれません」
「もしかして、毎日出てくるスイート野菜って、レーネ先生が作ってたの?」
「正確に言えば、領民のみんなと一緒に、ですね。いつもお昼寝されていたので、お伝えできなくて……あっ、早くも第一陣が来たみたいです」
目を輝かせたマノンさんが、急ぎ足でこっちに向かってくる。
「奥方、スイート野菜が大変。次々に屋敷に運ばれてきて、大収穫キャンペーンが始まってる」
「わかりました、すぐに行きます。肩を貸しますので、エイミーさんも一緒に行きましょう」
「え、ええ。わかったわ」
戸惑うエイミーさんと一緒に庭へ向かうと、そこには大量の木箱が並べられていた。
領民たちがワイワイと賑わいを見せ、次々に馬車で運んでくる中、リクさんがその品質を確認するように目を光らせている。
白菜・ゴボウ・長ネギ……などなど、色鮮やかなスイート野菜が大豊作。そのきっかけを作ってくれたリズミカルに踊っていたニンジンは――。
「見て、奥方。このニンジンと身長が同じ」
マノンさんと同じ大きさになるほど、とんでもない成長を遂げていた。
横に並べられると、とても自然に育った野菜だとは思えない。こんなに大きなニンジンは、私も生まれて初めてだった。
思わず、エイミーさんの開いた口が塞がらないのも、無理はないだろう。
「私の知らないニンジンね。これ、本当にレーネ先生が作ったの?」
水やりをしていただけなので、これは紛れもなく、ここに集まった領民たちによるもの……だと、私は思っているのだが。
肝心の領民たちから、熱い視線を向けられている。
「お嬢だな」
「お嬢しかいねえよ」
「お嬢が作った」
監修しているだけなのに、なぜか私の手柄になってしまうのであった。
***
とんでもない量のスイート野菜が屋敷に持ち運ばれたこともあり、今日一日はその対処に追われていた。
領内に安価で卸したり、干し野菜にしたり、保管庫に入れたり。実ったスイート野菜が無駄にならないように、育てた領民たちと分け合うように分配もした。
もちろん、領民たちはスイート野菜の栽培が仕事でもあるため、お給金は別である。ちょっとしたボーナス代わりに受け取ってもらった。
最初は遠慮がちだったけど、自分で作ったスイート野菜を家族に食べさせたい、と思っていたみたいで、しっかりと受け取ってくれている。
今夜はどこの家でも、おいしいスイート野菜を使った料理が食卓に並ぶだろう。家族団らんのひと時を楽しんでもらえたら、明日からもっと楽しく栽培できるはずだ。
今後の彼らの働きに期待しよう。
まあ、私が一番期待しているのは、今日の夜ごはんなんだけど。
ルンルン気分で食堂にたどり着くと、すぐにリクさんが夜ごはんを持ってきてくれる。
「今日は肉団子の甘酢餡かけだ」
そう言って渡してもらったのは、同じ挽き肉を使った料理、ハンバーグよりもインパクトのあるものだった。
皿の上にドシッと鎮座するのは、コッテリとしたタレを身にまとった肉団子で、その肉々しさを表すかのように、表面がゴツゴツとしている。
リクさんのことだから、大量に収穫したスイート野菜を使った料理を出してくると思っていたのに、まさか肉団子とは。
そんなことを考えながら、私は肉団子にかぶりつく。
一噛みした瞬間、肉汁が滴り落ちるほど溢れ出てきて、口内が一気に旨味で埋め尽くされてしまう。粗めの挽き肉を使用することで、肉の味がしっかりしているのもポイントが高い。
しかし、何よりも肉団子の味を引き締めていたのは、甘酢餡だった。
まろやかな酸味と肉の旨味を邪魔しない甘味が合わさり、深い味わいに変化している。
このフルーティーな甘さは果物ではなく、きっと――。
「甘酢餡にスイート野菜を使われていますか?」
「よくわかったな。ニンジンをすりつぶしたものを混ぜて、スイート野菜の独特な甘味をプラスしている」
やっぱりスイート野菜の甘味だったのか……と、納得するように食べる私の元に、マノンさんがやってくる。
「奥方は絶対にビーフシチューの方が好き」
リクさんにライバル意識を燃やすマノンさんが持ってきてくれたのは、スイート野菜をたっぷりと使った具だくさんのビーフシチューだ。
大きめにカットされたスイート野菜と、大きな肉の塊が入っているのだが……。
「随分としっかり煮込まれたみたいですね」
スイート野菜にビーフシチューの旨味が染み込んでいるとわかるほど、色味が濃い。野菜と肉の繊維がほどけていて、見るからに柔らかそうな印象だった。
「昼からずっと煮込んでた」
「どうりで姿を見ないと思いました」
専属侍女としてはどうなんだろうか、と思いつつも、料理で奉仕してくれるのは、素直に嬉しい。
早速、スプーンで一口いただくと、濃厚な味わいが口に広がる。
赤ワインの豊かな香りと酸味に、スイート野菜の甘みがマッチしていて、見た目以上に重くない。肉は噛まなくてもホロホロと崩れるし、パンをちょんちょんっと付けて食べると……。
幸せの味がする~。ビーフシチューとパンの組み合わせは、なんて格別なんだろうか。
いつものことながら、二人の料理に甲乙は付け難い。リクさんの肉団子も、マノンさんのビーフシチューも、どちらも自然と手が伸びてしまう。
これには、最近何かと理由を付けて夜ごはんを食べに来るベリーちゃんも、満足そうな表情で肉団子を頬張っていた。
「我の舌を唸らせるとは、なかなかのものよのぉ」
亀爺さまを小僧扱いしていたので、ベリーちゃんも何千年と生きている方だろう。そんな人がリクさんの料理を褒めていると思うと、グッと心に響くものがあった。
料理を作った本人は、不満そうな表情を浮かべているが。
「どうして俺が魔王の食事を作らなければならないんだ」
「もてなすのは当然であろう。我は魔王ぞ?」
二人の仲はあまり良くなさそうだ。でも、リクさんは律儀に料理を出して、毎回もてなしている。
そして、今日はそこにマノンさんも加わっていた。
「魔王、これも食べるといい」
「ほぉ。なかなか凶暴な獣の血を引いておるものがいるようだな」
「百獣の王女ゆえに。がおーー」
「クククッ、心地よい圧力だ」
「ぐっ、さすが魔王……。驚くことなく受け入れるとは」
子供の扱いに慣れたパパにしか見えない、そう思いながら、私は料理に手を伸ばすのであった。





