第62話:お守り作り
薬草菜園の管理があるため、魔獣化したリクさんにまたがり、ベールヌイの地に戻ってきた。
「風が気持ちよかったわね。良い経験をさせてもらったわ」
無論、うちで薬草栽培の勉強をすることになったエイミーさんと一緒に。
私の特等席が……と、リクさんを独占したい気持ちで溢れていたものの、エイミーさんを置いて帰るわけにはいかない。
国王さまにも「心の広い方が好かれるぞ?」と、悪魔のように囁かれたので、しぶしぶ許可を出さざるを得なかった。
妖艶な彼女に迫られたら、物理的な接触に弱いリクさんが落ちそうで怖い。でも、リクさんに悪い印象を与えたら、元も子もない。
ここは妻の懐の深さを見せるところか、と思いつつも――。
「リクさんの背中に乗るのは、今回だけですからね」
と、念を押しておいた。
魔獣化したリクさんも複雑な表情を浮かべていたので、万が一の事態は起きない……と、信じている。
本当は心配しているけど。
完全に苦笑いを浮かべたエイミーさんには、
「嫉妬しなくても大丈夫よ。私は薬草栽培の勉強をするために行くんだもの。恋愛なんて興味ないわ」
と言われた。
彼女はあまり裏表がなさそうなので、その言葉を信じよう。国王さまも『何かあった時は力を貸す』と言っていたため、問題が生じた時は全力で対処すると心に決めている。
国家をバックに付けた私は、必要以上に強気な姿勢なのであった。
そのままベールヌイの屋敷に帰ってきた後は、リクさんがみんなに事の経緯を説明。まだヒールライトの栽培に携われるのかわからないため、屋敷の客室を使って、しばらく生活することが決まった。
優しく受け入れるみんなの姿を見て、いつまでも拗ねているわけにはいかないと、私は少し反省している。
エイミーさんは恋の好敵手ではない。薬草の勉強に来た留学生みたいなものであり、教える立場の私が敵視するわけにはいかなかった。
もう少し心に余裕を持てるようにならないと。
そんなドタバタした一日が過ぎ去ろうとしている夜に、私は薬草菜園に足を運んでいた。
今日一日、いい子で留守番していた薬草の様子を見に……来たわけではない。
「まだお守りを縫っておる段階か」
ベリーちゃんとお守りを作る約束をしていたのだ。いろいろと忙しかったため、夜分に針と布を持ち、せっせと裁縫している。
さすがに燃えやすい布に対して、おばあちゃん直伝の火魔法でくっつけるわけにはいかなかった。
「今までこういう作業は魔法でやっていたので、不馴れなんです。急に手作業でやることになったら、時間はかかりますよ」
「情けない奴よのぉ」
「急いで作業して、縫い目が曲がるよりマシです」
私が慎重になりすぎて、時間をかけすぎているのは間違いない。でも、リクさんが使ってくれるなら、ちゃんとしたものを渡してあげたい。
金色に輝くヒールライトの魔力を明かり代わりにしながら、私は着実にまっすぐ縫っていく。
一方、ベリーちゃんはまた薬草菜園に入り、ウロウロとしていた。
「ベリーちゃんは何を探しているんですか?」
「根本が銀色に輝くヒールライトを探しておるのだ」
「銀色……? そんな色はヒール種に存在しないと思いますが」
ヒール種の数は主に八つ。虹色の七種と、金色に輝くヒールライトに分類されているだけで、銀色がつけられたものは聞いたことがなかった。
「ある種の突然変異のようなものだ。我でも一度しか見たことがないゆえにな」
「そうですか。お守り作りを教える代わりに、銀色のヒールライトを報酬でいただこうという考えですね?」
「ほほぉ。そういうところは頭が回るようだな」
「誰でもわかりますよ。薬草菜園の管理者である私でも、銀色のヒールライトなんて見たことないので、咲いていないと思いますよ」
「構わぬ。それはそれで運命であろう」
サッパリとした性格のように感じるが、ベリーちゃんは何度も行ったり来たりして、諦められないような印象だった。
そもそも、ヒールライトは絶滅危惧種に指定されているため、どこの国を探しても栽培している人は少なく、稀少な薬草だ。その突然変異で銀色に輝くなら……私も欲しいんだけど。
ヒールライトの魔力を用いたお守りが、リクさんのためになるなら仕方ないか、と諦めると、ベリーちゃんと目があった。
「あれからリクとやらの関係はどうなのだ?」
私の心を読んでいるかのようなタイミングである。
「急に何ですか」
「丁寧にお守りを縫っておるところを見ると、よほど大事な人なのかと思ってな」
改めてそう聞かれると、私は複雑な感情を抱いてしまう。
リクさんが大事な人であることには変わりない。デートでも良い雰囲気だっただけに、親しい関係になっている実感はあった。
でも、実際にリクさんがどう思っているのかは、別の話である。
こんな風に思ってしまうのも……、うぐぐっ。王都の帰り道に、魔獣化したリクさんと二人旅ができなかった影響だろう。たったそれだけのことで、こんなにも不安になるなんて。
「関係性は悪くないと思うんですけど、ハッキリとしないんですよね。自信を持って好かれているとは言えないんですよ」
「また難儀なことを言う奴だのぉ」
「大切にされていることは実感しています。でも、言葉にしてくれないんですよね」
「男とはそういう生き物であろう」
「そうでしょうか。私にだけハッキリと言ってくれない気がします」
マノンさんにもジャックスさんにも国王さまにも、リクさんはビシッと言う。
でも、私の質問には答えてくれないし、好意的な言葉も聞いていない。
「急に簡単な問題になったな。照れておるだけであろう」
「今は互いに好みを探りあっている最中です。リクさんは体を寄せるのが弱いとわかりました」
「我は惚気話を聞かされておるのか?」
「問題があるとすれば、先手を打たれて、私の食の好みがバレてしまったことですね」
「我、もう帰ろうかな」
「もうちょっとでお守りが縫い終わりますから、待ってください。話を掘り起こしたのはベリーちゃんなんですから、ちゃんと聞いてくれないとダメですよ」
ベリーちゃんはとても嫌そうな顔をするが、男性の意見を聞く良い機会だ。ここは素直に相談するとしよう。
「不本意な形ではありましたが、私はすでにリクさんに気持ちをぶつけています。それなのに、何も言ってくれないのは、ズルいと思いませんか?」
リクさんが旦那さまだと気づかなかった私は、本人に対して、旦那さまの良さを力説してしまった。今日のカフェでも『随分とハードルが高いようだが』と言っていたので、間違いなく気持ちが伝わっているだろう。
でも、リクさんは素直に聞いても、絶対に教えてくれない。男とはそういう生き物だと言われても、女の私が納得できるはずもなかった。
断固として納得できない姿勢を見せていると、ベリーちゃんは大きくため息を吐く。
「相手に見返りを求めないと、愛情を注げぬわけではあるまい。もっと自分の気持ちを大事にせい。何のためにお守りを作っておるのだ、まったく」
呆れ顔のベリーちゃんに正論を言われ、私はぐうの音も出なかった。
家族として、妻として、実家から助けてもらった恩を返したい。その気持ちは、ずっと持っていたはずだったのに……。
「ベリーちゃんって、意外に大人ですね」
「意外は余計だ」
まさか非常識っぽいベリーちゃんに諭されるとは思わなかった。本日の勉強代として、もし銀色のヒールライトが見つかったら、喜んで差し出そう。
「ふぅ~。ようやくお守りが縫い終わりました」
「うむ。上出来であるな。あとは魔力が豊富なヒールライトを準備しておくといい。我はもう帰るぞ」
今日もまたベリーちゃんは、歩いて帰ることなく、闇夜にスーッと消えていく。
私の見間違いではないし、早くて目で追えなかったわけでもない。暗闇に溶け込むようにして、消えてしまった。
いろんな意味で不思議な人だな、と思いつつも、やっぱり悪い人には見えないのであった。





