第51話:闇夜から現われる者
無事にドレスのデザインが決まり、今日も平穏な日常を終えようとしている頃。私は地べたに腰を下ろし、一人で薬草菜園を眺めていた。
「リクさんに何をプレゼントしたらいいんだろう」
誰かにプレゼントを贈る、そんな経験をしたことがない私は、とても頭を悩ませている。
一般的に貴族がプレゼントを贈る場合、花やアクセサリーが多いのだが……。
「花は枯れるし、アクセサリーもダメか」
さりげなくマノンさんに確認したところ、獣人はアクセサリーを身に付けない傾向にあるとわかった。
獣人の大きな耳にピアスは難しいし、ネックレスは首輪みたいで嫌う。料理に指輪やブレスレットは邪魔になる可能性が高いので、アクセサリーは贈りにくい。
ジャックスさんが提案してくれたのも、私が何か作ることを前提としていたわけであって――。
「薬草以外の知識がないから、こういうのは向かないなー……」
植物学士の教育を受けてきた私は、貴族らしさがないだけでなく、女子力もゼロ。胃袋をつかむ側ではなく、つかまれた側だった。
薬草栽培でリクさんの力になれているとはいえ、もう少し何とかしてあげたい。たまには妻らしいことができたらいいのに。
そんなことを考えながら薬草たちを眺めていると、不意に暗闇から黒い獣人みたいな人が現われる。
頭に二本の黒い角を生やし、細身ながらも筋肉質の男性。鋭い目つきと黒髪が印象的で、とても顔立ちが整っていた。
不思議なことに、ここまで歩いてきたというよりは、急に現れたような印象を受ける。
「邪魔したか」
「いえ、どちら様でしょうか……?」
嫁いできて一か月以上も経つのに、まだ会ったことがないような気がする。
「我の名はベリアル。そうだな、ベリーちゃんとでも呼んでもらおうか」
「べ、ベリーちゃん……?」
「貴様の顔を見て、親しかった人族に付けてもらったあだ名を思い出したのだ。なかなか良いあだ名であろう」
「は、はぁー……」
この独特な雰囲気、間違いなく初対面だと断定できる。ベールヌイの地に住む人々とは、少し雰囲気が違っていた。
「不審に思う必要はない。見事なヒールライトが咲いたと聞き、興味があって見学に来ただけのこと」
「あっ! ちょっと! 勝手に入らないで――」
「固いことを言うでない。ヒールライトを傷つけはせぬ。我の体には合わぬゆえにな」
めちゃくちゃ自分勝手な人……だと思いつつも、彼の言葉に嘘はない。ちゃんと足場を選んで歩いているし、ヒールライトが嫌がっているような雰囲気はなかったから。
なんだろう、この人。とても不思議な人だ。体を屈めてヒールライトをじっくり見ているけど、決して触ろうとはしない。
「なかなかよく栽培しておるな」
「あ、ありがとうございます」
「しかし、もう少し温厚な薬草にも気を使ってやれ。こやつは虫と遊びすぎて茎を噛まれておるぞ」
「えっ?」
栽培者の私でも知らないことを聞かされ、思わず駆けつけてみると――。
「た、確かに……」
葉の影になって隠れていた見えにくい部分が、虫に食われていた。
自惚れるわけではないが、この国でヒールライトを栽培できるのは、私しかいない。それなのに、その私が気づいていないことをたった数秒で見抜くなんて。
すっっっっっごい腕の良い植物学士の方……なのかな?
「薬草には痛覚が存在しないゆえ、過度に虫と戯れるものもおる。このまま放っておけば、栽培者に構ってもらえないと思い、ひねくれ始めるであろう」
構ってほしいとアピールするヒールライトもいれば、何も言えずに我慢しているヒールライトだっている。この子は後者であり、私に不満を持っているけど、言えないタイプの薬草だった。
この的確なアドバイス、やっぱりベリアルさんは薬草の専門家に違いない。不審者っぽい印象は抱くけど、薬草に害を与える気配はなかった。
「ちょっと栽培量を増やしすぎましたかね」
「金の魔力を保有できるのであれば、問題あるまい」
「そうですか、よかったですー。でも、なんでそんなに詳しいんですか?」
おばあちゃん並みに薬草の知識が豊富なベリアルさんを見て、思わず前のめりになって聞いてみる。
しかし、答えにくいことだったのか、ちょっぴり浮かない顔をしていた。
「思い出と共に記憶している。いつまでも色褪せてくれず、忘れられないのだ」
金色に輝くヒールライトが咲いている頃って……。亀爺さまの話を思い出す限り、この国だとかなり前になると思うんだけど。
詳しく聞きにくいなーと思っていると、ベリアルさんはまた違うヒールライトの様子を確認し始めた。
「お主の方は何を悩んでおったのだ?」
「べ、別に何でもないですよ」
「では、我がリクとやらに欲しいものを聞いてやろう」
「聞いてたんじゃないですか! 独り言を盗み聞きしないでくださいよ」
「クククッ。聞こえてしまったものは、しょうがないであろう。広められたくなければ、早く詳しい事情を話せ」
別にサプライズでプレゼントしたいとは思わないけど、リクさんの耳に入ったら、断られるのは目に見えている。
私に負担がかからないようにと、いつも気遣ってくれてばかりだから。
そういった意味でも、ちゃんとプレゼントを贈りたい。よって、ベリアルさんに話すしか道はなかった。
「旦那さまが魔物と戦うために戦場に向かうので、何か作って贈りたいなーって考えていたんですよ」
「ふむふむ。なるほど」
「でも、何を贈ればいいのかわからなくて」
「ほほぉ、そう言うことであったか」
どうして私は今、出会ったばかりの人に相談しているんだろうか。他に相談できる人がいるのかと聞かれたら、頼りになりそうな人はいないと答えるけど。
領民たちや侍女たちに相談すれば、あっという間に噂が広がるだろうし、ジャックスさんは、私が作れば何でもいいと言う。マノンさんは肉一択だとわかりきっているので、こういった相談には向かない。
交友関係が少なく、友達がいない私にとって、恋愛の悩みは難題になっていた。
しかし、ベリアルさんは何か思いついたのか、笑みを浮かべて立ち止まる。
「ヒールライトで護符を作るのはどうだ?」
「護符……。お守りのことですか?」
「そうだ。我の手助けがあれば、うまくいくであろう」
薬草で護符を作るなんて……。おばあちゃんの栽培日誌にも出てこなかったけど、本当に大丈夫なのかな。
「私の知る限り、薬草でお守りは作れませんよ」
「すべての材料をヒールライトで作るわけではない。先に布で護符を作り、そこにヒールライトの魔力を付与するのだ」
ベリアルさんの提案を受けて、私の心に希望の光が差し込み始める。
ヒールライトの魔力を付与すれば、リクさんの魔獣化も落ち着きやすくなるかもしれない。無事に生きて帰ってくる可能性が高まるし、良いプレゼントになる気がしてきた。
「その様子だと、決まりだな。これからはたまに足を運んで、我が護符の作り方を教えてやろう。感謝するといいぞ」
「きゅ、急に決められても困ります。ベリアルさんがどこの誰かも――」
「ベリーちゃんだ。我はそのあだ名を気に入っておるゆえ、そう呼ぶがいい」
「べ、ベリーちゃん……」
「そうだ。それでいい」
そんなに大事なあだ名なのかな。私の顔を見るまで、忘れていたはずなのに。
「では、護符を作る準備をしておくがいい。日を改めるとしよう」
「あっ、ちょっと!」
そう言ったベリーちゃんは、ヒールライトの魔力で照らされているにもかかわらず、スーッと暗闇に消えていった。
走り去ったわけでも、飛び去ったわけでもない。暗闇に溶け込むようにして、忽然と消えてしまったのだ。
「ベリーちゃん、いったい何者なんだろう。悪い人のようには思えなかったけど」
獣人のようで獣人ではない、そんな気がしてならなかった。
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