第35話:パンプキンパイ
領民たちが収穫したスイート野菜を街に持って帰ってくると、領主でもあり、雇い主でもあるリクさんの元に集められた。
丸々と太ったカボチャや、綺麗な色合いのした白菜、身がギッシリと詰まった大根など。旬のスイート野菜が揃っている。
初めての収穫にしては、十分な成果が得られただろう。これだけうまく栽培できたら、仕事に携わってくれた領民たちに、お給金が奮発されるかもしれない。
まずは無事に収穫できた祝いと言ってはなんだが、スイート野菜をカットして、みんなで喜びと一緒に分け合おう、と思っていたところ……。
「さすがにそいつはできねえぜ」
「代わりにお嬢が食ってくれ」
「俺たちは腹も心も満たされているってもんよ」
などと言われ、拒否されてしまった。
まだ街に嵐の影響が残っていることもあり、雨よけの件が後ろめたいのかもしれない。一度は突風に吹き飛ばされて、心が折れかけてしまったから。
私としては、嵐が来る直前まで頑張ってくれたみんなと一緒に喜びを分かち合いたい。でも、必要以上に声をかけるべきではないこともわかっている。
スイートカボチャ、我慢できずにみんなでつまみ食いしたもんね。
収穫したばかりの野菜を食べるのは栽培者の特権でもあるから、それがお祝い代わりだったということにしよう。
そんなこんなで領民たちが帰った後、スイートカボチャの出来映えを確認したリクさんが、早速料理を振る舞ってくれた。
あま~いスイートカボチャをふんだんに使った料理、パンプキンパイである。
「リクさん、パイも焼けるんですね……!」
「マイナーな料理でなければ、ひと通りは作れるぞ」
以前、マノンさんとパンケーキを食べたとき、リクさんがデザートを買いに来ていたから、スイーツは作れないものだと思い込んでいた。
それなのに、まさかこんな芳ばしい香りを放つパイを焼けるとは。
うぐぐっ、なんてハイスペックな旦那さまなんだ。これが俗に言う、胃袋をつかまれるという感覚か。
相変わらず我慢ができない私は、いつもの席に座り、早速一口いただく。
パリパリッとしたパイ生地を噛み締めると同時に、小麦とバターの香りが鼻に抜ける。そこにスイートカボチャの強い甘味が合わさると……。
「むふふふっ」
などと、不気味な笑いが出てしまうほどには、甘くておいしい。
これには、野菜の苦味に悩んでいた侍女の獣人たちも歓喜していた。
「おいしい~」
「あま~い」
「カボチャ好き~」
時間の流れが遅いマイペースな彼女たちだが、珍しくパクパクと食べている。
スイート野菜を監修した身として、とても微笑ましい光景に見えて、嬉しくなった。
一方、リクさんの魔獣化を治療する薬のレシピを知っている亀爺さまは――。
「これはスイートカボチャではないですかのぉ。もしや、奥さまはアーネスト家の出身では?」
などと言っているような状態なので、あまり期待はできない。今はスイートカボチャのパンプキンパイをゆっくりと楽しんでほしい。
私も温かいうちに食べようと思い、大きな口を開けて頬張っていると、リクさんが近づいてくる。
「初めて摘み取ったばかりのスイートカボチャを調理したが、流通しているものとは全然違うんだな」
「えっ? そうですか?」
「今まで商人が運んできてくれたものは、もっと甘味が少なかったし、あんなに綺麗な見た目はしていなかった」
「あぁー、完熟前のものが流通していたんですね。完熟したスイート野菜は長期保存に向かないので、遠方の地域まで運べないんですよ」
どこで栽培したものであったとしても、商人が仕入れることを考慮すると、完熟したスイート野菜は手に入らないのかもしれない。
売れ残ったときのリスクが高いし、身が少し柔らかくなるため、輸送時に傷つく恐れがある。
完熟前でも十分に甘くておいしいから、そっちの方が売りやすいんだろう。
「まさかそんな罠があるとは……」
別に罠に嵌められたわけでも騙されたわけでもないが、リクさんは妙に悔しそうな顔をしていた。
料理人としてのプライドが刺激され……って、領主さまか。文化の違いがあるとはいえ、そこまで料理にこだわらなくてもいいのに。
そんなリクさんを眺めながらパンプキンパイを食べていると、ふとあることに気づく。
「少し前から疑問に思っていたんですけど、どうしてリクさんだけ毛が生え変わるんですか?」
今まで綺麗な銀色の尻尾だったはずなのに、根元がスッカリと金色に生え変わっているのだ。
「いや、獣人は毛が生え変わることなどないが……」
と言いつつ、自分の尻尾を確認したリクさんは、今までに見せたことない神妙な表情に変わる。
「まさか気づかないうちに魔獣化が進行していたとは。俺に流れる魔獣の血が、体を蝕み始めたのかもしれない」
リクさんの言葉に、ダイニングが緊迫した空気に包まれる。パンプキンパイで癒されていた獣人たちの和やかな雰囲気が、今では嘘のようになっていた。
しかし、特徴的な金色の尻尾を見て、思い当たる節がある私は違う。とある魔獣とリクさんの姿が重なり始めていた。
「リクさんって、どんな魔獣になります?」
「俺自身、魔獣化しているときの記憶はないが……、馬より一回りほど大きい狼の魔獣らしい。普段の銀髪とは違い、金色の毛並みをしているそうだ」
「もしかして、少し前に胸を押さえて倒れていたのは?」
「ああ。急速に魔獣化が進み、自分の力で抑えられなくなったんだ。今まであのようなことは一度もなかっただけに心配していたんだが、まさか部分的に魔獣化が進むとは思わなかった」
絶対にそうだ! あの時にモフモフした金色の魔獣は、リクさんだったんだ!
とても大人しい印象だったけど、ジャックスさんの顔を傷つけるくらい凶暴な魔獣だったなんて。
このまま放っておいたら、私のことも忘れて、身も心も魔獣になるんだろうか。それはとても悲しくて、誰も喜ばないツラい現実になってしまう。
一刻も早くヒールライトで治療しなければならないのに、肝心の治療薬の作り方がわからないなんて……。
「だが、妙だな。聞いていた毛並みと違う。こんなに綺麗な色ではないはずなんだが」
「ん? ヒールライトみたいに輝くような毛並みじゃないんですか?」
「いや、金色なのは間違っていないが、もっと禍々しい雰囲気を放っているらしい。すぐに凶悪な魔獣だとわかるほどにな」
同じ魔獣を思い浮かべているにもかかわらず、私とリクさんの間で大きな解釈違いが生まれてしまう。
子供の頃に出会った時も、薬草菜園で再会した時も、綺麗な金色の毛並みで大人しかった。
でも、いつも禍々しい魔獣になっていたのだとしたら、リクさんの魔獣化が変わり始めていると考えることができる。
もしかしたら、ヒールライトの魔力には、魔獣の血を落ち着かせる効果があるのかもしれない。
おばあちゃんがベールヌイ公爵に嫁がせたのも、昔の恩を返してもらおうと思ったわけではなく、魔獣の血を鎮めようと思っていた可能性がある。
亀爺さまがレシピを残していないことにも説明がつくし、アーネスト家が薬草栽培を続けてきたのも、きっと――。
「あの! 一度、煎じたヒールライトを飲んでみませんか?」
思わず、居ても立っても居られなくなった私は、試飲を提案するのだった。





