第76話:魔蝕病
エイミーさんが倒れたため、私たちは手分けして対処に当たった。
リクさんにベッドまで運んでもらい、薬師の亀爺さまに診察をお願いして、部屋を暖めてもらう。その間に、私はマノンさんと一緒に魔蝕病の治療薬を作った。
魔族の血をしっかりと抑えるために、ヒールライトを多めに使用している。魔蝕病が悪化したのなら、この治療薬で落ち着くはずだろう。
エイミーさんが『死んだかもしれない』と言っていたので、亀爺さまの診察が終わらない限り、ハッキリとしたことは言えないけど。
他の病気の可能性もあるため、いつでも薬室を使えるようにマノンさんに片づけを任せ、私はエイミーさんの元へ向かう。
途中でコップに水を入れて、病室にたどり着くと、そこには重苦しい雰囲気が流れていた。
「魔蝕病の薬を調合してきました。エイミーさんは薬を飲めるような状況でしょうか」
「何とも言えんのう。薬を飲ませることは可能じゃと思うが、かえって危険な状況に陥るかもしれん」
「どういうことですか?」
「結果だけ言ってしまえば、今回の件は魔蝕病の進行を止められなかった影響じゃな」
亀爺さまの言葉を聞いても、私は素直に受け入れることができない。
ベールヌイの地でヒールライトの魔力を浴び、ウォルスター男爵の開発した魔蝕病の薬で治療していたのに、それが進行するとは思えなかった。
エイミーさんだって、ずっと楽しそうにイケメンさんのお世話をしていたから、魔蝕病は落ち着いていた……はずだったのに。
いったいどうして……?
「彼女の状態を見て思い出したんじゃが、魔蝕病の進行は普通のヒールライトでは抑えることができんのじゃ」
「なぜですか? ヒールライトの魔力で、魔族の血は抑えられていましたよね」
「痛みを伴う症状は抑えることができても、進行を止められんのじゃよ。こればかりは仕方あるまい。すでに魔族化に向けて体が変わり始めておる」
そう言われてみると、エイミーさんの肌が僅かに黒くなっていた。角や牙などは生えていないものの、確実に魔族に近づいている。
エイミーさんが『死んだかもしれない』と言っていたのは、人族の血が動かなくなり、魔族化が始まったことを察したからだろう。
「じゃあ、今治療薬を飲んだら……」
「魔族の血が動きを止め、身体機能が停止し、死に至るやもしれん」
今となっては、ヒールライトが咲き誇る環境にいることが、エイミーさんの体を蝕む要因の一つになっているのかもしれない。
魔族の血が覚醒していない分、身体機能をギリギリの状態で保っているはず。ゆっくりとした速度で魔族化することが、良いことなのか悪いことなのか、もうわからなくなっていた。
突然のことに戸惑う私たちをよそに、エイミーさんはどこか晴れやかな表情を浮かべている。
「レーネ先生、こればかりは仕方ないわ。魔蝕病に陥った私でさえ、病気のことがよくわからないんだもの」
いま思えば、エイミーさんは生き急いでいる節があった。
僅かな時間しか活動できないハンデを背負いながらも、全力でイケメンさんの世話をして、毎日楽しそうに過ごしていた気がする。
まるで、最初からこうなるとわかっていたかのように、自分の身に起こったことを受け入れていた。
「不思議ね。魔蝕病の痛みはなくて、少しくすぐったいくらいよ。ヒールライトにも、それを育ててくれたレーネ先生にも、ちゃんと感謝しないとね」
冗談っぽく教えてくれるエイミーさんに、なんて声をかけたらいいんだろうか。
本当にくすぐったいのか、無理やり明るく振る舞ってくれているのかは、わからない。ただ、エイミーさんの笑顔が眩しくて、かける言葉が見つからなかった。
このまま魔族化が進行するのを見届けることしかできないのかな……そう思っていると、部屋の中の空間が裂け、闇から一人の見知った人物が姿を現す。
「間に合わなかったみたいだな」
禍々しい魔物のような角を生やした、ベリーちゃんである。明るい場所で見ると、彼が魔族であるのは一目瞭然だった。
そして、今までで見たこともないほど険しい表情をしたリクさんが、こう呟く。
魔王ベリアス、と。





