第65話:初めてのヒールライト3
エイミーさんがヒールライトを一株育てることになったので、日当たりの良い場所に移植することになった。
まずは土に栽培者の魔力を浸透させる必要があるため、エイミーさんにはスコップに魔力を込めて、裏庭を耕してもらっている。
「この裏庭の土、レーネ先生の魔力で溢れてるわね。私の魔力がなかなか浸透しないわ」
苦戦するエイミーさんには申し訳ないが、この地は聖女と呼ばれたおばあちゃんが手入れしていたこともあり、私の魔力が浸透しやすい環境になっている。
五十年も前の話なのに、未だに大きな影響を与えているなんて。今までベールヌイ家の人たちが大切にしてくれていたことが、何よりも誇らしく感じていた。
「焦ると魔力操作が乱れて、魔力の上書きに時間がかかりやすいです。ゆっくりと魔力を浸透させてください」
「そのつもりよ。こういう作業は基本と変わらないわね」
「あくまでヒールライトも薬草です。栽培に必要な作業に大きな変化はありません。でも、最初はもっと荒く掘った方がいいですよ」
「……丁寧に作業しなくてもいいの?」
「土地に自分の魔力が浸透しにくい場合は、荒めに掘った方が浸透しやすいんです」
「ふーん、意外ね。ヒールライトを扱うんだし、もっと繊細な作業が求められると思っていたわ」
「繊細な作業を意識するより、愛情を込めた方が薬草は喜びます。ふかふかのベッドを作ってあげる気持ちで、スコップに魔力を込めましょう」
「任せておいて! イケメンさんのために頑張るわ!」
素直に受け入れてくれるエイミーさんは、腕を大きく振りかぶって、耕し始める。
薬草の名前がイケメンさんになっていないか心配だが……。
***
エイミーさんが土を耕し、移植準備が整う頃。私はイケメンさんと名付けられた薬草を土ごと慎重に掘り起こし、彼女の元に持ち運んだ。
「では、この子はエイミーさんに譲渡しますね」
「わ、わかったわ。か、枯らさないように頑張らないと……!」
「私も枯れないように補佐しますから、そこまで緊張しなくて大丈夫ですよ」
「そうもいかないわ。薬草の大切な命を預かるんだもの。しっかりと責任を持つべきよ」
真面目なエイミーさんらしいが、最初からうまくいくとは限らない。枯らさないに越したことはないものの、大切な命を育てるからこそ、そういう経験も必要だと思っている。
だって、理想と現実は違うから。
真剣に取り組みすぎるほど、失敗した時に心に深い傷を負ってしまう。私みたいに一人でそんな経験をするくらいなら……、一緒に栽培しながら学んでほしい。
「で、でも、本当に補佐はお願いね?」
まずは成功体験からさせてあげたいとは思っているが。
「大丈夫ですよ。まだヒールライトが無事に育つと決まったわけではありませんが、やれるだけのことはやりましょう」
そう言った私は、エイミーさんが掘った穴にイケメンさんを置いてあげた。すると、エイミーさんが優しく土を被せて、移植の受け入れ作業をスタートさせる。
普通の薬草であれば、植え替えた時点で作業は終わりだ。
しかし、我が儘なヒールライトは環境の変化に弱いので、土に含まれる魔力が変わるだけでも、落ち着かなくなってしまう。
ガサガサッ
ここからが移植作業の本番だと言わんばかりに、イケメンさんは葉を揺らした。
「土が硬いみたいですね。もう少し緩くしてあげてください」
「わかったわ」
イケメンさんを優しく持ち上げたエイミーさんは、もう一度土を耕し、再チャレンジを試みる。
ガサガサッ
「今度は土が柔らかすぎるみたいです」
「わ、わかったわよ」
ああ言えばこう言う、それがヒールライトである。早くもイケメンさんは、我が儘っぷりを発揮していた。
少し戸惑った様子を見せながらも、エイミーさんは再び土を耕し、イケメンさんを土に植える。
ガサガサッ
「土の魔力が減ったみたいです。柔らかくする時に魔力を込めましたか?」
「……ご、ごめんなさい。忘れていたわ。早く魔力を補充しないと!」
「落ち着いてください。すぐに魔力不足に陥るわけではありませんから」
ガサガサガサッ
「あー! ごめんなさい、ごめんなさい! 他にも悪いところがあったのね」
「いえ、頑張れって応援してくれただけです」
「……あっ。は、はい。ありがとうございます」
恋する女の子みたいに照れたエイミーさんを見て、本当に薬草がイケメンに見えてくる私なのであった。





