第50話:ドレスの期待を胸に
裏山の野菜畑から帰ってくると、私は侍女たちの熱烈な歓迎を受け、寝室に案内された。
そして、そこで始まったのは――。
「奥方、バンザイ」
身体測定である。
「うぐっ……。まさかドレスを特注するのに、体の細部までサイズを測られることになるとは」
「特注だから仕方ない。はい、バンザーイ」
マノンさんの誘導に従い、スーッと両手を上げて、メジャーで測定してもらう。
何のリアクションもせず、声を出さずにサササッとサイズをメモしてくれるのは、本当にありがたい。いくら部屋に侍女しかいないとはいえ、それだけは絶対に知られたくなかった。
私がガリガリに痩せこけていたのは、もう過去の話。今となっては、リクさんの料理でブクブクと育ち、お腹周りがフニフニしている。
薄々気づいていたけど、ちょっと太りすぎたかもしれない。このサイズでドレスを作るなら、今の体型を頑張ってキープしよう。
花より団子の私が、リクさんのおいしい料理を前にして、ダイエットなんてできるはずがない。そのため、早くも痩せることは諦めている。
今はもっとドレス作りを楽しむべきだ。せっかく侍女たちも集まり、ドレスのデザインを考えてくれているのだから。
「リボンはどう~?」
「フリルは多い方がいい~?」
「ミニで攻めちゃう~?」
特注ドレスを作るのは初めてみたいで、みんな楽しそうだ。女性陣だけの一大イベントのような雰囲気になっている。
そして、誰よりも力が入っているのは、体のサイズを測定してくれたマノンさんだった。
「今は体のラインを見せるセクシー系が流行っている。スカートは短め、スリットを入れるとポイントが高い」
マノンさん、いったいどこでそんな情報を。私が体のラインを見せたら、無駄なお肉がドレスに乗っかるという大事件が勃発するというのに。
「胸元開けちゃう~?」
「背中見せちゃう~?」
「おへそ出しちゃう~?」
次々にセクシーなデザインを提案され、私は思わずお腹を押さえる。
「大丈夫。奥方はお腹を出せるタイプ。ドレスを着る一週間前から食事を抜けば、超スリムに見える」
「絶対に無理ですね。ごはんの誘惑に勝てる気がしません」
「うん、そうだった。へそ出しは諦めよう」
さすがは私の専属侍女、物分かりがいい。食い意地を張っている者同士、通じ合うものがあったみたいだ。
じゃあ、特注ドレスはどうするのか……と聞かれたら、何も言えなくなってしまう。
リクさんの好みがわからないし、聞いても教えてくれそうにない。流行しているものを作るのが無難だと思うけど、大胆なものは避けたいし、肌の露出も極力控えたい。
かといって、無難なものを作るのであれば、わざわざ特注にする意味がないと思う。
うーん、どうしたらいいんだろう……と考えていると、ふとマノンさんと目が合った。
「初めて作るものだし、奥方の好みに合わせた方がいいかもしれない」
私の好み……か。つまり、私が着てみたいドレスを作る、っていうことだよね。
そんな贅沢なことをしてもいいのかな、と思いつつも、侍女たちの顔色をうかがうと――。
「流行はすぐに変わるもんね~」
「体形もすぐに変わるもんね~」
「着たいの着た方がいいもんね~」
マノンさんの意見に賛成みたいで、反対する人は誰もいない。とにかくみんなでドレスを作ることが嬉しそうだった。
「私の好きを詰め込んだドレス……。ちょっと恥ずかしいですけど、せっかく作るなら、着たいと思えるものがいいですね」
「うん。やっぱり奥方の好みに合わせよう」
せっかく公爵夫人になったんだし、お金も使わなきゃいけないんだし、特注だし。今回はいっぱい我が儘を言って、可愛いドレスを作ってもらおう。
ドレスの方向性が決まったとはいえ、急に言われてもすぐに出てこないが。
「ちょっと考えてみるので、待ってくださいね。私の好きなものは――」
ベーコンエッグマフィン。いや、違う。それは今日の朝ごはんであり、好きの方向性が異なる。
良さそうな服……と記憶を呼び起こしてみても、趣味嗜好の違った義妹の奇抜なドレスしか頭に浮かばない。この前のパーティーで見たドレスを思い浮かべても、大人っぽいドレスばかりで、私にはまだ早い印象だった。
うーん、と頭を悩ませていると、一つの小さなドレスを思い出す。
私がかなり小さい頃、おばあちゃんに買ってもらった可愛いドレスがあったはず。着る機会がほとんどなくて、気づけばサイズが合わなくなり、着られなくなったものだ。
あの時のドレスをベースにして、新しくデザインしてもらうのはどうだろうか。
記憶が曖昧だから、ハッキリと思い出せないけど、えーっと……。
「リボンがたくさんあしらわれたもので」
「リボン多めがこんな感じ~」
「フリルもいっぱいついてて」
「フリル多めがこんな感じ~」
「肌の露出は控えめで、薄桃色のドレスがいいですね」
「全部合わせるとこんな感じ~」
仕事が早い! 普段はおっとりしているのに、絵を描く早さとセンスがすごかった。
スカートと袖にフリルをたっぷりと使い、大きさの異なるリボンをアクセントにして、全体をビシッと引き締めている。薄桃色をベースにしながらも、白色を混ぜて色に深みを出していた。
でも、やっぱりスカートが短い。膝の少し上だったら、太ももは隠れるから悪くないんだけど……。
「いい感じですけど、もう少しスカートは長くできませんか?」
「う~ん、これ以上はデザインが変になっちゃうよ~。こんな感じかな~」
「た、確かに。一気にダサくなってしまった」
「足が気になるなら、タイツで誤魔化そう~」
「あの締め付ける感じが苦手なんですよね……」
「今はゆったりしたものもあるよ~」
なん、だと!? 締め付けないタイツなんてものが存在していたの!? タイツを履き慣れていない私にピッタリではないか!
もしかしたら、着痩せするタイツなんかも……いや、それはさすがに夢を見過ぎか。
「では、これでいきま――」
「奥方。ヒールの高い靴を履いた方がリクとの身長差は埋まると思う」
マノンさんの意見を聞かされ、私はハッとした。
リクさんの好みばかり意識していて、身長差を考慮していなかったのだ。
しかし、一つだけ大きな問題がある。
「実を言うと、ヒールの高い靴を履いたことがないんですよね」
前回、初めてパーティーに参加した時も、ローヒールの靴を選んでいる。薬草栽培で柔らかい土の上ばかり歩いている私は、オシャレな靴を履くタイミングがないから。
「ヒールの高い靴を履いて、すぐに歩けるものでしょうか」
「慣れるまでは歩きにくいし、靴擦れが痛い……らしい」
「侍女の仕事をしていたら、履かないですよね」
他の侍女たちも頷いているし、屋敷内をヒールで歩く人は見たことがなかった。
そんな屋敷で一人だけヒールを履くのは、不安が残ってしまう。しかし、リクさんとの身長差を埋めるというメリットは大きい。
リクさんの隣を歩く時、物理的に顔の距離が近くなれば、きっと強く意識してもらえるはず。女の武器の一つとして、ここはヒールを採用したい。
「靴は高めのヒールにしましょう。……万が一の時に、ローヒールの靴も作ってもらっていいですか?」
自分の身体能力を考慮して、靴だけ二つ用意してもらうのであった。





