第59話:国王さまとの話し合い2
リクさんをいじっていた国王さまは、紅茶で喉を潤した後、神妙な面持ちになった。
「薬草の高騰について、知っておるか?」
「はい。先ほど街で薬草を見てきたばかりです。随分と値上がっている印象を受けました」
やっぱり薬草の値上がり方はおかしかったのか、と思うと同時に、エイミーさんの言葉を思い出す。
『国内で薬草栽培を営む人は、急激に減少しているの。今では他国のものを輸入しないと流通が滞るくらいよ。慢性的な薬草不足ね』
本来、ヒールライトのような特殊な薬草でもない限り、輸入に頼るケースは少ない。命に関わるものを他国に依存するわけにはいかないし、遠方の地から取り寄せると鮮度が落ちてしまう。
もしも国内で疫病が流行ったら、治療薬が満足に作れなくなり、国の存亡に関わる危険性もある。
それだけに、国王さまも重大な問題だと認識しているみたいだった。
「先に言っておこう。其方たちを責めるつもりはないし、これは余の責任でもある。それゆえに、協力を願いたいと思っているところだ」
「薬草のことで協力要請……? いったい何が起こっているんですか?」
純粋に聞いただけなのに、国王さまの口は重く、話しにくそうな印象を受けた。
「其方も知っての通り、アーネスト家で栽培する薬草は、長期間にわたって不作続きだったであろう」
「はい。子供の私が受け継いだこともあって、かなり生産量を減らしました」
「それが一時的であれば、こうはならなかったかもしれないが……。今更悔やんでも仕方あるまい」
不穏な気配がしつつも、私は国王さまの言葉にしっかりと耳を傾ける。
「この国で薬草栽培していた筆頭貴族とも言えるアーネスト家が下火になり、徐々に市場が変わり始めた。ヒールライトの流通量が低下したことで、他の薬草の使用量が増え、需要と供給のバランスが大幅に変わってしまったのだ」
今までアーネスト家がヒールライトを生産して、各街に運ばれ、いろいろな治療薬が作られていた。そこに問題が生じれば、他の薬草で工面しようとして、消費が増えるのは当然のことだろう。
その分、各地で薬草を栽培する植物学士が生産量を増やしてくれれば、問題は生まれないのだが……。
急激に栽培量を増やせば、既存の薬草にも影響を与えてしまう。だから、急な需要の変化には対応できない。
その結果、各地で薬草不足が深刻化して、値上げせざるを得ない状況に追い込まれたんだ。
「薬を求める民や薬師にとって、急激な薬草の高騰は死活問題に繋がる。そのため、植物学士にクレームが殺到し、辞めていく者が後を絶たぬ状況に陥ってしまった」
仕方ないとわかっていても、自分の生活に大きく支障を来たせば、文句の一つや二つは出てくるだろう。人によっては、命に関わる問題に直結するため、心の化け物化が進み、植物学士を追い詰めてしまったみたいだ。
「何とかせねばならぬと思い、アーネスト家のサポートに徹して、多額の補助金を費やしていたんだが……」
実際に薬草菜園を管理していた私に補助金が回ってこなかったので、きっと義妹たちの裕福な生活に使われたに違いない。
ドレス・宝石・酒……と、思い当たる節があるだけに、思わず私は血の気が引いてしまう。
「す、すいませんでした……!」
自分の知らないところで起きていたとはいえ、血の繋がりがあるため、さすがに無関係だと言い切ることはできない。
補助金の返還を求められてもおかしくない大事件に、思わず私は頭を下げた。
「初めに言うた通り、其方を責めるつもりはない。ベールヌイの地に移り、立派なヒールライトを育ててくれたことに感謝しておる。悪事を見抜けなかった余の責任でもあるからな」
国王さまが優しい方でよかった……と、私は心の底から安堵する。
「ともかく今は、薬草の高騰を落ち着かせるために、少しでも明るいニュースを必要としておる」
「それでヒールライトの現物が必要だったんですね」
「アーネスト家が没落した情報だけが広がっておってな。すでに懸念を抱くものが増えて、さらに薬草が値上がっておる。早めに手を打っておくべきであろう」
パーティーで大勢の人に目撃された以上、アーネスト家が没落した噂が広がるのも、無理はない。いろいろとどうしようもできないことが重なり、薬草の高騰に繋がっているんだ。
こんな状況に陥ってしまったら、どんな対応を取ったとしても、すぐに立て直すのは、困難なこと。
しかし、放っておくわけにもいかないし、迅速な対応が求められている。
「そこで相談なんだが、ヒールライトを育てられる植物学士を育成してはもらえぬか」
国王さまの提案を受けて、私は顔をしかめることしかできなかった。
縁が切れたとはいえ、元家族のやらかしたことであれば、私も協力したい。でも、人の心に影響される薬草の特性を考えると、国王さまの相談は難しいものだと言える。
特に、植物学士がクレームを受けて、辞めていく人が多いのであれば。
「私も育てられるようになったばかりですし、ヒールライトは扱いが難しい薬草です。協力したいのはやまやまですが、難しい試みだと思います」
「余も同意見であり、其方に負担をかけたくはないと思っておる。だが、此度の対策には万全の措置を講じねばならん。一つの解決策として、手を貸してほしい」
国王さまに強くお願いされたら、王国民の一人として、受け入れるしかないだろう。
心の悪しき人が来て、既存のヒールライトに影響することだけは、絶対に避けたいんだけどなー……。
「一度挑戦してみて、難しければ断念する、と言った形でも大丈夫ですか?」
「構わん。手配した植物学士が邪魔になるようであれば、すぐに送り返してくれ。こちらにも色々と事情があってな……」
国王さまがそうボヤくと同時に、コンコンッとノックされ、扉が開く。
そこにいたのは――。
「先ほどぶりね。マーベリックさん、レーネさん」
薬草を見ていた時に出会った妖艶な女性、エイミーさんだった。





