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家族に売られた薬草聖女のもふもふスローライフ【WEB版】  作者: あろえ
第二部

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第55話:クレープ

 おしゃれな個室に案内された私は、リクさんと向かい合って座り、白髪を生やしたおじいちゃんの話を聞いていた。


「まさかマーベリックさまがご結婚されるとは思いませんでしたぞ」


 国王さまの下でパティシエをしていたおじいさんが、わざわざ挨拶に来てくれたのだ。


 初対面の私は恐縮しているが、リクさんは結婚の話をされてタジタジになっている。


「貴族である以上、いつかは結婚するだろ。遅いか早いかの違いだ」

「いやはや、端正な顔立ちとは裏腹に、女性を寄せ付けない雰囲気がありましたからな」

「……一応、妻の前なんだが」

「おっと、これは失礼しました。しかし、マーベリックさまとお付き合いされた女性などいな――」

「今日は辛口の採点が希望みたいだな。いいだろう、容赦はしないぞ」


 何やら気になる情報が入りそうなところで、リクさんが妨害してしまった。


 パティシエのおじいちゃん、もうちょっと頑張って踏み込んでほしい。せめて、言いかけたことを言い切ってくれれば嬉しいんだけど。


「ハッハッハ、余計なことを言いすぎましたな。これは失敬。しかし、マーベリックさまの辛口採点であったとしても、もう昔のようにはいきませんぞ?」

「自信があるのはけっこうだが、獣人の舌は誤魔化せやしない」

「心配せんでも、今日こそその舌を唸らせてやるわい。うちの息子がな」


 勝手にマーベリックさまと息子さんの対決を組んだ後、パティシエのおじいちゃんは、にこやかな笑みを浮かべて退室してしまった。


 肝心なところを聞けなくてモヤモヤするけど、直接本人に聞くわけにはいかない。今度おじいちゃんを見かけたら、こっそりと聞いてみよう。


 そんなことを考えている間に、すぐに店員さんがやってきた。


「こちらチョコバナナクレープになります」


 目の前に見たこともないデザートを出され、私の頭の中は早くも食に染まってしまう。


 おいしそうな見た目をしているものの、決して綺麗な色合いとは言えない。黄色・白・黒の三色しか存在しないにもかかわらず、王者の風格を表すように、異様な存在感を解き放っていた。


「独特なスイーツですね」

「この国では、王都以外で食べられないからな。疑問を抱くのも無理はないだろう」

「おいしそうな甘い香りはしますが……。あれ、ナイフがありませんね」

「クレープという食べ物は、手で持って食べることを推奨している。こんな風にな」


 そう言ったリクさんはクレープを両手で持ち、大きな口でガブリッとかぶりついた。


 まるで肉に食らいつくようなワイルドな食べ方に、私はカルチャーショックを受けてしまう。


 スイーツというのは、貴族が好む食べ物であり、お淑やかにいただくことを前提としている。それなのに、手で持って豪快に食べることを推奨しているなんて……。


 そんなことをしても許されるのは、焼きトウモロコシだけだと思っていた。


 ベールヌイ家に来る前まで野菜を丸かじりしていた私には、ナイフより手の方がいいけど。


 リクさんを見習い、私は早速クレープを手で持ち、勢いよくかぶりついた。


 薄いながらもモチッとした食感の生地に、甘みを抑えた生クリームが押し寄せる。そこに現れる絶妙な苦みと甘さは、なんだろうか。柔らかい果物と一緒に合わさり、一体感のある味に仕上がっている。


 まさに新境地とも言えるデザートだった。


「この苦みと甘みはなんですか?」

「熱い地域で実るカカオという成分が原料のソースだ。固めたものはチョコレートと呼ばれ、他国ではかなり人気のスイーツに分類されている」

「確かに、この独特な味はクセになりそうです」

「チョコレートは、バナナとも生クリームとも相性がいい。スイート野菜や他のスイーツのような鮮やかな色味はないが、十分に対抗できるポテンシャルを秘めている」

「ただのソースだと思っていましたが、とんでもない化け物でしたね」


 リクさんの話を聞いた上で、もう一度クレープを口に運ぶ。


 生クリームの優しい口当たりに、チョコレートの苦みと甘さが絶妙で、何とも言えない幸福感があった。


 さすが王都で人気のスイーツ。非の打ちどころがない。


 そんなことを思いながら、おいしくクレープを頬張っていると、リクさんの赤い瞳がキラーンッと光った。


「やはりレーネは甘いものに目がないみたいだな」

「ハッ! い、いつの間に私の好みを……!」


 何気なくクレープを食べているが、私は一度たりともスイーツが好きだと言ったことはない。


 それなのに、リクさんは知らないうちに私の好みを調べて、わざわざデートで人気のスイーツ店を予約してくれていたのだ。


「悪いが、今日まで食事のメニューを工夫して、レーネの好みを調べさせてもらった」


 な、なんだってー! 私の知らないところで、そんな恐ろしい計画が動いていたとは!


 しかし、まだわからない。女の子だったら、誰でも甘いものが好きだとわかるし、当てずっぽうの可能性だって――。


「基本的には何でも食べるが、生野菜を嫌い、温かいものを好む傾向にあった」


 当たっている……。実家で固パンと生野菜しか食べてこなかった影響で、温かい料理や手の込んだ料理に目がないことを知られてしまったというのか。


「その中でも興味を持ちやすいものは、ひと手間加えた料理であること。玉子焼きや目玉焼きよりも、オムレツやキッシュの方が食べたいみたいだな」


 か、完全に把握されたみたいだ。昨日の夜ごはんは妙に卵料理が多いと思っていたけど、まさか好みを調査されていたなんて。


 こっちはリクさんの好みがまったくわからないというのに、私の食の好みだけ完璧に把握されるのは、さすがにズルイ。


 これ以上は絶対に知られてはいけない。それなのに、どうしよう。クレープを食べる手が止まらない。


 初めて食べるクレープが気に入ったと思われたら、屋敷に帰った後でも作ってくれそうな気がする。


 それはとても嬉しいことだけど、胃袋をわしづかみされるだけでは済まされない。もはや、完全に掌握されてしまう。


 猛烈に危機感を抱いていると、部屋の扉がノックされ、店員さんがやってきた。


「ホットココアになりますねー」


 チョコレートに似たその飲み物を見て、私は完全にリクさんの策に嵌められたのだと悟るのだった。

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