表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
家族に売られた薬草聖女のもふもふスローライフ【WEB版】  作者: あろえ
第一部

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

37/81

第37話:変わらぬ心(アーネスト側5)

 国王との約束を果たすため、新たに畑を耕したアーネスト家だったのだが……。


 早くも同じ過ちを犯して、悲惨な状態に陥っていた。


「私は何も悪くない。ただ水をあげただけだもの。また瘴気が沸いたとしても、私のせいじゃない!」


 アーネスト伯爵の苦労も虚しく、新たに植えた薬草の種にカサンドラが水をあげた瞬間、大量の瘴気を吐き出したのだ。


 もはや、言い逃れはできない。大地は死に、空気は汚れ、見るも無惨な光景が広がっていた。


 ただ、運が良かったのか悪かったのか……。大きな嵐がやってきた影響で、瘴気は洗い流されている。


 せっかく耕した畑も使えなくなり、薬草の種も無駄になってしまったが。


「パパ、本当よ? 本当に私は何も悪いことをしてないのよ!」


 当然、水をあげただけのカサンドラは無実を訴える。一度でも豹変した父に敵視されれば、レーネの二の舞になりかねないため、必死だった。


 しかし、現実に起こったことと、その必死な形相を見れば、アーネスト伯爵の中にも僅かな疑問が生まれてしまう。


 本当にカサンドラは聖女なのか、と。


 魔物の影響ではないことくらい、二度も同じことが起これば、誰でもわかる。少なくとも、カサンドラの水魔法がきっかけで瘴気が発生しているのは、明白なことだった。


「あなた、わかってあげて。私たちの可愛い娘、カサンドラは本物の聖女なのよ。意図的にこんなことをする子じゃないわ」


 いくら妻が擁護したとしても、言い逃れができるような状態ではない。現実は現実なのだ。


「信じてやりたい気持ちはあるが、どうにもならないこともあるだろう」


 そして、アーネスト伯爵がカサンドラを庇えない理由は、もう一つある。


 窓を閉め切っていても聞こえるほど、屋敷の外から数々の罵声が飛んできているのだから。


「これが貴族のやることか! 平和な土地を返せ!」

「猛毒を撒き散らしておいて、治療しないのか!」

「薬草を高く売るための策略だろ!」


 嵐に流された瘴気の影響で、領地に多大なる被害を与えてしまった。


 その結果、アーネスト家の屋敷前ではいま、平民たちが大きな声を上げるほどの騒動に発展している。


 こんな状況が国王の耳に入ってしまえば……。そう頭によぎるだけで、アーネスト伯爵は頭を抱えてしまう。


「もう終わりかもしれないな……」


 思わず、心の声をボソッと呟くほどに。


「パパ、心配しなくても大丈夫よ。まだ薬草の種はあるんだもの」

「そうよ、あなた。カサンドラは聖女なんだから、薬草なんていつでも育てられるわ。こんな平民の戯言なんて、早くお金で解決してあげましょう」


 平民なんて金をバラ撒いて黙らせればいい――、そう思っていたのだが。


「もうないんだよ。金が」

「えっ?」

「えっ?」


 裕福な暮らしが染みついているアーネスト家にとって、大金を消費するのは容易いこと。前回よりも高いドレスを、良い宝石を、良い娼館を、その積み重ねで出費が増え続けて、すでに金庫は空になっていた。


 ましてや、その金がないから、アーネスト伯爵は自ら畑を耕していたのだ。


 家族のために動いていたにもかかわらず、呑気なことを言われれば、ついカッとなってしまう。


「薬草が豊作にならなければ、もう貴族として生きられないんだよ!」


 簡単に金で解決しようと口にする妻と娘に対して、隠してきた現実を突きつけるしかなかった。


「パパ、どうしたの? この間、国王さまと話をしてくるって言ってたじゃない」

「うまくいかなかったんだよ。内緒にしていたが、陛下にハッキリと言われたんだ。今年中に結果を出さなければ、爵位を返還しろ、と」

「じょ、冗談よね、あなた。だって、あなたは国王さまに好かれていると……」

「すまない。目を付けられていただけだった。このままでは、今まで受け取った補助金まで返済することになってしまう」


 衝撃的な事実を聞かされた二人は沈黙するが、部屋には平民たちの荒々しい声だけが響き渡る。


 嫌でも聞こえてくる言葉の数々が、どれほどの窮地に立たされているのか物語っていた。


 すべてはレーネを追い出したあの日から、状況が一変してしまったのだ。


 絶望的な状況に陥ったと落ち込むアーネスト伯爵とは違い、カサンドラは何かを思い出すようにハッとする。


「ねえ、パパ。今ならまだ、何とかなるかも知れないわ。一か所だけ、うちの薬草が育っている場所があるもの」

「何を馬鹿なことを言っているんだね。そんな場所は――」

「お義姉さまが薬草を持ち出してる。まだ化け物公爵に食べられていなければ、薬草が育っている可能性が高いわ」


 僅かに見えた希望の光に、アーネスト伯爵は不気味な笑みを浮かべる。


「そうか、その手があったか! レーネから薬草を奪ってしまえばいいのだ!」

「パパ、それは違うわ。薬草を返してもらうのよ。だって、元々はうちのものなんだもの」

「ハッハッハ、そうだったな。よく考えれば、薬草を不作にしたレーネが悪いんだ。こんなことになった責任を取るのは、当然のことだろう」


 今まで虐げてきた家族が、レーネの意思や都合など考えるはずがない。自分たちにとって都合の良い存在であり、何をしても許されるものだと思っていた。


 同じ血が流れる父と娘の関係。それはいつまで変わることのない事実なのだから。


 すべての責任をレーネに押し付けることに決めたアーネスト伯爵は、平民たちを説得するため、堂々とした強気の姿勢で屋敷の外に出る。


「聞いてくれ! 此度のことは、()()()()()()()()()レーネという娘がすべて悪いんだ!」


 信頼が地に落ちたアーネスト伯爵の言葉に、いったい誰が耳を傾けるだろうか。


 もはや、それは自分を疑ってほしいと言っているようなものだった。


「アーネスト家の血を引かぬよそ者が馬鹿を言うな! レーネさまは正統な聖女の血を引くお方だぞ!」

「受け継いできた薬草がこんなことになり、心を痛められているはずだ!」

「先代が亡くなってから食事が喉に通らないと聞いていたが、本当だったのか!」


 小さな女の子が薬草を守ってきたことくらい、この地に住む人なら誰でも知っている。分娩直後に母を亡くし、僅か八歳で祖母を亡くしたレーネに、同情しない者はいなかった。


 そのショックを引きずるかのような痩せこけた姿と、祖母との思い出に浸るようなボロボロの服を見て、領民たちはずっと遠くから見守り続けていたのだ。


 下手に声をかければ、傷つけるだけかもしれない。いつか元気な姿を見せてくれたときに、力になってあげよう、と。


 しかし、急にレーネの姿が見えなくなり、こんな事件の罪を着せられたとなれば、領民たちが怒るのも無理はない。


 レーネがいなくなったアーネスト家に、信頼と言う文字は存在しなかった。


「待ちたまえ! 現アーネスト家の当主は私であり、本当の聖女は娘のカサンドラで――」

「ふざけるな! 瘴気を作り出す聖女がどこにいる!」

「お前たちは悪魔だろ! 殺人まがいのことをしやがって!」

「レーネさまをどこにやった! この地にいらっしゃるのか!」


 暴動に発展しそうな領民たちの姿を見て、アーネスト伯爵はすぐに屋敷に戻る。


「ダメだ、瘴気で頭がやられている。人の話を聞こうとしない」

「どうするの、パパ。このままだと、無実の罪で私たちが殺されてしまうわ」

「奴等の様子を見計らって、いったん王都へ逃げよう。もしかしたら、近日開かれるパーティーにレーネが顔を出すかもしれない」


 決して自分たちに非があると認めない彼らは、奇しくもレーネが招待を受けたパーティーに参加しようと、夜逃げを決意する。


 しかし、目をつけられているアーネスト家の現状が、国王に伝わらないはずがない。


 破滅の未来に近づくとも知らずに、彼らは王都へ向かう準備をするのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

2023年8月10日に書籍1巻が発売しておりますので、ぜひぜひチェックしてみてください!

家族に売られた薬草聖女のもふもふスローライフ

画像クリックで公式へ飛びます。

 

+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ