第52話:デートのお誘い
天気の良い日が続き、天日干ししていた薬草がしっかりと乾燥する頃。
朝早くに起床した私は、それを粉末化する作業を行なっていた。
「しばらくはリクさんと会えないのか。何だか変な感じだなー」
いよいよ明日から、リクさんたちが遠征に向かう。しかし、この地に嫁いできてから、今まで彼と一度も離れて過ごしたことがない。
何週間も留守にするわけではないとわかっていても、妙に心がソワソワしていた。
おばあちゃんみたいに一生会えなくなるわけではないのに、どうしてこんなに不安なんだろうか。ちゃんと笑顔で送り出さないと、リクさんや騎士の皆さんに心配させて、迷惑をかけるとわかっているのに。
私はもう公爵夫人なんだから、もっとしっかりしないと……!
心の整理をしながら、乾燥した薬草を小さな袋に入れて、トントントンッと優しく叩いていく。
リクさんの暴走を抑えてくれる大事なものなので、魔力が壊れないように丁寧に扱わなければならない。
この作業をちゃんとすれば、みんなが無事に帰ってこられるはず。おばあちゃんから受け継いだ薬草なら、きっと魔獣化の暴走を防いでくれるから。
そんなことを考えていると、朝ごはんができたみたいで、リクさんが呼びに来てくれる。
「朝ごはんの準備が整った。作業を切り上げてくれ」
「わかりました。ちなみに、今日の朝ごはんはなんですか?」
「肉まんとカボチャのプリンだ」
「むっ、珍しいですね。朝からデザートが付くなんて」
「まだまだスイート野菜の調理法がわからないからな。市販のものと扱いが違う分、いろいろな料理に挑戦して、特徴を把握するようにしている」
商人が仕入れてくる未完熟のスイート野菜とは違い、野菜畑では完熟したものを収穫している。その影響を受けて、リクさんが試行錯誤しながら、調理してくれていたみたいだ。
他の獣人たちも食事を楽しみにしているから、リクさんも料理のやりがいがあるんだろう。
私としては、リクさんの料理を余分に食べられてラッキー、としか思っていないが。
冷めないうちに朝ごはんに向かおうとして、作業に区切りを付けると、リクさんが少し恥ずかしそうに目を逸らした。
「急で悪いんだが、今日の昼から時間を作ってくれないか?」
「構いませんよ。どうかされましたか?」
「いくつかヒールライトを持って、国王を訪ねたいんだ」
「もしかして、国王さまの具合が悪いとか……」
「いや、ベールヌイの地でヒールライトが栽培されている、という事実確認が目的だ。現物を見ない限り、納得しない者も多いんだろう。レーネも同行するように言われている」
アーネスト家が没落したことで、国産のヒールライトが手に入らないと思う人が出てきているのかもしれない。まだヒールライトを領内に卸している段階だし、王都まで出荷しようと思うと、時間がかかるだろう。
国王さまが危惧するのも、当然のことだった。
「わかりました。準備しておきますね」
「頼む。遠征に向かう前に、魔獣化の調子も確認しておきたいからな」
ちょっぴりソワソワするリクさんの姿を見て、本命はそっちなんじゃないかと推測する。
もしかしたら、モフモフされる正当な理由を探していたのかもしれない。ジャックスさんの言っていた、尻尾を触られても受け入れていた、と言うことにも納得がいく。
領主のプライドや周りの獣人たちの目があると、それが言いにくいだけであって。
リクさんも寂しがってくれているのかなと思い、ジーッと見つめていると――。
「心配しなくとも、今回は王都までゆっくりと向かうつもりだ。魔獣化した状態で駆け抜けても、髪型が崩れるほど風を浴びることはあるまい」
顔を赤くしたリクさんに、長時間の旅を提案されてしまう。
薬草栽培があるから日帰りになるけど、二人きりでモフモフ旅行。ただ気遣ってくれているようにも思えるが、リクさんの性格を考慮すると……。
で、で、でででデートのお誘いのような気がしてきた。い、いったん、お、お、落ち着こう。
「こ、今回は髪型が崩れないんですね。で、では、マノンさんに整えてもらった方がいいですかね?」
「そ、そうだな。王都は身なりに気遣う者も多い。着飾った方が自然かもしれない」
「へ、へえ……。じゃ、じゃあ、服も頑張ってみようかなー……な、なーんて」
「ま、まあ、この地の方が危険だからな。王都になら、好きな服装で出かけてもいいんじゃないか」
互いに変に意識してしまったみたいで、ちょっぴりぎこちない会話になりつつも、私たちは心の内を探り合う。
デートですよね? と言いたい私と、デートだぞ? と言いたげなリクさん。しかし、どちらもデートというパワーワードを出すことはない。
そのため、しばらく硬直状態が続き、朝ごはんに出遅れるのであった。





