第58話:国王さまとの話し合い1
日が沈み始め、国王さまと面会する時間がやってくると、私とリクさんは謁見の間……ではなく、私室に案内されていた。
国王という身分の高い方でも、堅苦しいことは苦手なんだろう。私室でゆったりした雰囲気で過ごし、向かい側に座っている。
そこに、本日の目的とも言えるヒールライトを差し出した。
「数は少ないですが、ヒールライトを献上させていただきます」
「うむ。立派な薬草に育ったものだ。大儀であった」
国王さまのありがたい言葉をちょうだいした私は、恐縮してしまう。
しかし、それとは対照的に、リクさんはズズズッとお茶をすするほどリラックスしていた。
「レーネに負担をかけないようにするんじゃなかったのか」
「こちらにもいろいろと事情があるのだ。許せ」
リクさんは国王さまと交流が深いのかもしれないが、普通に接していても大丈夫なんだろうか。
いくら私室に招かれたとはいえ、ここは獣人国の文化が残るベールヌイの地ではなく、一国の王都だというのに。
国王さまが気にした様子を見せなくても、公爵夫人として訪れている私は、気になって仕方なかった。
「そんな口を利いても大丈夫なんですか?」
「心配するな。公の場で直接剣でも向けない限り、問題はない」
「でも、相手は国王さまですよ」
いつもこんな感じだぞ、と言わんばかりに見つめられても困る。
でも、それは国王さまも同じだった。
「マーベリックの言う通りだ。今さら敬語など使われたら、気持ち悪くて寝れぬ」
どうやら二人は、互いに気を使わず、言いたいことを言い合える関係みたいだ。
国王さまが気になさらないのであれば、これ以上は私が口を挟むべきではない。
「レーネと言ったな。其方も楽にするといい」
「えっ! いえ、私はそんな……」
「友好的な関係を築きたいと思わぬ限り、私室には呼ばぬ。礼儀を知らぬ程度で罰するほど、余は愚かではないぞ」
とても気遣っていただいているので、必要以上に拒む方が失礼だと思った私は、いつも通り普通に過ごすことにした。
「では、お言葉に甘えさせていただきます。実は、マナーがさっぱりわからなくて……」
「フハハハ、それでよい。たとえ貴族であろうとも、植物学士にはマナーなど不要なものであろう。無論、ベールヌイの地でもな」
私の事情もしっかり理解してくださっているんだなーと思っていると、メイドさんが高そうなクッキーと紅茶を持ってきてくれた。
なんと言っても、先ほどのカフェで食べたチョコレートがクッキーに含まれているのだ。
まさか国王さまに、来客として、もてなされる日が来るなんて。ベールヌイ家に嫁いでから、いろいろと待遇が変わりすぎているけど、さすがにこれは受け入れ難い……。
そんなことを思っていると、顔をしかめた国王さまに見つめられてしまう。
「その様子だと、何も知らされておらぬようだな。ベールヌイ家のことについて、まだ何も話しておらんのか?」
「一気に話しても混乱させるだけだと思い、まだ魔獣化のこと以外は伝えていない。そろそろ言おうと思っていたんだが……、予想外の事態に陥って、言いそびれた」
予想外の事態? もしかして、今日のデートって、本当はそういう話し合いをしようと思っていたのかな。
「ん? どういうことだ?」
「気にするな。国王には関係のないことだ」
プイッとそっぽを向くリクさんを見れば、間違いないだろう。それと同時に、国王さまがからかうように目を細めている。
「ほほぉ。何やら面白そうなことになっておるのー!」
「うるさい! 国王には関係ないと言っただろ」
「余とマーベリックの仲ではないか。水臭い奴め、クククッ」
どうやら二人は本当に仲が良いらしい。パティシエのおじいちゃんに続き、国王さまにも私との関係をいじられている。
もしかしたら、今まで浮いた話がなかったのかもしれない。魔獣化のことが心配で、色恋沙汰とは無縁だったんだろう。
物理的な接触に弱いのも、すぐに顔を赤くするのも、恋愛初心者による影響だったとしたら、納得がいく。
薬草栽培だけで生きてきた私が言うのもなんだけど。
「恋路の相談を聞いてやらんこともないぞ? どうだ?」
「するはずがないだろ、まったく」
国王さまが盛大に煽っているので、間違いない。
じゃあ、リクさんの初恋って……わ、私? いや、ま、まさかね。
さすがに国王さまも、これ以上はいじれないと判断したのか、優雅に紅茶を口にする。
「まあ、こんなことをする余が言うのもなんだが、ベールヌイ家はフェンリルという神獣の血を引いた由緒正しき血統ゆえ、無下にできんのだ」
「フェンリル……? それって、建国する際に活躍した伝説の神獣でしたよね」
この国を建国したのは、今から千八百年前のこと。
魔物が大繁殖した時代に、聖女が神獣フェンリルを従え、勇者と共に人々から魔物を守る目的として、建国したと言われている。
「其方が思い描いている神獣で間違いないであろう。もし獣人国が存在していたら、ベールヌイ家は王家に値するのだからな」
「じゃあ、リクさんは王さまの家系……?」
「時代や歴史が違えば、マーベリックは獣人国の王になっておる」
どうりで国王さまに対して、普通に接しているはずだ。本来なら、王と王の話し合いになっているんだから。
「……私、とんでもないところに嫁いでいませんか?」
ぶっ飛んだ話を聞かされた私は、自分の立場を少し遅れて理解する。
今は王ではなかったとしても、この国にとって、ベールヌイ家は重要な家系と見て間違いない。
獣人国の王家の血筋が、薬草栽培に精を出す家系と結婚するなんて、よく認めてもらえたなーと思っていたのだが。
「そうでもあるまい。かつて、神獣を従えた聖女は、アーネスト家の者だ。ベールヌイ家とアーネスト家であれば、妥当な結婚だと言える」
国王さまの言葉を聞いて、私の頭は真っ白になった。
まさかアーネスト家が、建国に携わった聖女の家系だったなんて。
おばあちゃんが聖女と呼ばれていたのにも、わざわざアーネスト家が女性を当主にしていたのも、そう言ったことが影響していたのかもしれない。
奇しくも、男性当主になったことで、アーネスト家は没落してしまったのだから。
「アーネスト家って、そんなにすごい家系だったんですね……」
「時代が変わった影響だな。今となっては、獣人国という国も、アーネスト家が聖女の血を引いていることも、知る者は少ない。勇者の家系である王家だけが特別扱いを受けるのは、どうかと思うのだが」
国王さまが真面目に語り始めた……と思っているのも束の間、すぐにからかうような表情でリクさんを見つめる。
「ゆえに、聖女の血筋ともあれば、魔獣化したリクを飼っていても不思議ではないぞ。クククッ」
「用がないのなら、もう帰るぞ」
「そう言うでない。此度は大事な話があって、其方たちを呼んだのだ。このあたりで、互いに悪ふざけはやめておくとしよう」
「ふざけていたのは、国王だけだ」
国王さまって、表舞台だと威厳たっぷりだけど、裏だとすごいユニークな方なんだと思った。





