第78話:二人の絆
マノンさんからイケメンさんを受け取った私は、その銀色の輝きに惚れ惚れしていた。
金色の魔力を放つヒールライトも綺麗だが、銀色の魔力を纏ったイケメンさんは、透き通るほど綺麗な色をしている。
まるでエイミーさんの純粋な心が反映されているみたいだった。
これには、重い空気を放っていたベリーちゃんも笑みを浮かべずにはいられない。
「クククッ。どうやって薬草を育てれば、地面から飛び出してくるのだ?」
「お言葉ですけど、この薬草は娘さんが育てられたものですよ」
「さすが我が娘だな。人族の常識を打ち破る薬草を育て上げるとは」
「ベリーちゃんって、意外に調子がいい人なんですね」
娘には弱いんだなーと思っていると、エイミーさんの喉からヒューと音が鳴り、呼吸に障害が出始めていた。
「急がねばマズいな。人族の血が停止してから、随分と時間が経っておる。一時的に娘の体の時間を止めるぞ」
「ちょ、ちょっと待ってください」
非常事態であることには変わりないため、急いでエイミーさんの手を開き、イケメンさんを持たせる。
「イケメンさんを握っていてください。どのみち今から必要になりますから」
「ありがとう。ちゃんと育てられたのかしら」
「バッチリですよ。良い植物学士になれると思います」
顔の筋肉も動かせなくなってきたのか、エイミーさんの表情は変わらない。でも、どことなく声音に嬉しさを感じ取れた。
最後まで育てられなかったと悔やんでいたイケメンさんの栽培を終え、もう彼女に後悔はないかもしれない。しかし、それではイケメンさんが後悔してしまうだろう。
彼女の生きたい想いに応えて、わざわざ助けに来てくれたのだから。
イケメンさんをしっかり握る姿を見て、ベリーちゃんが彼女を魔力で包み込む。
すると、エイミーさんの体は微動だにしなくなり、呼吸すら止まっていた。
「悪いが、お守りに使った術式を覚えておるか?」
「いえ、なんとなくでしか覚えていません。そもそも、人族は儀式魔法をほとんど使えないんですよね」
「難儀なことになったな。時間に干渉する魔法は扱いが難しく、儀式魔法と併用はできん。この状況では、魔蝕病の治療が行なえぬ」
ようやく治療できる状態になったのに、そんな問題が発生するなんて。
リクさんや亀爺さまに確認してみても、魔法に精通していないみたいで、首を横に振るだけだ。
こうなったら、かなり曖昧な記憶だけど、わたしがやるしかないか。
この中で儀式魔法を使える可能性があるのは、一回でも使ったことがある私だけだから。
一人の植物学士として、イケメンさんの想いを受け継ぎ、エイミーさんの治療に当たるしかない。
「覚えている範囲で術式を展開するので、間違っている部分を指摘してもらってもいいですか?」
「そうしたいところではあるが、口頭で間違いを伝えようにも、古代文字がわからんのであればな……」
「諦めるよりはマシですから」
手に魔力を込めて、覚えている範囲で術式を展開していく。
正直に言って、全体像をボヤッと覚えている程度にすぎない。ハッキリと覚えている部分は少なく、儀式魔法を完成させる自信はなかった。
はずなのだが……。
「なんだ。覚えておるではないか」
スムーズに術式を展開する私を見て、ベリーちゃんは目をパチクリさせている。
しかし、一番驚いているのは、私だった。
「覚えているというか、伝わってくるというか……」
心の中に温かい気持ちが集まってきて、記憶が共有されるかのように古代文字が思い浮かぶ。
空気中に含まれる魔力を介して、儀式魔法を見ていたヒールライトたちが古代文字を教えてくれているのだ。
きっとヒールライトの気持ちが一つになったことで、その強い思いが伝わってきているんだろう。誰もがイケメンさんの意思を尊重して、エイミーさんを助けようとしてくれていた。
もしかしたら、これが本当の意味で薬草と対話するということなのかもしれない。
葉の揺れ方や魔力で情報を読み取るんじゃなくて、薬草たちと純粋に心を通わせること。彼らと気持ちを共有することで、家族のような強い絆が生まれるんだ。
エイミーさんとイケメンさんが過ごした期間は短くても、二人の間には確かな絆が結ばれている。
その強い絆で彼女の命を助かるために、私は儀式魔法を作動させた。
銀色の魔力がエイミーさんを包み込むと同時に、イケメンさんは僅かに葉を揺らす。
悔いのない満足そうな葉の音は、私が今まで感じた中で一番嬉しそうな音色を響かせるのだった。





