第57話:変わった人
カフェを後にした私たちは、まだ国王さまとの面会まで時間があったため、王都の市場を歩き回っていた。
「いろいろな店があるんですね」
ベールヌイの地も都会だが、やっぱり王都の方が大きい。珍しい出店もたくさん並んでいて、私はキョロキョロと首を動かし、目移りしていた。
「あっ、あそこに薬草が売ってますよ!」
薬草を販売している店を発見した私は、一目散に駆け寄ろうと足を動かす。
すると、人混みに慣れていないこともあって、知らない男性とぶつか――。
「俺から離れるな」
リクさんに腕をグイッと引き寄せられ、何とか知らない男性とぶつからずに済んだ。
「王都は人が多い。急に走ると危ないぞ」
「は、はい。すいません」
こういうことが起こると予測できたから、王都に着いたばかりの時は手を繋いでくれていたのかもしれない。
これでは子供の面倒を見られているような状態と変わらない……そう思っていたのだが。
リクさんの手がさりげなく肩に回され、軽く引き寄せられる。急に友達から夫婦の距離になった私は、やっぱりデートなんだと実感した。
こういう時って、リクさんにもたれかかった方が……いいよね?
思い切って、エイッとリクさんに体を預ける。
「……」
「……」
なぜ何も言わない。先に仕掛けたのは、リクさんじゃないですか。
複雑な気持ちを抱きながらも、歩くことを再開した私たちは、薬草を販売している店まで近づいていく。
遠い。薬草までの道のりが遠い。どうしよう、緊張して足の動きがぎこちなくなってきた。
もたれかからない方がよかったかなーと思いつつ、お店にやってくると――。
「どの薬草が気になったんだ」
思ったよりもリクさんの声色が普通で、どこかホッとしてしまう。
もしかしたら、私が過剰に意識していただけなのかもしれない。
いつもの雰囲気に戻すため、リクさんから離れて、商品の薬草を眺めることにした。
「うーん、妙に薬草が高いですね。私が知っている相場の倍近い額で取引されているんですが」
「亀爺もボヤいていたな。薬草の高騰が続いている、と」
「あっ、そういえば、私も聞きましたね。三日月草や魔法のハーブの値上がり……している、って……」
リクさんの言葉を聞き、反射的に顔を合わせたのだが……。彼の顔があまりにも赤くて、私は声がだんだん小さくなってしまった。
どうやら平然を装っていただけで、リクさんも過剰に意識していたらしい。何とか平常心で対応しようとしていたみたいだ。
そんな状態だと知らなかった私は、驚きのあまりポケーッとリクさんを見つめてしまう。
すると、目を合わせるのも恥ずかしい、と言わんばかりに、リクさんがそっぽを向いた。
なるほど。モフモフされることが好きなリクさんは、物理的な接触が弱点だったのか。私も得意な方ではないけど、今後の参考にさせてもらうとしよう。
ただ、今はそれ以上に薬草の方が気になる。品質の良い薬草ではあるものの、あまりにも高値が設定されているから。
「比較的に栽培しやすい薬草なんですけど、なんでこんなに高いんでしょうか」
不審に思って魔法のハーブを眺めていると、横からスーッと手が伸びてきて、それをつかんだ。
「作り手がいないのよ」
そう言ったのは、とても大人っぽい女性だった。
青いスカートに白いカーディガンを合わせて、クセのある黒髪を伸ばしている。同じ人とは思えないほど妖艶で、お淑やかな印象を受けた。
魔法のハーブが傷まないように根元を持っているので、彼女も植物学士なのかもしれない。
「国内で薬草栽培を営む人は、急激に減少しているの。今では他国のものを輸入しないと流通が滞るくらいよ。慢性的な薬草不足ね」
「そ、そんなにですか? いったいどうして……」
「当然のことよ。心当たりはあるんじゃないかしら、レーネ・アーネストさん」
不意に名前を呼ばれるが、初対面の彼女に対して、私はまだ自己紹介をしていない。しかも、ベールヌイではなく、旧姓のアーネストの方で呼ばれたことに違和感を覚えた。
危険を察知したのか、私はリクさんに腕を強く引っ張られる。
「どこの誰かは知らないが、何か用か?」
警戒したリクさんが低い声で訊ねると……、大人っぽい彼女の雰囲気はどこへいったのやら。急に大きく取り乱して、アタフタとしていた。
「ご、ご、ご、ごめんなさい! 警戒させるつもりはなかったの! 本当よ、本当なの! 嘘はついていないわ!」
「と、と、と、とりあえず落ち着いてください」
何度も頭をペコペコと下げる彼女に対して、私もつられて焦ってしまう。
ただ、思いは通じたのか、互いに顔を合わせて、うんうんと頷き合っていた。
「私の名前は、エイミー・ウォルスターよ。たまたま見かけたから、挨拶をしておこうと思っただけなの。紛らわしいことをして、本当にごめんなさい」
もう一度、深々と頭を下げる彼女の姿を見れば、本心を言ってくれているとよくわかる。
でも、ベールヌイ家の当主であるリクさんならまだしも、顔が狭い私のことを知っているのは、珍しい。たとえ、植物学士であったとしても、顔を見ただけでアーネスト家の人間だとわからないと思う。
貴族の話はややこしくなりやすいし、ここはリクさんに対応を任せよう。
「ウォルスター男爵家、か。確か田舎に住む老夫婦の薬師で、功績を上げて男爵位を授かった家系だ。しかし、子宝には恵まれなかったはずだが」
「療養のためにお世話になっていたんだけど、数年前に養子にしてもらったの。おかげさまで、今ではスッカリ元気になっているわ」
「……訳ありか」
「まあね。獣人のあなたなら、薄々と気づいているはずよ。マーベリック・ベールヌイさん」
療養のために田舎に住むのは納得できるけど、普通は家を借りて暮らすか、宿に泊まる程度だろう。
それなのに、貴族の家で世話をしてもらって、養子になるなんて……。どう考えても普通では考えられないことだった。
「あっ、いけない。呑気に話している時間はないんだった。私は王城に行くから、またね」
「えっ? あっ、ちょっと……」
どうにもエイミーさんは慌ただしい性格みたいで、ピューッとすごい勢いで去っていった。
「さっきの子、何だったんですかね」
「さあな。人にしては随分と魔力が多かった。妙だったのは、間違いない」
変な人、それが彼女の第一印象だった。





