第47話:輝く薬草
乾燥したヒールライトを用意するべく、私は薬草菜園をウロウロしていた。
「リクさんの魔獣化を抑えるなら、純粋に魔力量で選んだ方がいいかな」
薬草の厳選というのは、意外に難しい。同じ品種であったとしても、成長に差が生まれてしまうし、それぞれ性質……というか、性格が違っていた。
葉に魔力を集めて陽の光を多く取り入れようとするもの、茎に魔力を集めて背を高くしようとするもの、根に魔力を集めて水をいっぱい欲しがるもの。
薬草も自我を持って生きているため、どういう薬草になりたいのか、自分で考えながら成長しているんだろう。
その結果、立派に育ってくれるのなら、栽培者としては嬉しいんだけど……。
ガサガサガサッ
私が心の声を漏らしたこともあって、薬草菜園のあちこちで、魔力量に自信のある薬草たちが揺れていた。
彼らの希望通りに薬草を摘み取るわけにはいかない。負傷者の治療にも必要だし、魔獣の血を抑制させる効果は限定的だから。
「はいはい。ちゃんと魔力量を比べて、上から順番に摘み取るからね。選ばれなかったとしても、落ち込まないでね」
ガサガサガサッ
みんながわかってくれたみたいなので、立候補してくれた薬草たちの中から厳選することにした。
本来であれば、こうして薬草たちが競い合うことはない。もっと協調性を大事にして、凛とした姿を見せ、静かにアピールするだけだ。
しかし、現実は違う。自己主張が激しくなった薬草たちは、構ってほしそうに揺れていた。
「随分と甘えん坊な薬草に育ったよね。増やしすぎたかな……」
今後はもっと薬草の需要が増えると思い、薬草菜園を拡大したことで、薬草たちに変な影響を与えてしまったのかもしれない。
これ以上増えると、自分たちが構ってもらえなくなると誤解して、積極的になったんだろう。
実家で栽培していた時みたいにブーブーと文句を言ってこないなら、別にいいんだけど――。
ガサガサガサッ
ガサガサガサッ
運が悪く魔力自慢が隣り合っている薬草があって『俺の方が魔力量は一番だ』『いーや、俺だね』と言わんばかりに葉を揺らし、互いに張り合っていた。
どっちも魔力量が多いのは認めるけど、こういう行動を取られると、両方摘み取ることは難しくなってしまう。
他の薬草たちに、いっぱいアピールしたら選ばれる、と誤解されるわけにはいかなかった。
「うーん……。魔力量だけで言えば、ギリギリこっちの勝ちかな」
魔力量が勝っていた方を摘み取ると、選ばれなかった薬草は、ツーンッとそっぽを向いてしまう。
「コラッ。上から順番に摘み取る約束でしょう? 拗ねちゃダメだよ」
ビシッと注意すると、そっぽを向いていた薬草がシュンッと萎れたので、反省してくれたことだろう。
薬草と交わした約束は互いに守らなければならない、それがおばあちゃんの教えだった。
引き続きアピールする薬草たちの元に向かいながら、魔力量が多いものを厳選して摘み取っていく。
こうして誰かのためだけに摘み取るのは、これが初めてのこと。そんな些細なことが嬉しくて、幸せな日常を実感していた。
リクさんが無事に帰ってこられるように、みんなが守ってあげてほしい。この幸せな日々が、いつまでも続いてほしいから。
***
そのまま作業を進め、薬草の厳選が終わる頃。まだまだ構ってほしそうな薬草たちをなだめていると、亀爺さまがやってきた。
「奥さまは薬草と仲がよろしいですな」
薬草たちと戯れる姿を見られるのは恥ずかしいけど、亀爺さまは特別だ。おばあちゃんと同じような風格があるので、ついつい心が和んでしまう。
「薬草たちと仲良くなれたのは、まだまだ最近のことだと思いますよ。この地で栽培を始めるまでは、彼らに好かれているとは思えませんでした」
「そのようなことはありますまい。栽培者を幸せにしたいと願わぬ限り、ヒールライトは金色の魔力を生成しないと言われておるんじゃ。一日や二日で絆ができるほど、ヒールライトは甘くありませんぞ」
さすが長寿の亀爺さま。記憶があるときは頼りになる。
でも、どうしておばあちゃんの栽培日誌にも書かれていなかったことを知っているんだろう。
「ヒールライトにお詳しいですね」
「二千年も生きておれば、薬草を育てることはできんでも、いろいろと話を聞かせてもらえるもんじゃよ」
「なるほど。私の顔を見て、すぐにアーネスト家だとわかっていたのは、そう言うことだったんですね」
「当然じゃ。奥さまはご先祖様にそっくりでのう。こうして話しておると、この国を建国した時のことを思い出すもんじゃよ」
亀爺さまは懐かしむように笑みを浮かべて、薬草畑を眺めているが……。建国した時となれば、千年以上も前の話なので、気が遠くなるほど昔のことだった。
古い記憶を呼び覚ますついでに、魔獣化の治療薬のレシピも思い出してくれたらいいんだけど。
「あの頃は開放的な国が多く、魔族や竜人族とも交流があってのう、争いが絶えない時代じゃった。ワシも若い頃は甲羅をブイブイと言わせて、魔族とよく喧嘩したもんじゃよ」
……甲羅をブイブイ言わせるって、どういう状態なんだろう。再現してほしいけど、年老いた体で無理をさせるわけにはいかないし、気になるなー。
「いろんな種族と共に過ごしたが、未だに忘れられん光景がある。ヒール種の薬草畑があたり一面に広がり、金色の魔力に虹がかかっておったことじゃ。それはそれは神々しくて、まさに絶景という言葉がピッタリでのう……」
昔のことを嬉しそうに話す亀爺さまを見ていると、こう言った話に付き合うのも悪くないと思った。
おばあちゃんから受け継ぐことのできなかった薬草の歴史を知る良い機会にもなるし、単純に聞いていて面白い。
どうやら昔は、ヒールライトと一緒に他の品種も育てていて、ヒール種の魔力が飛び交っていたみたいだ。
きっとヒールグリーンやヒールブルーなども正しく育てることで、ヒールライトと同じように魔力が輝き始めるんだろう。
現代ではそんな話を聞いたことがないから、栽培者の心が反映するという薬草の特性が邪魔をしているのかもしれない。
昔と違って、世知辛い世の中である。
「ヒールライトの金色の魔力に、他のヒール種の魔力が虹をかける……か。いいですね。私もそんな光景を見てみたいです」
「奥さまならできるやもしれませんな。こうして元気な薬草を育てておられますからのう」
今はヒールライトで手一杯だけど、いつかは――。
「不思議ですね。亀爺さまに言われると、なんだか本当に大丈夫な気がしてきました」
「大したことは言うておらんよ。ここまで綺麗なヒールライトを見せてもらうのも、本当に久しぶりなんじゃ」
そう言って亀爺さまが薬草菜園を褒めてくれるのは、素直にありがたい。私も初めて見るだけに、珍しい光景だとは思う。
でも、この土地は元々、おばあちゃんが管理していたわけであって……。
「五十年前、おばあちゃんがこの地で薬草を栽培していましたよね。その時はこういう光景じゃなかったんですか?」
「あの時は急であったからのう。ヒールライトではなく、ヒールグリーンの種を持ち込み、栽培してくれたんじゃよ」
「なるほど。魔物との戦いだと、切り傷や打撲に効果的なヒールグリーンの方が効果的ですもんね」
そんなことを言うのは簡単だが、ヒール種の特性を考え、状況に応じて栽培するのは、とても難しい。
ましてや、初めて訪れた土地で多くの薬草を栽培しようとするなんて、至難の業だった。
おばあちゃんみたいな植物学士になる日は、まだまだ遠い道なのかもしれない。
「それはそれで綺麗な光景じゃったが、奥さまも負けてはおりませんぞ」
「……ありがとうございます」
聖女と呼ばれたおばあちゃんと比べても仕方ないか。私も薬草をいっぱい育てられるようになったし、スイート野菜も栽培しているんだから、もう少し自信を持とう。
そう気持ちを切り替えて、私はヒールライトの天日干しをするのだった。





