第39話:王城にて
星が輝く夜になると、パーティーに参加するため、私は魔獣化したリクさんに乗って王都へ出発した。
国王さまに招待されたこともあり、今日は公爵夫人としての振る舞いが求められる。それに相応しい格好も必要なので、マノンさんに素敵な青いドレスを着せてもらい、宝石付きのネックレスを身に付けていた。
髪やメイクも整えて、できる限りのオシャレをした私が、旦那さまと一緒にパーティーに出かける日が来るなんて。しかも、リクさんのモフモフに癒されながらの旅……いや、これはもうデートと言っても過言ではないだろう。
なーんて一人で盛り上がっていたのだが、現実は甘くない。
魔獣化したリクさんが猛スピードで走る影響で、セットした髪が崩れるほどの強風に襲われてしまう。
何とか風魔法で防壁を展開したから乗りこなせたものの、さすがにもうコリゴリ。帰りはゆっくり進んでもらおうと心に誓った。
何日もかかる距離を数十分でたどり着き、城門をぴょーんっと軽く飛び越えたリクさんが、王城の一際大きなベランダの上に着地する。その瞬間、武器を構えた屈強な騎士たちに取り囲まれてしまう。
それもそのはず。ベランダのある部屋で書類整理している人物は、この国で一番身分の高い方だったのだから。
「フハハハ、まさかそう来るとは。手紙が届いていたからよいものの、反逆だと思われてもおかしくないぞ。マーベリック」
すぐに国王さまの部屋だと察した私は、一気に血の気が引く。もはや、言い逃れができないほどの失態だった。
「クククッ。結婚して飼われる立場になるとはな」
まあ……国王さまが面白がってくださっているから、許してもらえそうな雰囲気があるけど。
一触即発だった騎士たちにも、戸惑いが見え始めていた。
「ガウッ」
国王さまの言葉を聞いて、リクさんはフンッとへそを曲げてしまうが。
「ちょっと、リクさん!? 召喚命令で呼び出されているんですから、もっと穏便にお願いしますよ」
「ガ、ガウゥ……」
いつも沈着冷静な感じなのに、国王さまに反抗してどうするんですか、まったく。一番心地よさそうな首元を撫でてあげますから、もうちょっと落ち着いてくださいね。よしよし。
「……まさかとは思うが、本当に飼われているのではあるまいな?」
「えっ?」
「ガウ?」
どうやらリクさんがだらしない表情をしていたらしい。これ以上は本当に誤解を招きかねないので、リクさんから下りて、淑やかな妻を演じることにする。
国王さまや騎士たちに恥ずかしい姿を見られたリクさんは、魔獣化を解いた瞬間、顔が真っ赤になっていた。
「レーネは先にパーティーに参加していてくれ。俺は召喚命令の件がある」
「いえ、国王さまに失礼でなければ、私も同席したいと――」
「頼む。これ以上、国王に茶々を入れられたくはない。あの顔を見ても、同じことが言えるか?」
そう言われて国王さまを確認してみると……、とても悪い顔をされていた。
召喚命令と聞いて何事かと思っていたが、二人の仲は悪くないみたいだ。信頼できるリクさんに任せたい緊急の用事があったために呼び出した、という感じなんだろう。
駄々をこねた方が迷惑がかかると思った私は、国王さまの部屋のベランダから王城にお邪魔させていただき、パーティー会場にやってきた。
広々とした部屋に大勢の貴族が集まった立食パーティーでは、とても煌びやか光景が広がっている。
何人もの美男美女が高貴な服を身にまとい、料理やワインを片手に言葉を交わしていた。
「私の場違い感がすごいなー……。良い大人にもなって、初めてパーティーに参加するなんて、夢にも思わなかったよ」
小さい頃から薬草の仕事に取り組んでいた私は、社交界デビューをしていない。
同年代の貴族に知り合いがいるはずもなく、パーティーの雰囲気に溶け込むことができず、完全に浮いていることを自覚した。
いろいろな料理が用意されているし、リクさんが来るまで大人しく待っていよう。
会場をウロウロして、順番においしそうな料理に手をつける。
今までの私だったら、おいしさのあまり飛び上がっていたかもしれない。でも、リクさんの料理の方がおいしいし、一人で食べるのは寂しかった。
どれだけパーティー会場が賑わっていたとしても、ベールヌイ家の賑やかな雰囲気と比べたら、どこか落ち着かない。周りの人たちもぎこちなく、腹を探り合いながら話している印象を受ける。
参加する貴族たちにとって、ここは単なるパーティーではなく、人付き合いという名の仕事なんだと悟った。
せめて、リクさんがいてくれたらなーっと思っていると、不意に一人の女性が近づいてくる。
「お義姉さま……! よかった、ここにいたのね!」
「えっ……。カサンドラ?」
久しぶりに会いたくない義妹と再会するが、何やら様子が変だった。





