第54話:き、緊張
王都に向かう時間になり、裏庭で待つリクさんの元に向かうと、そこには見慣れない男性が佇んでいた。
レザージャケットを羽織り、カジュアルな服装で決めたリクさんである。
どうしよう、心臓に悪い。普段は友人みたいな関係なのに、こういう時だけ変に旦那さまだと意識して、緊張してしまう。
いったん心を落ち着けて、深呼吸を――。
ガサガサガサッ
こんな時に応援しなくてもいいから! リクさんに気づかれるじゃん!
そう思っているのも束の間、振り向いたリクさんと目が合ってしまう。
あまりの恥ずかしさに、思わず一歩後ろに下がるが……、嫌っていると誤解されたくはない。
勇気を持って、ぎこちない足取りで近づいていく。
「お、お待たせしました」
「い、いや、大して待っていない。それよりも、アレだな。に、似合っているぞ」
「あ、ありがとうございます。リクさんも、に、似合っていますよ?」
「そ、そうか」
……あれ? 私たち、こんなに気まずかったっけ?
互いに見慣れない姿に困惑して、動揺を隠しきれていない。リクさんが顔を真っ赤にしているので、悪い印象を与えているわけではなさそうだった。
まあ、私も信じられないくらい顔が熱いが。
「……行くか」
「……はい」
その結果、余計な会話をすることもなく、王都へ向かうことになるのであった。
***
魔獣化したリクさんにまたがり、快適な王都までの道のりを堪能する予定……だったのだが。
「早く着きすぎてしまったみたいだな」
心を落ち着かせようと必死にモフモフしていたら、知らないうちに王都に到着していた。
それはそれで楽しい旅だったから、もったいないとは思わない。魔獣化したリクさんに話しかけても、鳴き声で「わぅ」と反応されるだけなので、逆に充実したモフモフタイムだったとも言える。
何よりよかったのは――。
「日中の王都はすごい人ですね!」
緊張が解れ、普通にリクさんの顔を見て話ができるようになったこと。リクさんも落ち着いたみたいで、いつもと同じように接してくれていた。
「国王の元には、夕刻に向かう予定だ」
「そうですか。まだまだ時間がありますね」
非常事態に対応するため、屋敷を早く出たとも受け取れるが、それにしては時間に余裕がありすぎる。やはり、わざわざ王都で一緒に過ごす時間を作ってくれたんだろう。
つまり、ここからデートが開始するのだ。
「少し早いが、行きたい場所がある。ついてきてくれ」
「わかりました」
そう言ったリクさんが動き出そうとした、その時だった。私の手が何やら温かいものに包まれる。
「行くぞ」
「は、はい」
今朝のぎこちない雰囲気は、どこにいったのやら。急に積極的になったリクさんに手を繋がれ、エスコートしてもらっていた。
私に歩幅を合わせてくれるし、通行人が多いとグッと手を引き寄せてくれる。
人が多いから迷子にならないように……とかいうお子様扱いではない。ちゃんと妻として、女性として扱ってくれている印象を受けた。
王都で開かれたパーティーの時は、ハッキリと口にしてくれなかったけど、どうやら行動では示してくれるらしい。
こうしてリクさんの知らない一面を知れると、妙に嬉しく感じてしまう。
リクさんにも同じ気持ちを抱いてもらおうとしたら、私はどうすればいいんだろうか……。
「ここだ」
「えっ? あっ、はい。って、ここは……?」
早くも目的地に到着した私は、見慣れない店舗を目の当たりにして、首を傾げる。
店の前には長蛇の列ができていて、周囲には甘い香りが漂っていた。
「他国の料理にクレープと言うものがある。この店はその専門店だ」
「……クレープ?」
クレープという言葉を聞き、私は義妹の言葉を思い出す。
王都でしか食べられない極上の甘味、クレープ。ふわふわした癒しのパンケーキに負けないほどの一大勢力であり、甘味が大好きな貴族を虜にする、らしい。
そして、長蛇の列ができるほどの人気店で、何度も王都に通っていた義妹でも食べることができなかったと聞く。
「入るぞ」
「えっ? でも、すごく並んでますけど」
「国王の元で働いていたパティシエが引退して、息子と一緒に建てた店だ。何度か試作品の調整に付き合っていたこともあって、多少の融通は利いてくれる」
ええええええっ!? と驚きたい気持ちはあるが、獣人の敏感な味覚のことを考えれば、納得がいく。
リクさんは料理もお菓子も作るし、アドバイスを求める方も聞きやすいんだろう。
それを考えると……私って、めちゃくちゃ良い食事をしているんじゃないかな。胃袋を捕まれない方がおかしいよ。
並んでいる人に申し訳ないと思いつつ、リクさんに手を引かれて店内に入っていくと――。
「予約していたマーベリックだ」
「お待ちしておりました。どうぞこちらへ」
予約までしてくれていたことが判明するのであった。





