第48話:踊るニンジン
マノンさんに連れられて、スイート野菜を栽培している裏山にやってくると、そこには少し変わった光景が映し出されていた。
「ぐぬぬぬ……。クソッ、抜けん。これが噂の勇者だけが抜けると言われた伝説の剣か」
「どれどれ、俺にもやらせろ……って大根じゃねえか!」
野菜畑も少し拡大して、新しく大根とニンジンを栽培している。それが早くも収穫できるまで育ち始めていた。
「おーい、大根の収穫は後でいい。先にニンジンの収穫を手伝ってくれ」
大根もチラホラと立派なものが出てきているが、熟しているのは、まだ数本程度しかない。
一方、完全に熟したニンジンは収穫のピークを迎えているため、大勢の領民たちが収穫作業に挑み、賑わっていた。
芯に向かうほど鮮やかなオレンジ色になるスイートニンジンは、甘みがグンッと強くなるため、早くもつまみ食いに走る領民たちから絶大な支持を得ている。
「このニンジン、すりおろしただけでジュースになっちまうぜ!」
「栄養満点で喉ごしも最高かよ」
「子供に好かれる野菜部門第一位になれる素質があるな」
話を盛りすぎな気もするが、一概に大袈裟とは言えない。スイート野菜から作るキャロットジュースは、フルーツジュースにも負けないほど甘く、貴族にも根強い人気を持っているのだ。
よって、収穫したばかりのニンジンを川で洗い、その場ですりおろしたキャロットジュースは、最高に贅沢なものである。
思わず、マノンさんがキャロットジュースで餌付けされてしまうほどに。
「つまみ食いは多くない。大事に飲まないと」
チビチビと飲むマノンさんには、カボチャのポタージュに続く新しい料理の開発に期待している。
個人的には、寒い時期にピッタリなシチューを作ってくれたら、非常に嬉しい。スイート野菜をたっぷりと使ったシチューなんて、最高に贅沢なものになるだろう。
そして、リクさんがどんな料理で対抗してくるか、それもまた楽しみなのであった。
みんながワイワイと盛り上がる中、新作料理のことを考える私は、スイート野菜たちに水やりをしていく。
栽培する野菜の数が増えれば、水やりにムラができて、枯れたり腐ったりしやすい。野菜だけでなく、地面の様子も見ながら巡回して、野菜畑の状態を確認していた。
すると、途中で腕を組んで悩む男性に呼び止められる。
「お嬢、このニンジンだけ様子がおかしくねえか? さっきから妙に揺れてるんだが」
そう言われて見てみると、葉をユサユサと上下に揺らし、リズミカルに踊っているニンジンがいた。
「機嫌がいいみたいですね。大勢の人がワイワイしているのが楽しいんでしょう」
「ほぉ、そういうもんなのか。意外に庶民的なタイプなんだな」
貴族が食べる野菜なだけであって、スイート野菜は普通の野菜とほとんど変わらない。魔力のこもった水で栽培すると、甘みが増すというだけだから。
まあ、魔力を豊富に宿していない限り、こうやって野菜が自立して動くことはないが。
「こういう子はすぐに収穫せず、楽しませておいた方がいいですね。他の野菜たちにも良さを伝えてくれるので、良い影響を生みやすいんです」
「口コミみてえなもんか」
「人間社会で例えると、そういう認識で大丈夫かと」
今までスイート野菜を育ててきたこともあり、領民たちは受け入れるのが早い。
普通はジャックスさんみたいに頭を抱えると思うんだけど。
「毎度のことながら理解に苦しむぜ。野菜が自立して動くとはな……」
「魔力が豊富に含まれると、それを消費して動かすみたいですよ。彼らも生きていますからね」
本来であれば、植物は魔力を溜める傾向にあるので、こうした行動は滅多に見られない。領民たちが精を出して栽培しているため、ニンジンも応えてくれたんだと思う。
「野菜が魔力を消費したら、味が落ちるんじゃねえのか?」
「魔力量で味が決まるわけではありません。どちらかと言えば、機嫌が良くなった分、甘み成分を強く分泌するみたいで、おいしくなる傾向にあります」
「暴れまわる野生動物の肉は旨い、みたいなもんか。……いや、納得できねえな。余計にわからなくなっちまった」
ジャックスさんを含めた騎士の皆さんは、野菜畑の警備がメインなので、まだまだスイート野菜のことが理解できていないみたいだ。
植物が自立して動くことはない、という常識に囚われ、現実を受け入れることができていない。
そんなジャックスさんの姿を見て、機嫌の良いニンジンがからかうようにイエーイ! と、ガサガサガサッと葉を揺らしていた。
リアクションの違う人たちがいっぱいいるため、スイート野菜も楽しんでいるんだろう。
この栽培スタイルは、スイート野菜たちにとって、良い環境を作り出しているのかもしれない。
「今回も豊作になりそうですね。このニンジンは、獣人の舌を唸らせると思いますよ」
「そいつは楽しみだが……、頭が痛くなってきた。俺は先に休憩させてもらうぜ」
いつまでも現実を受け入れることができないジャックスさんは、お手上げだと言わんばかりに、機嫌の良いニンジンに背を向けるのであった。





