第66話:初めてのヒールライト4
無事にイケメンさんの移植作業が終わる頃。早くもエイミーさんは疲労困憊で、地面に座り込んでいた。
それもそのはず。たった一株の薬草を移植させるだけなのに、二時間ほどかかり、細かいところまでイケメンさんに指摘されていたから。
根に小石が当たっているとか、やっぱり土が硬いとか、葉がムズムズするとか。
あーだこーだと薬草に文句を言われる姿は、とても他人事には思えなかった。
「イケメンさんが納得してくれたのなら、何よりだわ……」
自分よりも薬草を優先するあたり、昔の自分と重なる。私にもこういう時期があったなーと、どこか懐かしい気持ちになっていた。
ここまで頑張ってもらえたら、育てられる薬草も納得するだろう。ちゃんと面倒を見てくれる栽培者とわかれば、安心して身を任せることができるはずだ。
エイミーさんの頑張りもあり、ようやく土に体が馴染み始めたイケメンさんは、心地よく居眠りするようにジッとしている。
文句を言いすぎて疲れてしまったのかもしれない。近い場所に移植させたとはいえ、環境の変化があれば、ストレスがかかってしまうから。
一番疲れているのは、エイミーさんで間違いないけど。
「お疲れ様です。無事に作業がうまくいって、何よりですね」
「あ、ありがとう……。ここまで移植作業に気を使うことになるとは、夢にも思わなかったわ」
「ヒールライトは我が儘ですからね。今日は私が水を上げたので問題ありませんが、明日からはエイミーさんにやってもらいます。もっと我が儘になると思いますので、覚悟しておいてくださいね」
「は、はいぃぃぃ……」
まだまだ序の口だったと知り、困惑する様子を隠せていないが、私は素直にすごいと思っている。
植物学士による薬草栽培は、物事を理論的に進めるため、栽培というより研究に近い。とにかく測定・計算・状態確認……をひたすら繰り返すので、おばあちゃんの栽培方法を体験して、カルチャーショックを起こしているはずだ。
国家資格で満点を取るほどの彼女だから、その影響は大きい。そして――。
「魔族の血、大丈夫ですか?」
ヒールライトの魔力を直接浴びることで、自分の身体のことも気にかけなければならない状況だった。
「調子が良いとは言えないわ。私の魔力って、魔族の血と連動しているみたいなのよ」
「じゃあ、だいぶキツイ作業じゃありませんでした? かなり魔力を消費して、土を耕していましたよね」
「私に事情があったとしても、イケメンさんには関係ないもの。栽培者になったんだから、ちゃんと育ててあげないと」
優しい瞳でイケメンさんを眺めるエイミーさんは、満足そうに微笑んでいた。
薬草が好きな気持ちは伝わってくるけど、どうして彼女はそこまで頑張るんだろうか。なんだか生き急いでいるような気がして、気になってしまう。
そんな私の気持ちが伝わったのか、エイミーさんは立ち上がり、グーッと大きくを伸びをした。
「心配しないで。魔蝕病の症状は落ち着いているわ。人族の血だけで体を動かさなきゃいけない分、ちょっとしんどいだけよ。そのうち慣れるわ」
本当に大丈夫なのかなーと思ってしまうが、私は魔蝕病のことを何も知らない。本人にしかわからないこともあるだろうから、彼女の意志を尊重しようと思う。
「そういえば、魔蝕病の薬を作らないといけませんね」
「これだけヒールライトが立派だと、逆の意味で心配ね。効果が強すぎて、睡眠薬の代わりになりそうだもの」
人族や獣人が住む分には、何の問題もない。魔獣の血が流れるリクさんでさえ、何も考えずに普通に摂取していた。
でも、魔族の血が流れるエイミーさんは、本当に大丈夫なんだろうか。この空間にいるだけでも治療されているような状態であれば、ヒールライトの過剰摂取になりかねない。
良いことなのか悪いことなのか、判断に迷ってしまう。
「エイミーさんの様子を見ながら、ヒールライトの量を調整する形にしましょうか。動けなくなってしまっては、元も子もありませんし」
「そうしてもらえると助かるわ……って、レーネ先生が作ってくれるのかしら」
「亀爺さまに作ってもらう予定ですけど、最近はちょっとボケが酷くて心配なんですよ。リクさんの魔獣化の件もありますので、私も手伝おうかなーって思っています」
「レーネ先生も大変ね。これだけの薬草を栽培するだけでも、かなり労力が……ふあぁ~……」
大きな欠伸をしたエイミーさんは、眠くて仕方ないのか、すでに瞼が重そうだった。
「まだまだ初日ですし、今日はこれくらいにしておきましょう。作業する必要があれば、私が代わりにやっておきますので」
「う~ん……、お言葉に甘えさせてもらうわ。まずはこの地に慣れないと、どうしようもないものね」
重そうな体を動かして立ち上がるエイミーさんに、私は肩を貸して、一緒に屋敷へ戻るのであった。





