第40話:不運の再会
「お義姉さま……! よかった、ここにいたのね!」
「えっ……。カサンドラ?」
不意に声をかけてきた義妹を見て、私は警戒する。
実家を離れたとはいえ、長年同じ屋根の下で過ごしてきた義妹を忘れることはできない。今まで数々の嫌がらせをされ、マウントを取られ続けてきたのだから。
しかし、いつも煌びやかなドレスを着ているカサンドラは、随分とこう……みすぼらしいドレスを着ていて、明らかに様子が変だった。
「どうしたの? そんな格好をして」
「こっちの台詞よ。頬が痩せこけて可愛かったお義姉さまが、こんなにもふっくらして……」
見間違えられたのは、私も同じらしい。まあ、実家で暮らしていた時と比べれば、生活水準が何倍にも上がっているため、驚かれるのも無理はないだろう。
今や服装も体型も違えば、肌の色艶も髪質まで変わっていた。
そして、それはカサンドラにも同じことが言える。私と違って、悪い意味で、だが。
「カサンドラは少し痩せたみたいね」
「そうなの。お義姉さまがいなくなって、大変だったから」
「……大変? あれほどの大金を手にしたのに?」
私が嫁ぐとき、アーネスト家の十年分の収入ともなる金貨八千枚が支払われたはず。この短期間で不自由することなんて、普通に考えてあり得ない。
ただ、事態は思っている以上に深刻みたいで、カサンドラの表情は真剣だった。
「お義姉さま、先に確認させて。アーネスト家で育てていた薬草、お義姉さまが持っていったわよね?」
「もちろん。今でも大切に育てているわ」
「よかった。じゃあ、それを全部返してほしいの」
突然、まったく予想していないことを言われた私は、思わず目が点になってしまう。
分けてほしいとか、買い取らせてほしいなら、まだわかる。しかし、返してほしいと言ってくるのは、まったく理解できなかった。
ただ、カサンドラが冗談で言うはずもなくて……。
「お義姉さまはアーネスト家を出ていったんだから、薬草を受け継ぐ資格がないわ。返してもらうのは、普通のことよね」
見た目や服装は変わったけど、どうやら中身までは変わっていないらしい。今までの経験から推測すると、栽培し終わった薬草を奪い取り、自分たちの利益にしたいと推測できる。
普通に考えて、薬草はベールヌイ家の所有物であり、私だけのものではないとわかると思うんだけど。
「あのね、カサンドラ。婚約の条件に提示され、アーネスト家が了承した以上、そんな言い分は通らないのよ」
「お義姉さまの意見は聞いてないわ。私が返してって言ってるんだから、返さないとダメよ」
王都で開かれているパーティーの最中に、そんな我が儘を言い出さないでほしい。私たちの様子が変だと、周囲の貴族が気づき始めている。
ただ、気にした様子を見せないカサンドラは、睨み付けてくるように目を細めていた。
「それにね、幸せそうな生活を送るお義姉さまなんて、見ていられないの。泥水でもすすっていそうな、顔色の悪いお義姉さまが好きだったのに」
カサンドラが全面的に嫌悪感を出してくると同時に、絶対に会いたくなかった二人の男女が近づいてくる。
「おお、レーネ。まだ化け物公爵に食われていなくて安心したよ」
「本当によかったわね、あなた。おいしそうな肉付きになるまで、育てられていたみたいよ」
残念なことに、父と義母までパーティーに参加していたみたいで、顔を会わせることになってしまった。
「さあ、レーネ。悪いことは言わない。持ち出した薬草を返しなさい。獣臭い獣人共が使うには、もったいないものだ」
「そうよ。あなたにも不要なものだから、カサンドラのものとして使ってあげるわ」
まるで私が悪いと言わんばかりの口調で、父と義母にまで薬草の返還を求められてしまう。
自分たちが楽に生きられるようにと、私から奪うことしか考えていないらしい。少し会話しただけで、この人たちも何も変わっていないと察することができた。
明らかに変わったことがあるとすれば、それは私の方かもしれない。
「どういう意図があるのか知りませんが、正式な取引として、薬草の株分けは認められたものです。今はベールヌイ家の所有物になります」
今までこの人たちに何を言われても聞き流せていたのに、今はそれができない。リクさんやベールヌイ家の悪口を聞いて、自分でも知らないうちに反論していた。
こうなってしまったら、父は逆上して怒り始めるはずなのだが……。なぜか今日はぎこちない笑顔を作って、表面を取り繕っていた。
「ま、待ちなさい、レーネ。仕方ない、アーネスト家に戻ることを許可してやろう」
「そ、そうね。薄汚い娘にピッタリな物置を用意してあげましょう」
「し、心配しなくても大丈夫よ、お義姉さま。今までと同じ生活は保障してあげるわ」
私はいったい何を言われているんだろうか。今さら実家に戻り、以前と同じような生活を送れと言われても、了承するはずがない。
食べるものもない、着るものもない、寒さを凌ぐ布団もない。育てた薬草の利益はすべて持っていかれ、埃のかぶった物置で生活する。
そんな生活に戻りたいと思う人は、この世にいない。この人たちも私と暮らしたくないから、そういう提案しかできないのだろう。
薬草という収入源が欲しいため、妥協したつもりで提案してきているのだ。
もういい加減にしてほしい。私はもう、あなたたちと関わるつもりはないのだから。
「実家に戻るつもりはありませんし、薬草を渡すこともありません。私はいま、公爵夫人として幸せに過ごしておりますので、邪魔しないでいただけませんか?」
ハッキリとした口調で伝えると、彼らの本心は別にあったみたいで、明らかに父は激怒していた。
「下手に出ていれば、いい気になりおって! いいから親の言うことを聞け!」
父の力強く握った拳を見て、私は静かに目を閉じた。
王都のパーティー会場で殴られたら、今後は二度と関わらなくて済むだろう。自分のためにも、ベールヌイ家のためにも、この場で実家と縁を切るべきだと思った。
しかし、一向に父の拳が届く気配がない。その代わり、顔を撫でるように何かに触れられて、くすぐったい。
思わず、チラッと目を開けてみると、そこには金色の尻尾がユラユラしていて、私の顔を撫でていた。
「伯爵家が公爵家に敵対したと受け取った。何か言い訳はあるか?」
父との間に入ってくれたリクさんの背中だけが、私の瞳に映し出されていた。





