第67話:治療薬作り
エイミーさんを部屋に連れて行った後、治療薬に使うヒールライトの量を調整するため、私は薬師の亀爺さまの元を訪れる。
すると、そこには治療薬が書かれたノートを片手に持つマノンさんと、薬を調合する亀爺さまの姿があった。
「次に魔法のハーブを混ぜるんじゃったかな?」
「亀爺、違う。それはさっき混ぜた」
「おお、そうじゃったか。では、マニリスの樹液を足そうかのう」
「亀爺、違う。次はこれを入れてから混ぜて」
まるで、おじいちゃんとお孫さんが料理を作っているかのような雰囲気で、仲良く薬を作っている。亀爺さまがちゃんと薬を作れるように、マノンさんが補佐してくれているみたいだ。
マノンさんがすり鉢を両手で支えると、亀爺さまがすりこぎでゴリゴリと薬草を混ぜ始めた。
自然豊かな香りに包まれる中、私は二人に近づいていく。
「奥方、もう裏山に行く時間?」
「いえ、もっと後で大丈夫ですよ。薬草菜園の方を早く切り上げたので、こちらの様子を見に来ました」
本当はエイミーさんにも、スイート野菜の畑を見せてあげたいと思っている。
一足早くスイート野菜と打ち解けた領民たちを見れば、ヒールライトと打ち解けるためのヒントを得られるかもしれないから。
まあ、急いでいるわけでもないし、ゆっくり前を向いて進んでいけばいいと思うけど。
「奥方、弟子の調子はどう?」
「弟子? あぁー、エイミーさんのことですね」
「うん。昨日から体調が悪そうだった」
さすが私の優秀な専属侍女。昨日の段階で、エイミーさんの体調不良に気づいていたとは。
「ヒールライトの魔力が強すぎて、魔族の血が過剰に抑えられているみたいです。それで体調が安定しないんだとか」
「なんかややこしそう」
「魔族の血に関することなので、何とも言えませんね。本人は気合いで何とかしていましたよ」
「そういう問題じゃない気がする。単純に休息が必要なのではないだろうか」
たまに恐ろしいほどの正論をぶつけてくるマノンさんは、ボンッと手を獣化させて、モフモフモードに突入する。
どうやらライオンのプライドが刺激され、侍女魂に火がついたらしい。あまりにも体調が悪い人を見ると、奉仕しないといられない体質なんだろう。
私が嫁いできたばかりの時も、あのプニプニした肉球の餌食となり、極楽という快楽に誘われたのだから。
「極楽マッサージ、やりますか?」
「……魔族の魔力に干渉するとどうなるかわからないから、やめとく」
しゅんっと肩を落としたマノンさんは、獣化を解いてしまった。
エイミーさんを見る限り、普通の人とほとんど変わらないような気がするが……、体の内側のことまではわからない。悪化する可能性がゼロではないので、大人しくする判断は正しいだろう。
こういう時こそ、長寿の亀爺さまの知識に頼りたいところではあるんだけど。
「亀爺さまは、魔蝕病について何かご存知ではありませんか?」
「非常に治療が困難な病としか言えませんな。魔獣化よりも珍しい病じゃからのう」
リクさんを悩ませる魔獣化でさえ、百年に一度、発症するかしないかの低確率だった。圧倒的にデータが少ないとなれば、亀爺さまの知っている範囲も狭いに違いない。
「そんなに少ないものなんですね」
「純血種の魔族と人族が愛し合わぬ限り、魔蝕病には陥らないものなんじゃ。ベールヌイの血筋が魔獣の血を受け継ぐという点では、魔獣化と似ておる部分もある」
魔獣の血を濃く受け継いだリクさんだけが魔獣化する、という意味では、魔蝕病も特定の人にしか発症しない病、ということか。
特に気にしていなかったけど、魔蝕病が誰かに移る心配はないみたいだ。
「しかし、魔獣化と魔蝕病では、一つだけ大きな違いがあるんじゃ」
「えっ? なんですか?」
「それはのう、ヒールライトの魔力で……はて? 何を言おうとしておったんじゃったか……」
うーん、と真剣に悩み始める亀爺さまは、相変わらずだった。
今の段階では、魔獣化と魔蝕病はまったくの別物だと認識しておいた方がいいかもしれない。少なくとも、一つだけ大きな違いがあるみたいだから。
「話が聞けそうな雰囲気があっただけに、とてもモヤモヤしますね」
「いつものことだから、仕方ない。そのうち思い出す……といいね」
「そうですね。亀爺さまが悪いわけではありませんし、淡い期待を抱いて待ちましょう」
年齢が二千歳を超えている亀爺さまを、責めることはできない。
マノンさんの手助けがあるとはいえ、薬師の仕事をできるだけでも、十分にすごい方だと思っている。
「いやはや、年は取りたくありませんのう。二千年も生きておると、記憶がうまく繋がらんのじゃ」
「そこまで長生きできませんが、気持ちがわからないでもないです。私もおばあちゃんと過ごした大切な思い出を、すべて記憶しているわけではありません。断片的にしか思い出せないんですよね」
何千日、何万時間と一緒に過ごしたはずなのに、時間が経てば経つほど、記憶は薄れていく。
大事な思いだけは心に残っているものの、すでにおばあちゃんの顔や声はハッキリと思い出せなくなっていた。
マノンさんにも思い当たる節があるみたいで、納得するようにしっかりと頷いている。
「私も昨日食べた肉料理が思い出せない」
「昨日はハンバーグでしたぞ。遠征に向かう前は、御馳走が並びますからのう」
「ハッ、そうだった。昨日は珍しく、おかわりが許されたハンバーグだった」
そういう記憶はいいんだなーと思っていると、ハンバーグの味を思い出したであろう二人は、幸せそうな表情を浮かべていた。
ヒールライトでどこまで改善できるかわからないけど、エイミーさんにも早くこういう日が訪れたらいいのに。
「私もエイミーさんの治療薬を作るお手伝いをします。ヒールライトの下処理をしておきますね」
「おぉー、それは助かりますのう。奥さまのヒールライトは質が良い分、なかなか調合するのに難しくて、手を焼いておったんじゃ」
「下処理に時間をかけないと、魔力が落ち着きませんからね」
机に置いてあったヒールライトを片手に持ち、私は水で洗うところから始める。
「その間に、こちらは魔法のハーブを混ぜ――」
「亀爺、違う。次はメーヒアの実を砕いて」
マノンさんがしっかりとしているので、亀爺さまのことは彼女に任せようと思った。
「続きが気になる」「面白い」「早く読みたい」など思われましたら、下記にあるブックマーク登録・レビュー・評価(広告の下にある☆☆☆☆☆→★★★★★)をいただけると、嬉しいです!
執筆の励みになりますので、よろしくお願いします。





