第73話:魔獣の血が求めるもの
朝ごはんを食べ終えた私は、薬草に水を上げるエイミーさんを見守っていた。
「どうですか、イケメンさん。今日の水やりは完璧でしょう?」
自信満々で問いかけるエイミーさんだが……。
ガサガサッ
「今日は多めの水に浸りたい気分だったそうです。あと、魔力を濃い目でほしかったみたいですね」
「うぅ……。葉が瑞々しい印象だったから、水分も魔力も少なめがいいと思ったのに。はぁ~、まだまだダメね」
溜め息を吐いたエイミーさんは、再び水を上げ始める。
うまくいかないこともあるけど、随分とヒールライトの栽培にも慣れ、イケメンさんに文句を言われる機会も減ってきた。
まだまだ私のサポートを必要としているものの、順調に栽培できているみたいだ。
ガサガサッ
「あら、もういい? ヒールライトの栽培って、本当に難しいわ」
……なんで今の揺れ方で、もういいってわかったんだろう。ごく稀に意思疎通がうまくいっている気がする。
それが魔族の血による影響なのか、薬草と心を通わせ始めたのかは、わからない。でも、おばあちゃんの栽培方法を著しい早さで吸収しているのは、事実だった。
このまま栽培を続けたら、エイミーさんは本当にヒールライトを育てられる植物学士になれるかもしれない。まだまだ覚えることはあるし、気になることもあるけど。
「イケメンさんの魔力、ヒールライトにしては、随分と変わっていますね」
葉に含まれる魔力の成分が、私が育てていた頃とは明らかに異なっている。
「も、もしかして、イケメンさんは病気なのかしら」
「いえ、そういうわけではないと思います。栽培者の魔力が反映されるので、エイミーさんの影響を受けた結果、魔力の性質が変化し始めているんでしょう」
うちの家系で育てる限り、魔力の系統が似ているため、似たようなヒールライトしかできなかったのかもしれない。おばあちゃんが育てた薬草と私の育てた薬草を比較しても、大きな変化を感じたことはなかったから。
ただ、エイミーさんの育てるヒールライトは、他のものとは明らかに違う。
薬草の特性を考えると、栽培者の想いがヒールライトに反映されたと考えるべきだ。瘴気を作り始めた様子はないし、薬草大好きなエイミーさんの想いを受け取ったところで、悪く育つことはないと思う。
このまま様子を見た方がいいかな。
「つまり、イケメンさんが私の色に染まってきた……ってコト?」
「意味深な言い方をすれば、そうなります」
「そう……。なんだか照れくさいわね」
ガサガサッ
その言い方はやめろ、とイケメンさんが突っ込んだところで、私も自分の薬草たちに水やりを始めることにした。
昨日までリクさんがいなかったこともあり、不安な気持ちを共有してしまった分、今日はいっぱい構ってあげよう。幸せな気持ちもお裾分けしてあげないとね。
久しぶりに一株ずつ時間をかけて世話をしていると、朝ごはんの片づけを終えたのか、リクさんがやってくる。
空気を読んだ薬草たちがスンッと大人しくしてくれたので、その厚意に甘えて、彼の元に近づいた。
「久々にヒールライトが咲き誇る光景を見ると、目を奪われるほど綺麗だな。不思議と心が落ち着いてしまう」
……ガサッ
盛大に照れた薬草たちが、一株残らず小さく葉を揺らした。
私の影響を受けているのかもしれないけど、どうやら薬草たちもリクさんに好意的な印象を持っているらしい。
「リクさんに流れる魔獣の血が、ヒールライトで癒されているのかもしれませんね」
「暴れるだけの凶暴な魔獣だと思っていたが、意外にそうではないのかもしれないな」
「どうですかね。私は大人しい子だと思っていますよ」
「俺は気分屋な奴だと思っているぞ。この地でヒールライトが育ち始めてから、性格がかなり変わった気がする」
「そういうものなんですね。今はどんな性格の魔獣さんなんですか?」
「……この話はよそう。俺の尊厳に関わる気がしてきた」
急に目を逸らしたリクさんは、なんだか恥ずかしそうにしている。
いったいどんな魔獣に変わり始めているんだろうか。気になるけど、デリケートな問題なので、深く突っ込めない。
そんなことを考えていると、リクさんの視線がエイミーさんに注がれた。
「彼女にもヒールライトを栽培させているのか?」
「一株だけですよ。うまくいくかどうかは別にして、実際に育てて経験を積んだ方がいいかなーと思いまして」
「簡単な手伝いをさせるよりは、遥かに有意義なことだろう。随分と生き生きしているように見える」
薬草が大好きなエイミーさんは、魔族の血を気合いで何とかして、栽培中は元気に過ごしている。
特に彼女が気合いを入れているものがスケッチであり、毎日イケメンさんの絵日記をつけていた。
「ハッ! イケメンさん、ちょっと葉の模様が変わりましたね」
ガサガサッ
目をキラキラと輝かせて、薬草に話しかける彼女の姿を見れば、イケメンさんと心を通わせ始めたことにも納得がいく。
周りの目を気にすることもなく、薬草栽培に集中して、毎日楽しく過ごしているみたいだった。
「魔蝕病にかかっているとは思えないな。本当に落ち着いているみたいだ」
エイミーさんがここに住み始めてから、魔蝕病による激痛が起こったとは聞いていない。
むしろ、ヒールライトの魔力と治療薬の影響で半日以上も眠る生活をしていて、とても落ち着いているように思える。
どちらかと言えば、そんなことを言っているリクさんの方がソワソワしていて、落ち着いていなかった。
「やっぱり魔獣化の進行が激しいんですか?」
「そんなことはない……と言いたいところだが、隠しようがないな。禍々しい魔獣の血が抑制された影響で、今までの魔獣化とは感覚が違うんだ」
まだ魔獣化のことがよくわかっていない以上、どんなことが起こるか注視しなければならない。リクさんが慣れるまでは、慎重に対応する必要があった。
「レーネの元に来れば、もう少し落ち着くと思ったんだが……逆効果だったかもしれないな」
「えっ? もしかして、私、魔獣さんに嫌われてます?」
「いや、その逆だ。魔獣の血がレーネを求め――うっ!」
頭痛がしたのか、急にリクさんが手で額を押さえる。その瞬間、私が体を支えようとしたところ――。
「くぅ~ん、くぅ~ん」
リクさんが魔獣化して、私の体に頭を押し付けてきた。
いっぱい頭を撫でてほしい、そう言わんばかりに。
あれ? どうしてこんなことになったんだろう。大人しい子というか、とても甘えんぼうな子に育っているような気がするんだけど。
突然の出来事に戸惑っていると、魔獣化したリクさんが頭を押し付けるのをやめ、つぶらな瞳で見上げてきた。
「くぅ~ん……」
その上目遣い、ズルくない?





