第61話:国王さまとの話し合い4
「本っっっっっ当に助けてくれてありがとう」
「……はい?」
怒りをぶつけられると思っていた私は、唐突にお礼を言われて、目が点になってしまう。
出会ったばかりの彼女に対して、私はまだ何もしていない。でも、エイミーさんのキラキラとした瞳を見れば、好意を向けられていることくらいはわかる。
「私が療養している間に、ヒールライトのお世話になっていたの。今でも忘れないわ。義父がヒールライトで新しい薬を作ってくれたらね、痛みがすっごく楽になって、生まれて初めてぐっすりと眠れたの。眠るって幸せなことなんだなって実感したわ」
当時のことを思い出したであろうエイミーさんは、本当に幸せそうな笑みを浮かべている。
彼女が療養していた時期って……。年齢を考慮したら、きっと私が一人で薬草栽培をしていた頃だ。
おばあちゃんが急死して、薬草の生産量と共に品質も低下したはずだったけど……。
そっか。あの頃に育てていた薬草たちは、無駄じゃなかったのか。
「魔蝕病の薬ってね、すごい量の薬を毎日飲むのよ。それも半分の量まで減って、今では……」
両手をギュッと握り締めたまま、熱く語られるのは、さすがに照れ臭い。でも、エイミーさんの言葉を聞けて、私の方が救われたような気がした。
こういう展開に慣れていなくて戸惑っていると、国王さまも心配していたのか、頬を緩める。
「訳ありの娘ではあるが、真面目な性格だ。半年前に行なわれた植物学士の試験では、学科・実技ともに満点の成績を収めておる」
「ま、満点っ!?」
植物学士の国家資格は、合格率が常に一桁であり、九割以上の人がギリギリ合格だと言われている。
瘴気を生み出す可能性がある以上、どの国でも厳しい試験にしているため、満点なんて夢物語だと思っていたのに。
「すごく頭がいいんですね」
「そう? レーネさんは八歳で植物学士と薬師の試験に合格したって聞いているわ」
「う、うちはそういう家系だったんですよ」
私は物心ついた時からおばあちゃんの手伝いをしていたので、実技試験は完璧だった。それで学科試験をカバーしていただけで、謙遜できるほどのものではない。
もちろん、薬師の試験はおばあちゃんも専門外だったから、自分でも頑張ったと胸を張って言えるけど。
きっと国王さまが彼女を紹介してくれたのも、優秀な植物学士で、私と年齢が近い人を探してくれた結果なんだろう。
「国としては、期待の意味も込めて、良い師に巡り会ってもらいたいと考えておる。ベールヌイの地であれば、魔族の血が流れていても受け入れられやすいであろう」
昔は亀爺さまも魔族と交流がしていたみたいだし、実際に私がすんなりと受け入れているので、心配する必要はない。
薬草を育てるために必要な心も、ヒールライトで病気を改善させた彼女なら、きっと……。
「だが、懸念すべき点もある」
私が希望を抱き始めていると、国王さまが険しい顔をして、エイミーさんを見つめていた。
「本来、人族と魔族の間に子を授かるケースは稀であり、魔蝕病の情報が著しく少ない。隠居した元宮廷薬師に任せなければならないほど、難しい状況だった」
「それでウォルスター男爵の元に預けて、療養に専念していたんですね」
「うむ。魔蝕病は改善していると報告を受けているが、今後はどうなるかわかるまい。万が一のことを考慮して、ベールヌイの地に預けるべきだと判断した」
万が一のこと……。魔獣化で暴走するリクさんのように、魔族化でエイミーさんが暴走する可能性があるってことか。
国の精鋭騎士で対処するより、魔獣化の暴走を押さえ続けるベールヌイの騎士の方が心強いのかもしれない。
まだリクさんの魔獣化の件も解決していないだけに、不安が募るけど……悪いことばかりじゃないと思う。
「ヒールライトで魔蝕病が抑えられるなら、品質の良いものを使えば、完治させられる可能性もありますよね」
魔獣の血と魔族の血で症状が変わるけど、どちらもヒールライトの魔力に治癒効果があるのだとしたら――。
「其方の考える通りだ。すでにウォルスター男爵が開発した薬のレシピももらっておる。これがうまくいけば、マーベリックの魔獣化を治療するヒントになるやもしれん」
そう言った国王さまは、私に一冊のノートを手渡してくれた。
中を開いてみると、魔蝕病の薬を研究した内容がビッシリと書かれている。
目を通すだけでも時間がかかりそうだけど、うまくいけば、二人の悩みを解決させられるかもしれない。
希望の光が見えてきて、私は思わず笑みがこぼれる。
一方、不審に思うことがあるのか、リクさんは険しい顔をしていた。
「単純な疑問なんだが、彼女は何者だ? わざわざ国がウォルスター男爵に治療依頼を出すなど、普通では考えられないことだろう」
「当然の疑問であろう。しかしだな、いくらマーベリックとはいえ、詳しいことは伝えられないが……。とある高貴な魔族の娘、とだけは言っておこう」
「わざわざウォルスター男爵が養子にするほどにか?」
「いや、それは余も誤算であった。随分とウォルスター男爵に気に入られたみたいで、何とか魔蝕病の治療をしてやりたいと、懇願されてしまったのだ」
どうやら単純にいい子すぎて、ウォルスター男爵は本当の娘のように溺愛してしまったらしい。
「先に彼女の治療を押し付けた結果、断り切れない状況に追い込まれた、と言うわけか」
「言い方を悪く言えば、そう言うことだ。魔族と良好な関係を築くためにも、治療するに越したことはない」
政治的な意図もあるみたいだけど、私のやることは変わらない。難しいことは国王さまとリクさんに任せよう。
この後、何度かリクさんが事情を聞き出そうとしたけど、国王さまは頑なに教えてくれなかった。
「何かあった時は力を貸す」
「何かある前に対処したいんだが」
結局、時間の無駄だと判断したリクさんが折れる形になり、国王さまとの面会を終えることになった。
早くベールヌイの地に帰らないと、薬草も心配してくれるだろうし……そう考えながら私室を離れようとすると、なぜか国王さまが私に向けて、チョイチョイと手招きする。
薬草栽培のことで伝え忘れたことがあるのかなーと思い、近づいてみると――。
「ちなみにだが、マーベリックは頑張る女子を好む傾向にあるぞ。成功や失敗など関係なく、努力する姿に目を奪われるようだ」
「素敵な情報をありがとうございます……!」
「構わぬ。其方と友好的な関係を築くためなら、これくらいは安いものよ。クククッ」
信頼できる人物から有力な情報を得て、私は今まで以上に薬草菜園もスイート野菜の栽培も頑張ろうと、心に誓うのであった。





