第60話:国王さまとの話し合い3
国王さまの私室に訪ねてきた人物を見て、私は目を丸くする。
「先ほどぶりね。マーベリックさん、レーネさん」
「え、エイミーさんっ!?」
「そうか。俺たちのことは、国王から聞いていたのか」
ニコッと笑うエイミーさんを前にして、国王さまは安堵するように溜め息を吐いた。
「どうやら余のいないところで、無事に顔合わせを済ませたようだな」
「本当に顔を会わせた程度ですよ。まだ名前以外はほとんど知らないので」
正直に言うと、変な人、という印象しか残っていない。急に現れたと思ったら、嵐のように去っていったから。
しかし、さすがに国王さまの前だからか、お淑やかに振る舞うエイミーさんは、貴族らしくスカートをつまみ、優雅に一礼した。
「では、改めまして。私はウォルスター男爵家の長女、エイミー・ウォルスターよ。まだ人族との距離感に慣れていないから、無礼だったら教えてほしいわ」
妙に引っ掛かる自己紹介を受けて、私とリクさんは顔を合わせて、互いに首を傾げていた。
「人族との……距離感、ですか?」
「ええ。私、半分魔族の血が流れているのよ」
えええええっ!? と驚きたい気持ちがありつつも、その妖艶な雰囲気はそこから来ていたのかと、納得するものがあった。
「あら? あまり驚かないのね」
「そうですか? 十分に驚いていますよ」
私の旦那さまは魔獣の血が流れているので、変な親近感は湧いているだけであって。
どちらかと言えば、見た目が完全に人であることに疑問を抱いている。
獣人と違って、大きな耳や角がないんだなーと見ていると、リクさんが難しい顔をしていることに気づいた。
「魔族の血……か。ならば、魔蝕病に侵されているのか?」
魔蝕病? そんな名前の病気、植物学士の試験にも、薬師の試験にも出てこなかった気がするけど。
「今は進行が緩やかになって、だいぶ落ち着いているわ」
「そう簡単に言えるようなものではないだろ」
「本当のことよ。嘘をついても仕方ないじゃない」
魔蝕病という聞き慣れない言葉に、私だけ取り残されている気がする。
ここは思いきって聞いてみよう。
「あの~、魔蝕病と言うのはなんでしょうか?」
「うーん……。わかりやすく言うと、魔族になっちゃう病気かな」
「魔族になる病気?」
これから獣人みたいに角や耳が生えてくるってことなのかな。でも、それだと病気ではないような気が……。
ますますわからなくなってきた私は、素直にリクさんに助けを求めることにした。
「どういう意味でしょうか」
「なんと説明したらいいか……。俺たち獣人に流れる獣の血は、基本的に共存関係にあるため、決して己の体を傷つけはしない。しかし、魔族の血は違う。成長するに従い、魔族の血が支配しようとして、体が魔力に蝕まれてしまうんだ」
簡単にいえば、エイミーさんの体内で魔族化が進み、魔力が体を傷つけてしまう、ということか。
「年を重ねるごとに魔力が体を浸蝕し、常に激痛を伴うと聞く。その痛みに耐え抜いた者だけが魔族になるらしいが、実際にどうなるかはわからない」
「えっ? ど、どうしてですか?」
急に恐ろしい話に代わり、私はゴクリッと唾を飲み込む。
しかし、本人は気にした様子を見せず、机の上に置かれたクッキーに手を出していた。
「単純よ。とっても痛いから、我慢できなくなるの」
そう言いながらクッキーを頬張る姿は、激痛を我慢しているようには思えない。どう見ても普通の女の子にしか見えなかった。
私とリクさんのために用意されたクッキーを遠慮せずに食べ始めるあたり、人族との距離感が違うことには納得がいく。どうやら本当に魔蝕病は落ち着いていて、クッキーを食べる元気もあるみたいだ。
でも、リクさんの深刻な表情を見れば、簡単に治る病気とは思えない。魔蝕病の痛みに我慢できなくなった結果、何が起きるのかを考えると……、恐ろしくて背筋がゾクッとした。
そんなことを考えていると、急にエイミーさんに両手で手をガシッとつかまれる。
「私ね、レーネさんに会ったら、言おうと思っていたことがあるの」
「な、なんですか、急に。ちょ、ちょっと怖いんですけど」
グイッと顔を近づけてくるエイミーさんに、私は自然と体を反らしてしまう。
薬草不足の原因もわかっているみたいだったし、こうして紹介された以上は、彼女も植物学士だと見て間違いない。
私がアーネスト家の人間だと知っていたから、きっとヒールライトが不作続きだったことに怒って――。
「本っっっっっ当に助けてくれてありがとう」
「……はい?」
怒りをぶつけられると思っていた私は、唐突にお礼を言われて、目が点になってしまうのであった。





