第36話:モフモフ
立派に育っているヒールライトを摘み取った私は、ヒールライトを試飲してもらうため、魔力が壊れないように慎重に煎じた。
一般的には、他の薬草と組み合わせて薬を作るが、今日はそれをしない。変に混ぜて使うよりも、ヒールライトの魔力をそのまま取り入れてほしいから。
薬草と魔獣の魔力が共鳴していたのなら、なおさらのこと。リクさんの中に流れる禍々しい魔力を鎮静化するのではないかと、推測している。
もちろん、確実にそうとは言えない。煎じた薬草を飲んだ後、どういう結果になるのかは、誰にもわからなかった。
その結果、万が一のことを考え、ヒールライトの試飲実験は裏庭で行なわれることになった。
魔獣に良いイメージのないベールヌイ家の家臣たちは、戦々恐々としている。
「嬢ちゃん、意外に勇気があるんだな」
ジャックスさんが斧を構え、屋敷の周りを騎士団が取り囲むほどの厳重警戒を取っていた。
「大丈夫だ、奥方。私は魔物を追い払うのが得意。ライオンゆえにな」
そして、マノンさんが私の警備についてくれている。
現場は緊迫した空気に包まれているが、魔獣に良いイメージしかない私には、あまり関係がない。姿かたちが変わったとしても、魔獣はリクさんであり、旦那さまでもあるのだ。
信じてあげるのも、つ、つつ、つ、妻の役目だから……!
「レーネも警戒しておけ。もしもの時は、いつ逃げても構わない」
「たぶん、大丈夫かと。もしもの時は、モフります」
「どういう感情だ? 頼むから無茶はしないでくれ」
リクさんが動揺すると共に、マノンさんが一段と警戒を強めた。
これでは私が無茶の常習犯みたいだ。思い当たる節があるだけに、言い返すことはできないけど。
煎じた薬草を手に取ったリクさんが、ゆっくりとそれを口にする。
一口飲むだけでは何も変化してないように思えるが……、すべて飲み終えると、リクさんが金色の光に包まれ始めた。
そして、目の前で魔獣化して、金色に輝く狼の魔獣になってしまう。
当然、ジャックスさんとマノンさんは警戒する。しかし、魔獣になったリクさんの様子は明らかに変だった。
戸惑っているというか、慌てているというか。妙に落ち着かない様子でキョロキョロしている。
「嬢ちゃんは下がってくれ」
「奥方は下がった方がいい」
警戒したジャックスさんが一触即発な雰囲気を発し、マノンさんがライオンの威厳ポーズを構えた。そんな中、呑気な私はしゃがんで手を差し出す。
「お手」
緊迫した空気が壊れるのも、無理はない。動物ならまだしも、魔獣に対してやるべき行為ではないだろう。
ただ、私は確信していた。
本当に言っているのか? と言わんばかりに戸惑う魔獣は、完全にリクさんの意識が残っている、と。
「奥方、魔獣は人の言うことを理解しない。ここはライオンの威厳を見せつけ、追い払う時……! がおーー!!」
マノンさん渾身のがおーーがさく裂した瞬間、そういうことかと納得でもするかのように、魔獣がトコトコトコッと近づいてくる。
そして、私の手にチョンッと前脚を乗せた。
「中途半端に治療できたみたいですね。たぶん、リクさんの意識が残っていると思います」
うんうん、と頷く魔獣を見て、現場に微妙な空気が流れる。リクさんの意識が残ったまま魔獣化するとは、誰も予想していなかったみたいだ。
こうなったら、確実に安全だと認識してもらうためにも、モフるしかない!
欲望に支配された私は、魔獣化したリクさんの首元に手を伸ばす。
「ほらっ、モフモフしても暴れませんよ」
すごい嫌そうな顔をされますけどね。リクさんの『この姿に慣れてないんだから、無闇に触らないでくれ』という気持ちがヒシヒシと伝わってきますよ。
これはモフモフされることが心地よいと感じるように、調教せねば。などと考えているのは、私だけである。
ライオンの威厳ポーズを解除したマノンさんは、やっぱりまだ怖いのか、恐る恐るリクさんに触れようしていた。
「ほ、本当にリクなら、獣化の使い方を教えないと。ずっとこのままだと、いろんな意味で困る」
「確かにそうですね。このままの姿では、リクさんが料理を作れません」
「奥方、たぶん問題はそこじゃない。領主として活動できないところだと思う」
まさかマノンさんにドストレートな正論でぶん殴られるとは。リクさんの『本当に領主だと思っているか?』という冷たい眼差しが胸に突き刺さる。
有耶無耶になっているけど、一応、私の旦那さまだということは理解しているつもりだ。
出会った頃と同じような程よい距離感を保ち、特に夫婦らしいことはしていないのは、どうかと思っている。嵐の日は良い感じだったんだから、もう少し何かあっても……と思うが、そのことは後で考えるとしよう。
どうにも魔獣化したリクさんが怖いみたいで、ジャックスさんが距離を取っているから。
「まっ、嬢ちゃんが言うならダンナで間違いないんだろう。前みたいな禍々しい感じもしないしな」
「じゃあ、どうして距離を取っているんですか?」
「防衛本能ってやつだ。自然と距離を取っちまう」
単刀直入に言うと、ビビっているのかな。見た目の怖さだけで言えば、ジャックスさんの方が怖い顔をしているのに。
そう思っていると、屋敷を囲んで警戒していた一人の騎士がやってくる。しかし、魔獣化したリクさんを見て、一瞬で腰を抜かしてしまった。
これがジャックスさんの言う獣人の防衛本能というやつだろうか。獣人にしかわからない察知能力みたいなものが、本当にあるのかもしれない。
マノンさんが大丈夫なのは……ライオンだからかな!
慌てふためく騎士をジャックスさんがなだめると、何やら緊急の連絡があったみたいで、一封の赤い封筒を渡されていた。
国が不吉な知らせや緊急性の高い連絡に、赤い封筒を使うことが多いのだが……。
「ダンナ、悪い知らせかもしれん。国から召喚命令が届いている」
ジャックスさんも良い気がしないみたいで、険しい表情を浮かべている。
「ワウ?」
しかーーーし! ここに来て魔獣化したことが仇となり、リクさんが最高に可愛い声で鳴いた!
狼の獣人のはずだが、鳴き声は犬っぽい。召喚命令よりもリクさんの生態が気になる……と思っていても、そんなことを言っている場合ではない。
国から領主宛に召喚命令が届いたのなら、さすがに封筒を開けられる人は限られてくる。
「あの~、私がリクさんの代わりに開けてもいいですか?」
「嬢ちゃんならいいんじゃねえか」
リクさんも中身が知りたいのか、うんうん、と頷いたので、遠慮なく開けさせてもらう。
ビリビリッと破いて確認してみると、中には二つの紙切れが入っていた。
「確かに片方は召喚命令ですね。もう片方は、パーティーの招待状が入っています」
「どういうことだ? 召喚命令のついでにパーティーに招待するなんて、聞いたこともねえが」
「わかりません。絶対にパーティーに参加しろ、という国王さまの強い意思表示かもしれません。あっ、私の名前も書いてある」
パーティーの招待状に関しては、リクさんに向けられたものというより、ベールヌイ夫妻宛に届いている。
そこには『マーベリック・ベールヌイ、レーネ・ベールヌイ』宛と記載されていた。
普段から『奥方』や『奥さま』と呼ばれているものの、自分の名前が変わったところを見ると、さすがに照れてしまう。
私が実家で話を聞いた時には、ベールヌイ家から大金を受け取っていたから、その時点で結婚が成立していたに違いない。後でアーネスト家とトラブルが起きないように対策した結果なんだろう。
すでに自分が結婚していたという事実に、なんだか歯がゆいものを感じるが、決して悪い気はしなかった。
「でも、どうして私にもパーティーの招待状が届いているんだろう。基本的に植物学士は招待されないはずなんだけど」
薬草栽培の届け出を出している植物学士には、王都で開かれるパーティーや式典の欠席が推奨されている。
数日も栽培者が薬草から離れれば、確実に枯らしてしまうため、大きな被害が出てしまうから。
そのため、王都に住む植物学士以外には、パーティーの招待状は届かないはずなのだが。
「ダンナが召喚命令を受けたことと、何か関係しているのかもしれねえな」
「そうですね。まずはリクさんを元に戻すことを考えましょう。マノンさんが獣化の使い方を教えれば、大丈夫なんですよね?」
「うん。……たぶん」
ちょっぴり不安を抱きつつも、マノンさんを信じて、リクさんを任せることにするのだった。
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