第64話:初めてのヒールライト2
おばあちゃんに教わった栽培方法で水をやっただけなのに、エイミーさんの私を見る目が随分と変わっていた。
「レーネ先生は、どうやって薬草と対話しているの?」
急激に尊敬され始め、先生扱いである。
薬草の栽培方法を教えるから、あながち先生で間違っていないのかもしれないけど……、照れ臭い。
もっと普通に接してくれた方が嬉しいのに。私、友達いないし。
「基本的には、魔力を薄く散布させて、薬草の反応を見る形になりますね。でも、薬草に一定以上の魔力が含まれることで、それも不要になります。自分の魔力を消費して、意思を伝えてくれるようになりますよ」
栽培者と薬草の信頼関係にも影響するため、これだけで反応してくれるとは限らない。何度も魔力を薄く散布させ、薬草に対話する意志を示さないといけないのだ。
本来であれば、スイート野菜も同じこと。今まで私が育ててきた種から栽培しているから、裏山で育てた時はすんなりと対話することができたけど。
「じゃ、じゃあ、本当に薬草と対話しているのね!」
対話できることに興奮するエイミーさんには悪いが、詳しいことはわからない。
まだまだ未熟な私には、完全に意思疎通していると断言することはできず、苦笑いを浮かべてしまう。
「どうなんでしょうね。私の魔力に反応して、なんとなく揺れているだけなのかもしれません。でも、何かを伝えてくるような感覚はあるので、思いが通じ合っていると考えています」
薬草の気持ちを自分勝手に解釈している可能性もゼロではない。人のように表情が見えたり、声が聞こえたりしないため、確証できるものはなかった。
でも、大人になった今でも、私は薬草と心が通じ合っていると信じている。
「一つだけ確かなことは、ヒールライトは我が儘な薬草です。機嫌を損ねないように、気をつけてくださいね」
ガサガサガサッ
早く水がほしい、と言いたげに薬草が揺れているので、水やりを再開する。
その光景をエイミーさんに見守られているのだが……。
「素敵ね! 薬草と以心伝心しているなんて」
とても純粋な心を持っているので、こう言ったところが放っておけなくて、ウォルスター男爵は養子にしたんじゃないかなーと思ってしまうのであった。
***
薬草の水やりを終えると、エイミーさんが期待に満ちた眼差しを向けて、近づいてきた。
「私も薬草と対話したいわ。もっといっぱいヒールライトのことが知りたいの」
普通はジャックスさんや領民たちみたいに呆然としたり、戸惑ったりするはずなのに、エイミーさんはすんなりと受け入れてくれる。
純粋に薬草が好きなんだろう。こういう子が真剣に薬草栽培に取り組めば、ヒールライトを育てられるようになるかもしれない。
栽培経験の少なさは私がカバーすればいいし、やってみる価値はあると思う。
「エイミーさんを受け入れてくれるヒールライトがあれば、栽培に挑戦してみますか?」
「えっ! いいの!?」
「植物学士の試験を通っているなら、基礎的なことを教える必要はありません。ヒールライトに特化した形の栽培方法となると、実際に栽培しないとわからないことが多いと思います」
薬草と信頼関係を結ぶのは、栽培者でなければならない。私が栽培する姿を見たり、ちょっと手伝ったりするだけでは、良い経験が積めないだろう。
焦る必要はないと思うけど、いつかエイミーさんがヒールライトを栽培することを考えたら、色々な経験を積んでおくべきだ。
「まあ、協力してくれる薬草がいれば、の話なんですけどね」
「やる! やりたい! 絶対にちゃんと育てるわ!」
やる気満々のエイミーさんは喜んでくれているが……。問題は、ヒールライト側にある。
実家で何年もかけて育てていた私でさえ、ベールヌイの地に嫁ぐとなった時、一緒についてきてくれる薬草は少なかった。今日出会ったばかりの彼女に栽培されたがる薬草は、一株いるかいないかだろう。
でも、それも含めてヒールライトの勉強になると思う。絶滅危惧種に指定されている薬草は、気持ちだけで栽培できるほど甘くない。
薬草栽培の経験が少ないなら、なおさらのこと。
天に祈るように両手を合わせ、薬草に期待の眼差しを向けるエイミーさんを横目に、私は彼らに問いかけてみる。
「この中にエイミーさんに育ててもらってもいいって思う子はいるかなー?」
…………。
…………。
…………。
やっぱり初対面だと難しいみたいだ。私もエイミーさんのことを詳しく知っているわけではないから、そういうところも薬草は見抜いているのかもしれない。
「まだ難しそうですね。もう少し薬草たちが心を開いてからにしましょうか」
「……うん、そうね。彼らからしたら、急に知らない人が来たんだもの。仕方ないわ。これから誠意をもって手伝うことにするわね」
そう言ったエイミーさんは、寂しそうな表情をしていた。
好意を前面に押し出して、ヒールライトを好きだとアピールしていたから、いけると思ったんだけどなー。私の方が薬草を甘く見ていたのかもしれない。
……ガサッ
そんなことを考えて、諦めかけていたその時、かすかに薬草が葉を揺らす音が聞こえた。
「むっ。どうやら許可を出した薬草がいたようですね」
「ほ、本当? 今のはそういう揺れ方だったの?」
「仕方ねえから俺がやってやんよ、っていう音でした」
「どこ? どこどこ? どこにいるの、私のイケメンは!」
「こっちです。足元に気を付けてついてきてください」
興奮するエイミーさんを落ち着かせながら、葉を揺らしてくれたであろう方に向かっていくと、一株だけツンッとそっぽを向く薬草があった。
それは、リクさんが持ち運ぶヒールライトを厳選した時に、隣り合う薬草と魔力量で勝負して、惜しくも敗れてしまった薬草だった。
拗ねていたから心配していたけど、どうやら力になってくれるらしい。
自分で栽培しておきながら言うのもなんだけど、良い薬草に育ちやがって……!
協力してくれる薬草の心に胸を打たれた私は、早速エイミーさんに紹介する。
「この子がエイミーさんの担当する薬草になります」
「よ、よろしくお願いします! イケメンさん!」
なぜか薬草には敬語で話すエイミーさんは、物凄い勢いで頭を下げるのであった。





