第68話:熟成ソーセージ
エイミーさんの治療薬を作り、スイート野菜の水やりを済ますと、早くも今日が終わろうとしていた。
動き回ったり、いつもと違う仕事をしたりで、お腹がペコペコ。しばらくは遠征に向かったリクさんの代わりに、マノンさんが料理を作ってくれることになっているので、私はそれを楽しみにしている。
食堂の席に座り、まだかまだかと待っていると、料理を持ったマノンさんがやってきた。
「奥方、お待たせ」
「マノンさん、まだこんな奥の手を隠していたんですね……!」
皿の上に載せられたシンプルな料理を見て、思わず目が釘付けになってしまう。
焦げ目が付くまで焼かれた大きなソーセージと、オムレツをパンで挟んだタマゴサンドが皿の上に乗せられているのだ。
まだ肉に手を付けていないのに、ほんのりとハーブの香りがして、早くも食欲をそそられる。
「奥方、落ち着いて食べるといい。旨味をギュッと閉じ込めておいた」
「このソーセージ、もしかして、マノンさんの手作りですか?」
「うん。二か月ほど熟成させておいた、オリジナル」
思っている以上に手間がかかっていると知った私は、我慢できずに勢いよくかぶりつく。
パリッ
ぬあっ! なんていう皮の触感……。閉じ込められていた肉汁が一気に解放され、コッテリとした強い旨味が溢れ出す。
そこに香り豊かなハーブの爽やかさが合わさることで、噛めば噛むほど味わい深いソーセージになっていた。
あぁー、ずっと口の中がおいしい……。これが熟成させた肉の旨味というやつか……。
「奥方、おかわりもあるよ」
「まだ食べ終わっていませんが、あと二つお願いします」
「わかった、持ってくる」
ただでさえ大きなソーセージなのに、どうして私は二つも頼んでしまったんだろう。リクさんの料理が食べられない今しか、ダイエットのチャンスはないというのに。
「奥方、ちょうど他の侍女が焼いたばかりのものをもらってきた」
「うわぁ、焼き立てだ……。絶対においしいじゃないですか」
リクさんが帰ってきた時、ひと回り大きくなっていないか、自分の腹囲が心配である。
焼き立てのソーセージをハフハフしながら食べていると、眠い目を擦りながらエイミーさんがやってきた。
「ふぁ~……。なんだかこの家って、食事が充実しているわね。ずっと良い香りが漂っている気がするわ」
エイミーさんが隣の席に座ると、侍女魂を燃やすマノンさんが、ササッと彼女の食事を用意する。
「獣人の三大欲求は、食す・食う・食べる。食事が充実していないと、生きていられない」
「それ、全部一緒の意味よ。欲求が一つしかないと言った方が早いわね」
寝起きなのにもかかわらず、エイミーさんのツッコミが鋭い。まさにマノンさんの欲求は、食欲一択である。
なお、本人は納得していないみたいで、大きく首を横に振っているが。
「エイミーは魔族の血を引いているから、わからなくても仕方ない。ここは特別に、百獣の王女である私が教えてやろう」
マノンさんが渾身のがおーーポーズを取ると、魔族の血が反応したのか、エイミーさんはシャキッと背筋を伸ばした。
「食すとは、まったりと舌で味わうデザートのことを指す。食うとは、ガツガツといただく肉のことを表す。食べるとは、よく嚙んで食べるパンや野菜のことを意味する。つまり、獣人は食事が好き」
「へぇ~! そうだったのね、知らなかったわ! 獣人の食に対する思いは、奥が深いのね」
一度は否定したものの、マノンさんの謎の食のこだわりを聞いて、純粋なエイミーさんは信じてしまった。
どう見ても同じ意味だとわかるのだが……、それよりも気になることがある。
「エイミーさんは、マノンさんのがおーポーズについて、どう思いますか?」
今までマノンさんのがおーポーズに慄いていたのは、魔物だけだった。
私はどう見ても可愛いとしか思えないし、他の獣人たちも温かい目で見守っている。
果たして、魔族の血が流れる彼女は、どう判断するのだろうか……。
「とても勇敢なポーズよね。背筋に雷が落ちたみたいで、一気に目が覚めたわ」
「申し訳ない。ライオンの威厳が出て、驚かせてしまったようだ」
本当にエイミーさんは魔族なんだなーと、変なところで実感した私は、タマゴサンドを頬張る。
旨味を閉じ込めた肉とは違い、口当たりが柔らかく、パンもタマゴもふわふわ。とても優しい味わいに癒されながら、魔族の感性ってどうなってるんだろう……と疑問を抱くのであった。





