第69話:決意
食事を終えた私は、おかわりをしたこともあって、お腹がパンパンになっていた。
最後までおいしく食べられたので、後悔はしていない。とても贅沢なことであり、幸せなことだと思っている。
明日はいつも以上に歩き、脂肪を燃焼しなきゃいけないなーと考えるあたり、複雑な思いも持ち合わせているが。
そんな私の隣では、魔蝕病の治療薬を口にするエイミーさんの姿があった。
眉間にグッとシワを寄せているので、良い味ではないんだろう。ヒールライトは魔力が濃くなると、えぐみを増すと言われているから、相当キツイみたいだ。
「大丈夫ですか?」
「ええ。料理がおいしかった分、治療薬の喉ごしが悪く感じるだけよ」
「治療薬に味を求めるものではありませんから、仕方ないですね」
「良薬は口に苦し、っていう言葉があるくらいだもの。良い薬の証拠よ。さて、この薬は速効性があるものだし、私はもう眠りにつくわ」
グーッと伸びをしたエイミーさんは、そんなことを言うが――。
「そんなに眠れます?」
ヒールライトの栽培を終えてから、彼女は夜ごはんまでずっと眠っていたらしい。もはや、赤ちゃん並みの活動時間である。
「この地に来てから、魔族の血が休眠状態なんだもの。私の体は半分眠りについているような状態なのよ。活動できる時間は、ふぁ~……。少なくなりそうね」
早くも欠伸が出て、目がトローンとしているため、嘘ではなさそうだった。
「ヒールライトが効きすぎるのも、考えものですね」
「レーネ先生が気にすることではないわ。この地の空気が過ごしやすい分、体がだらけているだけよ。じゃあ、また明日ね。おやすみなさい」
「おやすみなさい。部屋まで気を付けて歩いてくださいね」
「心配しなくても大丈夫よ。酔っぱらいじゃないんだから……おっとっと。危ない危ない、机にぶつかりかけたわ」
フラフラしながら歩くエイミーさんは、千鳥足という言葉がピッタリだった。
近くにいた侍女獣人が肩を貸して、エイミーさんを部屋まで送り届けてくれるみたいなので、彼女に任せようと思う。
なんだかんだ言って、今日一日を無事に過ごした私の方が問題な気がするから。
もちろん、何か不満があるわけではない。ごはんもおいしいし、薬草や野菜も元気に育っているし、楽しく過ごせている。
でも、やっぱりリクさんの顔が見られないだけで、心が落ち着かない。
気のせいだと自分の気持ちを誤魔化してきたけど、日が落ちて暗くなっただけで、モヤモヤした気持ちが溢れてきていた。
私の心が薬草に反映される以上、もっとしっかりしないとダメなのに。頭ではわかっていても、心を落ち着かせる術がわからない。
そんな私の心境が伝わっているのか、ゆっくりと近づいてきたマノンさんが、頭をナデナデしてくれる。
「奥方、そわそわしすぎ。もっとドシッとしていないと」
「できるだけ考えないようにしているんですけど、やっぱりダメですね。この感情に慣れる日はくるんでしょうか」
「リクたちを心配する必要はない。ピクニックに行ってるようなものだから。むしろ、お土産を楽しみにしたいくらい」
よだれが出てくるマノンさんを見れば、純粋な気持ちで言っていることくらいは、すぐにわかる。
今までベールヌイ家に仕えてきた彼女がそう言うのなら、お世辞ではなく、本当に心配する必要はないんだろう。
それでも受け入れることができないのは、きっと私が過去の出来事と重ねてしまっているんだ。
初めておばあちゃんから離れて、王都に国家試験を受けに行った時と、同じような気持ちを抱いているから。
私が八歳の頃、実家から何日も離れた王都に向かい、大人たちに混じりながら、植物学士と薬師の国家試験に挑んだ。
初めての旅と試験で緊張しつつも、何とか無事に合格点を取り、国家資格を得て帰ってきたら……、おばあちゃんは亡くなってしまった。
そこから私の人生は大きく狂い始めたから、またすべてを失う気がして、自然と怖がっているんだと思う。
あの時と違うことくらい、わかっているはずなのに。
「奥方、一緒に寝てあげようか?」
私はもう、独りじゃない。本当の家族になったからこそ、リクさんたちを信じて待たないと。
「不安で押し潰されそうになったときは、お願いします」
どうしても我慢できなくなったら、潔く専属侍女に頼らせてもらおう。だって、マノンさんも大切な家族の一員だから。





