第77話:選択
「魔王ベリアス……」
今までで見たこともないほど険しい表情をしたリクさんが、ベリーちゃんを警戒した。
どうやら顔は知っているものの、交流はないらしい。明らかに敵対しているような雰囲気を放っている。
他国の人が急に侵入してきたんだから、リクさんの気持ちはわかる。でも、今はそれどころじゃない。
「落ち着いてください、リクさん。エイミーさんの容態に関わりますから」
ベリーちゃんが悪い人ではないと、私は知っている。
今までトラブルを起こさないようにと、ベリーちゃんはコソコソと様子を見に来ていた。何か理由がなければ、獣人たちを警戒させるように姿を現すような人ではない。
ただ、どうにも敵対心を露わにするリクさんが気に入らないみたいで、ベリーちゃんも鋭い目つきをしている。
「ほお。貴様がリクとやらか。よもや、この時代の獣王だったとはな」
「こんな場所に出てきておいて、何を言う。目的はなんだ」
「焦るでない。まだ魔獣化も制御できていない子犬であろう。ちょいと躾でもしてやろうか?」
一触即発の空気になり、二人に声をかけられないでいると、亀爺さまが間に入ってくれた。
「旦那さま、待ちなされ。敵対しなければ、ベリーちゃんは害を及ぼす方ではありませんぞ」
……ん? ベリーちゃん? もしかして、亀爺さまとベリーちゃんって、知り合いだったの?
亀爺さまの発言により、場が異様な空気に包まれる。
ただ、ベリーちゃんと呼ばれた本人はしっくりと来ていないみたいで、目を細めて亀爺さまを見つめていた。
「んー? 貴様は……もしや、あの時の亀の小僧か!」
「思い出していただけましたか。いや、実にお懐かしい」
「魔力を探らねばわからなかったぞ。随分と年老いた爺になったものだな。昔は甲羅をブイブイと言わせておったというのに」
「皆の前ですので、やめてくだされ。お恥ずかしい。年寄りが過去の栄光にすがるものではありませんぞ」
唐突に同窓会みたいな雰囲気に変わるが……。
状況が読めないこっちの気持ちにもなってほしい。
こんなタイミングで感動の再会なんてやられても、全然心に響かないから。
「亀爺さまもベリーちゃんも、思い出話はその辺にしてください。今はとても大変な――」
「ベリーちゃん……?」
いつもの調子で話しかけた途端、リクさんに不審な目で見られてしまう。
なぜそんなに魔王と親しそうなんだ、と言わんばかりに赤い瞳が揺れていた。
「深い関係ではないですよ。ちょっとした知り合いなんです」
「……そうか」
「ほ、本当ですよ。素性とかも全然知らなくて……」
どうしよう、どんどんと話がややこしくなる。そう焦る私をよそに、ベリーちゃんがニヤニヤした顔を向けてきた。
「リクとやら。男と話した程度でヤキモチを焼いていたら、不仲の原因を作るだけだぞ」
「魔王ともあろう奴が、つまらんことを言ってくるものだな」
「クククッ。それでは図星だと言っているようなもの。まだまだ青い奴だのぉ」
ベリーちゃんは何をしに来たんだろう、と思いつつも……。
リクさん、ヤキモチを焼いてくれているんですね。へぇ~。それは夫としての自覚があるということでしょうかね。
やっぱり本当は魔獣さんと同じように甘えたいんじゃ……って、今はそんな場合じゃなかった。
「ちょっと皆さん、いったん落ち着いてください。今はエイミーさんを最優先に――」
「懐かしい声がするわ。きっとパパね」
「パ、パパー!?」
なんなんだ、この状況は! エイミーさんの父親って、もしかして!!
「我が娘よ。残念ながら、魔族化するみたいだな」
カオス……。この空間、めっちゃカオス……。
頭の中がこんがらがって、全然状況の整理ができないよ。
でも、二人の関係性を知ったら、ベリーちゃんがコソコソと裏で動いていた理由がなんとなくわかる。
だって、亀爺さまが『普通のヒールライトでは、魔蝕病の進行を抑えることができない』と言っていたから。
「ベリーちゃんが銀色のヒールライトを探していたのは、エイミーさんの治療薬を作るためだったんですね」
「正確に言えば、魔族の血を封印するために探していた。魔蝕病を治療するには、それしか方法がないのだ」
確か、お守りに使用した儀式魔法は封印術の一種だった。本来は、それに使うためのものだったのか。
「じゃあ、エイミーさんは魔族になるしかないんですか?」
「いや、それもない」
真剣な顔したベリーちゃんに、アッサリと否定されてしまう。
魔蝕病の治療法がなく、魔族化が進む今、魔族にならない選択肢があるとすれば――。
「我が永遠の安らぎを与えてやろう。魔族化する前に、な」
ベリーちゃんの言葉に部屋の空気が張り詰めると、彼を妨害するようにリクさんが手をつかんだ。
「待て。魔王とはいえ、勝手な真似は許さん」
「貴様の意見など聞いていない」
「彼女はこの国の人間だ。魔族のルールは通用しない」
再び一触即発な空気になる中、エイミーさんが微笑む。
「マーベリックさん。気持ちは嬉しいけど、落ち着いて。こう見えてもパパは優しい魔族よ。私が苦しまない方法を取ろうとしてくれているだけだわ」
純血の魔族であるベリーちゃんにとって、ヒールライトは猛毒になるだろう。それでも、彼はこの地に訪れ、銀色のヒールライトを探していた。
すべてはエイミーさんの魔蝕病を治療するために。
そんなベリーちゃんが厳しい結論を出したのは、大きな理由があるに違いない。魔蝕病とは、それほど難儀な病に違いない。
「我が娘の体は、魔族の血に耐えうるものではない。このままでは、急速に体が腐敗し、不死者となるだろう。この場で選択を誤れば、生涯を苦痛で過ごす運命を背負うのだ」
一生の苦しみから逃れるために、死を与える。ベリーちゃんの選んだその選択が正しいのかどうかはわからない。
ただ、エイミーさんが受け入れている以上、私が口出しすることではないと悟った。
「大丈夫よ。私は最初から覚悟ができていたわ。悔いのない人生だった。唯一、心残りがあるとすれば、最後までイケメンさんを育てられなかったことね。もう少し一緒に生きていたかったわ」
そんな彼女の僅かな後悔を聞いた時、不意に私は何かに呼ばれている気がした。
「もはや時間がない。今代の獣王よ。今回は見逃し……」
同じように何かを感じたのか、ベリーちゃんは言葉に詰まり、ゆっくりと部屋の中を見渡す。しかし、この部屋からは何も聞こえてこなかった。
獣人のみんなが反応していないのであれば、これは音じゃない。
この感覚は……ヒールライトの、魔力? でも、なんかちょっと違うような気が……。
少しずつ反応が近づいてくると、廊下をドタバタと大きな音を立てて、マノンさんがやってくる。
その手に握られていたのは――。
「奥方、大変! この薬草が急に暴れ出して、地面から飛び出てきた!」
待たせたな、と小さく揺れたイケメンさんは、銀色に輝く魔力を解き放っていた。





